余計なお世話です
「……何でここにいるのですか?」
「可愛い娘に会うのに理由が必要だったか?」
どの顔下げてそのセリフを言うのか。
あんな不良物件を娘に押し付けたくせに。
「可愛い娘の定義がお父様と世間とではいささか違う様で」
「……少し見ない内に雰囲気が随分変わったな」
「新婚早々に夫が亡くなったのですよ。嫌でも変わりますわ」
それが本当じゃないけど人となりが変化した言い訳としては便利だ。
死人を利用する感じで少し良心がうずくけど。
「そうか……そうだな」
「……」
「色々と大変な事になったな。まさか、あ奴がこんな形で亡くなるとは」
「ええ……本当に」
「領地運営に人手は足りているのか? 必要ならば人を派遣してやるが」
「大丈夫です」
能面の様に私は答えた。
今後ダルセンに投資してもらわなければならない事を考えるとまずい態度だったが、父の顔を見た瞬間に怒りが漏れ出た。
未熟だけど身内相手だけに感情を抑えきれなかったのだ。
婚約破棄以来、ずっと厄介払いされた様な気がしていたから。
「先程からどうした? 怒っているのか?」
「何の事でしょう」
「お前の婚姻についてだ」
「不甲斐ない娘に対する侯爵家当主としての判断を理解出来なくはありません。
娘の立場からは別ですが」
「……待て。誤解している様だな。少し話そう」
そう言って父は私の手を引いて城の庭園に連れて行った。
通路脇にある長椅子の一つに私を座らせてから横に腰かける。
「リーチェ、お前の意志の確認なく事を進めたのは謝る。
しかしあの時は早急に動かねばならないと思った。私なりに色々と考えた上でアレとお前の婚姻を進めたのだ」
亡き娘婿をアレ呼ばわりか。
その呼び方通りどういう人物か良く知っていただろうに。
先程言った通り体面重視の貴族の当主としては判断はわからなくもない。
貴族の娘は婚姻で他の貴族と繋がりお家の役に立つのが基本だ。
その娘が役立つどころか恥晒しになったのだ。
それも衆目を集める王子殿下によって。
聖女の力を持っていた娘は今やその力を失い侯爵家に更なる栄誉どころか家門に泥を塗る結果をもたらした。
でもよりにもよってアントンの様な男をあてがう事は無いだろう。
娘なのに役立たずは切る程度の感情しか持たれていなかったのか。
ユリアの気持ちがよくわかる。
「……色々と考えて、ですか?」
「そうだ。色々とだ」
「考えてない事がありますわ」
「何だ」
「私の気持ちです」
「……それは特に考えていたつもりだ。お前は耐えられたのか? あの醜聞に。
第二王子殿下に衆目の中で婚約破棄された令嬢という評判に」
「そんな事は」
全く気にしません。私はどうとでも生きられますから。
そう反論しかけた私は大事な事を忘れているのに気付いた。
今の私の人格は前世の記憶が混じってそちらが主になっている。
『貴族身分にこだわりはない。どんな境遇になってもしぶとく生きていける。
極端な話、たとえ平民になったとしても』
そんな考えは今の私だから出来る事であって前の私には絶対に出来ない。
父に見捨てられたと思う気持ちが強くてそういう視点が完全に抜けていた。
「殿下が婚約破棄する旨を事前に陛下に話を通していたのかはわからない。
少なくとも私にとっては寝耳に水だった。
だが、色々反論してもお前に神聖魔力が無くなっていたのは致命的だった」
「……」
「お前の名誉を守るには『即、別の男から求愛されて婚姻する』という形がいいと判断した。
金に転び、愛人を抱え、人格に問題がある男だとしてもだ。
たとえ家格が低かろうと一応貴族であり一つの領地の主であるあの男に、な」
「……」
何気にアントンを酷く云った後、父は今回の婚姻についての思惑を話し始めた。
貴族令嬢として生まれ育った私にはレールから外れて生きる術も知識も経験も無い。
