第27話 抵抗と結実
━Side シュン ━
「グオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」
「サクヤ! 奴の相手は俺がする! お前は周囲の奴らを!」
「はい! 1匹たりとも主様には近づけさせません!」
「それと……できる限り殺すな!」
「……はい! 主様、ご武運を!」
「ああ! サクヤもな!」
サクヤは周囲のゴブリン達に対処するべくそちらに向かって行った。……頼むぞ、サクヤ!
俺はサクヤに素早く指示を出したところで、オラグランデを見据える。それにしてもでかい……。これでは急所に攻撃しようにも届かないし、あの肉体は普通に斬りつけてるだけじゃ意味のある一撃にはならない!
そう考えて俺は攻めあぐね奴と睨み合う。だがすぐにそんなことを考える暇などなくなった。
「ガアア!」
すぐにしびれを切らした奴が俺に向かってその巨大な剣を俺に向かって振り下ろして来たからだ。
俺と奴の間に在った10m近い間合いを一瞬にして食い潰して。
「! はやい!」
咄嗟に身体を前方へ投げ出し、奴の股下を転がり抜ける。抜けたところで背後で衝撃と爆音。
身体を左手で跳ね上げ、右手に握っていた刀で足を斬りつけ、そのままの勢いで奴から距離を取る。
距離を取ったところで俺のいたところに目を向ければ、そこはまるで爆撃でも受けたかのように地面が爆散していた。
その光景に冷や汗が流れ、思わず息を飲む。
奴は俺が股下を潜り抜けたことで俺を見失ったのか周囲を見渡している。
「あんなもの受けたら……」
まず間違いなく死ぬ。受ければ爆散、単純に受け流しても衝撃だけで俺の耐久ではおそらく即死。
「レベルが違い過ぎる……!」
切りつけた足も切るどころか傷跡すらついていない。
「ははっ! もう笑うしかないな!」
圧倒的な埋めがたいまでの力の差。でも、
「やるしかない……!」
何とかできなければ死ぬだけ。生きるか死ぬか。デッドオアアライブ、著しくデッド寄り。
死にたくなければ考えろ、俺! 今の俺の武器は持ち前の考察力に師匠に教わった神通流の技と各種スキル。
そして……「心」。
師匠の元で散々味わった。不条理なまでの力の差を跳ねのけることができる唯一……。
「神通流の技とは……」
師匠が言っていた神通流の神髄は……
「弱き者が強き者を打ち砕く」
遥か昔、弱き人の子が強き魔物に抗うために生み出された。
「弱者のための技」
弱き己の力でもどこかの誰かを救えるように。
他の種族と比べて遥かに弱いステータスしか持ちえない俺とサクヤが魔物と戦えるようになった。
奇跡のような巡り合わせ。きっと他の流派ではこうも戦えるようにならなかっただろう。
「なら勝てるはずだ!」
俺を見失っていたオウガが背後にいた俺に気づき振り返る。
「ふぅ~」
師匠の教えを思い出しながら整息。緊張で荒れていた呼吸を正す。
そして奴だけに集中。周囲のゴブリンについてはサクヤを信じて考えない。
俺の全てを奴だけに……。
奴が再び構える。奴の動きを見逃すな……! 奴の動きを視線を呼吸を、そしてその心を……見て、視て、観て。
先ほどと同じ縦の一撃。奴の動きが遅く見える。感応スキルが、危機察知スキルが、俺に奴の殺意の流れを教えてくれる。俺の心が静謐を宿す。今度は躱すのではなく受け流す。
神通流、水の型・一番 流水
奴の大剣に俺の刀が触れた瞬間奴の大剣から流れ込んでくる負の感情。
奴だけじゃない。おそらく全てのゴブリンが抱いていた強く、深い……怒りと憎しみの怨嗟。
俺の刀が奴の大剣の側面を捉え俺の横を流れていく。地面が爆ぜ衝撃が俺を襲う。
神通流、土の型・一番 堅土
その衝撃を堅土で受ける。反撃を、と思ったが今度は奴も一撃では終わらない。地面を抉った大剣をまるで小枝のように振り上げて俺を上空へカチ上げようとする。
上半身をほんの少し逸らしそれを回避。
大剣は俺の鼻先数㎝のところを通り抜け俺の頭上へ。
大剣を返して右袈裟斬り。再び流水で流す。
刀が触れた瞬間、再び流れ込んでくる感情。
これはきっと奴の始まり。
二度目のそれにほんの少しだけ心が揺れる。
俺の瞳が奴の驚愕を映す。きっと俺のことを取るに足りない相手と思っていたのだろう。
流水で流されてほんの少し奴の身体が流れた。
――刀は己の心を映しだす――
「ふっ!」
