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第20呪 転移先は呪われている


 扉の奥にふたりが足を踏み入れた途端、足元が青く光り出した。


「もしかして、転移トラップ!?」


 次の瞬間、ミサキは通路の分かれ道と思われる三叉路さんさろに立っていた。


 自分が置かれている状況を客観視して、ミサキは、そういうことか、と合点がいった。


 おそらく、過去にこのダンジョンに挑んだブレイカー達も、こうして別々の場所に転移させられたのだろう。


 チームを組んでいるブレイカーは通常、戦闘における役割を分担をしている。

 敵を引きつける囮の盾役(タンク)攻撃の要役(アタッカー)味方の強化役(バッファー)敵の弱体化役(デバッファー)といった具合だ。


 クイックラッシャーのブレイカーだったセイジのチームなら、重力スキルでモンスターの動きを止めるデバッファーのヤッくんと、突剣による強力な必殺技でトドメを刺すアタッカーのセイジのような関係だ。


 チームであることで最大の力を発揮できる構成。

 それを転移トラップでバラバラにされれば、個々の生存率は大きく下がる。

 特に――戦闘手段を持たないミサキのようなポーターには致命的な罠だ。


 やるべきことはひとつ。

 1秒でも早く、仲間ユウマと合流することだ。


 ――グルルルルゥゥゥゥゥ


 ミサキのいる位置から、そう離れていない場所からモンスターのものらしき唸り声が聞こえた。

 

「そりゃ、いるわよね。じゃないと転移トラップの意味がないもの……この鳴き声は、鮮血の大虎(ブラッドタイガー)あたりかしら」


 静かにその場を離れるべきだ。

 しかし、ここは三叉路のど真ん中。

 真っ直ぐ、右、左と選択肢が並んでいる。

 さっきのモンスターの鳴き声はどっちから聞こえたのだろうか、とミサキは耳を澄ました。


 ――グルゥゥ


 確信は持てないが、おそらく前方だろう、とミサキがヤマを張ったそのとき、右の方向からミサキの名を呼ぶ声がした。


「ュ――」


 ミサキは反射的にユウマの名を呼ぼうとして、瞬時に思いとどまった。

 ここで声を出しては、モンスターに気付かれてしまう。

 ユウマが駆けつけるよりも、きっとモンスターに補足される方が早い。


(待っていて、ユウマ。今からそっちに向かうから)


 ミサキは極力足音を立てないように、すこしずつ右の方向へ進む。

 そのあとも、二度ほどミサキを呼ぶ声が聞こえた。

 声が聞こえた方向へ進行方向を修正しながら、着実に前へと歩を進める。


 このフロアはいったいどれだけの広さがあるのか、と辟易へきえきするほど長い直線の通路。

 ミサキが転移トラップで飛ばされてから、実に4度目の十字路で事件は起こった。


 十字路の左側から突然姿を現したブラッドタイガーと目が合ってしまったのだ。

 

(まさか、さっきの!? 迷路を別ルートで回ってきて鉢合わせってこと!?)


 エンカウント、という言葉はゲーム用語で聞いたことがあるが、実際に突然敵に遭遇(エンカウント)するのはとても心臓に悪い。


――グゴオオオオオオオォォォォォ


 今度は唸り声ではなく、雄叫び。

 これは威嚇なのか、それとも獲物を見つけて喜んでいるのか。


 ミサキはリュックのポケットから逃走用の煙幕玉を取り出し、床に強く打ちつける。

 衝撃で破裂した煙幕玉から、無毒だが目の前が真っ白になる量の煙が噴き出した。


「ユウマーーー!! ユウマーーーー!!」


 見つかった以上、もはや静かにする意味もない。

 ミサキは後方に走って逃げながら、全力でユウマに助けを求めた。


 しかし、ユウマから返事が返ってこない。

 モンスターがこちらだけ、ということもないと考えれば、今はユウマも手一杯なのかもしれない。

 それでも、戦う手段を持たないミサキは助けを求め続けるしかなかった。


(なるべくさっきユウマの声がした方に!)


 モンスターに追われながらも、ユウマを探して走るミサキだったが、事態はさらに悪化する。


 ――グルルルルゥゥゥゥゥ

 ――グルルルルゥゥゥゥゥ


(唸り声が増えた!?)

 

 ブラッドタイガーは1匹では無かった。

 

(ムリムリムリムリムリムリ!!)


「ユウマーー!! ユウマーーー!!」


 ユウマの名前を呼びながら、右も左もなく走り回るミサキ。

 後方、それも決して遠くない距離にモンスター達が追ってきている気配を感じる。


 いったい、いくつの曲がり角を曲がっただろうか。

 さらに長い直線を走り抜けたミサキがたどり着いた場所は、10畳くらいの広さの部屋だった。

 入ってきたところ以外、出口は存在しない部屋――行き止まりだ。


 来た道を振り返ると、2匹のブラッドタイガーが部屋に向かってきている姿が見える。袋のネズミ、まな板の上の鯉。


 ここまで走ってきて息も整わないが、そんな弱音を吐いている場合ではない。

 ミサキは腹の底から声を出して助けを求めた。


「ユーーーマーーーーッ!!!!」


 ミサキの声が部屋を、通路を反響する。

 反響したその声が消えるかどうか、というタイミングで、雷が落ちたときのような音と共に、辺りが白煙に包まれた。


 突然の出来事にミサキが固まっているうちに、白煙は徐々に薄くなっている。


「え゛」


 白煙が晴れたとき、ミサキは我が目を疑った。


 部屋をナナメに通過するかたちで、ダンジョンが楕円形にえぐれていたのだ。

 これまでミサキの移動を妨げてきた壁が綺麗にぶち抜かれ、トンネルが開通したかのようだった。

 ミサキが入ってきた部屋の入り口は、もうどこにあるのか分からない。


 このダンジョン掘削くっさくに巻き込まれたのか、はたまた身の危険を感じて逃げ出したのか、さきほどまでミサキ追ってきていたはずのブラッドタイガーも姿を消していた。


 トンネルの向こう側から人影が近づいてくる。

 ミサキが待ち望んでいた男の姿が見える。


「ユウマ!!!」


 ミサキがユウマに駆け寄ると、ユウマが笑った。


「わりぃ、遅くなった」


 そう言って、ユウマはミサキの方に倒れこんだ。

 彼の背中は、血で真っ赤に染まっていた。





◎転移トラップ

 私は「不思議のダンジョンシリーズ」でこの転移トラップがとても嫌いでした。

 マップ踏破の邪魔であることはもちろん、同行していた仲間NPCとはぐれたり、はぐれた仲間がモンスターに殺されてモンスターがレベルアップしたり、転移先に強敵がいて準備不足で手詰まったり、などなど。

 現実のダンジョンでそんなことになったら普通に死んじゃいますからね。

 気絶して目が覚めたらLv1で最初の村に戻ってました、とはいかないわけで。

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