第29話 復活、己の全てを懸けて
━Side シュン ━
奴が振り下ろした大剣を擦り抜けて振り抜かれた俺の刀が奴の身体を袈裟斬りに両断する。
間違いなく致命傷。
奴の周囲に漂っていた黒い靄が薄れていく。まるで奴の命が流れ出していくかのように。
靄が薄れて見えるようになった奴の顔には驚愕が張り付いていた。きっと俺の攻撃が通らなくなっていたこともあり自身の勝利を確信していたのだと思う。
奴の身体がゆっくりと後ろに倒れていく。その姿を俺は瞑目しながら見送り……
ドゥ!
大きな音を立てて奴は倒れ伏した。
目を開き、奴が倒れたことを確認して……あまりの疲労感に俺も刀を支えにその場に膝をついた。
「はぁっ! はぁっ!」
ステータスを確認するとHPもMPもKPも危険域まで落ち込んでいる。
本当にぎりぎりの戦いだった。あと一歩なにかが違えばやられていたのは俺だった。
とはいえいつまでも休んでいられない。サクヤのことも気になるし、ゴブリン達がどうなってるのかも確かめないと。
「サクヤは?」
身体に鞭を打って立ち上がり、周囲を見渡した瞬間。
ゴウ!!
と、目の前の奴の死体から黒い靄が再び溢れ出した。
「なんだ!?」
死体があった方を見ると黒い靄が傷口から滾々と湧き出し傷口を修復していく。
「嘘だろ!?」
あの状態から復活するのか!? 再び奴が立ち上がる。その目には先ほどに倍する怒りと憎しみの感情が渦巻いていた。
奴が大剣を構える。どうする? HP、MP、KP全て枯渇。身体には殆ど力が入らない。
奴が大剣を振りかぶり俺に向かって振り下ろす。俺に出来るのは刀を持ち上げ構えるだけで精いっぱいだった。
サクヤ、すまん……。奴の大剣がとうとう俺を捉えんとした瞬間……
「神通流、水の型・一番 流水!」
見覚えのある着物姿をした女性が俺の前に現れ、迫りくる大剣を横へ受け流した。
俺と奴は目を見開く。
「神通流、火の型・一番 烈火!」
そのままその着物の女性はオウガを烈火の3連撃でもって4分割にして吹き飛ばす。
……俺があんなに苦労した奴の防御をこんなに簡単に……。
俺がその光景に思わず遠い目になっていると、オウガを吹き飛ばした着物の女性は俺に振り返り微笑む。
そしてその着物の女性……師匠は微笑みながら再び膝をついていた俺に手を差し出し立ち上がらせた。
「師匠……」
俺は彼女がここにいることに驚き、呆然とする。
すると今度は突然後ろから誰かに抱き着かれた。
「主様!」
後ろを見るとサクヤが感極まったように俺に抱き着いてきていた。
「サクヤ! 無事だったか!」
「はい! 主様こそよくぞご無事で!」
俺は疲弊した身体を動かし抱き着いて来ていたサクヤを抱きしめる。
少しケガをしているがそれほどひどい怪我はないな……。
その事にほっとする。
「なんとかな。サクヤも無事でよかった」
そして俺はサクヤを抱きしめ頭を撫でながら改めて師匠の方へ顔を向け疑問を口に出した。
「師匠、どうして……?」
「ドルグからゴブリンの軍勢のことを聞きました。それで慌ててあなたを助けに来たのです。2人とも無事でよかった」
ドルグから……。あの男は本当にここぞというところで陰から助けをくれるな。今度マジで何かお礼をしに行こう。
そして師匠は心底ほっとしたような顔をしながら俺の頭を撫でてきた。俺はおとなしくそれを受け止める。……恥ずかしいけど助けてもらったからな。
そして俺は改めて彼女にお礼を言った。
「師匠、助けてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。シュンさんも無事でよかったです」
俺を撫でる師匠を見ながら俺はほっと息を吐く。
それにしても間一髪だったな。
あと少し遅ければ間違いなくやられていた。
そこでふともう一つ疑問が湧いた。
「そういえば師匠はどうやってここに?」
この南の森はかなり広さがある。ゴブリンがあちこちにいる中どうやって俺達を見つけたんだ?
「あなたの幼馴染だという来訪者の力を借りました」
「アースとマーレの?」
その組み合わせに俺は驚く。接点なかったよな?
