第77話 Side シャーリー 不可解の理由
遅くなってすみません! 今回非常に難産でした!
でもその分ボリュームも増えたので許してください!
それではどうぞ!
━ Side シャーリー ━
青い空、青い海。海から漂う潮の香と時折パラソルの隙間から覗く常夏の日差し。
「よーし、サクヤ! ボール行くぞ! それ!」
「はい、主様! 行きますよ、ユキホ! やっ!」
「はい、サクヤねえさま!」
海で遊ぶ若者の楽し気な声。
そんな楽し気な光景を眺めながら私は今、パラソルで作った日陰の下に置いたビーチチェアの上でのんびりと伸びをしていた。
「はぁ~」
サァッと、潮の香を含んだ風が頬を撫でる。
その心地よい風についボーっとしてしまう。
「こんなに……」
のんびりしたのいつぶりだったかなぁ。
「お疲れかにゃ?」
私がそんなことを取り留めもなく考えていると聞き覚えのある特徴的な語尾が付いた言葉が頭上から降ってきた。
「にゃん娘さん……」
「にゃ! さっきぶりにゃシャーリー」
声がした方へ視線を向ける。そこには思った通り猫耳と猫尻尾を揺らした獣人女性がそこに立っていた。
トップ情報クラン:知識の泉のクランマスターにゃん娘。
ISOβの時から情報屋をやっており、握っている情報量でこの人の右に出るものはいないとされるプレイヤー。
世に出ている攻略情報、その殆どを発信しているのはこの人のクランだと言われている。
私がサブマスターをやっているクラン:シャッフェンもトップクランの1つと数えられているけど影響力で言えば足元にも及ばないと思う。
「にゃん娘さん……クランの方はいいんですか?」
「問題ないにゃ! イベントの前に大体段取りは話してあったからにゃ! 拠点ができたらあとはそれぞれ動けるにゃ!」
「そうですか……」
そのセリフを最後に口を閉じる。
キャッキャウフフ、とシュン君達の楽しそうな声とザザ~ンという波の音だけが辺りに響く。
き、きまずい!
実は私、あまりにゃん娘さんと絡むことがないんですよね~。
普段はお金が必要な時に生産関連の情報を売ったり必要な素材の情報を売って貰ったりする程度にしか関わることがない人だし、大規模イベント(まだ今回で2回目だけど)の時にも少し話すけどそれだって事務的な会話だし……。
チラリと、にゃん娘さんを窺い見る。
するとにゃん娘さんの楽し気な横顔が見えた。その視線の先は……シュン君達。
「楽しそうだにゃぁ」
その言葉につられて私もシュン君達へと視線を送る。
「そうですね」
先ほど見た時と変わらぬ楽し気な光景に同意の言葉をにゃん娘さんに返す。
私の作った水着もいい感じで似合っているし……。やっぱり素材がいいと選び甲斐がある。
現実の水着みたいなポリエステルやポリウレタンで出来た繊維なんてなかったから本当に苦労した。ただの布じゃ水を吸って重くなっちゃうし。
……まあその代わりにすっごく高くなっちゃったけど。現実ならともかくゲームの中で何の効果もないただの布装備……しかも水着という普段使いしない物に1万G以上なんてこんな序盤じゃまず買ってもらえない。
でも作る! というか作った! それはもう大量に! 正直赤字だったけど! おじいちゃんに借金したけど! こうして可愛い娘に着てもらえたので満足です!
……でも出来れば次はオーダーメイドで作らせてもらいたいところです。私の懐的にも、モチベーション的にも……。
やっぱり可愛い娘には一番似合うものを作ってあげたいですからね!
「……シャーリー」
おっとつい興奮して……にゃん娘さんがちょっと引いてる! あ、ちょっと、そんな距離を取らないで……!
私が慌ててにゃん娘さんを引き留めるとにゃん娘さんは小さく溜息を吐きながらゴホン!と咳ばらいをした。
溜息を吐いた時の表情はどこか疲れたもので……なんか……すみません。
「……まあいいにゃ。それはそうと私はシャーリーに少し聞きたいことがあって来たにゃ」
「聞きたい事……ですか?」
なんでしょうか? イベント協力についての話し合いはもう済んでいると思うのですが? なにか抜けがあったでしょうか?
「どうしてシュン君に装備を作りたいにゃんて頼んだにゃ?」
その質問に私はピタリと動きを止め、にゃん娘さんの顔を見つめた。
「……どうして、ですか?」
「いやにゃ? シャーリーってシュン君にしたような自分の押し売りみたいな行為が苦手というか嫌いだと思ってたのにゃ」
「それは……」
当たっている。確かに私はそういった行為がするのもされるのもあまり好きじゃない。
「でも今回シュン君にそれをしたにゃ。だからどうしてなのかにゃ~って思ってにゃ?」
「……」
よく見てるなぁ、この人……。流石は情報屋ってところなのかな? それともただ単にこの人が鋭いだけ?
「ただの興味本位にゃから言いたくなければそれでもいいにゃ」
「……いえ別にいいですよ?」
そうだなぁ? どこから話そうかな?
