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第13呪 彼は父親に呪われている


「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」


 大規模ダンジョンに誘われたときにも聞いたセリフだ。

 だが、セイジの顔にあのときのような笑顔は無かった。

 ユウマは答える。


「じゃあ、じゃあ良いニュースで」


 ユウマは、前回と同じ轍を踏まないように、良いニュースを選択した。


「そっちから聞いてくれて良かった」


 セイジはぎこちなく笑うと、大きなジェラルミンケースを手渡ししてきた。

 ドラマで見たことがある例の銀色の重そうなケースだ。

 ユウマの記憶が確かなら、このケースには100万円の札束が100束入る。つまり――。


「1億円入ってる。この前の大規模ダンジョンを攻略した報酬の分配金だ」


「おくっ!?」


 いくら大規模ダンジョンとはいえ、ゴミそうじ担当に支払う金額ではない。


「なにを驚いているんだ? 最終的にボスモンスターを倒したのはユウマなんだから当然の権利だ。まあ、少し色は付けてあるけどな」


 大規模ダンジョン1回でこの稼ぎ。皆がエースと呼ばれるブレイカーを目指す理由の1つがお金であることがよく分かる。

 しかし、気になるのは「少し色はつけてある」という言葉だ。色をつける理由はきっと悪いニュースの方にあるのだろう。


「じゃあ、次は悪いニュースを聞かせてください」


 セイジは先ほどより大きく息を吸って息を整える。


「その金を持って、ブレイカーを引退してくれ。もちろん、その武器(グローブ)も置いて、な」


 やはりそういうことか、とユウマは嘆息する。


「一応、理由を聞いてもいいすか?」


「うちの会社にとって、ユウマの存在が邪魔になったからだ」


「俺が邪魔に?」


 セイジは苦い顔をしたまま、ユウマに説明する。


「陽光タワーの大規模ダンジョンは俺がブレイクしたことになっている。俺達が逃げ帰ったあとに無名のブレイカーがブレイクしたなんて知られたら信用問題だからな」


「分かります。俺はそれで構いません。もちろん誰にも言いません」


「それだけじゃ、リスクを排除したとは言えないんだよ。もちろん俺は口約束でもユウマを信じられる、だが会社という単位では例え契約を結んだとしてもリスクは残る。そこのポーターの女だって、もう知ってしまっている」


 会社としてはきっと正論だ。

 口でなんと言おうと、契約書で口外しないことを誓おうと、人の口には戸を立てられない。


「だから、もし俺たちが喋ったとしても、誰も信じないようにしておきたい、ってことすか」


「理解が早くて助かるよ」


 ユウマがこの場でブレイカーを引退すれば、最底辺の低ランクブレイカーという実績のまま記録される。

 ノワールサイクロプスを撃破した、強力な武器が手元になければ物的な証拠もなくなる。

 そうなれば、もうユウマやミサキがどこで騒ごうと「お騒がせ最底辺ブレイカーのホラ話」と誰もが思うだろう。


 お世話になった先輩の頼みだ。

 ユウマは28歳。ブレイカーとしては引退を考えても良い歳だし、セカンドキャリアを始めるにはまだまだ余裕がある。

 ブレイカーとしての稼ぎで1億円も持って帰れば、故郷にそれなりの錦も飾れるだろう。


 ユウマもそうしたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし、呪われた邪龍のグローブが、その選択を許さない。


「先輩。信じられないかもしれませんが、聞いてください」


「なんだ?」


「このグローブ、呪われていて外せないんです」


「は?」


 表情豊かなセイジの顔が、全力で「なに言ってんだこいつ」と語りかけてくる。


「このグローブ、呪われていて外せないんです」


 大事なことだから2度言った。

 ユウマの回答を拒絶と受け取ったセイジは、深いため息を吐く。


「そんなウソをついてまで、ユウマはブレイカーを続けたいんだな」


「いや、だから! このグローブ、呪われていて外せないんです! 本当です! 信じてください!!」


「もういい!!!!」


 ユウマも聞いたことのない、セイジの怒声がフロアに響き渡る。


「……やれ」


「きゃっ!!」


 セイジの合図とともに、背後でミサキの悲鳴があがった。

 いつの間にか、セイジのそばにいたはずのブレイカーがミサキの背後に立っていた。

 おそらく、『姿を隠せるスキル』が使えるダンジョン装備をしていたのだろう。

 男の左腕は彼女の首を締めるように捉え、右手に持った刃物が頬に触れている。


「先輩! やめてくださいよ! 彼女は関係無いっす!!」


「このフロアにいる時点で無関係ではいられない」


「だとしても! 無力なポーターを、それも女性を人質に取るなんて、先輩らしくないっすよ!」


「俺らしいってなんだ!!?」


 セイジは再び絶叫すると、頭を掻きむしりながらぶつぶつと独り言をつぶやきだす。


「お父さんに言われたんだ。やらなきゃダメなんだ。しくじったらお父さんに捨てられる。捨てられるのはダメだ。やらなきゃダメなんだ」


 頭を強く掻きむしったセイジの指には、彼の金髪が何本も絡みついている。誰が見ても正常ではない。

 セイジの部下と思われるブレイカーたちにも動揺が広がっている。


(今なら!)


 ユウマはダッシュでミサキの元に駆け寄ると、後ろの男に優しくデコピンした。


「ぬああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 男は悲鳴をあげながら5メートルちかく吹っ飛び、その場に崩れ落ちていく。

 相手はダンジョン装備をしているブレイカーだ。

 なのに、軽くデコピンしただけでこの威力。

 攻撃力9999は伊達じゃない。


「形勢逆転っすね」


 ミサキを取り返したユウマが、ブレイカーたちを、セイジを威圧する。


「まったく。不甲斐ない」


 セイジのさらに後方、金の大扉の奥から低音のダミ声が聞こえた。

 その声を聞いて、明らかにセイジの様子が変わった。


「……お父さん!? ごめんなさい、ごめんなさい。ちゃんとやります。まだしくじってません。ちゃんとやりますから! 俺を捨てないで!!」





◎ダンジョン攻略の報酬分配金

 企業との契約によって異なりますが、今回ユウマがクイックラッシャーと交わしていた契約は、依頼主から支払われる報酬の40%を原資として攻略に参加していたブレイカーの攻略寄与度に応じて配分される、というものでした。

 通常であれば、月末締め次月末支払いでユウマの銀行口座に入金されるのですが……今回のお金(1億円)はすぐに交渉で必要な上に、後ろ暗いアレなので現金で持ってきています。

 ちなみに1億円は約10キログラムだそうです。


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