表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/40

世知辛い世の中よね

「ところでパスカル、お願いがあるんだけど」


「何?」


「ここにあるピアノ、私にくれないかしら?」


「えっ?」



 無論、ダルセンに運んで屋敷に置くつもりだった。

この屋敷にある物はこの世界で手に入るピアノの中では間違いなく品質が高い方だ。

前の私にとってはこの屋敷の置物同然だったが今の私なら違う。

何よりあちらの家にちゃんとしたグランドピアノが欲しい。

勿論、ユリアの為である。



「ここのやつを男爵領に? 運ぶのが結構大変だよ?」


「向こうにもあるんじゃないのか? ピアノくらい」


「あるにはあるのだけれど年季の入ったアップライトが領都の教会に一台だけなのよ。

調律もされてない様だしね……。駄目かしら?」


「別にそれは構わないんだけど……でも、姉さんがそんなにピアノにご執心とは思わなかったな」


「あ、私がと云うか、娘の為に必要なんだけどね」


「娘!?」


「!?」



 しまった、まずい話し方だった。

私は慌ててユリアの話をした。

アントンとその愛人の子供を正式に養子にした事。今はピアノに夢中な事。

よくよく考えればピアノの前にするべきだった。



「それならそうと早く言ってよ……」


「げほっ……心臓が止まるかと思った……」


「二人共大げさねぇ。まぁ、つまりそういう訳なの」



 パスカルは椅子からずり落ちて胸を撫で下ろすアクションをした。

アーサーは紅茶を飲んで盛大にむせている所だった。

二人共、貴公子の名が泣く光景だ。



「そのユリアって娘の事も気になるけど姉さんが教えているの?」


「そうよ? 変?」


「いや、別に変じゃないけどさ。姉さんが自分からピアノ弾いてる所なんてそんなに無かったから。

いつも勉強とか妃教育で忙しそうだったじゃないか」


「確かにピアノは社交で必要なダンスとは違うからな」


「ん~、ちょっと弾いてあげる。私も久しぶりにここので弾きたくなったから」



 そう云って私はピアノの方に向かった。

欲しいという説得力を出す為には弾いた方が早い。

パスカルとアーサーも部屋のすぐ近くの庭椅子に移動して腰かける。


 レーナは私に先駆けてピアノが置いてある大部屋の窓を開けた。

窓を開放するとそのまま庭に居ても音色が聞こえる状態になるのだ。

私がまだ小さい時にお母様が侯爵家でお茶会を開いた時、演奏者を呼んで生演奏をさせていた事を覚えている。


 前世の記憶が戻る前の私が最後に弾いた時から何年経つか最早覚えていない。

私は少しピアノの状態を確認してから弾き始めた。

しばらくしてちらっと見た感じでは二人は明らかに驚いていた。

後になってレーナが言っていたがお屋敷の使用人も皆ピアノの音に気を取られていたらしい。

お母様が亡くなって以来お茶会も特になく置物になっていたからだろう。



「……」


「これは……」



 私は適当に前の世界で弾きなれた曲を数曲弾いた。

終わってから窓の外を見ると若干放心気味の二人が居た。



「……驚いた。何というか、とても美しくて……こんな曲は聞いた事が無い」

 

「意外だったよ……姉さんはいつも勉強とか妃教育にかかりっきりだったし。

何時の間にこんなに腕を上げたの?」


「えーと、婚約破棄されたからね。妃教育から解放されたし。

向こうに行ってちょっとこういう事する時間が出来たのよね」


「色々領主の引き継ぎとかあって大変だったろうに……流石だな」


「ちょっとの時間で出来るレベルじゃない様な気がするんだけど」


「ストレス解消で夢中になったというか何というか……」



 だんだんぼろが出て訳が分からない方向に話が進みそうだ。

取りあえず強引に話を戻す。



「まぁとにかく、そんな訳でピアノが欲しいのよ。ダルセンの屋敷に」


 

 何がそんな訳なのか分からないがとにかく欲しい事を力説する。

出来れば輸送も侯爵家の費用で。

そんな私の図々しい情熱?が伝わった様でパスカルは私の望んだ答えをくれた。



「わかった。じゃ運送屋の手配をするよ。

どうせ今のままだとただの置物だしね。費用は心配しないでいいよ」


「ありがとう、パスカル!」


「それにしても見事だよ、リーチェ。

正直、私はここまで見事なピアノ演奏は聞いた事が無い。

まるであのハイエルフが奏でている曲なのかと思ったくらいだ」


「本当、大げさなんだから。でも、ありがとう」


「幻の民・高等種族ハイエルフかぁ……。素晴らしい音楽を奏でると伝えられているよね」


「伝説だけどな」


「人を嫌ってどこかの『森』に居るって話だけど」


「吟遊詩人の街エルフが作った作り話さ」



 この世界は普通にエルフが居る世界だ。

ごく少数だが人に交わり市井で生きる街エルフ。森の中に集落を築く森エルフ。

いずれにしてもそれほど珍しい存在ではない。

人間に本来使えない魔法が使えるのも先祖が交わったおかげという話もある。



「姉さんのダルセンみたいな辺境にでもいたら面白いのにね」


「そうね」



 もしそんな人達が実在するなら出て来て男爵領に力を貸してくれないかな。

楽器奏者全員が幻の民・ハイエルフのオーケストラなんて凄そうだ。

差し支えなかったら私がピアノのコンマスで参加してこの世界で知られていない名曲を演奏するのだ。

これは道楽者の上流階級にバカ受けするだろう。しない訳がない。



(音楽の都、ダルセンとか。辺境に足を運ぶ事が愛好者へのステイタスになったりして)



 そこまで考えて、私は無限に拡大する妄想を脳裏のごみ箱に捨てた。

実現するには費用・運営・なによりハイエルフと遭遇できなければ話にならない。

問題だらけでどのみち雲をつかむような話だ。

直面している財政問題にそんな与太話を当てにしていたらそれこそダルセンの皆に愛想をつかされてしまう。

取りあえず現実的な線は知識チートで出来る工業製品でも作って売り出す事か。

よくある路線だが今は地元にお金を落とす手立てを思いつかない。



(すぐ取り掛かれて効果ある物を考えなければならないわね)



 二人に今は幸せと言ったものの世知辛い世の中よね……。

領主になったからには悩みは色々山積みだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