「私……憧れている人がいるんです」
「ガンテツにゃんのことかにゃ?」
「……はい」
ガンテツにゃん……いや今は話すことに集中しよう。
「私、親が共働きで小さい頃はよくおじいちゃんのところに預けられていたんです」
毎日、保育園や学校が終わるとおじいちゃんの家に行っておばあちゃんとおしゃべりしながらお菓子を食べてテレビの子供番組を見る。
おじいちゃんはその頃から既に名匠として名を馳せていて毎日忙しそうにしていたし、その頃の私は引っ込み思案だったから私の相手はもっぱらおばあちゃんだけだった。
「でもある日……小学校の低学年くらいの夏休みだったかな? そんな私を心配したのかおじいちゃんが私に刀を打つところを見せてくれたんです」
おじいちゃんの仕事場はすごく暑くて刀を打つ音は耳に痛くて夏だったこともあって環境は最悪だった。
だけど……
「今でも覚えています」
目をつぶれば今でもあの時のことを思い出せる。瞼の裏に今でも焼き付いてる。
鉄を熱する炎の色。鉄を打った時に出る火花。何かの液体に鉄を浸ける時の音と蒸気。それらを真剣な顔で見つめるおじいちゃんの汗に濡れて炎に照らされた顔。
そうして出来上がった一本の美しい刀。
汗だくになって見つめたその時の風景を……おじいちゃんの背中を……今でも私は思い出せる。
多分これが私の原点。
このことをきっかけに私は職人の道を……何かを作り出すことをしたくなっておばあちゃんに裁縫を習い始めて、今では服飾デザイナーになるために専門学校に通っている。
それと一応少ないけど友達も出来たからあの出来事は本当に私の転換点とも言える出来事だった。
「にゃ! 流石ガンテツにゃん! 良いおじいちゃんにゃね! でもそれがにゃんでシュン君のそれにつながるにゃ?」
ここまでの私の一人語りを静かに聞いていたにゃん娘さんが口を開く。
まあ確かに全く繋がっているようには聞こえないよね?
「シュンさんが少し前におじいちゃんのところに刀の相談で来たのは知っていますか?」
「もちろんにゃ」
もちろんなんだ? シュンさんから聞いたのかな? それともどこかに……。
なんとなく怖くなって余計な思考を追い出し、シュンさんの話に集中する。私は何も考えなかった……!
「私、誰かの為に何かを作る時に必要なのはお互いにお互いを信用していることが一番だと思っているんです」
「ほうにゃ」
これはおじいちゃんが特注で刀を打つ仕事をしているのを見たときに思ったことだ。
その時の刀は居合をやる人のためのものだった。相手の体格や技量、更には性格にすら合わせてたった1人の為に槌を振るう。
それを見て思ったんだ。良いものを作るには持ち主にその職人の技量が己を輝かせてくれることを信用され、職人もまた自身の作った物をその人が輝かせてくれることを信じなければならないって。
鍛冶でも服飾でも、物を作るってそういうことだってそう思った。
ブランドっていうのも結局の所、その信用をわかりやすく証明するためのものだって。
「だから自分から自分を売りつけに行くのはなんか違うなって」
「にゃるほどにゃあ」
自分の作った作品を見て職人に作ってほしいならいい。でも職人の方から俺ならお前を輝かせられるって行くのはなんか違うなって。
そういった売り込みで始まる信頼や出会いもあるのかもしれないけど……これは私がまだ未熟だからそう思うのかな?
そこまで言って私はシュン君達の方を見る。今はサクヤちゃん達とシュノーケリング?(海の遊びなんて詳しくないので多分だけど)をやっているみたいだ。
その様子を見て後で私もやろうと思いながら再び口を開く。
「そしてそれはおじいちゃんも同じなんです」
「そうなのかにゃ!?」
その私の発言に彼女は驚いたように口を開いた。その様子に私は苦笑する。
そんな私を見てにゃん娘さんは少しばつが悪そうに頬を掻いて再び口を開いた。
「すまんにゃ。ガンテツにゃんのシュン君への態度を知っているから……つい」
「いえ……気持ちはわかりますから」
「すまんにゃ。でもそれじゃあシュン君は祖父と孫、2人の職人の矜持を曲げさせたんにゃね。しかも片方は何十年もの矜持にゃ。なんでそこまでするにゃ?」
「そうですね色々ありますし、おじいちゃんの方は想像も入りますが、一番の理由は多分私と同じだと思います」
「ズバリそれは?」
なんでシュンさんに自分を売り込んだのかそれは……
「彼が私の作った物を纏って戦っている姿を見たいと思ったから。私の作った物こそを使って貰いたいと思ったから」
言うなれば嫉妬だ。あの動画を見たとき私は堪らなくあの服を彼に与えたであろう人物に嫉妬したのだ。
月の光に照らされて手に持った白い刀を振るうたびに靡く白い衣。
それは写真集とかで見るような人が作り出した美しさにはない神聖さすら感じる光景だと思えた。
襲い来るモンスターに抗う彼。己の全てを……感情と感情をぶつけ合うような削り合いの中、命すらも賭した気迫がそう魅せたのかもしれない。
きっとおじいちゃんも同じだと思う。いやもしかしたら私が感じた以上の感情があるかもしれない。
あの時あの瞬間に振るわれたあの刀はこのゲームを始めるときに貰える初期装備。
決して彼のためだけに作られた物ではない言ってしまえば量産品だ。
だからこそなぜ自分の……と思ってしまうだろう。
「なるほどにゃあ……」
「はい。呆れますか?」
「そんなことないにゃ! 私もちょっとだけ気持ちがわかるにゃ」
そうなんだ……にゃん娘さんもあの動画を見て感動したのかな?
