第25話 危機、騒乱の始まり
~~始まりの町 南の森 静謐の森林~~
森に入って30分。マーレからの情報通り小動物らしき気配がたくさんあった。リス、ネズミ、この声はフクロウかな?
注意していても気配察知で見逃してしまいそうなくらい気配が小さい。それも俺の気配に驚いたのかみんな隠れているみたいだった。
小さなフクロウの鳴き声以外に音も聞こえない。
「静かだな……」
逆に耳が痛くなりそうな静謐が漂う森。だけどやっぱり……
「ゴブリンがいない」
おかしいな。マーレが言うにはどの方面もゴブリンだけは必ずいるって話だったはずなのに……。
「なんか嫌な予感がしてきたぞ……」
危機察知の効果か? 危険なんて何もないはずなのに何かに危機を感じている?
隣に視線を向けるとサクヤも何かを感じ取っているのか視線を周囲に向けていた。
一度町に戻ろう。
俺の中の危機感は既に最高潮に達していた。
「サクヤ。なにか様子がおかしい。一度町に戻って……」
と、サクヤに撤退の声を掛けようとして、
ガサッ
「「!」」
サクヤと共に素早く戦闘態勢を整え音がしたほうへ身体を向けた。
「グギャ」
出て来たのは先ほどまで全くと言って良いほど姿が見られなかったゴブリンだった。
「なんだゴブリンか」
思わずホッとする。これは俺の嫌な予感は勘違いだったか?
その瞬間、ぞわっ! と、背筋に寒気が走る。ゴブリンと相対した瞬間、なぜか先ほどよりも強く危機を感じ取っていた。
「グギャアア!!」
「「!?」」
その瞬間ゴブリンは雄たけびを上げながら、俺に向かって飛び掛かって来た!
堅土を使いながらゴブリンの攻撃を受け止める。
散々師匠とやり合ったおかげで危機察知の反応に素早く対応できる。寒気が走った瞬間には戦闘モードに意識が切り替わっていた。
刀で受け止めたゴブリンを蹴り飛ばし距離を取る。が、
ガキィッ
「! 堅い!?」
ゴブリンを蹴り飛ばした感触は明らかにゴブリンのものではなかった。ウルフを蹴り飛ばした時もこんな堅くなかったぞ!?
重さもサクヤの時に感じた重さよりも重くなってる。それでも元が軽いため多少増えただけならばなんとか蹴り飛ばすことができていた。なんだこれは?
距離を取れたためゴブリンをよく観察する。前に見たゴブリンより少し大きくなってる? 体格が良くなり身長も10センチは高くなっていた。そして暗かったため良く見えていなかったがなにやら黒いモヤ? のようなものを身体に纏っていた。
急いで識別を使う。
■《魔物》ヘイトレドゴブリン Rank:?■
種族:憎鬼 Lv.8
ステータス
HP:???/???
【なにかに魅かれ力を与えられたことで特殊変異したゴブリン。通常のゴブリンの数倍の戦闘能力と凶暴性を獲得しているが仲間へはそういった凶暴性が出ない様子。他者、特に人間への強い憎悪があり、徒党を組む特性がある。】
おっ? 識別の情報が増えた。ってそんなことを言ってる場合じゃない!
ゴブリンの数倍の戦闘能力に凶暴性。果ては人間に対する憎悪にこれが一番まずいが徒党を組む特性?
ってことは……、
ガサガサッ!
「「「「グギャギャギャ!!」」」」
周囲から黒いモヤを纏ったゴブリンが次々と湧いて出てくる。数は10を超えたところで数えるのは辞めた。
冷や汗が止まらない。
あっという間に周囲を取り囲まれてしまった。あまりの数に逃げ道すら存在しない。
これは死んだか?
