第40話 召喚術師と魔石召喚
「そうだね…。まずはシュン君。君は召喚術士の技を知ってどう思った?」
また曖昧な問いだな…。どう、ねぇ?
「召喚術士に召喚術士をさせる気がないなと…。」
うん。俺の当時の感想(今でもそう思ってるけど…)を言うならこれに尽きるね。
「あはははは!確かにね!なかなか的確な表現だ。うん、この職の上辺だけを見ればそう思うのも無理はない。」
上辺?ってことはその下があるのか?
「では召喚術士とはどんな職なのか?から簡単に説明しよう。」
召喚術士とはどんな職なのか…か。
「結論から言うよ?召喚術というのは魂を管理する月の女神セレーネを通じて魂を自身の元に呼び出すための術だ。」
「はい?」
魂?
「それはつまり死者蘇生みたいな?」
「違う違う!死者蘇生は死んだものを生前の状態で生き返らせることだろう?この術はそんなとんでもないものではないよ!」
…魂を呼び出すだけでもとんでもないと思うのは俺だけだろうか?
「そういえばシュン君は来訪者だったね?では神々のことや職、技能のことについては詳しくないか。」
「…はい。」
そういえば神殿にその辺の話を聞きに行くの忘れてた。神様に参拝?礼拝?もしてないし…。
「全て話すと長くなるから今回は召喚術に関係があることだけ話そう。まず月の女神セレーネは魂の管理も司っている。」
「魂の管理も?」
「ああ。これは他の神々にも言えることなんだけど…。聞くところによると君たち来訪者の世界は神々が沢山いるんだろう?だがこちらの世界の神々は全部で7柱。それゆえにか1柱が司る役割が多いんだ。例えば先ほど話した女神セレーネは他に闇なども司っているし太陽の女神ソレイユは生命や光などを司っている。」
ああ…。俺達の世界で言うご利益が沢山あるみたいなことか。
「そして職や技能というのは元々それぞれの神々が自身の司る力から人が使えるように調整して生み出したものなんだ。つまり僕たちにとってこれらの力は神々が人に贈ってくれたギフトなんだよ。」
なるほど。ジョブとスキルというのはこの世界ではそういう位置づけなのか…。それにしても、
「元々ってことは今はそうではないんですか?」
「いいや?例外として人が生み出した技を神々が祝福することで技能になったものなどが存在する。」
それって結構凄い事ではないか?
「君にとって身近なもので言えば火魔術などの魔術がそうだね。」
「え?」
あれって人発祥なの?
「神々が最初に生み出した技能は魔法と呼ばれていた。詳しい原理は省くけど、この魔法はとても自由度が高いものでね。自身のイメージに従ってそれぞれの属性の魔法を操ることができた。だがその分使いこなすのにそれなりの訓練が必要だった。それに対し、魔術はそういった努力が殆どいらない。あれは発動すれば勝手に魔力を使って魔術を構築する。代わりに自由度はかなり低い。魔術に刻まれた内容以上のことは出来ないからね。だが結局今では扱いやすい魔術が普及して久しくなってしまった。魔法のことを知っている者もあまり多くないだろうね。」
…つまり自由度は高いけど扱うのに努力がいる魔法と自由度は低いけど簡単に使える魔術、か…。
「細かいことは神殿か教会にでも行って聞くか、図書館にでも行って調べてくれ給え。」
「わかりました。」
やはり早いところ一度行かないといけないな…。ついでに図書館で何か面白い本なんかを探したい。
「話を戻すよ?それで召喚術というのは…」
「人が生み出したものなんですか?」
「いいや?これは神々が生み出したものだ。」
「あれ?」
術とかいうからてっきり。
「召喚術は神々が生み出したものだ。人が魔術という技を生み出したのを見た神々はこの魔術を応用し、魔法という形では成しえなかった自身の司る権能とでも呼ぶ力を術という形で扱えるようにした。それが召喚術だ。」
「つまり月の女神様の魂を司る力を組み込んだ術、ってことですか?」
「そう。まあ召喚術以外の魔術も結局のところはそれぞれの神々の権能を組み込んだものだけどね?火魔術は火の神の火の権能を組み込んだからできるんだし。まあ召喚術だけは少しだけ毛色が違うのは確かかな?」
なるほど。魔術ってのも奥が深いな。この世界のことを知れば知るほどそう思う。
「今度こそ話を戻すけど、魔石召喚の原理は呼び出した魂を魔石を核に固定し、魔石の魔力を利用して肉体を作ることなんだ。この魂の固定と肉体の創造が成功確率を下げているんだよ。」
…思った以上にとんでもない術な気がする。もしかして他のレア扱いされる職業なんかもこんな風な感じなのか?
だとしたら扱いにくいのも納得だ。職業でこれならレア種族でも何かある気がする…。
「だから成功率を上げたいなら魔石を高ランクのものにしたり、追加で自身の魔力を注ぐ必要がある。呼び出すのに核の魔石以外にアイテムを捧げるのもいい。他には召喚時、魔力を注ぐ際に複数人で注ぎ込むのもありだ。まあ複数人で魔力を注ぐのは高レベルの魔力操作がないと無理だから今は心に留めておくだけでいいよ。」
俺は思わず難しい顔をして悩む。今、俺に出来そうな方法は自分の魔力を追加で注ぐくらいか?
