第62話 現実での一時②
「マジで?」「マジなの?」
北の森の異変を知った翌日。
俺は学校の屋上で昼食にテスト勉強を見て上げたお礼にと葵が作ってきてくれた弁当を食べながら、陸と葵の二人に北の森であったことを話していた。
「マジだ。一応向こうで師匠とドルグ……まあ冒険者ギルドのベテラン? の人に話は通しておいたけど間違いなくプレイヤーにも声が掛かると思う」
昨日、靄の中のモンスターと一戦した俺は森から撤退した後、一度オルソと別れ、急いで町まで戻ってサクヤ達に修行をつけていた師匠達に北の森に発生した異変について報告していた。
オルソのことに邪素のこと。特に邪素については現在もオルソが抑えているとはいえ徐々に広がりを見せているためできる限り早めの対処が必要になる。
そのため急いで報告しに戻ったのだが内容が内容だけに師匠達……特にドルグからは呆れたような視線と共に特大のため息を頂戴することになったが……。
まあ気持ちはわかるんだけどな?
俺があの世界に降り立って直ぐにオラグランデ達とやりあって、その記憶も新しい内にドルグ達も含め、殺しあっていた野生のモンスターと仲良くなった上、邪素が発生しているのを見つけました……とか言われたんだからな。
でもおかげで手遅れになる前にもっと危険な事態に対応できるようになったんだからそこまで呆れなくてもとは思う。
玉子焼きを口の中に運びながら、俺は昨日あった出来事を回想する。
「まさかあの熊がそんな重要な役割で配置されていたとは思わなかったわ」
「流石ISOの運営。性格が悪すぎる」
そんな俺の前で同じく弁当を食べていた二人は俺の話を聞いて絞り出すようにそんな言葉を零した。
玉子焼きを咀嚼しながら俺は二人に視線を戻す。
二人の表情はいつの間にか実に苦々しいものに染まっていた。
「ははっ! 二人はあいつとは何度かやりあったんだったか?」
だが俺は二人のその様子に思わず笑いが零れてしまった。
話を聞く限り二人ともオルソにかなりぼこぼこにされたらしいからなぁ。
「ええ。それはもう何度死に戻りしたかわからないくらいよ」
葵が苦々しい表情のまま、ミニハンバーグを半分口の中に頬張る。
その様子はまるで親の敵とでもいうような感じで実に面白い。
「死に戻りさせられた恨みもそうなんだけどな? それ以上にまさかこれ見よがしに倒せと言わんばかりに配置されたモンスターが実は倒してはいけないだなんて罠以外の何物でもないだろうが」
「そういうものか?」
陸のその言葉に俺は思わず首を傾げてしまった。
別にそんなモンスターがいてもいいと思うんだがな……。
「あ~、春樹はあまりピンとこないかもな」
「そうね、今回のこともそうだけどこれはゲーマーほど引っ掛かりやすい罠だと思うわ」
うん? ゲーマー程ということはまたゲームのセオリーとかそういう類の話か?
「今までのゲームでは街道をふさぐモンスターがいれば倒して街道を開放するっていうのが基本だったのよ」
「RPGの基本だな。モンスターが街道を塞いで困っています! なんて状況なら大抵はそのモンスターを倒して街道を開放するっていうのがセオリーなんだよ」
なるほど。つまり……
「またその固定観念にしてやられて悔しかったってことだな?」
「「うっ!」」
二人が胸を押さえて項垂れる。
まあここまで散々その罠に引っ掛かり続けてまた引っ掛かれば流石に悔しいか。
「そ、そんなことより! それじゃあ北の森のクエストはイベント後になるのね?」
「おそらくな」
己の失態を誤魔化すように話題を変えにかかる葵。
まああんまりからかうのもかわいそうなので昼食の弁当に免じて俺もその話題転換に乗ってあげる。
「ならまずは直近のイベントだな!」
「そうだな。俺が靄の中でやりあったモンスターの感じだとまずはイベントで武器を強化しないとかなり辛そうだったからな」
少なくとも初期武器より多少強いなんて程度の武器じゃかなりきついと思う。
「そういえばイベントの情報も更新されていたわよ!」
そういって自身の携帯端末を操作して画面を俺に見えるように向けてくる葵。
「なになに?」
それを見て俺は一緒に画面が見やすいように葵の隣に移動し、端末を覗き込む。
「ん? どうかしたか、葵?」
だが携帯端末を操る葵の白い指が動かない。不思議に思い葵の顔を覗き込むとそこには顔を真っ赤にして固まっている葵の姿があった。
「おい本当にどうした? 熱でもあるのか?」
葵の様子に俺は思わず熱を測るため額に手を伸ばそうとする。
「な、なんでもないわ! 気にしないで!」
だが葵の額に伸ばそうとした手は、素早く再起動した、本人の手に止められた。
「いやでも……」
「い・い・か・ら!」
「……わかった」
何なのだろうか? ……まあ本人が大丈夫だというならいいか?
