第9話 キンジの能力
キンジの住んでいる米山家は専業で農家をしており、主人達は、朝早くから起き、仕事を始める。
主人は、食べられる植物を作るため、日々、精を出している。猫に手伝えとは言わないので、俺はのんびりと日の当たる廊下に座ってウトウトしているだけだ。
ちなみに主人は、俺が、言葉を理解出来る事は知っている。「他の人間に知られるなよ。」と釘を差された。まあ、昨日、用務員が知ってしまったが。
ただ、主人は本当の所は分かっていない。
厳密に言うと、俺は、人間の言葉を理解している訳じゃない。人間が頭で考え、口に出そうとしている言葉が分かるのだ。実際、人間の言葉を聞くと、全く分からない。
まぁ、こんな事は主人も出来ないと思う。俺は、人間に出来ない事が出来る、特別な猫なんだと思っていたが、人間にも、自分と同じ様な事が出来る者が居て、考えを改めた。
昔、家の隣に年老いた人間の女が住んでいた。名前は、秋子。目が見えなくなり、寝たきりになっていた。病気なんだそうだ。秋子の事は、主人が他の人間と話しているのを聞いて、覚えていた。
たまたま、隣の家を横切る際、窓が開いていた。見ると、秋子が横になって「水が飲みたい」と呻いていた。何気なく「上の方に手を伸ばせば、水があるぞ」とつぶやいたら、秋子は「誰かいるのか?」と不思議がっていた。
何故、俺の言った事が、分かるんだ?まさか、俺と同じ様な力があるのか?
もう一度、秋子に伝えた。
「俺は隣の家に居る猫だ。」
秋子がその言葉を聞いたら、取り乱した。
「ああ、幻聴が聞こえる。もう・・・ああ。」
そこから、秋子は叫び始めた。
同居の者が、部屋に駆けつけて、大騒ぎになったので、俺は、そこを離れた。
秋子の件があって、俺が人間の言う事を理解出来る様に、猫の言う事を理解できる人間が居る事が分かった。ただ、何故、秋子に通じたのかは、分からない。それに、秋子は、すぐに居なくなったので、確認しようもなかった。何でも、介護施設という所に引っ越したらしい。
その後、秋子以外に、能力のある人間には会った事はなかった。
主人が畑から、戻ってきた様だ。すぐに飯の準備をしてくれるだろう。飯の後、カルメラの痕跡を探しに行こうかと立ち上がると、主人から話しかけられた。
「今日、いやに猫が歩いてるな。ケンカすんなよ。」
んっ、何かあったのか。俺は飯を食ってから、外出した。
確かに、猫が歩いている。しかも、見覚えのない猫だ。
「おい、お前。どこから、来た?」
生意気そうな若い猫が振り返った。
「ジジイ、誰に言ってんのか分かってんのか。オメー誰だよ。」
腹は立つが、俺は大人であいつは若い。ここは大人の余裕を見せておこう。
「俺はキンジっつー者だ。この辺りに住んでるんだが。」
「キンジ?・・・あっ、キンジさんですか?すみません、生意気な口を聞いて!・・・ヴィトーさんの相談役すっよね。」
「ヴィトーの相談役・・・か。なった覚えはないんだが。で、お前はどこから来た?」
「俺、浄竜寺から来ました。」
「あぁ、文太の所の若い衆か。で、何をしている?」
「はい、昨日ですが、ヴィトーさんが殴り込みに来て・・・」
あいつは、一体何をしてるんだ。
文太の子分から、詳細を聞き、猫達がウロウロしている理由が分かった。
「お前達が、カルメラの痕跡を探している理由は分かった。文太とヴィトーが何処に行ったか分かるか?」
「はい、恐らくですが、世話になった、あの人間の家かと。」
前にヴィトーから聞いた事あるな。幼い時、世話になった人間がいて、そこで文太と知り合ったとか言ってたな。
「お前、場所分かるか?」
「はい、文太の親分に聞いた事があります。」
「案内してくれ。」
「分かりました。それでは、ついてきて下さい。」
キンジは、文太の子分の後をついて行った。