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無骨なハイエルフ

「……お前か? 今の珍妙な音を出していたのは」



(誰!? いきなり来て何を云っているの、この男?)



「……」


「答えろ」


「……音を出していたのはピアノですが。何方です?」



 私が出していたのは声だ。 

ユリアとレーナと周囲の人々に何かをしたらしいこの男に私は怒りで反射的に捻くれた返事をした。



(私はお淑やかな貴族令嬢。お淑やか、お淑やか、よし)


 

 そう繰り返したものの今更どうでもいいかという気分になる。

しかし一瞬で大勢の人間を何らかの不可解な方法で倒す様な輩に対してか弱い女が抵抗する術はない……。



(でも、そんな問題じゃない! よくもユリアとレーナを!、ロッシュさんを!)



 男越しにロッシュさんが倒れているのが見えた。

怪しい人物は中に入れない様に教会の入口にいたのだ。

私は倒れたユリアとレーナの前に進み出て男を睨みつけた。



「……その、ピアノという楽器を弾いていたのはお前か?」


「そういう貴方のお名前は?」



 男は名乗らずに同じ質問を繰り返した。

礼儀が通じない様なので否定も肯定もしないで私も質問を質問で返す。


 抑え様もない怒りでどうにでもなれという気分になってしまった。

こんな非友好的態度で接してくる輩に素直に答える義務はない。

すると男は襲ってくるでもなく、少し間を置いてようやく名乗った。



「俺はエドゥアル。お前達人間がハイエルフと呼ぶ者だ」


「!?」



 ハイエルフ? ……無骨なこの男が?

耳は確かに尖っているがそんな物は王都にも居たエルフで見慣れている。

見慣れないのは男の体格だ。

とても逞しい体つきをしていてよくあるファンタジーのイメージに反している。

定番イメージは女性と見まごう様な繊細な感じと勝手に思っていたので違和感がある。

ロッシュさんやジーベルさんよりも一回り大きい。

まだドワーフの大男と云った方が信じられる気がする。



「……ずっと聞き慣れない音が続いていたのでな。

長に命じられて一族を代表して確認に来た」



 男の言葉に疑問が湧く。

この教会は森の近くにあるもののそこに何か変わったところなどは感じない。普通の森だ。

確かエルフに関しては『特殊な森』に居るのではなかったか。

でも今はそんな事どうでもいい。



「騒音被害の訴えならもっと穏やかに来て欲しいわね。

もう二度と弾かないから皆を元に戻しなさい」


「それは困る」


「?」


「俺にはよくわからんがお前の珍妙な音に長が興味を持ったのだ」



(こいつ! また珍妙と繰り返したな!)



 先にユリアがずっと弾いていたのはクラシック。

ついさっきまで私が弾いていたのはポップスだ。

どちらも立派な曲であり別に音楽の種類で貴賤を語る気は無い。

無いのだが、私がユリアに弾かせていた曲は子犬のワルツである。

この曲自体は比較的優しめとはいえ、ショパンは私の元居た世界では芸術とされているものだ。

音楽好きの高等種族とやらは区別も出来ないのか。



(何が千年の寿命を持つ幻の民だ。野蛮人め)



 身分差別が極まる異世界に来てまで人類皆平等なんて概念を持ち出す気は無い。

私は心の中で自称ハイエルフの男をこき下ろした。



(それにこの男は先程、自分はよくわからないなんて言っていたわ)



 演奏の出来はともかく音楽に何かを感じない奴は感性に重大な欠陥があるはずだ。

私の偏見かもしれないが。

とにかく私は眼前の男へ送る視線に侮蔑を込めた。



「……何か勘違いしている様だが、別にお前に危害を加えようというつもりは無い。

長がお前の音を聞きたいと言っている」


「おさ?」


「我ら部族の長の事だ」


「その人が貴方に命じたの?」


「そうだ。音を奏でていた者を連れてくる様に言われた」


「……」



 ユリアと私とどちらを指すのかわからないがどうやら一方的に争いを仕掛けてきた訳ではないらしい。

それならそうと、もう少し友好的な態度を示せばいいものを。

私は気を失ったユリアとレーナと窓の外の大勢の村人を見てそう思った。


 

(まさか本当にハイエルフがいるとは思わなかったわ)



 幻の民とか言われている割にこうもあっさり簡単に会えた事に私は混乱していた。

自分の意志じゃなかったけど。



(この男の言う事が本当ならアーサーと話した時に考えた事が現実になるかも)



 全て叶わずとも協力が得られれば強力な国、じゃない、領興しに役に立つ筈だ。

混乱している割には極めて現実的な考えが私の頭の中に浮かんだ。

でも、その前に。



「……行くのは構わないけど」


「そうか」


「無償の善意を当てにするにはやりすぎたわね」


「何?」


「謝罪をするのが先よ。それとも私に選択権はないのかしら。誘拐でもする?」



 エドゥアルは黙っていた。頭の中で何か考えている様だった。

やがて静かに口を開く。



「人間どもと必要以上に交わらない為に必要だった。お前が来れば後で元通りに戻す」


「私も人間よ。ここにいる全員と同じ、ね。これが貴方達ハイエルフのやり方な訳?」


「……」


「すぐに皆を元に戻して。

後で戻すと言うけど、私が貴方について行った後でそうしてくれる保証なんて無いでしょう?

なぜなんて言わないわよね。信用出来ないのは貴方のせいよ。

何せいきなり人を昏倒させる人の言う事なのだから」


「……」


「皆を今、すぐに元に戻しなさい。その後取引よ」


「取引?」


「ええ。長とかいう人のところに行くのは構わない。

只、私の言う事も聞いてもらいたいわ。

貴方達ハイエルフにこの地域の繁栄に協力してほしいの」


「……俺一人では決められない」



 エドゥアルはしばらく考えて口を開く。



「しかし、お前の言い分は分かった。

突然人間達の意識を絶った事は謝罪する。悪かった。元に戻す」



 そう言うとエドゥアルは何か小さい言葉を唱えた。

途端に周囲の霧が晴れて地面に倒れていた人達が動き始めた。

ユリアとレーナも同様だ。



「ん……お義母様……?」


「奥様……」


「ユリア、レーナ! ああ、良かった……」


 

 ユリアとレーナに体の調子に問題ない事を確認して安堵した。

周囲に倒れている村人達も頭を振ったりして体を起こすのが見える。



「長老をはじめとして大勢がお前の奏でた曲には興味を持っている。

お前の云う取引に応じるか保証はしかねるが、口添えする事は約束しよう」


「……わかりました。それで結構よ」



 ロッシュさんも村人の全員の無事も確認出来たので了承はする。

しかしこのぶっきらぼうな男の口添えがどこまで役に立つのか疑問だ。

目覚めた村人達はいきなり目の前に現れた逞しい体つきの大男エルフに驚いていた。

倒された事に対する怒りより恐れの方が上回った様だった。



「ところで」


「?」


「実は俺も気にいったものがあった。後でもう一度聞かせて欲しい」


「いいわ。どの曲を弾いて欲しいのかしら」


「あの『宝』がどうとかいう曲だ」


「あぁ……」



 どうやらこの無骨なハイエルフの心を捉えたのは世界的な名曲じゃなくて

某有名アニメの主題歌だった様だ。

もやもやする私の脳裏にショパンが草葉の陰で泣いている光景が浮かんだ。

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