第42話 月夜の女神と精霊
先生の元を辞去して空を見上げるとそこにはもう既に月が浮かんでいた。
この世界の月もリアルと同じ一つだけで満ち欠けがある。今空に浮かんでいる月は綺麗な満月だった。
そのため本来なら真っ暗な森の中が月の光に照らされて木漏れ日のように光が静かな森の中を泳いでいる。
これならあの湖なんかはもっと綺麗な景色になっているかもな…。ちょっと寄ってみるか。
そう思った俺はサクヤの方に視線を向けた。サクヤはユキホを抱きながら笑みを浮かべて俺の後を付いて来ていた。そしてその手はユキホのことを撫で続けている。…もしかして気に入ったのかな?
「なあサクヤ、ユキホ、ちょっと湖に寄ってみないか?」
俺がそうサクヤに聞くとユキホを撫でる手を一旦止めて視線を俺に向けた。
「?湖ですか?」
「ああ。ほらっ!今日は綺麗な満月だろう?だからあの湖も月に照らされて綺麗なんじゃないかと思ってな?見てみたくないか?」
「それは…はい!見てみたいです!行きましょう、主様!」
俺の提案にその光景を想像したのか顔を紅潮させてサクヤは同意を示した。俺の言葉が何となくしかわかっていないユキホもサクヤのその様子にいいものだと思ったのか一声鳴いて同意を示す。
やっぱり見てみたいよな?
二人の同意を得られたところで俺は足を湖がある方に向けて、歩き始めた。
月の木漏れ日の中、静謐の名に相応しい静かな森を俺はサクヤと雑談をしながら時折合いの手のように入るユキホの鳴き声を楽しむ。
久しぶりに平和で落ち着く一時。いや、このゲームを始めてからもしかしたら初めてかもしれない穏やかな空気だ。
ずっと慌ただしかったからな…こんな落ち着いた時間はかなり貴重だ。
やがて俺の視線の先に湖が見えてくる。
そして湖のほとりに出たところで俺達はその光景に目と心を奪われた。
そこには月の光に照らされ、美しく彩られた湖があった。
湖上では蛍が湖を舞台に踊るように舞い飛び、光の彩りに更なる色を与えている。
そして湖の真ん中では美しい黒髪に月の瞳を持つ女性が蛍たちと共に踊っていた。
女性の足が時折、湖に触れるたび波紋が生まれ、湖に映る大きな月も波紋で揺れる。
その様はまるで月の上を歩いているようで、その姿はまさに…
「月の…女神」
俺のこぼした言葉は風に乗って女性に届いた。女性の月の瞳が俺の方を向く。
その瞳には驚きの色が宿っていた。
俺と女性の視線が交じり合う。
しばらく俺と女性は見つめ合い、やがて女性はその麗しい唇からこの夜の森のような静かで涼やかな音を放った。
『…こことは違う世に生きる人の子。なぜここに?ここにはあなたたちの求めるものなんてないでしょう…?』
女性の問いかけに俺は我に返る。思わず呆けてしまっていた。
「…湖を見に。今日は満月だからきっと綺麗だろうと…」
その返答が予想外だったのだろう。女性は驚いたように俺のことを見つめる。そして耐えきれなくなったように笑いを零した。
『ふふっ。そう。じゃあ私が居てがっかりした?』
がっかり?さっきまでの光景を見てそう思えるのは感性が死んだ奴だけだ。
「いいえ?とても良いものを見られました。寧ろこんな光景を見せてくれてありがとうございます。」
そう言って軽く頭を下げた俺の返答に彼女は面白いものを見るような顔をした。
『あなたからお礼を言われるのは二度目。…その刀、大事にしてくれてるんだね?きっと良いことがあるよ。』
「え?」
二度目?こんな人に会ったことなんて…
『私は時折この静かな森を訪れる。ここはとても落ち着くから…。今日はもう帰らないとだけどまたお話ししたい。だからまた来てね?』
そして俺の疑問の声には頓着せず、彼女は静かに続きを口にし、浮かび上がる。
『それとここにいるのは私達だけじゃない。その子達とも仲良くしてあげて?』
最後にそう言葉を残して彼女は溶けるように薄れていなくなった。後には淡い光の粒が舞っているだけ。
「一体何だったんだ?」
その瞬間、インフォが鳴った…。
〔《称号》月神セレーネの興味が《称号》月神セレーネの祝福に変化しました。〕
■《称号》月神セレーネの祝福 ■
効果:スキル経験値取得量UP(微)神々の好感度UP(極微)
《備考》
【月神セレーネが好意を持ち祝福した者に与えられる称号。君は面白いね。刀…大事にしてくれて嬉しい。またお話ししよう?】
「月神セレーネ?」
まさかさっきのが?
