表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/40

取引は弾き終わった後で

 ハイエルフの村の大きな屋敷に着いた私は座布団の様な物を勧められた。

私に声をかけた長らしき人物の真正面の位置である。

こちらの座布団マナーは知らないので私は素直に座った。



「よく来た。私はここの村の長老でパシュケという」


「リーチェ・フォン・ダルセンです。初めまして」



 パシュケは耳がとがっている以外は普通に壮年の紳士にしか見えない。



(やっぱりこの人が長なのね。本当に長命種は見た目では年齢が分からないわ)


「リーチェよ。なぜここへ案内されたかは聞いているか?」


「私か娘が弾いたピアノにご興味を持たれたと聞いております」


「そうだ。娘ではない。お前が弾いた曲だ」


 

 強めに断言されて少し怯む。

するとこの人はエドゥアルと同じく先程のポップスを気に入ったのか。

ハイエルフはクラシックより歌謡曲やアニメの曲を好むらしい。



(この世界じゃ耳にしないジャンルだからかしら。

いえ、そもそもこんなに場所が離れているのにいつ聞いていたのかしら)



 そう思っているとパシュケは意外な言葉を続けた。 



「ずっと、気になっていた。お前の奏でる曲をな」


「……ずっと?」


「そう。お前が以前美しい曲を弾いた時から、ずっとだ」



 何を言っているのか。

この土地に来てからはさっきの教会で弾いたのが初めてだ。

その事を伝えるとパシュケはある日時を口にした。その日付に思い当たる事がある。

確か両親の死で落ち込むユリアの前で初めて私がピアノを弾いた頃だ。



「……もしかして、領都の教会にも居たのですか? 姿を消して?」


「まさか。ここからどれだけ離れていると思うのだ」


(そうよね。なら一体どういう事なのかしら)



 一向に疑問が晴れない私を置き去りにしてパシュケは別の事を語り出した。



「我々はお前達短命種と比べ遥かに長く生きる長命種だ」


「……」


「我らは自然を愛し、深い森の中にただ静かに住み続ける。

しかし、それは常に変化もなく緩やかに文化的に死んでいくも同じとも云える」


「……」


「それに対してお前達短命種は違う。

たかだか100年程度生きるのも難しいにもかかわらず時として我々でも想像できない程の素晴らしい物を生み出す」


「それは音楽の事ですか?」


「そう。音楽もその一つだ」



 そう云うとパシュケは横の壁に視線を動かした。

今気が付いたが額縁付きの見事な絵が飾られている。

見た所若いエルフの女性だ。実際の年はわからないけれど。

今の話だと人間の画家が描いたものなのかもしれない。



「時には同族同士で殺し合う愚かな短命種も全て馬鹿にしたものでは無い。

故に、私は興味を持った短命種を見つけたらここへ招く事にしている」



(拉致の聞き間違いかしら)



 心の中で突っ込んでおいてとりあえず軽く頷いておく。



「お前もその一人だ。70年ぶりくらいの客人だがな。

風精霊が運んだお前の奏でる音に興味を持った」


「……風精霊?」



 確かエドゥアルが姿を消した時にそんな事を言っていたと思い出す。

風精霊とやらは音を運ぶこともできるのか。



「この地方は自然豊かな土地だ。お前達は見えぬし知らんだろうが風精霊が豊富に存在する。

我らは意志を持たぬその風精霊達に様々な事を命じる事が出来る。

遠く離れた場所の声や音もな」


「えっ……」


(風魔法を利用して声を聞くというのは聞いた事があるけど話通りなら距離が桁外れだわ。

それに別に不思議な風なんて感じなかったけど……)



