第50話 昔昔の世界の始まり
今、この世界がある場所にはかつて何もなかった。
太陽も月も大地も植物も海も空も風も炎も生ける者も魂もそれどころか世界すらも存在しなかった。
そんな場所にとある神が降り立った。
その神はその場所でまずは有と無を定め、創造と破壊を生み出し、秩序と混沌を制定した。
有と無が定まりそこには何かが生じるようになった。
創造と破壊を生み出したらそこには秩序と混沌が入り乱れた。
秩序と混沌を制定したら、そこは世界になった。
降り立った神は生まれた世界を見渡して気が付いた。
この世界には世界以外に何もないことに。
こんなに寂しい世界ではと、神は手始めに自身の力を分け与えて二つの星を生み出した。
世界を照らす命の太陽と眩しい太陽の光を受け止め包む魂の月。
神は同時に生まれた双子の星に名前を付けた。太陽はソレイユ、月はセレーネ。
生まれた姉妹は仲が良く、自身を生み出した神を父と慕った。
だけどそこにはまだ父と姉妹しか存在しない。
それでは満足できなかった神は自身を父と慕う姉妹と共にもう一つ、姉妹の間に星を作った。
神はまずセレーネと共にそこに大地を生み出し降り立った。自身の身体を安定して確かに受け止める大地だがそれではまだ味気ない。
次に神はソレイユと共に安定している大地に炎を灯し活発化させた。それにより大地は熱を持ち隆起して不安定になった。
それに焦った神はセレーネと共に今度は水を生み出し、猛った熱を鎮静させた。それにより大地は再び安定し、灯した炎は静かになった。
安心した神と姉妹。これで完成と星を見渡すとそこはまだ寂しさを感じさせる味気ない星のまま。
なにかが足りないと考えた神は今度はソレイユと風を生み出し星に流した。それにより星に動きが生まれ星は完成した。
その時姉妹に新たな弟妹が生まれた。
土のボーデン。火のプロクス。水のユーラ。風のアネモス。
そのことに喜んだ神と姉妹。特に姉妹は4人の誕生を喜び、4人の為に父の力も借りて、父から与えられた命と魂の力を使い様々な命を生み出し、魂を与え、新たな星に芽吹かせた。
そのことに4人は喜び、にぎやかになったと父も喜んだ。
そうして神と6人は真に完成した命と魂が芽吹く、この世界に【イストリアル】という名を付け慈しみ、更になにかできないかと考えた。
そして7人は思いつく。自分たちの力の欠片を彼らに与え、祝福しよう。
その為に神は世界に自身の力を満たし、残りの6人は新たにそれぞれが自身の力の欠片を運ぶ役目を持つ者を生み出し、運ばせた。
そして隅々まで行き届いたところで、神々は生き物を祝福し、星から去ることにした。
自身の慈しむこの星の者達が自身の足で進めるように。
それでも心配はなお尽きない。その為最初の神と新たに神となった6人はこの星に生きる者が真に助けを求めた時の為、地上の特に自身の力が満ちる地に自身の神殿を作り出す。
そこをそれぞれ生み出した龍に護らせ、この星の者に時に自身の意志を伝える時の為、神の意志を伝える獣を生み出し星に放った。
そして7柱の神はこの星を去り、星の外からこの世に生きる物を時に助け、時に試練を与えて、この星の生ける物の行く末を今も見守り続けている。
|
|
|
「これが我々人に伝わる創世の話です。」
今はドーテと出会ってから1時間程。俺達は神像の前に並べられた長椅子に座りドーテからこの世界の創世神話を聞いていた。
「あのステンドグラスはこの世界に力を満たす精霊。神殿を護りし龍。そして神の意志を伝える獣とその配下が神々に集う様子を描いたものなのです。」
俺は神像の上にあるステンドグラスに目を向け、ドーテに問いかける。
「神々の作り出した神殿というのは…?」
「ここではありませんぞ?ここは我々人が7柱の神に感謝を伝えるために建てたもの。神が作りし、神殿はこの世界のどこかにあると言います。」
確か特に自身の力が満ちる場所、だったか?
「お若いのがこの世界を巡ればいずれたどり着ける日が来るかもしれませんな?」
俺はドーテに視線を戻す。そのドーテの視線はまるで夢見る若者を応援するような慈しみに満ちたものだった。
その視線から逃れるように俺は話を逸らし、ついでに視線も逸らす。
「話にあった祝福というのは?」
「これは私も含め皆が使っている、ステータスやインベントリなどの力全般ですじゃ。」
「全般…ですか?」
つまりステータス欄に乗っている全ての項目が神々の贈り物ということか?