「サクヤ。お前は一度送還して……」
「いいえ、主様。私も最後まで共に!」
サクヤの瞳を見る。覚悟を秘めた桜色の瞳。その瞳を見て俺も覚悟を決める。復活するとはいえサクヤを死なせたくなどない。全力で抗う。
そこでふと思いつきマーレとアースにメールを飛ばす。急いでいて変な所を押してしまったり、文章が大分変になったが多分大丈夫なはずだ。もしこいつらが町に向かったら困るからな。ついでに助けを送ってくれたら更にありがたい。
「わかった。なら……絶対に生き残るぞ」
「はい!」
サクヤと背中合わせになり死角をなくす。次の瞬間、ゴブリンたちは雄たけびを上げながら俺達に飛び掛かってきた。
━Side シュン Out━
|
|
━Side マーレ ━
夜の帳が降り始めた町の中、突然大きな鐘の音が響き渡った。その今までになかった事態にその場にいたプレイヤーは全員が騒然とした。
もちろんレベル上げから戻って来たばかりの私たちもその例外に洩れなかった。
「今のなんなの? マーレ、何かわかる?」
そう聞いてくるのは私たちのクラン:ワルキューレのマスター・ヒルド。大盾と片手剣を使うオーソドックスなタンクスタイルでその実力は強いというより固い。ひたすらに固い。
プレイヤースキルも高く彼女の防御を抜けるプレイヤーはそういないだろう。
βからトップクランの一つと名高い我がクラン最強の盾だ。
「わからない。こんなことβでもなかったわよ?」
「多分門の上にある鐘の音ですよね?」
「ええ」
この丁寧語で話しているのは私たちのパーティの回復役であるベル。後、今は別行動中の3人を合わせた合計6人でパーティを組んでる。
まあそれはともかく今は状況の把握だ。
「今まであの鐘が鳴っているところなんて見たことないわよね?」
「ええ。βから今まで一度も聞いたことはないわ。でも……」
門の上についている鐘が鳴る。冷静に考えればそんな理由、一つしかない。
「あの、門についている鐘を鳴らす理由の定番ってありますよね?」
「……」
「やっぱりそれよね?」
ベルの言葉に思わず黙り込んでしまう私と得心するヒルド。
そんな話しをながらも私とヒルドは現在ログインしているクランメンバーと別行動中のパーティメンバーに連絡を入れながら掲示板などを使って情報を収集していく。
そうして数分程で全員に連絡を取り終わったところで門の前にいつも見る門番と全身鎧を纏った騎士がやってきていた。
「来訪者の諸君!」
おそらく門の周辺にいる人間全員に聞こえただろう大声。
「私はここアルヒの町の領主、ロイデンス・フォン・アルヒに仕える騎士だ! 今この町に大きな災いが迫っている!」
プレイヤー全員の強い緊張を孕んだ視線が騎士に向かっていることがわかる。門周辺の緊張感が高まる。
「この町周辺に生息している小鬼、通称ゴブリンが徒党を組んで我が町に向かってきている!」
そしてモンスターの名前を聞いて一部を除き、あっという間に緊張感が霧散した。
そんな中、私達は全く弛緩することができないでいた。他にも見覚えのあるトップクランと言われるクランメンバーらしき者も私たちと同じように緊張を解いていない。
それはそうだ。たかがゴブリンが少し徒党を組んだ程度で領主の騎士なんて存在が出てくるわけがない。
「その数、最低でも数千!」
告げられたその数に、その場にいた全プレイヤーが騒めく。
「で、でも所詮ゴブリンだろう?」
どこからかそんな声も聞こえる。
「そしてそのゴブリンだが……体格が大きくなり黒いモヤのようなものを纏っていると報告が来ている。普段と違い凶暴性もかなり上がっているようだ」
……それは本当にゴブリンなんだろうか?
「斥候が確認したところレベルなどもかなり上昇していたという話だった! そこで、君たち来訪者の力を借りたい!」
そこまで騎士が言ったところでプレイヤー全員の目の前にクエストボードが浮かんだ。
緊急防衛クエストね? 四方の門の防衛と原因の調査と排除。
このゲームでは死んでしまったNPCや破壊された町は復活しない。
どれだけ被害を受けてもイベントが終われば、元通りなんてそんな都合のいい話はない。
だからもしこのクエストに失敗したら……
「到達予測は今から1時間後! それぞれの門の指揮は私達騎士が分かれて執る! この町の冒険者も同じくだ! だが私たちが君たち来訪者諸君の指揮を取れるとは思っていない!」
あれ? NPCに従ってこのクエストをやるのかと思ったけど違うのかしら?
「その為、来訪者の指揮は同じ来訪者に取ってもらうことになった! 役割としては数が少ない我々騎士と衛兵が最後の砦として門を守る! 来訪者の諸君は門を守りながらゴブリン共を殲滅してくれ!」
まさかのプレイヤーへ丸投げとは。いやでもここでNPCが全部やってしまったらそれはそれで嫌よね?