「次に契約だけど、これは言うなれば相手を魔力体として自身に取り込むことだ。」
「は?」
なんだそれ?なんかかなり怖いことを言われた気がするんだが…
俺は思わず横目でサクヤを見やる。血の気が引いた俺の様子に気が付いたのか先生は慌てたように続きを口にした。
「取り込むと言っても殺すわけではないんだ。先ほど魔石召喚は魔石の魔力を使って身体を創造すると言ったろう?契約も同じなんだ。契約者の身体に魔力を流し、契約者を自身の魔力で満たす。そうすることで契約者と術者との間でリンクができ、召喚術の恩恵を受けられるようになる。その時に契約者の身体は魔力体というものになり術者の一部になる。召喚を解除すると契約者が消えるのはこのリンクを辿って術者の身体の中に宿るからなんだ。」
「宿る?」
「そう。共同体のようなものかな?術者の身体が家。契約者が住人だ!だから仮に契約を切ってもリンクが切れるだけで死んでしまうことはないし、魔力体になった身体も元に戻る。まあ同時に召喚術の恩恵も消えるから弱体化はするけどね?」
俺は思わずホッと息を吐きだす。良かった。知らず知らずのうちにサクヤを殺してしまったのかもと思った。
「ただ気を付けて欲しいのは魔石召喚や契約の成功後はもうすでに安定しているからいいんだけど、失敗すると召喚は魂が月の女神の元に戻り、契約は身体が安定せず消えてしまうから気を付けてね?」
サクヤとの契約…成功して本当に良かった!
俺は再び顔を青くしながら先生の話の続きを聞く。
「契約者を召喚する時、魔力を消費して戻らないのは、自身の身体の一部を表に出すことになるからだ。今だと恐らく2割程が失われると思うけどその2割が契約者の身体を構成している魔力になるんだよ。身体の一部が失われたわけではなく外に出ているだけだから召喚中は回復することはないんだ。」
「う~ん?」
えっとつまりどういうことだ?
「つまり契約モンスターは形は違えど君の手であり足だ。魔力を使用したことで失ったりしたなら回復できるが、そうでないなら回復のしようがないだろう?」
あ~そういうことか。だから魔力体として取り込むなんだな?文字通り俺は彼女と同体になっていると…。
「まあそんな形だから契約者がある程度術者との契約に納得していないと成功確率が下がるんだ。リンクが繋がりにくくなるからね。」
ええと…。つまりそれって初対面の相手を説得するかして契約に納得してもらう必要があるってこと?
…俺はそんなナンパ術持ち合わせていないぞ?
「で、最後に強化。シズカから聞いたけど確かシュン君は偶然とはいえサクヤちゃんを契約時に強化しているんだよね?」
「はい。」
今更だけどあの時はかなり運が良かったというか…よくこれだけの失敗要素を乗り越えて強化まで出来たな…。
「強化というのは繋がったリンクを通じて魔力体となった契約者を強化する技だよ。自身の魔力か魔力が籠った素材の魔力を利用して、魔力体を強化するんだ。強化度合いは使用した魔力量、その方向性は契約者と術者の願いそれと使用した素材で決まる。」
この辺りはアーツの説明文に書いてあった通りだな。
「大抵はステータスが上がるか何かしらの技能を最初から覚えているんだけど…。」
そう言って先生はサクヤをちらりと見る。
「サクヤちゃんみたいに特殊な変化をする子もたまにいたりする。」
やっぱりサクヤは特殊なのか。
「なぜサクヤはこのような変化をしたのでしょう?」
「恐らくだけどゴブリンから人に近い存在になったことからみて君みたいになりたいと思ったんじゃないかな?」
「え?」
俺はチラリとサクヤの方を見る。俺の隣でおとなしく話を聞いていた彼女は今は顔を真っ赤に染めていた。
そんな彼女の様子に先生は少しいたずらっぽい顔をして話を進めようとする。
「多分だけどね?まあつまるところサクヤちゃんは君にひとめ「わー!待って!それ以上は待ってください!」だよ。」
先生が最後まで言い切る前に顔から湯気を上げんばかりに真っ赤になったサクヤが大声をあげて先生の言葉を遮った。
一体何なんだ?
