第43話 精霊の救い…
水の精霊にお話に誘われて1時間ほど。
彼女達のお話は未だに続いていた。
俺は彼女たちの前に腰かけ4人で車座になって話を聞いている。
サクヤたちは他の小さな精霊達とかくれんぼをして遊んでいる。
『それでね?その時…』
『僕はやめろって言ったのにさぁ…』
『…』
彼女たちの話は尽きることなく続いている。どこからこんなに出てくるのかと思ってしまうくらいだ。
だけどおかげで少しだけ彼女たちのことがわかってきた。
彼女たちは下級の精霊。此処にいる他の小さい精霊達の一つ上の階級になる存在。
この精霊の階級というのは単純に精霊の扱えるエネルギーの強さのことだ。
この扱えるエネルギーが一定よりも少ない精霊のことは妖精と言われる。
精霊はこの世界では神の力の欠片たるマナを世界中に送り届ける役割を担っているのだそうだ。
そして扱える力が増えるとそれに比例して階級が上がり一緒に役割を課される。
この湖にこんなに最下級が集まっているのはここがマナを運ぶための中継地点みたいな場所であり、最下級の精霊が生まれる場所だから。
ここで下級の三人が最下級の精霊たちに指示を出し、マナをいろいろな所に届けるそうなのだが最近は妖精たちが生まれる量が減り、更に下級以上に育つものが減っていて困っているのだという。なんか世知辛い話だな…
そんな世知辛い話を俺はこの三人の精霊から聞かされ続けていた。
俺がそんな精霊達の役割に神秘的なものを感じながらも、なんとなく世知辛さを感じていると、
ようやくひとしきり話して満足したのか水精霊以外の下級精霊はサクヤ達の元に遊びに行ってしまった。
俺は一人残った水精霊を見る。なぜ彼女だけここに残ったのだろう?
『シュン、あなたにお願いがあるの。』
水精霊が上目遣いになりながら恐る恐る俺を窺うように見た。
「なんだ?」
『さっきあなたは召喚術士だって言ってたわよね?なら私達と契約を交わしてくれないかしら?』
…契約?俺は突然の予想外なお願いに驚く。
「そのお願いとさっきの話がどうつながるんだ?」
『さっき下級まで育つ子が少ないって言ったでしょう?』
確かに聞いたが…
『そうなっているのは成長する精霊が少しずつ減っているからだけじゃないの。そこまで成長する前に消えてしまう子が多いからなのよ。』
「消えてしまう?」
精霊ってのは普通目には見えないんだよな?なら外敵なんかはないに等しい。ならなんで…
『理由は二つ。魔物の中には魔力を喰らう個体がいるの。そいつらは魔力を食べるからか私たちが見えるみたいなのよね。』
いたよ天敵。それは精霊じゃ相性が悪い。見たところ彼女たちの攻撃方法は魔法一択。これじゃあどんなに頑張っても攻撃は通らないし、逆に相手の攻撃は致命傷。
これじゃあ勝ち目なんてないに等しい。
『昔、この魔物が大量発生した時は、人間がどこかに封印してくれたみたいで助かったんだけど、最近また増えてるみたいなのよねぇ。あなたも見つけたらできれば倒しといてね?』
それは確かに倒しとかないとまずいな。話を聞く限り精霊はこの世界においてかなり重要な役割を担っている。
そんな精霊たちが何かの拍子に全滅してしまえば、下手をすれば世界が滅びかねない。
「わかった。見つけたらできる限り倒しておく。」
『ありがと。それで理由のもう一つは、下級まで成長した精霊にはまず起こらないんだけど最下級の子が堕ちてしまうことが最近増えてしまったの。』
「おちる?」
おちる…堕ちるか?
『そう、堕ちる。精霊の身体が魔力体でできているのは知ってる?』
「…いや初めて知った。」
魔力体…。サクヤ達みたいな感じか?