「来訪者の諸君がゴブリンを殆ど減らせずに門へ通してしまえば我々では守り切れない! 守り切れれば功績に応じて報酬も必ず用意する!」
報酬という言葉にプレイヤー達の目の色が変わる。
「だから……頼む!!」
そう言って騎士は最後に深く頭を下げた。私たちが抜かれる=クエストの失敗……か。
「マーレ、他のトップクランのマスターからメールよ」
「なにかしら?」
「これから噴水広場で集まって会議をするって。指揮を執るならネームバリューがある方がいいからトップクランって言われてるクランにメールを入れたって。掲示板で他のプレイヤーにも声を掛けて指揮に関しては同意を貰ってるって」
「掲示板を見てなかったり、納得しないプレイヤーは?」
「その時は勝手にどうぞって事みたいよ? ともかく行きましょ?」
騎士が去ったところで3人で噴水広場へ移動する。集まっていた他のプレイヤーもそれぞれ準備のために街中に散って行った。
・・・急ぎ足で移動しそれほど経たず門から噴水広場に到着した。
噴水広場の噴水前には会議をするためか円形のテーブルが置かれている。……正直な話、違和感が半端ないわね。
テーブルには既に他のトップクランと呼ばれるクランのマスター達が席について待っていた。
この人たち行動早いわね……。門から数分で移動して来たはずなのに。
テーブルにはクランマスターだけが席についているため私たちもマスターのヒルドが席に着く。
「遅くなってしまってごめんなさい?」
「いえいえ! 全員今来たところです。気にしないでください!」
ヒルドの謝罪に応えたのは今回のトップクラン緊急クエスト対策会議(長いわ……)の発起人たる男、アースが所属する攻略クラン:ラウンドテーブルのマスター・アーサー。剣の腕前はトップクラスでヒルドと並んでISO最強の矛と名高い。
「おう、ワルキューレの! アーサー坊の言う通り全員来たばかりじゃ! 気にするでない!」
そう豪快に慰め?の言葉を贈ったのはトップ生産クラン:シャッフェンのマスター・ガンテツ。鍛冶先行のドワーフでなんとリアルではもう引退したそうだが、かなり有名な刀鍛冶師だったらしい。引退してしょぼくれているところに孫がこのゲームに誘ったんだとか……。ちなみにその孫はこのクランの副マスターをしていてクラン名などはその孫発案だそうだ。
初めて会った時「シャッフェンのマスターガンテツじゃ!」と言われたときは思わず笑っちゃったわ。
「そうにゃ! 初イベントでみんな興奮して早く集まり過ぎただけにゃ!」
この語尾に「にゃ」を付けてしゃべっている猫獣人のプレイヤーは情報屋兼検証クラン:知識の泉のマスター・にゃん娘。ふざけたネーミングに反して実力は折り紙付き。
特に情報収集のためのスカウト技能はレベルが違う。
ちなみにシュンの考察を買ってくれたのもここだったりする。
「そう言ってもらえると助かるわ」
そして最後が私が所属するクラン:ワルキューレのマスター・ヒルド。
今のところこの4つがトップクランと言われている。
4つともβテストの時に設立されたクランで本リリース後、直ぐに4つ共β時と同じメンバーで再び設立された。
それがなぜトップクランと言われるほどのネームバリューを誇っているかというと……βの時、最も様々なスキルや狩場、戦い方なんかの情報を発見した上にそれぞれの分野で最も成績がよく目立っていたからだ。
そもそも攻略サイトに載っている大半の情報の出所がこの4クランなのである。
しかも特にそれについて隠してもいないのだから普通に情報をネットで検索すれば嫌でも目に入る。
その為βの時点でトップクランと認識されており、そんなクランが本リリースでも同じメンバー、同じ名前でクランを作ればそれだけで注目の的だ。
しかも他プレイヤーと違って効率のいい狩場や戦い方なんかの情報を攻略サイトに載せた以上に持っているので、当たり前のように他プレイヤーよりも頭一つ飛び出ることになる。
そして今はそういった情報が光の速さで拡散される時代だ。
おかげで私達のクラン含むこの4クランは目出度く本リリースでもトップクランと呼ばれるようになったのだ。
閑話休題
「それでは会議を始めます」
私がつらつらと意味のないことを考えているとその間にアーサーが音頭を取り、会議の開始が告げられる。
その発言に席に着いた3人の顔が引き締まる。
「とはいえなんの指針も無くてはまとまらないでしょう。僕の方で仮案を用意しましたのでひとまず聞いていただいても?」
特に異論もなかったのか、これにも3人は頷いた。
「ありがとうございます。とは言ってもそれほど難しい事ではないんですけどね? まず……」
そうして語られた案は確かに難しいものではなかった。
まず4つの門の防衛にラウンドテーブルとワルキューレがクランを分けて当たる。
情報の統括と今回の原因の調査に知識の泉。
言うことを聞いてくれるプレイヤーを各門に均等に割り振って、私達から送られる門の情報をもとにプレイヤーを動かし、その情報と情報収集のために動いて貰う斥候プレイヤーから送られる情報を精査して今回の原因を探る。
原因が判明した際にはその原因を排除する人員を送り込む。
ある意味では最も重要な役割だろう。
生産ギルドは武器、防具の修繕などの後方支援。
「と言った形でやろうと思います」
アーサーがそう話を締め括る。
「まあそれしかないんじゃない?」
最初に同意したのはヒルド。
その後他のクランマスターも同意し今回の方針はあっさりと決まった。
無事に方向性が決まったことに私は胸を撫で下ろす。なんせこのゲームでこういったことは初めてだ。
ほっと息をついたところで私の元に一通のメールが届いた。メールが届いた音に思わずびくっとする。
こんな時になんなのよ? そう思いながらメールを開いて思わず声を上げた。
「「え!?」」
私が上げた声に他の誰かの声が重なる。声の方を見るとアースもまた驚いたように私の方を見ていた。
私は急いでアースに近づく。
「ねえアース、このメール……」
「ああ」
From.シュン
『・の森、強いゴbリン、大量、囲?れ。町、気を6けて。救p求む』
━Side マーレ Out━




