第26話 絶望、復讐の王
━Side シュン ━
戦闘を始めてどれくらい時間が経ったか……?
「はぁっ!」
正面から飛び掛かってきたゴブリンを縦に両断する。
縦に振った勢いそのままに刀を跳ね上げ、横合いから俺に嚙みつこうと口を開けていたゴブリンの首を切り裂き絶命させる。
そこに大きな足音を立てて近づいてきた、俺よりも大きな体格のゴブリンが雄たけびを上げながら俺を叩き潰さんとその剛腕を振り降ろす! それをぎりぎりで躱し、飛び散った土が顔に当たる痛みを無視して跳躍。
少し曲がった足を踏み台に更に飛び上がり体重を掛けてその首を貫く。だがそれだけではこのゴブリンは倒れない。
刀を首に刺されたまま俺を掴もうと腕を上げた。
捕まればまず逃げることはできない。今度は素早く後ろに体重を掛け、一息でその刀を抜き去り、後ろに逃げる。
刀を抜き去った瞬間、流石のこのデカゴブリンも耐えられなかったのだろう。ビクンとその大きな身体が震え、後ろに倒れながら、ポリゴンへ姿を変えていく。
それを見て一瞬息を吐く。
その一瞬の隙を好機とみて絶命した、ゴブリンを隠れ蓑に固く長く伸びた爪を俺の心の蔵に突き立てんとするゴブリン。
だけど……
「隙じゃないぞ?」
他のゴブリンより小柄なそのゴブリンの爪を流水で受け流し、足を引っかけ転ばせることで後続のゴブリンにぶつけ進路を妨害……したところで俺の反対側、サクヤの背後から忍び寄るゴブリンを発見。
一瞬だけ身体強化を起動し、一息でサクヤの元へ。
サクヤも俺の動きに気づき同じように俺の元へ移動。すれ違いながらお互いの背後に忍び寄るゴブリンを切り裂いた。
サクヤと背中を合わせ息を整える。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! サクヤ! 大丈夫か!?」
「はっ! はっ! はっ! ……はい! 主様は!?」
「大丈夫だ!」
互いにゴブリンから視線を逸らさず無事を確認する。ゴブリン達は仲間が何体もやられたことで一時的に様子見に入っている。
戦闘を開始してから今まで、ずっとこれの繰り返しだった。
息を整えられるのは嬉しいがじわじわとこちらの体力は擦り減っている。
だが問題はこれだけではない。
「それにしても全く減った様子がないな!」
「はい主様! 先ほどからどこからか供給され続けています! それに徐々に変異種の種類とレベルが上がっているようです!」
そうゴブリン達の種類と強さが徐々に上がっているのだ。
先ほどの爪を伸ばして攻撃してきたゴブリンもその内の一体だ。
■《魔物》レセントメントゴブリン Rank:?■
種族:怨鬼 Lv.10
ステータス
HP:???/???
【なにかに魅かれ力を与えられたことで特殊変異したゴブリン。通常のゴブリンの数倍の戦闘能力と凶暴性を獲得しているが仲間へはそういった凶暴性が出ない様子。他者、特に人間への強い怨嗟があり、徒党を組む特性がある。固く長く伸ばせるようになった爪で相手を滅多切りにする。死ぬとその身に溜め込んだ怨嗟がまた新たな怨嗟を生む。】
■《魔物》イーラゴブリン Rank:?■
種族:怒鬼 Lv.12
ステータス
HP:???/???
【なにかに魅かれ力を与えられたことで特殊変異したゴブリン。通常のゴブリンの数倍の戦闘能力と大きな身体も凶暴性を獲得しているが仲間へはそういった凶暴性が出ない様子。他者、特に人間への強い憤怒があり、徒党を組む特性がある。他の特殊変異ゴブリンよりも体格が大きく力が強いため非力なものであればまず間違いなく逃げることは敵わないだろう。他の特殊変異ゴブリンよりも遥かに強い凶暴性を持っている。】
既にレベルは10を超えた。種類は今のところ3種類だけだがまだ増える可能性もあるし、それぞれがその特性を生かして連携を取り俺とサクヤを追い詰めてくる。
ポリゴンとなって消えてくれるおかげで足元の心配は必要ないのが救いだろう。
さて息は整った。今までと同じならそろそろ動きだすはず……
「?」
動かない? 未だに俺達の周囲はゴブリン達に囲まれている。だが先ほどまでひっきりなしに続いていた攻撃が止んでいた。
「主様、奴らの動きが……」
背中合わせに構えていたサクヤの方も同じ様みたいだ。
「一体何が起こってる?」
気は抜かず、いつでも攻撃に対応できるようにゴブリン達を観察する。
? よく見ると奥の方を気にしてる? ゴブリン達の視線を追って奥に視線を向け、
バキバキバキ!!
木々を押しのけて、暗闇の中から何かが出てくる……。俺達を囲んでいたゴブリン達はその何かをまるで王と崇めるように……一斉に膝を折り、傅いた。
このゲームを始めてから感じたことのない危機感。危機察知スキルが何よりも明確に逃げろと訴えてくる。
ぎょろり
目が、合った。
ゾクリ!