ここで一度話が途切れお互いに沈黙する。そしてそのタイミングを見計らっていたようににゃん娘さんのクランメンバーと思われるプレイヤーが彼女を呼びに来た。
「それにゃあ私は行くにゃ! 色々教えてくれてありがとにゃ!」
「いえ! 私も話せてよかったです!」
「このお礼はまたきちんとさせてもらうからにゃ!」
そう言ってぱちんとウィンクをして背中を見せるにゃん娘さん。
去り際まで決まっている人だなぁと思いながらその背を見送っていると、足を踏み出したところでふと思い出したようにこちらを振り返る。
「そういえば個人情報にゃから答えなくてもいいにゃけど、シャーリーは今何歳なのにゃ?」
その質問に私は目をぱちくりさせながらそういえばこのハーフリングの姿ではわからないかと思い、一応少しだけ暈して質問に答える。
「最近お酒が飲めるようになりました」
「……今日1番の驚きだにゃ」
そう言って今度こそにゃん娘さんは背中を向けて去っていく。
……実はリアルでも童顔で身長もあまり高くないから初めて居酒屋でお酒を頼んだ時は年齢確認のために見せた免許証を2度見どころか2度目の後に眉間を揉んだ後に3度見されたしすごく心配そうに見られたなぁ。
あの時は初めてだったこともあって家族で行ったからなんとか頼めたけどもし友人と一緒だったら頼めなかったかもしれない。
そう考えたところでふとマーレちゃんの方を見る。彼女もまたあまり身長は高くない。
現実でもあれくらいの身長だったら……マーレちゃん頑張れ!
くだらないことを考えながらにゃん娘さんに話したことを思い返す。
あの時、矜持を曲げた理由を嫉妬だと言ったけど本当は私にはもう1つ理由があった。
あの時シュンさんがおじいちゃんを訪ねて店に来た時。
その時はまだ動画を見て嫉妬もしていたのは確かだけど、どちらかと言えばミーハーな気持ちの方が強くて自分に注文してくれないかな?と思いながらも売り込む気はなかった。
彼を店の奥に案内して店舗の方へ戻って直ぐにおじいちゃんが作業中だったことを思い出して、おじいちゃんの作業の邪魔にならないようと終わるまで待合室でくつろいでいてもらえるように案内するため作業場に戻った。
その時彼は静かにおじいちゃんの作業を見ていてそのことに少しほっとしながら声を掛けようと彼に近づこうとして……その時に彼が浮かべている表情を見てしまったんだ。
それはまるで憧れた何かを見ているような何よりも大切で大好きな宝物を見ているような表情で……。
それを見た私は思わず固まって次の瞬間には気づかれないように部屋を出ていた。
部屋を出た私の胸はすごくドキドキしていて彼のあの表情が頭から離れなくって……。
だってあの顔はまるで……
「私を見ているようだったから……」
私が憧れて目指したものに彼もまた魅せられているのだと感じて……。その時には矜持だとかこだわりだとかそんなもの全て素っ飛ばして彼に私が作った物を使って欲しいと思った。
私が作った物で彼を輝かせたくなった。私が創ったものが彼の輝きの中にあって欲しいと思った。
でも結局、その日はもう彼と話す機会はなくってその後もおじいちゃんは時々連絡を取っているようだったけど彼とお店で会うこともなくて。
「だからおじいちゃんに頼んで彼が居る場所に案内してもらったんだよね……」
まさか町にも帰らずあんなところでサバイバルをしているとは思わなかったけど……。
「頑張って最高の装備を作らないとね」
この気持ちが何なのか今の私にはよくわからないけれど、今は今まで私が培った全てでもって最高のものを作る。それだけだ。
次回投稿は4月22日(金)16時予定です!(最近執筆に手間取って予告通りにいかないことが増えてきたので予定です。ごめんなさい!あまり大きくズレないように頑張ります!)
さて今回は影の薄かったシャーリーさんのお話です。
シャーリーさんの心情を表現するのに凄く苦戦しました!
特に矜持を曲げた理由をズバリ表すところは苦戦しました。
この職人の矜持の部分は昔堅気の頑固な職人をイメージしてそれに影響されたのがシャーリーさんという感じです。でも完全には染まっていなくて若者っぽい部分も少し残しています。
って感じで描けていたら嬉しいですw
それでは次回もお楽しみに!




