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入らずの森

「元に戻した。では、行くぞ」


「え、ちょっと待って……」



 言葉が言い終わる前にエドゥアルは何かを呟いた。

すると冷たいプールに飛び込んだ様な感覚が一瞬だけ私の体にまとわりつく。



「……?」


「付いてこい」



 ぶっきらぼうにそう言ってエドゥアルは教会入り口に歩き出した。

すると違和感に気が付いた。

エドゥアルは周りにいる人を避けていない。

それどころか、周りの人と重なったと思ったら向こうにすり抜けている。


 私は思わず後ろを振り返った。

ユリアとレーナとロッシュさんが慌てて何かを探している。

まるで私の姿が突然消えたかの様に。



「ち、ちょっと! どういう事なの!?」


「お前を精霊の力でこちらに呼んだ」


「呼んだって……何なの、一体どうなっているの……?」



 私の目の前でユリアとレーナが私を必死に呼んでいる。

ロッシュさんは駆け出して再び教会の入り口に行って左右を見渡している。

私はここに居るのに。


 私は恐る恐るユリアに触れた。

しかしそのまま私の手はユリアの体をすり抜けた。



「!」


「無駄だ。こちらから向こうは見えるがお前の姿は向こうから見えない。

 こちらは聞く事が出来るが向こうからは聞こえない。

 そして、お互い触る事も出来ない」


「そんな事って……」



 私はレーナにも同じ動作を繰り返す。しかし、やはり触れられない。

教会のピアノ、教会の椅子、教会の壁、全て触れるのに人間だけは素通りだ。

まるで自分が不自由な幽霊になった感じがする。

 


「ここは俺達の領域だ。短命種は存在しない」 



 相変わらず抑揚のない口調でエドゥアルは淡々と話す。

信じたくなくても目の前の様子を見たら信じざるを得ない。



(……これが、『森』の正体……道理で人に見つからない訳だわ。

人間だけ?を排除した薄皮一枚隔てた別世界という所なのかしら)



 場所は同じでも私達だけ別の場所に居る。

不思議な表現だがそうとしか言えない。



(こんな事が出来るなんて。これがハイエルフの力なの?)



 確かに幻の民であり高等生物と人から呼ばれ伝えられてきた存在なだけはある。

長命な上にこんな力まで持つならその気になれば人なんて相手にもならないだろう。

何処にでも忍び込んで好きな時に出現して敵対者を楽に暗殺する事だって出来る。

そういう存在に相対していた事を知って背筋が凍る。



「何時まで呆けている。行くぞ」



 そう言ってエドゥアルは歩き始めた。私は慌てて追いかける。



「待って! 皆、心配しているわ! 説明くらいさせて!」


「駄目だ。そう気軽に何度も使えない。風妖精に無理は掛けられない」


「そんな、一方的に……」



 話す余地が無さそうなので別の手段を考える。



「じゃあ、書き置きくらいさせて! それくらいいいでしょう!」


 

 私は慌ててピアノの方に戻った。

そしてユリアが出先でも持って来ていた手書きの楽譜の裏に急いで走り書きをした。

この光景はユリア達から一体どう見えるのだろう。



『私は大丈夫。少し出かけて来るから宿で待っていて』



 その書き置きをおろおろして私を探しているユリアの目の前に差し出す。

目を見開いてユリアは私の差し出した紙をつまんだ。

ユリアは内容を確認すると慌ててレーナとロッシュさんを呼び寄せて三人で私のいると思わしき所を首を振って探す。



「ごめんなさい。すぐ戻るから」



 声が届かないのはわかっているが掛けずにはいられない。 

同じ事をレーナとロッシュさんにも繰り返す。

半泣き状態のユリアの頭をエアー撫でしてから私はエドゥアルの後に付いていった。


 エドゥアルの後をついていくと教会の周りに集まった人達が騒然としていた。

人ひとり目の前で消えたのだから無理もない。

なのに事を起こした張本人は後ろを振り返る事をしないでどんどん先に進んで行く。

その様子が苛立たしい。



(何か私、最近怒ってばかりな感じがするわ)



 前世の記憶が戻ってきて以来、どうも腹を立てる事が多い気がして嫌になる。

始めは不誠実なアントンに。次は勘違いして一時的にお父様へ。

そしてあの第二王子。極めつけは眼前を行くこの男、エドゥアルに。


 現代日本の社会人感覚とこの世界&貴族社会の理不尽さが常にせめぎ合っている気がしてならない。

こんな事もあるさと云った感じでいつか開き直れるようになればいいけど。



(でも、逆に喜ばしい事もあるものね……ユリアとの出会いの様に。

ハイエルフ達の長老はどんな人なのかしら)



 出来れば喜ばしい事であってほしい。

そう強く思ってエドゥアルの後ろを付いていくと見知った場所に出た。

教会に来る前に行った、あの大きい湖の見える山間の草原だ。

エドゥアルはそこからさらに進んで湖の横を通っていく。

そして山間の森の前に辿り着いた。


  

「ここは?」


「お前達短命種が『入らずの森』と云っている所だ。

もっとも何も知らん者からしたら普通の森だが」



 今や魔力の無い私でもわかる何かが違うような感覚。

私がそこに足を踏み入れると途端に恐ろしい魔獣の声が次々と響いた。



「ひっ!」


「心配するな」


「するわよ!」


「大丈夫だ」


「何処が?」



 必要最小限の会話しかしないエドゥアルとむなしい会話が続く。

頼むからもう少し説明して欲しい。



「侵入者に反応しているだけだ。問題ない」


「ものすごく問題ある気がするんだけど」


「人間に反応して道具が音を出しているだけだ」



 道具が? 音を? まるで意味が分からない。

私の周囲の男達は詳しく説明したら死ぬ病にでも掛かっているのか。


 そんな私の思考が中断された。

目の前に木で造られたウッドハウスの様な物が沢山ある開けた所に出てきたのだ。

ハイエルフの村だった。

ちらほら居るハイエルフ達はエドゥアルに付いて歩く私を物珍しそうに見ている。



(まるで珍獣にでもなった気分だわ)



 そんな私の気持ちなどは勿論察していないだろうエドゥアルは、村の建物の中でもひと際大きい建物に向かっていた。

丸太ゴロゴロのワイルドな造り階段を上がった所にある大きい木の扉を開くと

そこには胡坐をかいた大勢のハイエルフ達が私達を待ち構えていた。


 視線が一斉に集まって戸惑う私に座敷の一番奥の渋いおじさんエルフが口を開く。



「よく来たな。数十年ぶりの短命種の客人よ」


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