そんな令嬢が完全に名誉失墜した状態になって貴族社会で生きていくのは難しい。
醜聞を避けて誰も娶ってくれないだろうし、いてもまともな貴族とは限らない。
ましてやどこかの跡継ぎ長男貴族などありえない。
良くて家名は継げず実家の援助も期待できない三男以下。
それ以外は隠居老人貴族の第二第三夫人という名の愛人くらいしかない。
嫌なら実家で死ぬまでずっと隠遁生活という事にもなりかねない……。
話を聞いてようやく父の本心が分かった。
お父様の中では今でも私は温室育ちの18歳の娘なのだ。
なぜならお父様は私の前世の記憶の事を知らない。
純粋に私の為に急遽、最低限の条件を満たす貴族との縁談を用意したという訳か。
それが社会的面目を失った私にとっての最善と考えて。
「……事前に詳しく説明して欲しかったのですが」
「覚えていないのか? あの時のお前は酷く混乱していた。
しかし私は一刻も早く縁組の手配をしなければならなかった。
今は隣国との事で手一杯でゆっくり説明する時間も無かったからな」
確かに私が目を覚ましたのを見届けた次の日にはすぐ父は隣国に旅立った。
外務卿として我が国への併合の話がある隣国との案件にかかりっきりだったのだ。
逆に言うとそんな時に寄り添ってくれていた訳だが。
その後私は出先の父から縁談を調えたので結婚しろとの命を受けた。
いきなりアントンが父の書状を持って見舞いと云う形で侯爵家へ来た時は驚いた。
「お前は侯爵家の長女だ。次男以下の貴族や平民相手に縁組させるつもりは無い。
そしてお前を世捨て人の様に家に閉じこめたい訳でもない。
最低限の条件を満たして金ですぐ話がつく者はアレ以外にいなかった」
「……それを説明しにここへ来られたのですか」
「顔を見て説明する方がいいだろう? 実際、お前は誤解していたしな」
「それは……そうですけど、でも」
私が勝手に立腹していただけだったのか。
父の愛情を疑っていた一方的な誤解があっさり解ける。
でも考えが及ばなかった自分の未熟さを棚に上げて私は拗ねた。
そんな私を見て父は表情を和らげた。
「よし、誤解は解けたな」
「もう行かれるのですか?」
「併合の件も色々と大詰めでな。しばらく王宮と隣国を行ったり来たりだ」
「お父様……」
「侯爵家に何かして欲しい事があればパスカルに言っておけ。
逐一報告はさせているが家の事も徐々にあいつに任せている所だからな」
「わかりました」
私は弟の顔を思い浮かべた。
見かけも雰囲気もぽやぽやしているが中々優秀な貴族令息である。
姉の贔屓目もあるけれど。
「ではな。家にも顔を出せ。あいつも寂しがっているだろう」
「はい。相変わらずお忙しいのですね」
「まあな。勤勉な父に掛ける言葉はないか?」
「……落ち着いたらダルセンにお越し下さい。娘をご紹介致します」
お父様が驚愕に固まった。
「何!? お前まさかもう!」
「いつ嫁いだと思っているんですか。そんな訳ないでしょう。義理の娘です」
「ああ……アレの子か」
「親と子は別です。とてもいい子ですわ。私、あの子の親になると決めました」
お父様は少し不思議そうな表情で私を見た。
「……本当に、どこか変わったな」
「お体にお気をつけて。お父様」
「お前もな」
父は私の頭を撫でた。子は親の前ではいつまでも子供という事か。
用は済んだとばかり立ち上がる父を見て私は聞きたい事を追加で一つ思いついた。
「お父様、後一つ教えて下さい」
「ん?」
「私がエゴン殿下を深く愛しているとか、好いた他の殿方が居るとか……。
そういう事は考えなかったのですか?
その場合、名誉とは別に私の心に追討ちをかける婚姻になるのですけど」
「考えたが、どうせいないだろう?」
「余計なお世話です」
ニヤッと笑って去っていく父を私は釈然としない顔で見送った。