第7呪 黒いサイクロプスは呪われている
それはつまり――ユウマはひとつの答えにたどり着いた。
「もしかして、まだボスを倒せてないってことすか?」
ポーターとしての勘が危険を感じ取っているのか、無言で頷くミサキの表情が硬い。
その目には怯えの感情が見て取れた。
「たぶん当たりよ。少し離れましょう」
ミサキに引っ張られるかたちで、ユウマ達は倒れているアーマードサイクロプスから距離を取る。
グラグラと少しだけ地面が揺れた。
地震ではない。
震えているのはアーマードサイクロプスの身体。
その振動がダンジョンを揺らしていた。
次の瞬間、アーマードサイクロプスの身に着けている鎧が勢いよく弾け飛ぶ。
「ぎゃっ」
飛んできた鎧の肩当が、ブレイカーの1人を巻き込んで壁へと飛んでいった。
鎧のパーツひとつとはいえ、6メートルの筋骨隆々な巨体が身に着けていた鎧だ。
肩当だけでも恐らく10キログラム以上ある。
ダンジョンの壁と肩当てに挟まれたブレイカーは圧死した。
つぶさに調べずとも、彼が死んでいることは誰の目にも明白だった。それくらい見事に潰れていた。
これで生きていたら、それは人間ではない。そういう死に様だった。
「た、盾を構えろ!」
セイジが激を飛ばす。
頑丈な大楯を持つブレイカーが慌てて構える。
大楯を持たないブレイカーは、彼らの陰に隠れた。
アーマードサイクロプスが立ち上がると、肘当、籠手、膝当と次々にパーツが弾け飛んでいく。
不意打ちでなければ、大楯を構えてさえいれば、決して耐えられない攻撃ではない。
いや、そもそもこれは攻撃と呼べる代物ですらなく、ただの事象なのだが。
鎧のパーツが全て弾け飛んだ後に立っていたのは、先ほどまでよりふた回りほど大きくなった|真っ黒な肌の一つ目巨人だった。
「こいつぁ初めてみるタイプだな。第2段階ってやつか……。やるしかねぇよなあ」
表情を強張らせながら、セイジがレイピアを構える。
レイピアの切先はまっすぐノワールサイクロプスの頭部を捕らえていた。
ノワールサイクロプスには、もうフルフェイスヘルムが無い。
それは弱点であるはずの目を直接狙える、ということだ。
「はああああああ……ライトニングシュート!!」
アーマードサイクロプスに使ったスキルとは違う。
電撃属性の遠距離攻撃スキルだ。
レイピアの先から電撃の塊が飛び出して、ノワールサイクロプスの目へと一直線に疾走る。
電撃の塊がノワールサイクロプスの目に直撃する。
ノワールサイクロプスは断末魔の悲鳴を上げて倒れる。
――誰もがそうなる未来を期待した。
しかし、突如として敵の目から放たれた熱光線が、電撃の塊をまるごと飲み込んでしまった。
チームリーダーであるセイジのスキルが、
サイクロプスの弱点を狙ったスキルが、
相手に触れることも出来ずに消滅したのだ。
その場にいる全員の動きがピタリと止まった。
顔も体も蝋人形のように固まっている。
唖然としているという表現が一番しっくりくる表情だ。
「う、うわあああああぁぁぁぁ!!!」
男の叫び声がダンジョンに響き渡った。
動きが固まっていた面々が我に返り、声のした方に注目が集まった。
叫んでいる男はチームメンバーのポーターだ。
隣には上半身を焼失した仲間の姿。
もはやそれが男性だったのか女性だったのかも分からない。
だが、もうひとりいるはずのポーターの姿が見えなかった。
それはつまり、そういうことだろう、と全員が理解した。
「ひ、ひいぃぃぃぃ」
ポーターの男は情けない悲鳴を上げて逃げ出した。
敵に無防備な背中を晒して。
ノワールサイクロプスは、その背に向かって崩落した瓦礫を投げつける。
ポーターの男は瓦礫に潰されて絶命した。
ヤッくんがノワールサイクロプスを睨みつけ、手に持ったハンマーを構える。
「きさま、よくも!! グラビ――」
グシャッ、と潰れる音。
ヤッくんが武器スキルを発動する前に、ノワールサイクロプスの右手が、ヤッくんの身体を地面へと圧し潰した。
「ヤッくん!?」
バディを組んでいたヤッくんを失い、さしものセイジの顔にも動揺の色が濃い。
「リーダー! こいつは無理です。強すぎます! 一度引きましょう!!」
大楯を構えたブレイカーがセイジに注進する。
リーダーたる者、引き際も肝心だ。
なにせ既に4人もの命が、一瞬にして摘み取られたのだから。
「仕方ない……みんな退くぞ! ユウマたちも早くこっちへ来い!」
ユウマとミサキは、さきほど倒れているアーマードサイクロプスから距離を取ったときに、大空洞の入り口とは逆側にきてしまっていた。
セイジがいる入り口側へ向かうには、ノワールサイクロプスの横を抜けなくてはならない。
今なら都合の良いことに、ノワールサイクロプスの注意が人数の多い方、つまりセイジたちエースチーム方を向いている。
「今のうちにゆっくり入り口の方に向かうっすよ」
ユウマとミサキは、ノワールサイクロプスの死角となっている場所を選んで、少しずつ入り口へと向かう。
――そろり、そろり。
「ひっ」
ついさっきポーターの男を潰した瓦礫があった。
瓦礫の下からは真っ赤な血液が流れだしている。
ここを越えれば、エースチームと合流できる。
ユウマはその一心で、ただ目的地を見据えてゆっくりと歩を進める。
「あ」
上を見上げたミサキが、間の抜けた声を出した。
その声に釣られてユウマも同じく上を見上げると、ノワールサイクロプスの大きくてつぶらな瞳とバッチリ目が合った。
「あ」
――グオオオオオォォォォォォォ!!!
コソコソと背後を動き回っていたことが気に食わなかったのか、ノワールサイクロプスはユウマたちの方に向き直り、怒りがこもった咆哮を上げた。
「リーダー! あいつらはもうダメだ!! 置いていくしかねぇよ 俺らは先に逃げるからな!!」
大楯を持ったブレイカーが仲間たちを先導し、さっさと大空洞を逃げ出した。
ノワールサイクロプスが大きく拳を振り上げる。
その巨体の先に、セイジが苦悶の表情をしているのが見えた。
大楯を持った守備型のブレイカーが2人いて、ギリギリ耐えていたモンスター。それに相対しているのは最底辺のブレイカーの男と、戦力外のポーターの女。
セイジも頭では助けられないという結果を弾きだしていた。
深紅のメタルアーマーが、くるりと体の向きを変え、こちらに背を向けて姿を消した。
もうこの大空洞には、ノワールサイクロプスのほかには、ユウマとミサキしか残っていない。
このままでは、ふたりともあのデカブツのエサにされてしまう。
ユウマは腹を括った。
「ミサキさん、あいつは俺が引きつけます。その間に入り口へ走ってください」
◎ノワールサイクロプス
ブラックでもダークでもチョールヌイでもなくノワールなのです。
ノワールは悪意、差別、暴力みたいなイメージがあるので、そんな邪悪なボスなのです。決して噛ませ馬などではないのです。
ノワールにこういう負のイメージがあるのは小説や映画でノワールというジャンルがあるからですよね。