『そもそも魔力は生物の感情や願いに影響を受けやすい。あなたの召喚モンスターのように契約で結ばれていたり、私たちのようにある程度成長して安定していれば問題ないのだけど…最下級の子は精神も魔力もまだ安定していないからその影響を受けやすいの。…最近この辺りに邪気を纏った鬼が現れたでしょう?』
それは…!
水精霊の表情が悲し気に歪む。
『邪気とは生物の負の感情や願いによって魔力が変質したものよ。邪気はこの負の感情が極まったことで発生するの。最下級の子はあれほどではなくても強い負の感情に触れ続けると堕ちてしまう。』
水精霊の話を聞いて俺はなんとなくこの話の先がわかった。わかってしまった…!
『堕ちた子は精霊の力を失い、体が中途半端に変質する。それがあなた達がゴブリンと呼ぶ存在の正体よ。』
ああ…。俺は彼女の話に納得してしまった。ずっと不思議だったんだ。なぜゴブリンだけがどの方面にも存在しているのか。その答えがこれか。
『理由は知らないけど最近そういった負のエネルギーが増えてるの。ここ数百年はそんなことなかったんだけど…。』
「…」
『ゴブリンになってしまえばもう元には戻れない。ゴブリンになった時精霊だった時の記憶も消えてしまう。だから人の子があの子達を倒してくれるのは凄くありがたかった。そうすればその魂は月の神セレーネ様の元に戻れるから。』
…もしかしてさっきこの湖でセレーネが踊っていたのは俺が倒したあのゴブリン達のためだったのだろうか?
「なぜこの話を俺に?」
『…あなたが堕ち切ってしまったあの子を倒してくれたから。』
そうか…見ていたのか。確かに俺達には見えてなくても彼女たちはここにいるんだ。見ていても不思議はない。
『あのとても濃い邪気は下級の私達でも直接浴びれば危なかったわ。それにあの鬼がこの南の森に来たのは恐らく自身の始まりでもある私達精霊がいたからよ。おそらく本能的なものだと思うけど…私達を取り込むためか仲間に引きずり込むためか…』
あの鬼がここに来たことも偶然ではなかったということか。
…話を聞いて思った。俺はこの世界のことを知らなすぎる、と。
彼女の話ではここ数百年はそのようなことは起こらなかった。
それは逆に言えば少なくとも数百年以上前に今回のようなことが起こった、ということだ。
水精霊は恐らくその数百年前のことは知らない。知っていれば恐らくその時のことを話すはずだ。
原因を調べる必要がある。
『それで契約の事なんだけど…』
そうだった。元のお願いはそれだったな。
更に話を聞くと彼女のお願いの理由は単純なものだった。
簡単に言えば契約を交わすことで精霊もサクヤたちと同じように術者とリンクが繋がり、契約の恩恵を受けられるようになるから。
それにより彼女たちは死ななくなり、邪気のような負のエネルギーの影響をなくせるし、俺という個体としては安定している存在とリンクができることにより最下級の精霊もある程度安定する。なぜなら三人の指示を受けるために既にここにいる精霊は三人とリンクが出来ているためだ。
それでも堕ちてしまう可能性はゼロにはならないし、魔力を食われればかなり消耗するが、リスクは大分軽減できる。
そのため三人が俺と契約しておけば少なくともここにいる精霊達は守ることができるようになる。
『私達と契約すれば精霊魔法を覚えることができるわ。そうすれば魔法が使えない人も精霊に魔力を渡すだけで魔法が使えるようになるの。正確には魔力を精霊に渡して使ってもらうんだけど。』
そして俺が精霊魔法を使えばそれにより経験値が三人に入り三人を通して他の精霊にも伝わる。そうなれば普通にしているよりも遥かに早く育っていくはず。
契約をしていない最下級の精霊が育つには長い時間を掛けて少しづつエネルギーを溜め込んでいくしかない。それを俺と契約することで短縮出来ると。
まさに一石二鳥な方法だ。
そこで俺はふとあることを思いついた。
「なあそれは俺みたいな召喚術士にしかできないのか?」
『いいえ?最下級の子なら普通の職の人間でも契約可能よ?ただ召喚術士や精霊魔法士と呼ばれる人と違って契約できる精霊の数は一人だけ。普通の職の人は契約の技を持たないから精霊の方から契約をすることになるの。そうすると複数のリンクを保持できないのよ。召喚術士や精霊魔法士は制限がないけどね。』
