第39話 静謐の森の隠者
~~始まりの町 南の森 静謐の森林~~
俺とサクヤは領主の館を後にして南の森に来ていた。
「ようやく師匠の言葉の意味を調べられるな。」
ワクワクする。このゲームを始めてリアル時間で既に3日目。だというのにここまで冒険らしい冒険をしていないからな。昨日はやっと冒険に行けると思ってたのにまさかのゴブリンの軍勢と死闘だ。
そしてそのゴブリンだが今はもうどこにもその姿を見ることができない。
全滅してしまったのか、数が減って見つけられないだけなのか…俺にはわからないが少し寂しいな。
森に分け入り奥へと進む。しばらくするとゴブリン達と戦った広場まで辿り着いた。
…この広場、結構奥の方に合ったんだな。周囲を見渡しても何もない。
ここまでもなにも怪しいところはなかったな。
俺はインベントリから手紙を取り出す。
「ほんの少し魔力が籠った手紙、か…。」
俺は手紙を振ったり、日に翳したりして見るが何も起こらない。
ヒントが少なすぎるな。
「う~ん。魔力…魔力か…。」
やっぱりこの手紙の気になる点はそこだと思うんだよな。
「魔力だったら魔力操作か?」
師匠は今の俺達ならわかると言っていた。師匠との修行での変化は俺の戦闘技術の上昇と各種スキルレベルの上昇と習得。
俺は手を翳して手紙の魔力を操れないか試してみる。
…ダメだ。微量すぎるのかレベルが足りないのかそもそもものに宿った魔力は操れないのかピクリともしない。
「他に魔力関連と言えば…」
魔力視か?
俺は魔力視を発動して手紙を見る。特に変わった魔力では…
「ん?」
よくよく見るとものすごく細くて薄いが魔力の糸?みたいなものが手紙から出ている。
その糸は森の更に奥の方、湖とは違う方向へと伸びているようだ。
俺は魔力視を発動したままその糸を辿る。儚すぎて気を抜くとすぐに見失いそうになるな…。
森を進み、10分程歩いた所で俺達は木々が生い茂る森の中の一角に来ていた。
そこで魔力の糸が途切れている。
周囲を見渡すが何もない。
「どういうことだ?」
「主様。一度手分けしてこの辺りを調べてみましょう。」
俺とサクヤは周辺を調べ始める。しばらく二人で調べてみたが何も見つからない。
そこで俺はふと手紙から伸びる糸が俺の動きに合わせてある方向に角度を変え続けていることに気が付いた。
糸の動きに合わせて歩くと途中で途切れているがその糸の先は周囲の木々よりも少しだけ背が高い木に向かっているようだ。
俺はその少し背が高い木に近づく。
俺の様子に気が付いたサクヤも探索を辞めて俺の元に戻ってくる。
「主様?」
俺の手が木に触れる。その瞬間景色が一変した。
先ほどまであった周囲の木々が消え去り、少し広い広場が現れる。そしてそこには木でできた小さな家(庵か?)が姿を現していた。
あまりのことに俺とサクヤはポカンと口を開けて呆然と周囲を見渡す。
気が付くと先ほどまで手元にあったはずの手紙まで消失している。
一体何が起こったんだ?
そうして俺達が呆然としていると家の中から黒い狐耳を生やし、烏帽子は被ってないが黒い、狩衣だったか?を纏う整った容姿を持った若い男が姿を現した。
師匠の知り合いだから予想はしてたが彼もこちらの世界で言うところの東方の人っぽいな?
