第33話 運営裏話
━Side 運営━
そこは不思議な空間だった。
ぱっと見はただのオフィスだ。飾り気のない机と椅子が並びその上にはいくつものモニターが置かれている。
だがそのモニターの前に座るのは人ではなかった。犬、猫などの動物からスライムのようなモンスター。
他にも様々な容姿の存在が椅子に座りモニターを前にして様々な作業をしていた。
「ん~!」
そんな中ピノキオのような姿をした男?が先ほどまで真剣な顔をして眺めていたモニターから目を離した。疲れたように伸びをし、目元を揉み解す。
その男の周囲には複数のモニターが浮かんでおりそこには幾人かのプレイヤーやモンスター、NPCの姿がある。
そして先ほどまで真剣な顔で眺めていた正面のモニターには巨体の鬼を下し朝日に目を細める白髪の男性プレイヤーの姿が映っていた。
その映像を疲れからボーっと眺めていると後ろから声を掛けてくるものがいた。
「飯田、お疲れ。それはさっきの防衛戦での例のプレイヤーの映像か?」
飯田と呼ばれた男が声が聞こえた方に顔を向ける。
そこにはデフォルメされた魚人のような姿をした男がスーツを着て立っていた。
その魚人の正体はISO運営のまとめ役。
そうここはISOの運営の職場だ。ISOと同じ時間加速システムが使われた空間。そんな場所がなぜこんな仮想パーティのような様相を呈しているのか?
理由は簡単。ただのストレス発散である。どんなゲームの運営にも言えることだが運営の仕事とはストレスがたまるのである。
そのストレス発散にある職員が自身のアバターを犬に変更して仕事をするようになってからISOの運営職員たちは全員が何かしらの動物だったりクリーチャーだったりの姿をするようになったのだ。
そのためこの空間を見渡すと様々な動物やらモンスターやらがわちゃわちゃ仕事をしている愉快な様子を眺めることができる。
閑話休題
「お疲れ様です。そうです。もう一度見たくて録画データを再生してました」
飯田はそう上司に答えて先ほどまで見ていたモニターに再び視線を向ける。
上司も飯田の視線に釣られるようにして背の低いピノキオの頭の上からモニターを覗き込んだ。
そしてポツリと感慨深いものを見るように言葉を零した。
「ようやくこのゲームのスキルを十全に扱えるプレイヤーが現れてくれたか」
魚顔の上司は安堵の息を吐きだす。そんな上司の様子を見て飯田もまた上司と同じように安堵の滲んだ声で同意を示した。
「ええ。ようやくですよ。まさか彼以外誰1人このゲームの戦闘システムを使いこなせないとは思いませんでした」
「まったくだ。このゲームには基本的に1人の人間にしか使いこなせないシステムなんてない。だからきちんとそのスキルがどういうものなのか考えて使えば彼と同じような動きくらい全てのプレイヤーにできるはずだったんだ」
ISOの世界においてスキルとは所謂指南書であり許可証だ。スキルを手に入れることでそのスキルを使う権利を得て、スキルの中にそのスキルの使い方が載っている。
モーションアシストとはスキルに記載された指南書をなぞっているだけに過ぎない。
そう、モーションアシストでなぞっただけの動きは理想的な基本の動きでしかないのだ。
「モーションアシストで理想の動きを覚えさせ、その動作を自分のものにすることで今までのVRゲームとは違う高い自由度を持った超人のような動きを齎す……はずだったんだが。まさかゲーマーたちが他ゲームの先入観からアシストに頼り切りになり、結局既存のVRゲームでできる動きの範疇を抜け出せなくなってしまうとは思わなかった」
このゲームのモーションアシストは所詮補助輪でしかないものなのだ。
だというのに自称ゲーマー達はその補助輪に頼り切ってしまっていた。
確かにアシストに頼っていてもそれなりに戦えるし、スキルのレベルが上がれば動きも良くなるが……結局それはそのスキルレベルで使える最低限の性能だというのに!