つまり召→精なら召側に契約を操る術があるから複数契約できるけど精→普だと普の側に契約を操る術がないから一対一でしか契約できないと。
だが契約した精霊を大事にしていればいろいろなお願いも聞いてくれるようになるし、最初は最下級でも精霊魔法を使っていれば下級、中級と成長する。そうなれば大きな力も使えるようになるし、嫌われていない限りずっと一緒にいてくれるそうだ。
でもそれは人手不足な精霊たち的にいいのかと聞いたら人の一生くらいの間なら成長のメリットの方が大きいと。
少なくとも消えてしまうよりは万倍いいらしい。
『でももう既に役割を持っている私たちのような精霊はあなたのような召喚術士か精霊魔法士でないとダメなの。』
普通の職の人との精霊契約は召喚術士や精霊魔法士と違い常に精霊は傍に居ることになる。なぜなら遠方にいる精霊を呼び出すことができないから。
逆に召喚術士や精霊魔法士の場合は遠方にいても契約した精霊を呼び出すことができる。
こっちは二つの職が覚えるアーツを使っての契約なためその恩恵が受けられるからだ。
その為召喚術士と精霊魔法士の契約は特別なんだそうだ。
俺は先生に聞いた召喚術士の契約の原理からサクヤたちみたいになるのでは?とも思ったが精霊との契約はまた少し違うらしい。
サクヤたちが召喚術の恩恵を受けるためには魔力体になり、俺とのリンクを作るしかない。肉体のような魂との間を遮るものがあると術士とリンクを繋げ辛いからだ。これはリンクの繋がる先が召喚モンスターの魂だから。肉体を無視して魂に直接リンクを繋げることは出来ない。
それに比べ精霊は元から魔力体みたいな存在。
その故に壁となるものがほぼ無い為直接魂とリンクを繋げられる。
…まあ精霊側が契約を嫌がっているとそれが壁になってリンクを繋げることができないそうだが。
そして直接リンクを繋げられるとどうなるかというとサクヤ達みたいに俺の一部にして魔力体にするプロセスが無くなる。
そのため精霊との契約では精霊は俺の一部ということにならないため特に外に居ても双方にデメリットは生じない。まあだからと言って大量に精霊と契約しても何かしらのメリットがあるわけではないが。
一応それぞれの属性の精霊と契約すればその力を借りられる為使える属性が増えるがそれ以上は契約していてもあまり意味はない。
『だから私達との契約はシュンがして欲しいの。代わりに最下級の子でいいならあなた以外の人でもここに来てくれたら口利きしてあげる。でも余りに素行が悪い人にはしないわよ?私達精霊は少しだけど相手の思っていることがわかるの。だから私たちに悪感情を持っていたらすぐにわかるわ!』
「わかった」
鋭い人が相手の感情に敏感な事の凄い版みたいな感じかな?
でもそれなら変なプレイヤーが来ても安心だし、他のプレイヤーにも情報を出して協力してもらった方がいいかもしれない。
流石に俺一人で全ての精霊を見つけて契約なんて真似は出来ないしそのためだけに行動を縛られるのはキツイ。
この情報が出回れば召喚術士はともかく精霊魔法士になってくれるプレイヤーくらいは出てくるかもしれない。
でもちょっとだけ召喚術士の後輩ができることも期待しています。
『それと更にお願いを増やすことになっちゃうけどシュンには他の下級以上の精霊達と出会ったら契約を望む子だけでいいから契約してあげて欲しい。中級以上の精霊だと今のシュンじゃ力が足りなくて意味はないけどそれでもお願い!』
そう言って彼女は俺に頭を下げた。よく見ると不安で一杯なのか小さな拳をぎゅっと握って服の裾を掴んでいる。
俺はそんな彼女の様子に微笑みながら頭を撫でた。
「協力するよ。当然だろう?もう知らない仲じゃないんだからな!」
俺からの快諾の言葉にハッと彼女は顔を上げる。俺の顔を見てその瞳には徐々に涙が溜まっていく。
「全く。俺が断るとでも思ってたのか?」
俺はそんな泣きそうな彼女の頭を落ち着かせるように撫で続ける。
やはり相当不安だったんだろうな…。自分を簡単に捕食できる何かがいてどんどん仲間が食べられている上に原因不明の何かで仲間がゴブリンに変わっていってしまうのだから。
グスグスと泣きながらも彼女は頭を振って俺の言葉を否定する。
『ぐすっ。そんなことない。ずっとあなたの気持ち感じてた。凄く暖かかった!それに…あの子をきちんと送ってくれた…!』
あの子…オラグランデの事か…。もしかして元は知り合いだったりしたのだろうか?
