何が起きたの?
私達はダルセン南部にある鉱山跡地に来ていた。
鉱山跡とはいうものの前世の世界とは違うので大掛かりな設備も無い。
坑道があるものの全体は綺麗な緑あふれる山々だ。
お昼の後、坑道に着くなり早速カルラは自分の世界に没頭してしまった。
「調査はあたしに任せていいからそこら辺に行ってて!」
カルラの足手纏いになる感じなのでジーベルさんだけついてもらって別行動にする。
私はレーナとロッシュさんをお供にユリアと一帯を展望できる場所に足を運んだ。
「うわぁ、凄い」
「絶景ね」
山々が開けた所に段差の付いた綺麗な草原の様な場所があって、奥には綺麗に青色に澄んだ湖が見える。
(ダルセンにこんないい景色が見える所があったのね……)
卒業旅行で海外に行った時に見た景色に似ている感じがした。
尤も似ているだけだ。
地球の空にはプテラノドンの様な大きい鳥は飛んでいない。
綺麗な景色に気を取られているユリアに私はずっと気になっていた事を質問した。
「ユリア、前に聞きそびれた事があるんだけど」
「はい?」
「……両親の不幸をあなたの年齢で受け止めるのは本当に大変だったと思う。
そんなあなたに打ち込めるものが見つかっていい事だと思ったんだけど、ピアノに没頭するのはその現実から逃げる為だったのかしら?」
ユリアは驚いた様に目を大きく開けて私の問いを否定した。
「いいえ、違います。そんなのじゃ無いです。決して」
「そう? ならいいんだけど。
私が貴方にピアノを教えるのは貴方の長所の一つになったらいいと思うから。
あくまで貴方が主でピアノは従」
「……」
「日常生活を歪に壊してまでする事は無いと思うわ。
人生には何かに一生懸命に打ち込む時も必要かもしれないけど……。
でも、貴方自身を犠牲にしていたら本末転倒だから。わかる?」
「……はい」
「じゃあ、改めて言うけどこの前みたいな感じにならないでね?
基本的な生活がちゃんと出来た上でピアノをやるのなら文句は言わないから。
その可愛い顔がやつれて目の下に隈があるのは見たくないの。約束してくれる?」
「わかりました。お義母様」
「ありがとう。いい子ね」
素直に反省したユリアの頭をなでる。
その後私達は美味しい空気と景色を満喫してカルラとの待ち合わせ場所に向かった。
するとこの世界でよく見るマークがついた建物が目に入った。
教会である。
ユリアの視線が一瞬泳ぐのが分かった。
次の瞬間何もなかったかのように戻ったけれども。
(ふふっ……しょうがないわね。
ちょっとの間だけピアノから離して気分転換してもらおうと思ったんだけど……)
さっきの会話もあって私に遠慮しているのが分かってしまった。
「せっかく見つけたんだし、寄ってみる?」
「お義母様……」
「まあ、ピアノがあるかどうかわからないけどね。
あったらちょっと弾いてみようか」
「はい!」
(1日触れていなければ取り戻すのに3日かかるともいうしね)
そう思って教会に足を向ける。
そこの教会にあったのは領都の教会と同じタイプのピアノだった。
相変わらず調律がなっていない所も同じだ。
早速、軽めのピアノの練習を始める。相変わらずユリアの集中力は高い。
けれど些細なミスをしてしまうと自分を責める様な感じが表に出て来てしまう。
それだけ真剣にやっているという事だけど。
(この前の事もあるし、真剣なのはいいけどもっと肩の力を抜いて欲しいな……)
そう思った私は技術面とは別にユリアに注文を付けた。
「真剣なのもいいけど、もっと楽しんで弾いてごらんなさい?」
「楽しむ、ですか?」
「そう。楽しむ……」
自分で言ってから気付いた。
この世界で聞く曲はどちらかというと全て「楽しい」というより「荘厳」だ。
そもそもピアノとは芸術の一端であって大衆音楽などという物は無い。
勿論、子供たちが楽しむ子供向けの曲などもある訳がない。
ピアノを楽しむという概念自体が分からないのかもしれなかった。
「……うーん、ちょっと私と替わって? 今日は別の感じの曲を弾いてあげる。
他の人が弾くのを見るのも聞くのも勉強だしね」
「え!? 私が初めて聞く曲ですか?」
「ええ、そうよ。音楽はもっと楽しいモノなんだから。
切羽詰まってするものではないわ」
「お願いします!」
はずむ感じでユリアは私に席を譲った。
私はいつも弾いている曲では無くてポップスを弾く事にする。
気分転換で弾いていたから楽譜は無くてもそれなりに弾く事は出来た。
アレンジしているけど。
玉石混交のピアノ系動画でよく聞く様な曲を私は次々と弾いた。
ユリアは聞いた事が無い系統の音楽に衝撃を受けているように見える。
最後の数曲は調子に乗って弾き語りまでしてしまった。
気が付くとピアノの音を聞きつけたらしい村人達が教会に群がっていた。
教会の席が満員になり入りきれない人達が外から窓をのぞき込んでいる。
こうなるとやっぱり少し恥ずかしい。
しかし、ユリアは目を輝かせながら興奮した様に私を見ていた。
「凄いです、お母様……」
「どう? 変わっているけどいい曲でしょう?」
「はい! 素敵な曲ばかりです! わからない言葉もありましたけど……」
「あ……外国語なのよ」
この世界の言語は私にとってはなぜか同じ日本語だ。
日本の歌謡曲には一部だけ英単語を使っている歌詞が多い。
個人的には全部日本語にするかいっそ全部英語であってほしい気がする。
「そこの所は深く考えないでいいわ。楽しければいいの。
どう? ちょっと今までと違って面白いでしょ?」
「はい!」
考えるより感じろという○ーダの様な無茶な注文を出してしまったけれどユリアは素直に頷いてくれた。
「と、とにかく、今の曲の様に音楽は重厚で堅苦しいものばかりじゃないの。
せっかくだから普段聞かないような曲も聞かせてあげる」
もはや満員になってしまった聴衆の興味の視線が私に注がれる。
(ええい、恥かきついでだ! ユリアの為だ!)
今度は子供向けアニメの主題歌を演奏する事にした。
ユリアの年齢からしたらこちらも受け入れられそうだ。
但し、歌詞を付けなければ楽しそうな雰囲気は伝わらない。
何曲か適当に弾き始めるものの、やはり歌詞に一部英単語や意味不明な言語が
使われているものが多い。
(もっと分かりやすい歌詞にしたほうがいいかしら)
私は歌詞を脳裏で適当に作り変えてみた。しかしいい具合に改編できない。
私には作詞家の才能は皆無だ。
しょうがないので結局オリジナルの歌詞のまま数曲ピアノを弾きながら歌い上げる。
すると一曲終わるごとに聴衆から拍手が起こるようになってしまった。
(最早誰の為に弾いているのかわからないわね)
そう思っていると周囲の異変に気が付いた。
私の目線の先にある教会の窓の外から覗き込んでいた人達が崩れ落ちていくのだ。
慌てて席の方を振り返ると詰め掛けていた人達も次々と倒れていった。
まるで眠るように。
「お、奥様!」
「お義母様……」
「ユリア! レーナ!」
少し離れた椅子に座る二人も私の目の前で倒れた。
慌てて駆け寄って抱き起すもののぐったりした状態で目を覚まさない。
「何!? 一体何が起きたの?」
二人を抱き寄せた私の目に教会の入り口から倒れた人々の間を悠然とこちらへ
歩いてくる一人の男が映った。