モーションアシストという機能の便利さに抜け出せなくなってしまうとは。
完全に誤算である。
言い訳になるが運営としてはβの段階で誰かしらが気が付くと思っていた。仮に気が付かずとも強さを求めて工夫をするようになれば自然とアシストの意味に辿り着くと。
だというのに誰1人それに気が付かない。最新技術を詰め込んだ全く新しいゲームだと散々宣伝していたにも関わらず全てのプレイヤーが今までのゲームの延長としてこのゲームをプレイする。
歯がゆかった。ゲーマーと言っても所詮この程度なのかと思った。
ここの運営の人間は全員が自他ともにゲーマーと言われる人種だ。ゲームの仕様からストーリー、システムに至るまで様々に考察し時に開発者の意図すら飛び越えて技を生み出す。
強力なモンスターを自身の生み出したかっこいい技で倒し切った時の快感はたまらない。
……だが今までのゲームでは動きに限界が出来てしまっていた。どんなに頑張ろうとその世界に設定された動きを飛び出すことは出来ない。どれだけ開発者の想定を飛び越えようともその世界のルールを飛び越えることは出来ない。決してオリジナルにはならない。
そのために……限界を飛び越え、幅広い操作性の自由を齎すためにこのシステムを作ったのだ。こうすれば最初はアシストの範囲内の動きしかできずともそれ程経たずにプレイヤー自身が自分にあったオリジナルのプレイスタイルを見出せると思った。
このシステムを理解できていれば例えば剣の基本アーツであるスラッシュ一つ取っても多様性が生まれる可能性を秘めているのだ。
しかし現実は想像とは違っていて誰1人そのシステムの秘密に気づかない。ただシステムの上辺だけをシステムの全てとして使い、それ以上を目指さない。
「いやはや。今までのゲーム経験があるプレイヤーほど先入観に踊らされて真実に辿り着かないとは」
思わずそう呟き失笑する。運営の心境はこれに尽きた。
βがそんな結果で終わり、リリースされたこのゲーム。
この時点ではまだ運営も希望を持っていた。βの時よりも多くの人間がプレイするのだ。今度こそはと運営の誰もが思っていた。しかしやはり誰もこのゲームの本質に気が付かず今までのゲームの延長としてプレイしていく。
β参加者からの情報で地雷なんて情報まで出ていたため、本当はとても有用なスキルなのに見向きもされずランダムでしかなれない種族や職業に誰も夢を見ない。
本当は扱いは難しくとも、とても面白い上に使いこなせれば普通に選べる職業や種族よりも遥かに強くなる可能性を秘めているのに。
1人また1人とキャラメイクを終えてISOの世界に降り立っていく。
やはり誰もが情報サイトの情報を前提にキャラクターを作成していく。
中にはゲーム慣れしていないらしいプレイヤーもいるがそんなプレイヤーも情報サイトを見ているらしく殆ど迷うことなくキャラメイクを進めていく姿には思わず閉口してしまう。
プレイヤーをナビゲートするこの世界の神々に助言を求めることすらしない。
助言を求めれば本当の意味できちんと自分に合ったスキルなどの情報を教えてくれるのに……。
情報サイトやβ経験者の信頼度というものを甘く見ていた。
このゲームはプレイヤー以外の意志あるもの全てにAIが組み込まれている。
現実と同じように様々な意志あるものが干渉しあい様々な出来事……ゲーム的にいえばクエストが発生する。はっきり言ってこの世界で発生するクエストの殆どは運営側で用意したものではない。
運営が用意したクエストはストーリー上、必要となるもの俗に言うグランドクエストと呼ばれるクエストばかりだ。
基本的にはプレイヤーのステータスや行動に合わせてそのプレイヤーに合ったクエストが発生する。
その為このゲームの難易度はバランスがいいなどと言われるのだが……。
確かにそのおかげで詰みはないが……そのせいで工夫も何もせず、力だけでどうにかしようとするプレイヤーにはそれに適したクエストが多くなるし、工夫も苦労もなくクリアできるクエストでもらえる報酬なんて高が知れているから成長も知れている。
勿論、限界ギリギリを攻めるような難易度のクエストも必ず時々はぶつかるようになっているからそこで頑張れば難易度は高いが報酬のいいクエストにぶつかる率が上がるのだが……。
うちのモットーは『苦労に見合った報酬を』だ。
だからこそ利用規約にはきちんと『このゲームはとても難易度が高いゲームです』と、書いたんだがなぁ。
難易度が高い=モンスターが強いではないんだぞ?
……まあいい。
その様なシステム故にこのゲームの世界の存在と少しも関わらず、プレイヤー個人で殆どを完結させている者は得られるものがとても少なくなってしまうのだ。
最初のナビゲート役である神々との接触はプレイヤーがこの世界の存在と接する一歩目だ。
……やはり最初に神々に名乗らせるべきだっただろうか? 一応全ての意志ある存在にはAIが積まれていることは宣伝していたのだが……。
モーションアシストシステムや高レベルのAIシステムによる自動クエスト発生システム。
これらのシステムによりプレイヤー1人1人が自分だけの物語を歩める。この世界の数多の生物に数多のプレイヤーが繋がる事で生み出される数多の物語。
故に『INFINITY STORY'S ONLINE』なのだ。
そんな失望の中で現れたのが彼だ。
最初見た時からそのプレイヤーの行動は驚きの連続だった。
ナビをしていた神ソレイユに助言を求め、遊びで導入していたイメージでの容姿作成を成功させる。ランダムを選択し、地雷と言われていたスキルを気にせず取る。
更にはリアリティを求めてモーションアシストと感覚補正をOFFにしたのを見た時は笑い出しそうになった。
種族、職業がレアになったのは偶然だが私達にはもはや運命のように感じていた。
ナビゲート役の神々にお礼を言ったのはその声の主が意思あるものだとわかったからだろうか?