俺はあまりのことに唖然とする。まさかこんなところで女神様に会うなんて思いもしなかった。
俺は自身の腰にある真白な刀を撫でる。大切にしよう。
「っと、サクヤ、ユキホ?大丈夫か?」
ここで俺は先ほどから静かになっている二人を見る。
俺が向けた視線の先にいる二人は目を見開きながら口を開けて未だに呆けていた。
…なんか狐が口をあんぐり開けてるのって面白いな。
その後二人が正気に戻るまで、俺は美しく彩られた湖を楽しむことにした。
その光景にしばし見惚れているとふと先ほどの女神さまの言葉が蘇る。そういえばここには俺達以外にも誰かがいるって言ってたな?
俺は周囲を見渡す。後ろは静かな森。前は美しい湖。上には大きな満月。
どこにも何かがいる気配はない。こんな時は大抵…
俺は魔力視を発動する。見えないものを見るときはこれが一番だ。最近学んだことの一つだ。
そして魔力視を起動した瞬間、俺の目の前にはたくさんの何かが映った。
それは背中に小さな羽を生やした人のようなものだった。それぞれ青、緑、黒の髪と瞳を持ち、その色と同じ色の衣装を纏っている。
そうまさしく物語の中に現れる妖精のような姿。
性別も男女両方いるがそんなの関係なしに妖精達は楽しそうに湖の上を飛び回りじゃれ合っている。
■《精霊》アクアフェアリー Rank:1■
種族:水妖精 Lv.1
ステータス:
HP:20/20
《備考》
【最下級の水精霊。世界中に水のマナを届ける役割を持つ。生まれたばかりでまだ力が弱く精霊に成り切っていない。この上に下級、中級、上級、王級の精霊がいる。】
■《精霊》ダークフェアリー Rank:1■
種族:闇妖精 Lv.1
ステータス:
HP:20/20
《備考》
【最下級の闇精霊。世界中に闇のマナを届ける役割を持つ。生まれたばかりでまだ力が弱く精霊に成り切っていない。この上に下級、中級、上級、王級の精霊がいる。】
■《精霊》ウィンドフェアリー Rank:1■
種族:風妖精 Lv.1
ステータス:
HP:20/20
《備考》
【最下級の風精霊。世界中に風のマナを届ける役割を持つ。生まれたばかりでまだ力が弱く精霊に成り切っていない。この上に下級、中級、上級、王級の精霊がいる。】
俺は改めて周囲を見渡す。たくさんの風、水、闇の最下級精霊、そして湖の中央に他の小さな精霊たちとは違う、人の子供くらいの大きさの風、水、闇の精霊がいた。
三人で集まりなにやら楽しそうにおしゃべりをしている。
俺が三人の精霊達に視線を向けていると、俺に自分たちが見えていることに気が付いた小さな精霊たちがわらわらと俺に向かって近付いて来た。
あまりの数に視界が埋まっていく!
『あれ?あれ?』『人?人だよ?』『うん、人!』『見えてる?見えてる?』『見えてるね!』『なんで?なんで?』
ものすごい数の精霊たちが寄ってきたことで俺が慌てていると一斉に俺に向かって話しかけてくる。念話か何かなのか頭の中に無数の声が響いてくる。あ、頭が…!