『だからあなたに頼んだの。でもそれでも不安で…。』
水精霊は正面から俺に抱き着いてくる。感応のスキルなんて使わなくても俺には今の彼女の気持ちがわかった。
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しばらく彼女のしたいようにさせて、彼女が泣き止んだ後俺は風と闇の精霊を呼んだ。
すぐに近づいてきた二人は俺と水精霊の話を聞いて風精霊は大喜びで俺に飛びつき、闇精霊は俺の手を握る。
そして俺は三人と契約を交わした。その際にいい加減三人に名前を付けてあげる。いつまでも精霊呼びだと不便だからな。そして俺は精霊魔法を取得し、更に召喚術スキルの中に精霊契約のアーツが出現した。
≪AS:精霊魔法≫
・契約した精霊または周辺に存在する精霊に呼び掛け、魔力を対価に魔法を行使することができる。
契約した精霊に力を借りる場合術者の傍に居ないと魔法を行使できない。
術者が精霊に伝えたイメージによって術の内容、規模、必要魔力が変化する。
▼召喚術士または精霊魔法士であれば契約した精霊が傍に居なくても精霊を呼び出すことができる。
※呼び出される精霊の状況によっては呼び出しができないことがある。
(この情報は召喚術士または精霊魔法士のみ閲覧できます。)
【SW:精霊とは自然そのもの。その力はきっと人には余るものだろう。だからこそ忘れてはならない。自然とは人の友であるということを…。】
【精霊契約】 熟練度:30 New!
▼精霊と契約することができ、精霊魔法を行使する際契約した精霊を呼び出すことができる。
精霊契約で契約した精霊を呼び出し、精霊魔法を行使する際必要魔力が減る。
(JSPで強化することで機能を拡張することができる)
・契約精霊
[ミイロ]New![イブキ]New![サヨ]New!
*入手条件
【精霊と実際に契約を実行し、精霊魔法を入手する。】
ミイロは海色。青く澄んだ綺麗な海の色。彼女の綺麗な心にピッタリだろう。
イブキは伊吹。生命を運ぶ自由な風。元気一杯で自由な彼にはこの名前を。
サヨは小夜。人々を包み込み癒す小さな夜の闇。控えめであまり前に出ない彼女だけど皆んなの事を思っているのは分かる。
今も水精霊を抱きしめて頭を撫でたりして居るしな?
こうして俺は水精霊のミイロ、風精霊のイブキ、闇精霊のサヨと契約を交わした。
そして俺は町に戻るべく、三人に別れを告げた。
もちろんサクヤとユキホの二人は既に呼び戻している。
二人は妖精たちと相当仲良くなったのか帰る際には総出で手を振りながらお見送をしてくれるほどだった。
町に戻ったら今日のところはログアウトして明日マーレかアースに、にゃん娘さんとの面会を取り付けてもらおう。
フレンド登録はしたけどまだ俺からは誘いにくいからな。
そう俺は考えながら師匠の屋敷に帰還するのだった。
ユキホを師匠に紹介したことでログアウトまでの時間が延びることになったがこれについては余談だろう。
そして部屋に行き、ようやくログアウトしようとしたところで俺は一通のメールが来ていることに気が付いた。