「ドルグにあなたを助けに行くうえで来訪者へ声を掛けるようにアドバイスをもらいまして。声を掛けた相手が……」
あの2人だったと……。
「その2人とその仲間から助力を得てここまで来たのです。今ここにゴブリンが来ないのも彼らが抑えているからなのですよ?」
「私がこちらに来れたのもその方々が居たからなのです」
抱き着いて来ていたサクヤも顔を上げて説明に加わる。
なるほど、そういうことか。
「それよりもシュンさん」
俺が2人の説明に納得し頷いていると、師匠が俺の名前を呼ぶ。
その声に師匠を見ると師匠はオウガを吹き飛ばした方へと視線を向けていた。
「なんですか?師匠?」
俺はその意味が分からず首をかしげる。
「構えなさい。まだ終わっていません」
師匠の答えに俺は奴が吹き飛ばされた方へと視線を向ける。
そこには黒い靄を吹き出し、4分割された身体を再生させているオウガが居た。
「なっ!?」
まさかあれでもダメなのか! そのあまりの光景に俺とサクヤは素早く刀を構える。
奴が再生していくのを俺が睨みつけていると師匠はこちらに視線を向けずに話しかけて来た。
「やはりだめですか……。シュンさん。あの鬼が周囲に纏っている黒い靄がわかりますか?」
「はい」
「おそらくですがあの鬼が身体の周囲に纏っているのは邪気と呼ばれるものだと思います」
「え?」
俺は思わず師匠の顔を見る。師匠は黒い靄を見てその綺麗な顔を苦く歪めていた
「邪気?」
「ええ。邪気とは人の罪、強い負の感情から生み出されるエネルギー。負の感情を暴走させ、増幅し終わりなき力を与える。負の感情がある限りその力に終わりはなく、邪気がある限り負の感情に終わりはありません」
それはつまり……。
「一度あの邪気が発生するとその負の感情とエネルギーを増幅させ続けるってことですか?」
「そのとおりです。あの再生能力もその力を使っているのでしょう」
俺は師匠のそのあまりの答えに絶句する。文字通りの無限エネルギー。そんなのどうやって倒せば……。
「あの力を破るにはその心を静めるしかありません」
「心を?」
「はい。サクヤ?」
「はい!」
師匠は俺の隣で話を聞いていたサクヤを呼ぶ。
「古来より心、魂を静める方法はいくつかあります。サクヤ、私が教えた剣舞は覚えていますね?」
「もちろんです」
剣舞? そういえば俺がログアウトしている間に師匠から教わったって……。
「舞には二つの種類があります。一つは神々を楽しませ奏上し力を借りる神楽舞。そしてもう一つ……荒ぶる魂を静め慰める鎮魂の舞」
その説明に俺は息を飲む。
「私とサクヤの舞であの荒ぶる魂を静めます。シュン、あなたはあの哀れな鬼を討ちなさい」
俺はオウガの方を見る。先ほどよりも再生が進みもうそれほど時間を掛けずに再生も終わるだろう。
「ですがそれだけでは足りない。……あなたの持つ感応の力を少し調べました」
「?」
どういうことだ?
「あなたはあれを他者の感情がわかるスキルだと言っていましたね?」
確かにそう説明したけど……。
「あの力は他者の感情を受け取るだけの力ではありません。自身の感情を他者へ伝える力も持っているはずです」
スキルの説明欄に書かれていたことを思い出す。確かにそう書いてあった。
「シュンさん。あなたはあの鬼と戦ってその心を知ったのでしょう?」
「……」
「ならばこの世界であの哀れな鬼の心を最も知っているのはあなたです」
そうか。そうだろうな。
「私とサクヤの舞とあなたの感応でもってあの鬼の心を溶かします。できますね?」
俺は瞑目する。刃を合わせて感じた強い強い感情。それを思い出す。
目を開けた時俺の目は定まっていた。
「わかりました」
俺はしっかりと師匠の目を見て答える。俺のその目を見て師匠は小さく驚きを顔に浮かべ、すぐにその顔を微笑みに変えた。
俺は初期装備としてインベントリに入っていた今まで使っていなかった全プレイヤー共通で貰える回復薬を使い枯渇寸前だったHP、MP、KPを全快まで回復する。
これで表面上は回復した。疲労感だけは抜けていないがそれは気合で捻じ伏せる。
準備完了。
「シュンさん。全力でやりなさい。先ほどの戦いは最後の方だけでしたが見ていました。この数日であそこまでの域に達したこと誇らしく思います。ですが今のあの鬼にはそれだけでは足りません」
俺は師匠を見る。いつもと変わらない厳しくも優しい瞳。
「後の事も何もかも忘れていい。己の全てを使ってあの哀れな鬼を討ち果たしなさい」
「はい」
「私とサクヤも準備ができ次第始めます。鎮魂の舞歌が聞こえてきたらそれが合図です」
「わかりました」
その師匠の言葉を最後に俺は前を向く。
その視線の先では既にオウガは身体を再生し、立ち上がろうとしていた。
呼吸を整え、集中する。師匠は全力でと言っていた。さっきまでは後々サクヤと逃げるときのために使えなかった二つの技。陽命と月結。
神通流の全てでもってあの鬼を……討つ!
そして俺は今度こそ奴を討つために奴の元へと飛び込んでいった。