「我らは音楽が好きでな。皆、短命種の奏でる音もよく聴いている。

近くの教会で聴きなれない曲を演奏している者がいるのを知って気になった。

以前聞いた美しい曲を奏でた人間ではないかと」



 つまり風精霊が多い場所では好きな時に姿を消し好きな時に現れる。

加えていつでも任意の場所の音を盗み聞き出来るという事か。

高等種族と呼ばれる訳が良く分かる。


 そんなハイエルフの超越した能力には驚くけど疑問がある。

そもそもいつ、誰が、どこで、どの楽器で、音を奏でるかわかるのだろうか。

リアルタイムで全部一度に聞けてもよりにもよってなぜ私がピアノを弾いた時に。

しかしその疑問はあっさり解けた。



「そんな事は簡単だ」


「えっ?」


「この地方で日常的に使われている楽器なんて教会のピアノくらいだろう」


「……」



 確かにそうだった。

楽器は贅沢品であり、そもそもピアノは領主邸にすら置いて無かったくらいだ。

そんな貧しい領内でまともな楽器を領民達が持っているかは怪しい。


 ピアノだってダルセン領にある3つの村の教会全てにあるとしても領都を含めてせいぜい4つ。

一気に範囲が狭まる。

納得したけど嫌な納得の仕方だ。

偶々だったのはかつて私のピアノを聞いたタイミングだけか。


 今日の事にしてもここの教会はハイエルフ村の地元だ。

姿を消したハイエルフ達が近くをうろついていても不思議ではない。

私達が弾いているのを立ち聞きした者が長老にでも報告したのかもしれない。

遠くの音が聴けるという事は遠隔通話が出来るという事だ。

そして長老が直接聴いて私に興味を持った。


 種明かしされて思い出した。

エドゥアルと初めて会った時、彼は一族を代表して確認に来たと云った。

以前から皆で頻繁に盗み聴きでもしていなければあの台詞にならない。



(そういう事だったのね)



 ささやかな疑問が解消した所で私は本題に入った。

 


「それで、私をお呼びになったのはピアノを弾かせる為ですね?」


「もちろんそうだ。直接この耳で聴きたい」



(姿を消して盗み聞きにくればいいのではとも思うけど……。

私まかせじゃいつ弾くかも解らないしね。付きまとう訳にもいかないし)

 

 

 あの壁の絵を描いた絵描きもかつてはこんな感じで連れてきたのだろうか。

興味があって悪意が無いのはわかるけど相手の都合を考えていない。

私は一つため息をついた。



「重要な問題があります」


「なんだ」


「弾くにしてもピアノが無いと何も出来ませんわ」


「心配ない。こちらへ来なさい」



 パシュケはそう云うと自分の後ろに掛かっている大きい垂れ幕の様な物を上げた。

広い空間の中に一台のピアノがあった。



「え……何故ここに?」


「お前の前の客人がこれを制作した者だからだ。

見事な工芸品を作った褒美に招待した。これも貰った」


「はぁ……」



 どうやらあの絵を描いた人物は前の前の客人だったらしい。

私の前の客人はピアノの開発者だった様だ。

とにかく準備万端という事だ。

私は本日2回目のため息をついた。



(まあいいわ。色々な取引は弾き終わった後で)



 話の流れ的にまずは弾いて聴かせる方が先だ。

相手が取引したくなる様な価値を示す必要がある。

私はピアノのコンディションを調べて問題ない事を確認すると息を整えた。



「……じゃあ、弾きます」


「うむ」



 特に選曲に迷う事はない。私は定番のクラシックを弾き始めた。

地球人類なら聞いた事があるベタな曲ばかりだけれど逆に云えばそれだけ長く受け継がれてきた名曲という事だ。

要するに間違いがない。



「……おおっ!」



 集まったエルフ達から感嘆の様な声が漏れた。

しかし、ほんの一瞬だ。すぐその後は皆静まり返ってピアノを聴いていた。


 エリーゼの為に・ノクターン・トルコ行進曲・英雄ポロネーズと続ける。

思いつく順から適当に弾いたらベートーヴェンとショパンが交互に並んだのは偶然だ。

お金をもらって人前で弾く様な緊張感を久々に味わいつつ私は心を込めて弾いた。



「思った通りだ……素晴らしい! 何と美しい曲だ!」



 興奮した感じのパシュケが声を上げた。

他の皆も同様らしい。反応が薄そうなハイエルフ達が皆顔を紅潮させている。

思った以上に感動してくれた様だった。


 よかった。取引も上手くいきそうな予感がする。

まさに『芸は身を助く』だわ。

助く場所がまさか異世界だとは思わなかったけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