そしてどうやら彼は俺達が家に接近していたことに気が付いていたようだ。まっすぐに俺達の元へと歩み寄ってきた。
恐らくさっきの木に何か仕掛けでもあったんだろう。
なんせこんな摩訶不思議な現象が起こるんだから。
「いらっしゃい。君たちがシズカ君の言っていた来訪者だね?」
俺達の元に辿り着いた男が話しかけてくる。
ドルグの時と同じく今度は師匠から話が通っていたようだ。
恐らくなにか連絡できる魔道具か何かを持っているんだろうなぁ。俺も師匠との連絡用に欲しい。
それにしてもきちんと根回しをしてあるのは助かる。
「初めまして。俺は召喚術士のシュンと言います。こっちは召喚モンスターのサクヤ。師匠からの紹介で訪ねました。」
「うんうん。話は聞いているよ。ともかく家の中に入り給え。此処に来客があったのは久しぶりなんだ。お茶でも飲んでゆっくり話をしよう。」
俺は師匠の様子から召喚術士関連だろうと思い念のため召喚術士だと名乗る。
だが男はそれについては特に反応せず歓迎の言葉だけを口にした。
そのまま男は俺達を手招きしながら家に誘導する。
招き猫ならぬ招き狐だな。
俺達は男の後について家の中に入る。家の中はやはりというか師匠の屋敷と同じ、和風な作りをしていた。
世捨て人が住まう隠れ家みたいな雰囲気で正直かなり落ち着く。
そして入ってすぐのところにある部屋には囲炉裏を挟んで3枚の座布団が用意されていた。
俺とサクヤは彼に促されて用意された座布団に座る。そして彼は俺達の前にいつの間にか用意したお茶を置いて自身も俺達の正面に用意した座布団に座った。もちろん自分の分のお茶を持っている。
…師匠もどこからともなくお茶を出したりしていたな。
もしかしたら一部のNPCは俺達と同じインベントリが使えるのかもしれない。
「改めて我が家へようこそ!あまりお構いもできないけどゆっくりしていき給え。」
彼は両手を広げて俺達に歓迎を示す。
その様子はどこか芝居臭いが元々の所作が綺麗なことと顔立ちが整っていることであまり違和感がない。
「さて、君たちの自己紹介は先ほどして貰ったから今度は僕かな?まああまり言えることなどないんだが私の名前はそうだな…ハルアキと言う。」
…今なんか間があったな?ハルアキ。ハルアキねぇ?
その彼の名前を聞いたとき俺の中に一つの推測が生まれた。
もしかして彼は…
「今は別の職に就いているんだが昔は召喚術士の職に就いていてね。その関係でシズカ君から君たちに召喚術士について教えてあげて欲しいと言われている。」
その言葉に思考に沈んでいた俺の意識は急速に浮上していく。
やっぱりそちら関連の人か!これで召喚術の正しい使い方がわかるかもしれない…!
そんな期待に目を輝かせ、少し前のめりになった俺の様子に彼は苦笑する。
「やはり君もその職について、なかなか苦労しているんだね?」
「君も、ということは?」
「ああ。私も神々からこの職を賜った当時は苦労したよ。僕の場合周囲に同じ職についている者がいなかったからね?」
それは…大変だっただろうな。俺は幸運にもサクヤと契約できているけどそうでなければどれだけのモンスターと契約を試すことになったか…。
「まあそんなわけで僕としては召喚術士の後輩に教えを授けるのも吝かではないんだが…」
なんだ?
「僕、こんなところに住んでるだろう?だから毎日退屈していてね?」
…ならおとなしく町に住んだらどうだろう?
とか思ってしまうが、こんなところに態々なにやら不思議な術を使って隠れ住んでるんだからなにか理由があるんだろうな。
「そこでだ、シュン君。君、召喚術を教える代わりに定期的にここにきて僕の話し相手になってくれないか?」
彼がそこまで言ったところでクエストボードが開く。
■《修行クエスト》黒狐の退屈 ■
《内容》
▼森に隠れ住む黒狐の無聊を慰めろ!(期限:無期限)
《報酬》召喚術士についての指導
【森に住む黒狐は退屈している。そんな彼の無聊を定期的に訪れ慰めろ。】
……修行?
「ああ。定期的と言っても毎日のようにというわけではないよ?気が向いたときに来てくれれば十分さ!」
いろいろツッコミたいことはあるが、まあこれで教えて貰えるならいいか…。
「よろしくお願いします。」
「うむ!では早速始めようか。師匠…はシズカ君に取られちゃったから僕のことは先生と呼んでくれ!」
「はい、先生。」
呼ばれ方は早い者勝ちなのか?
あっ、とそうだ。
「サクヤは俺が教わっている間どうする?」
俺は隣に座るサクヤにこの後のことを訪ねる。召喚術のことを聞けるとなって興奮しすぎた。
「あの私も一緒に聞いていてもいいですか?」
「俺はいいけど…」
ちらりと先生に目を向ける。直ぐにその視線に気づいた彼は頷くことで俺に了承を示す。
「先生もいいみたいだ。でも退屈じゃないか?」
「いいえ!私は主様の事をもっと知りたいのです!」
まあそういうならいいかな?
「話は纏まったかい?それでは早速講義を始めよう!」
これでやっと召喚術を満足に使えるようになりそうだ。
一体召喚術とは何なのだろうな?