『皆?少し静かにしなさい?』
俺が頭を押さえて、痛みに耐えていると今度は涼やかで落ち着いた声が頭の中に響いた。
その瞬間、たくさん聞こえて来ていた声が収まっていく。
た、助かった…。
そのことにホッとして俺が顔を上げるとそこにはいつのまにか先ほどまで湖の真ん中にいた三人の精霊がいた。
恐らく風の精霊だと思われるいたずらっぽい表情を浮かべた少年と、水の精霊だと思われる落ち着いた雰囲気の少女、それに闇の精霊だと思われるあまり表情が動いていない少女の三人。
俺がポケッと三人を見上げていると真ん中にいる水精霊の少女が俺に顔を近づけ、覗き込んできた。ち、近い。
『…本当に見えているみたいね?』
『僕たちが見える人が来たのは久しぶりだね?』
『前は…何十年か前…。』
余りに近くまで顔を寄せられて思わず固まっていたがそんな俺をよそに彼女たちは三人で会話を始めた。
何十年って…。そんなに魔力視のスキルって珍しいのか?
俺が三人の会話を眺めていると三人での会話に夢中になっていた彼女たちも途中で俺の事を思い出したようで再び顔を俺に向けた。
先ほどと同じく青い女の子が代表して口を開く。この子がまとめ役なのかな?
『それで貴方は何の用でここに来たの?』
小首を傾げて彼女は俺に問いかけてくる。その表情は興味津々と言った感じだ。さっき久しぶりに自分たちが見えるって言ってたもんな…。こうして俺みたいな人と話すのも久しぶりなんだろう。
「えっと初めまして。俺は来訪者で召喚術士のシュン。ここには夜の湖を見に寄ったんだ。後ろにいるのはサクヤとユキホ。俺の召喚モンスターだ。」
そうして俺が自己紹介すると後ろから服の裾が引かれた。引かれた方を見るといつの間にか我に返っていたサクヤがユキホと共に少し不安げな顔で俺の事を見上げている。そうだ二人は魔力視持ってないんだった。
「あ~すまん。二人には見えていないんだよな?」
「はい…。主様、そこに誰かいるのですか?」
う~ん、どうしよう…。見えていないものがここにいるって言われても困るよな?
とりあえず口で説明してみるか?
俺がそんなことを考えていると、不思議そうな顔で俺達の会話を聞いていた水精霊が得心したように頷いた。
『あら?その子達は私達が見えていないのね?ならこれならどう?』
彼女がくるりと回る。だが俺には何かが変わったようには思えない。
『どうかしら?これで私たちの姿が見えるようになった?』
何が起こったのかわからなかった俺が疑問を口に出そうとしたその時後ろから声が上がった。
「あっ!見えます!主様、私にも見えましたよ!」
はしゃいだようにサクヤが俺のにユキホと共に抱き着き跳ねる。
二人を見るとその視線は確かに三人の精霊に向かっている。
『只の人にも私たちが見えるようにしたわ。これならいいでしょう?』
只の人って俺は違うのだろうか?
『それじゃあ改めてシュン、サクヤ、ユキホ!私は水の精霊よ!あいにく名前がないから名乗りはできないけどよろしくお願いするわ!』
『僕は風の精霊!水のと同じく名前はないよ!それにしてもこんな時間にだだっ広い湖を見に来るなんて物好きだねぇ。』
『…闇の精霊。よろしく。』
3者3様の返答。これだけで彼女らの性格がわかるな。
水が冷静で、風が自由奔放、闇が大人しく無口。
「初めまして。私はサクヤです。こちらこそよろしくお願いします。」
俺がそんなことを考えているうちに横でサクヤが精霊たちに挨拶をしている。
ユキホもサクヤに合わせて小さく頭を下げているのは見ていて微笑ましい。
『それじゃあ三人とも!良ければ私達と少しお話ししない?』