ゲームを始めてからも驚きの連続だ。ゴブリン相手に契約を行使したのにも驚いたが、まさか成功させるとは夢にも思わず、しかも強化のアーツまで発現させる。
スキルを初めて使っているはずなのにその場でスキルのなんたるかを考察し、実践して自分のものにしていく。
この時、現時点で恐らく彼に出来る契約確率の上昇は限界まで行われていただろう。
まあそれでも確率は十数パーセントくらいにしか上がっていないから彼は運すらも味方につけたと言っていい。
そして何より驚いたのがそのほんの僅かな実践でモーションアシストと感覚補正の秘密を暴いてしまったことだ。
これには我々運営も驚いた。彼ならばいずれ気づくとは思っていたがこれは流石に早すぎる。
NPCと一個人として接し、難易度がかなり高い神通流のクエストを自力で切り抜ける。調べてみたがあれは正真正銘プレイヤースキル。本人の談で言えば意地、気合だ。あれには本当に度肝を抜かれたよ。
このクエストは低レベルであればあるほど得られる報酬が増えていく。難易度そのものは変わらないため適正レベル以下でこのクエストを受け、あまつさえクリアするなど……。彼のこの時のレベルははっきり言って最低レベルだったはずなのに……。
だがこのゲームのシステムはこのクエストを彼ならば超えられると判断した。
……正直な話、あの時の私達はシステムに不具合が起きたと思って慌てて確認したくらいだ。
まあ彼があれをクリアして見せたのを見て、システムは正常だったとわかったのだが……。
システムの人を見る目を褒めるべきだろうか?
そんな中発生した防衛戦クエスト。
これに関しては運営の方で設定していた数少ないクエストの内の一つだ。
発生条件はゴブリン達のヘイトを一定レベルまで溜めること。
だがレベル上げのためにただ殺すだけなら発生までかなりの時間が掛かるようになっていた。少なくとも万では足りないくらいにはゴブリン達を倒す必要があった。
だというのに一部の良識の無いプレイヤーの行動でその時期が早まってしまったのだ。
はっきり言って今のアシストに頼り切っている段階のプレイヤー達では話にならない。かろうじて変異ゴブリンと戦い時間稼ぎをするのが関の山だろう。
トッププレイヤーと言われているプレイヤー達ならなんとか戦えるだろうか? といった感じだ。
このゲームの難易度はある程度アシストにより戦闘技術が上がっていることを前提に設定されているからな。
正直焦った。このままでは間違いなく始まりの町が無くなってしまう。
運営のポリシーとしてできる限り手出ししないようにしようということになっていたのだが、その時はそれを曲げて難易度に調整を入れるか、かなり真剣に話し合った。
だがある職員が見つけてしまったのだ。モニターに映る、南の森に向かう例の彼の姿を……。
もしかしたらと思った。だからいつでも難易度に調整を入れられるようにだけして彼を見守った。
予想通り彼は召喚モンスターと共に変異ゴブリンに遭遇した。あの鬼と一騎打ちで戦い始めた時は職員一同で固唾を飲んで見守った。
正直感動した。まるで英雄譚の一幕のような戦い。アシストに頼らず自身の努力でスキルを理解し、自分のものにした者だけができる動き。その動きは我々運営すら魅了する。
もし彼がアシストに頼っているプレイヤーなら、神通流の技を以てしてもあんな風に受け流しや攻撃など出来はしない。
そう我々運営の望んだ姿はこれなんだ。
少なくとも彼のこの姿は今運営開発部の職員が全力で彼のPVを作るくらいには全ての職員に感動を与えていた。
……誰がPVを作るかで非常に揉めたのだがそれは些細な事だろう。
彼の凄いところはその考察力と吸収力。1を知り10を考察して見せ、それを自分のものにしていく。時には恐らく勘なのだろう我々には想像もできないもので正解を掴む彼はまさしく我々の英雄。
「きっと彼と接することで他のプレイヤーもこのゲームの本当の姿に気が付くだろう」
このゲームが今までのものとは正真正銘一線を隔した夢のような空想を実現できるものだということに。
トッププレイヤーと呼ばれるプレイヤー達が彼に接触しようとしている。
そうなった時、彼と接してプレイヤー達がどのように変わっていくのか楽しみでしょうがない。
「早く彼とトッププレイヤーとの情報交換が始まらないかな?」
私はピノキオな部下と共に彼が映るモニターを見る。どこまでトッププレイヤーが彼を、この世界を理解できるか。
私と部下はワクワクしながら映像に目を向け続けるのだった。