「神々はこれらの祝福を力を合わせて創り上げこの世に生きるものに授けました。…来訪者であるお若いのは知らないでしょうが、我々はこの世に生を受けたその時からその子にあった贈り物を神々から頂きます。その後その者の進む道に合わせて力を新たに得たり、変化していきますじゃ。」
つまりこの世界の人にとってステータスとかの力は文字通り生まれた時から持っている馴染み深い物なんだな。
「その祝福をこの世界の者ではないものに神々は与え、更にはこの世界の者には与えることのなかった蘇りの力までも与えてこの世界に呼んだ。」
俺は逸らした視線をドーテの方に戻す。ドーテはいつの間にか顔を俯けており、その表情は伺い知れない。
「神々にどのような意志があるのか…私にはわかりようもありません。ですがあなた方のような存在を態々呼んだということはそれほどの力を持つものがこれから先必要になるのではないかと私は思いますじゃ。」
ドーテは顔を上げ、俺に向き直る。顔を上げたことで俺の目に映るようになったドーテの表情は先程までの暖かい表情とは違い真剣な中にほんの少しだけ不安が混ざったような表情をし…
「お若いの。この先どれほどの試練が貴方の行く先にあるかはわかりません。ですが…お気をつけなされ…。」
それ以上に俺への心配を瞳に宿して、俺を一心に見つめていた。
「肝に銘じます。」
俺はその瞳に深い感謝を込めてサクヤ達と共に深く頭を下げる。今日初めて会った俺みたいな余所者に真剣に心配の視線を送る、彼の心配を少しでも和らげられるように。
そしてそんな俺の態度にドーテの表情がふっと和らいだ。
「さてそれでは他に聞きたいことはありますかな?」
俺は他に聞きたいことについて考える。そうだな…
「あの、もしよければ邪気というものについても知りたいのですが?」
俺の口から邪気という言葉が出た瞬間、彼の顔は先程までとは毛色が違う真剣な表情に変わった。
「お若いの。どこでそれをお聞きに?」
「実は…」
俺はドーレに先日のゴブリン襲撃の際の話を誰が倒したかについては暈しながら話す。
俺のことについて暈すのは念のためだ。
「…というわけです。」
「そうですか。シズカ殿から…」
やっぱり師匠の事を知っているのか…。本当に師匠は顔が広いよな?
「邪気というのは生き物の負の感情から生まれるというのはシズカ殿から聞いたのでしたな?」
「はい。ですがそれくらいしか聞いてはいません。詳しくは神殿で聞けと…。」
「そうですか…」
ドーテは重苦しい雰囲気を纏いながら目を閉じる。
そしてやがて決心がついたかのように目を開き俺を見た。
「邪気について神殿も多くのことは把握しておりません。そのため語れることは余り多くありませんがそれでも良いのなら語りましょう。」
「お願いします。」
俺はすぐさま答える。今は少しでも情報が欲しい。
「…わかりました。邪気というのは負の感情から生まれたもの…ですがそもそもこの邪気というものは最初この星の生き物に魂が宿った時にはこのような力は存在していませんでした。」
この星に命が生まれ、神々が居なくなった後の事。
この世界の生き物はみんな仲良く暮らしていた。
争いも諍いもなく、平和で穏やかな日々。そんな毎日がこれからも続くとその時その星の生き物は信じていたという。
だがある日突然この星の生き物たちの一部に悪意が生まれた。
原因はわからない。だがその日を境に唐突に一部の生き物が争うようになったのだという。
この星の生き物は混乱した。なぜこのようなことが起こったのか誰にもわからなかったのだから当然だ。
そこからは一部の者が争い合う日々。それを他の生き物が止めようとする。だけど…
「その悪意はまるで感染するように他の生き物に広がったと言います。」
最初は一部の者だけが争い合うだけだった。それがまるで病気のように広がりを見せる。
そしてある日それは生まれた。
「神殿に言い伝えられる話ではそのものは黒い靄を纏い自らを悪魔だと答えたと言います。」
悪魔。俺の世界でも様々な文献やお伽噺に登場する悪や不義を象徴する存在。
「悪魔はその力を振るい、多くの者を苦しめたと言います。」
悪魔は多くの者を悪に落とし、多くの争いを産んだ。
「ですが最後には多くの悪に堕ちていなかったものと神々の力により倒され、封印されたと神殿では言い伝えられています。その悪魔の纏っていたものが邪気だと…。まさか再びそれが蘇るとは。」
「そんなことが…。」
「これ以上の詳しい話はサクレ聖教国の教都にある大神殿でお聞きくだされ。」
「わかりました。」
色々と疑問も増えたが、悪魔か…。多分一筋縄じゃいかないんだろうな…。