このゲームで今まで感じたことのない悪寒が背筋を走る。師匠の殺気を浴びた時でも感じたことのないほどの嫌な感覚。
この戦闘で上がった暗視スキルがそれの姿を俺に見せる。
それは‟鬼”だ……
先ほどまで俺達を襲っていたゴブリンは大きさなんかは違えどその姿形はゴブリンの域を出なかった。
だがこいつは……一番体格の大きかったゴブリンを上回る体格。厚い胸板、太い腕に足。贅肉の欠片もないその腹筋。身長は2mと半分は間違いなく超えているだろう。上半身は剥き出しで下半身は動物の皮で作ったようなズボンに腰巻。
そしてその手にはその鬼の身長を超えるのではないかと思える程の巨大な剣を持っていた。
そして先ほどまで戦っていたゴブリン達がかわいく思えるくらいに深い、深い漆黒の靄がその身体の周囲を漂っていた。
■《魔物》復讐鬼王 ヴェンデッタオウガ[オラグランデ] Rank:?■
種族:復讐戦鬼 Lv.??
ステータス
HP:????/????
【怒り、憎しみ、怨嗟……いくつもの強烈な人間への負の感情に捕らわれ特殊変異進化したゴブリン達の王。自身だけでなく周囲のゴブリン達からも負の感情を取り込み、その力と存在は真に鬼となった。その強い負の感情は周囲にも影響を及ぼし、小鬼達を強制的に変異させ従え、死の怨嗟を元に生み出す力を持つ。生み出された怨嗟は高まり続け新たな個体を生み出す。】
統率された数の減らない変異ゴブリンの原因はこいつか!
ヴェンデッタオウガ。復讐鬼か。そしてオラグランデは名前か? 意味は確か……「破壊者」
ゴブリンを殺すとそのままその時に出る怨嗟を元に蘇らせ続ける。しかも強化をして、だ。後から出て来たあのゴブリン達もおそらくこの力で新しく生み出された個体なんだろう。
これでは幾ら殺しても意味がない。どころか俺達の首を絞めるだけだ!
王にして、女王。それがこいつ……!
奴が俺達を睨む。
いつの間にか周囲のゴブリン達も俺達に向き直り戦闘態勢に入っていた。
絶望
そんな言葉しか思い当たらない。救援は来ない。数は減らない。殺せばゴブリン達が強化される。逃げ道もない。八方塞がり。
だけど……俺はサクヤを見る。何度か見た覚悟を秘めた瞳。それを見て俺の口元は自然と弧を描く。
シズカの言葉が蘇る。心に芯を……! 固めた覚悟を心に宿す。
俺とサクヤは奴に向かって身構える。
グオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!
ここに復讐の雄叫びが上がった。
━Side シュン Out━
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━Side シズカ ━
「ゴブリンの軍勢が近づいて来ている?」
町に鳴り響いた緊急警報の鐘。その鐘の音を屋敷で聞いた私は古馴染みであるドルグの訪問を受けていた。
「ああそうだ。かなりの数の軍勢でな? 少なくとも数千は固い」
真剣な顔つきでドルグは私に状況を話す。
「それで? それがどうしたのです? ゴブリンがそのような行動をとるのは聞いたことがないですが、所詮はゴブリンでしょう?」
小動物にすら負ける能力しか持たない最弱のモンスター。それがゴブリン。
「ああ。普通のゴブリンならそうだが今回はまた勝手が違ってな。何が原因かはわからないがおそらく変異している。領主の放った斥候が一当てしたらしいが通常のゴブリンとは次元が違ったそうだ」
それは……いったい何が起こればそんなことに……?
「原因は不明だ。数が数だから領主は来訪者に対処を依頼した。もちろん俺達も協力するが基本的には門の近くで騎士と共に最終防衛ラインとなる」
「来訪者に?」
「ああ。来訪者は実力もそれなりにあるし、数も多い。しかも死なないと来てる。今回のことを依頼するにはうってつけだ」
確かに来訪者は今回のことに対して適任でしょう。
「それで私のところに来た理由は、協力要請ですか?」
「ああ。頼めるか?」
やはりそうですか。
「構いません。下手をしたらこの町がなくなりかねません」
「助かる」
全く何が原因かはわかりませんがなんてことでしょう。
「それでどの方面から来ているのです?」
「全方面だ」
そのドルグの言葉に思わず、動きが止まる。
「? どうした?」
最近弟子になったあの子たちの顔が頭の中に浮かんでくる。口の中が乾く。
「シュンさんが」
「シュン? そういえばいないが……」
「南の森に……!」
「なに!?」
頭が真っ白になる。また私は……
「おい! シズカ! しっかりしろ!」
頭が真っ白になってしまった私の肩を掴み、揺さぶりながら言葉を重ねるドルグ。
「シュンは来訪者だ! 死んでも生き返る!」
その言葉に真っ白になっていた私の頭は急速に色を取り戻していた。
そうだ。来訪者は……
「そ、そうでした」
「それにお前が鍛えたんだろう?」
「はい。はい! そうです!」
そうあの子たちは私が鍛えたのだ。こんなことくらいでやられはしない。今はそう信じる。
今だ肩に置かれたドルグの手を外す。
「もう大丈夫です」
なんとか平静を取り戻した私の表情を見たのだろう。ドルグは安心したように息を吐いていた。
「良かった。今お前ダメになられたら困る」
「大丈夫。わかってます」
それでもあの子達を死なせたくない思いは消えない。
「行先は南の森なんだな?」
「ええ」
「ならお前は南門の方へ行け」
ドルグのその言葉に目を見開く。
「良いのですか?」
「ああ。だがゴブリンの数は相当なものだ。行くなら他の来訪者に声を掛けていけ。町は任せろ」
「わかりました」
「できればとっととシュンたちを連れてこっちの防衛に戻って来てくれると助かる」
「わかりました。ありがとうございます!」
ドルグの後押しに感謝して私は2人を助ける準備のために立ち上がる。2人ともどうか無事で……!
「ああそうだ。最後にもう一つ」
「?」
「ゴブリン共は黒い靄のようなものを纏っていたそうだ」
━Side シズカ Out━