一瞬の呼吸と共に閃く俺の刀。傷一つつけられなかった奴の身体に傷がつく。
だが浅い。
三度流れ込んでくる、感情。それと一緒に流れ込んでくるヴィジョン。
誰にも顧みられず、虐げられ、踏みつけられ、這いつくばり、大切な誰かを奪われる。
目の前で誰かを失う。奪った者に対する憎しみ。自身の弱さへの怒り。
だけど……流れ込んでくる怨嗟の中にほんの少し違う何かが混ざる。
怒りとも憎しみとも違う。これはきっと……
強靭な筋肉に覆われた胸板に薄い傷跡が一つ。
だがそれも一瞬で回復し、傷が塞がる。
高速再生までするのか……。
自身の肉体に相当な自信があったのだろう。回復したとはいえ傷がついたことに更に驚愕し、俺から距離を取った。
先ほどよりも警戒の視線を俺に向け、今度は全くの油断なく奴も構える。
……まだ、足りない。奴を斬るにはまだ……
3度目の奴の突撃。周囲を薙ぎ払うような横振り。
迷いも思いもこの胸に……
その瞬間俺の姿は奴の前から消える。
俺が消えたことに戸惑うオウガ。
そんな奴の首を俺は横に振ったことで背後に回った大剣の上から切り裂いた。
先ほどよりも深く傷がつく。
先ほどとは違う明確な痛みにグオォォォ!? と叫び大剣を振り回す。
俺は素早く大剣から飛び降りて奴から距離を取った。
思考する。もしかして奴は戦闘経験が殆どないんじゃないか?
先ほどから突撃して大剣を振り回すくらいしかしていない。
技の俺と力のオウガ。
傷口が再生する。暴れることを辞め、俺を怒りの視線で睨みつけた。奴の周囲に浮かぶ黒い靄が更に深く濃くなっていく。
今度は俺から仕掛ける。身体強化で瞬間的に加速することで奴の視界から消え、足に向かって一閃し、そのまま走り抜ける。だが殆ど切り裂けていない。
先ほどよりも硬い? ダメージを受けるとステータスが上がるのか?
識別で見た奴の情報を思い出す。
自身だけでなく周囲のゴブリン達からも負の感情を取り込みとあった。つまり奴が感じた怒りの感情と周囲のゴブリンの感情を取り込んで奴のステータスを上げているのか?
黒い靄が更に深くなる。
サクヤか他のプレイヤーがゴブリンを倒してしまったのかもしれない。つまり早く倒さないとこいつは更に強化されていくのか。
……時間が経てば経つほど追い詰められていく。だがそれでも俺が浮かべるのは笑みだ。
奴が強くなるなら俺も同じように高めていけばいいだけだ……!
俺の思いに呼応するように俺の集中力も増していく。
背後にいた俺に向き直り突撃してくる奴の動きが更に視えるようになる。
奴もバカではない。一度やられれば対策を取ってくるし、戦い慣れてきているのか動きが良いほうに変わってきている。
だからこそそれを更に上回るしか活路はない。
ステータスの上昇で更に速度が上がった動き。
先ほどよりも上がった力で迫る大剣を受け流す。
縦斬り、横薙ぎ、袈裟斬り、突き。そこへ更に蹴りに拳。学習速度も尋常ではないな。
息を吐く暇もない。連撃、連撃、連撃!
刀で足で掌で……それを流し、受け、躱す。俺の意識が深く、深く沈んでいく。音が遠のいていく。奴の周囲の状況が手に取るようにわかる。時折周囲に生えている木々を隠れ蓑に反撃をするが斬れるようになるたびにステータスが上がり、斬れなくなるのいたちごっこに反撃は一度辞めた。
気づけば俺と奴は木々がない広場のような場所に移動してきていた。
もし奴をやるなら……一撃だ。
既に俺の心は静かで深い水底にいるようで、全てが手の中にあるような全能感を俺に与えている。
師匠に教わった全てが今ここで結実していく。
たった数日だけだったがあの濃密な経験が俺の今を更に押し上げていく。
それでも届かない。奴の肉体を切り裂けない。
正面から奴と打ち合う。お互いに一撃も入れられない。
……だから更に深く、更に沈んで……
オウガの攻撃の激しさはどんどん増し、黒い靄も濃くなっていく。
暗く静かな水底に淡い光が差す。
集中が増す程、その光は強くなる。
既にオウガの周囲に漂う黒い靄は視界を埋め尽くすほどだ。
切り結ぶたびに流れ込んでくる奴の心。
踏みつけられ、這いつくばり、奪われて。
強い怒りと憎しみの怨嗟の中でその中に残るもう一つの感情。
悲しみ。深い、深い悲しみ。きっとこれが奴の根幹。奴の始まり。
だから俺は……
光が一際輝く。
その悲しみを終わらせる。
俺はその光に導かれるように刀を振り抜いた。