ボソッ「ちょっともったいなかったかしら……」
? 今何か……
「それよりもイベントよ! これを見て!」
そう言って素早く端末を操作して公式サイトのイベント情報ページを俺にも見易いようにしてくれる葵。
その内容が気になった俺はひとまず疑問を棚上げにし、改めて画面を覗き込む。
「どれどれ」
まず舞台は聖なる島『フェティル島』。
港町『マルフルーア』から船に乗って移動し、船着き場のある『遊泳の島』に移動する。
この『遊泳の島』はつまるところ安全地帯でここならモンスターに襲われることはなく、海で泳いだりといった普通のレジャーを楽しんだりすることができる。
そしてこの『遊泳の島』を中心にして九つの島に行くことができる。
『鉱玉島』『薬毒島』『錬金島』『樹海島』『食材島』『鳥獣島』『草糸島』『試練島』『遺跡島』。
それぞれの特徴としては……
『鉱玉島』では鍛冶や彫金に使える鉱石や宝石
『薬毒島』では調薬や調毒で使える薬草や毒草
『錬金島』では錬金に使えるモンスター素材
『樹海島』では木工に使える木材や樹木系モンスター素材
『食材島』では料理に使える魚、肉、野菜、穀物
『鳥獣島』では羽や皮素材が取れるモンスター
『草糸島』では裁縫に使える綿や糸
を、それぞれ豊富に採取することができる。
そして『試練島』『遺跡島』。
この二つは『試練島』ではレベルが高く戦闘能力が高いモンスターが多数生息しており、『遺跡島』は美しい遺跡群を見ることができる不思議な島と書かれている。
この中から行きたい島を三つ選んで探索することになるわけだな。
「どうしようかなぁ」
正直かなり悩む。今のところ候補としては装備強化として武器に『鉱玉島』防具に『草糸島』。
サクヤのことを考えると『食材島』。
レベル上げに『試練島』、俺の好奇心から『遺跡島』といったところか。
特に『遺跡島』は今までのことを考えると何かありそうなんだよな。
「う~ん、二人はどうするんだ?」
暫く悩んでも決めきれなかった俺は二人にも意見を求めることにする。
この中から三つだけというのはやはりかなり悩むな。
「私はパーティメンバーとも相談しなきゃだけど試練は確定かな?」
「俺もだな。あと二つはそれぞれ自分に必要な素材が取れる島に行くか? クランメンバーと手分けしてもいいな!」
そうか。二人はクランメンバーと協力して素材の融通ができたりもするのか。
「なんなら春樹も一緒にどうだ? そうすれば素材の融通もできるぞ?」
「あっ! ずるい! それなら私のところでどう?」
俺が悩んでいると二人がそんな提案をしてくれる。
「二人のクランで、か……」
それもいいかも? だけど……
「『遺跡島』が気になるんだよなぁ……」
他の島に比べて特に採れるものがあるわけでもないこの島。
だけどここだけが何の意味もない島だなんて思えないんだよ。
「『遺跡島』か……。そこは確かに俺も気になっている」
「今までのことを考えるとこういう何も魅力が無さそうなところに意外と何かあったりするものね……」
二人もそう思うか……。
「う~ん。とりあえずそこは保留だな」
「そうね。正直かなり博打要素があるもの。ここは慎重に考えた方がいいと思う」
だよな。まああと一週間くらいあるんだからゆっくりと考えようかな。
「他はどうするつもりなの、春樹?」
「とりあえず俺も試練島には行こうと思っている」
「そうなのね! じゃあその時は一緒に探索しない?」
「俺は構わないがパーティメンバーに相談しなくていいのか?」
「多分大丈夫。前から噂の鬼殺しのことをよく聞かれてたからね!」
……それは本当に大丈夫なんだろうか? 質問攻めにされたりしない?
「それなら俺も! せっかくのイベントなんだから少しくらい春樹と遊びたい!」
俺が葵の発言に思わず不安を抱いていると横から陸も追随してくる。
「それじゃあ二大クランパーティ+春樹パーティで合同探索ね!」
そうしていつのまにやらとんとん拍子に話が進んでいく。
合同探索か……少し不安はあるけどアーサー&陸のパーティとヒルド&葵のパーティの他メンバーのことは気になるし、ゲームを始めてから殆ど他のプレイヤーと一緒にプレイすることがなかったからいい機会かもな。
そう考えたら楽しみになってきた! 二人の仲間はどんな人たちなのかな?
次回投稿は1月7日(金)16時です!
今年も残すところあと少し!今年も充実した年になりました!
来年も充実した年になるとうれしいですね!
それでは皆様よいお年を!次回もお楽しみに!