「あはは。まあこれ以上は彼女の為にも辞めておこうか。ともかく彼女の変化は彼女の願いの結果ということさ。君の魔力量があまり多くなかったから姿と人の言語を話せるレベルの知能が付いただけに留まったのだろうね。」
そうだったのか。ステータスが上がらなかったのは残念だけどおかげでサクヤと話せるようになったからよかったかな。
「さて講義はこんなものかな?長くなったけど、ここからは実践だ。」
そう言って先生は立ち上がって空になった湯呑をしまい、家の外に歩き出す。
その姿を見た俺達も慌てて立ち上がり、先生の後について家を出た。
歩きながら先生は俺に問いかけてくる。
「シュン君。君は今魔石かそれに類するものを何か持ち合わせているかな?」
「え?えっと…」
歩きながら俺はインベントリを開く。魔石というと恐らく一番最初に支給されていたであろうものと先日のゴブリンの魔石がそこそこ。後は…ウサギかウルフ辺りの魔石が…
「あれ?」
そして俺はインベントリの一番最後に見覚えのないものを見つけた。
「なんだこれ?」
俺はインベントリからそれを取り出す。
取り出したその石を日に翳してみる。透き通っていて赤に黒い筋が混ざったような宝石のように綺麗な石だ。
そして俺が取り出した石を見た先生は驚いたような顔をして感嘆の声を上げた。
「おお!それは魔魂石じゃないかい!」
「…知っているんですか?」
「もちろん!それは魔魂石と言ってね。強大な力を持った魔物が自身を倒した相手を認めた時、極稀に落とす大変希少なものだよ!」
…オラグランデの最後の贈り物ってことか。
■《素材アイテム》鬼王の魔魂石 Rank:5■
《備考》
【鬼王オラグランデが己を倒した者に贈る魂の石。哀れみではなく敬意でもって我が怒りと憎しみを正面から打ち砕きし勇者にこれを贈ろう。】
「これは魔石召喚に使えますか?」
「もちろんだとも!だけど、とりあえず今日は普通の魔石を使おうか?それはとてもいいものだけど今日は基礎の勉強だからね!」
…それもそうか?
「だから今日は普通の魔石。次はその石で召喚しよう!」
…あれ?次もここで召喚することになってる?いや俺はありがたいけども。
「よし!いいものを見れて僕の気分も上々だ!早速魔石召喚を始めようか!」
先生は上機嫌になりながら家の前の広場の真ん中に立ち、俺へ普通の魔石を取り出す様に催促してくる。
まあやる気がある分にはいいか…。
先生のテンションが最初と比べ爆上がりしていることになんとなく一抹の不安を覚えつつ、俺は魔魂石をしまい入れ替わりで最初に支給された魔石を取り出す。
「あと持っている魔石はそれだけかい?」
「いえ。あとは変異ゴブリンの魔石がそこそこ。」
「変異ゴブリン…?ああ!先日この辺を騒がせていた小鬼だね?そうかさっきの石はその時の…」
「はい。その時に倒した首魁の鬼がこれを落としたんだと思います。」
「うんうん!そっかそっか!まあ今回はその普通の魔石でね?それと魔石は同じ系統のモンスターが落としたものなら錬金術で合成すると効果が上がるから試してみるといいよ。」
おお!それならゴブリンの魔石は取っておこう。ガンテツさんのところに錬金術が使える人はいるかな?いないなら自分で覚えるか?
「ほら!そんなことより始めるよ?用意して!」
「わかりました。」
俺はサクヤに少し離れてもらい深呼吸する。すると先生が俺の肩に手を置いた。
「今回は僕が補助するから安心してくれ給え!いいものを見せてくれたからちょっと気合を入れて行くよ?」
…ほんとなんだろう。この人がこんなに気合を入れているとそこはかとなく不安になる。
俺がそんなことを思っていると次の瞬間。先生はまるで別人のようにスンっと真顔になった。
その様子を肩越しに見ていた俺は思わず息を飲む。
「シュン君。魔石を前に掲げて。」
ハッと気を取り直した俺は指示通りに魔石を掲げる。
「集中して、魔石召喚の術を意識して。」
集中して、術を意識すると召喚の術式や使い方が頭の中に浮かび上がってくる。ここまでは普通のスキルと同じ。
「やり方が頭の中に浮かんできたね?そしたらその通りに術式を発動して。その時に魔力操作で魔力を込める。…魔力操作は使えるよね?」
「大丈夫です。」
でもそれは最初に聞くべきことだと思います。
「じゃ、じゃあ自身の魔力を追加で込めて!大体半分くらいかな?ここからは僕も魔力を込めるのを手伝うから。」
俺の微妙な空気を察したのか若干どもりながら先生は続きを促してくる。
「大丈夫なんですか?さっき複数人で魔力を注ぐのは今の俺には難しいって…。」
言ってたよな?この人早速やらせようとしているけど…。
「今回は僕が助けるから大丈夫。安心して?」
そういうならやるしかないか…。
俺は改めて集中し直して術式を発動させ、魔力を注ぎ始めた。
(…半分くらい、半分くらい。)
魔法陣が目の前に浮かび上がり徐々に輝きを増す。そこに後ろの先生から俺が注いだ魔力を遥かに上回る量の魔力が注ぎ込まれる。ちょっ!?
(まっ、ず!)
魔力が俺の操作を離れようとする。だがそれを支えるように先生の魔力が俺の魔力を支え、安定させる。
そして魔法陣の輝きが最高潮に達した次の瞬間魔法陣が一際輝き辺りを光で包み込んだ…。




