08
~2ヶ月後~
「ッらっしゃいませ~こちら当店の料金表です。
コースは30分、60分、90分コースがありまして――」
料金説明の途中、受付のテーブルに代金を力一杯叩き着けられた。
そこには、金貨1枚が置かれており、正直娼館で使うには勿体ない程の大金である。
一応客の人相を確認しようと思い、窓の内から外の客を見上げる。
見知った客だ、定期的に訪れる筋骨隆々の大男で、色んな店を行き来している人物である。
一瞬目があった様な気もするが、こちら側の部屋は薄暗く向うからの確認は難しいはずであり、恐らく気のせいであろう。
「お客さん、ウチは両替所じゃないんだ。
釣銭を沢山出す事が出来ない、金を崩してからもう一度――」
「120分コース、ビエラ嬢を指名したい。」
「あぁ~なるほど、120分コースでしたか、ではこちらお先に銀1枚のお返しです。
いらっしゃいませ、どうぞ中でビエラが来るのをお待ちくださいませ。
――お~い、ビエラさんに御指名だと伝えてくれー!」
大体の客は、例え90分だったとしても時間を持てあましてしまう、故に120分は基本的に料金表に記述はあっても説明はしない。
だが偶に、嬢に貢ぐ目的で大金を出す客がおり、今回はその最もな例であろう事が伺える。
薄暗い部屋を振り返ると、一本だけ蝋燭が灯っており、その明かりの元で凛が売り上げの計算をしている。
店の取り分と嬢への還元率を計算し、本日の終業の際に報告する義務がある。
今彼女はそれの真っ最中であるものの、声を掛けると一度手を止め、指名されたビエラさんの待つ控えに向かおうとしている。
凛が受付から出ようと扉に手を掛けた瞬間、逆に向うから扉は開かれ、そこに立っていたのは俺達の雇い主であるジェシカさん本人であった。
「ビエラを呼びに行くところだったのだろ?
私が変わりに済ませて置いた、時間的にもう交代だ、帰るぞ。」
「え、でもアタシ等あと30分は業務があるんですが―――。」
「子供を夜遅くまで働かす程、私は鬼ではない。
さっさと帰り支度をしろ、早く!」
俺達は彼女の命令大人しくに従うことした、ジェシカさんが買ってくれたカバンに手回り品とダラス大陸共通語練習帳と文法辞書を雑に突っこみ、急いで支度した。
「「用意出来ました。」」
「よろしい――んんッ。」
「あの~またですか?大丈夫ですよ、アタシもリクも一人で歩けます。」
「か、勘違いするな。
私は妹の忘れ形見を心配しているのであって、お前達を心配している訳ではない!
どこに人攫いが潜んでいるか分からないのだ、それに私には姪っ子甥っ子の体を守る義務があるんだ。
いいから大人しく従え。」
毎回、俺達が仕事を終えるくらいの時間になると、ジェシカさんが迎えに来る。
そして帰りは二人揃って彼女と手を繋がなくてはいけないのだ――まぁジェシカさんの言い分も理解出来る為、それを言われたらこちらとしてもぐうの音も出ない。
なので致し方なく、兄妹揃ってジェシカさんの手を握り、帰路へ着く。
当然帰るのは、俺達が住んでいた貧民街の方ではなく、監視が行き届くジェシカ宅である。
するとジェシカさんは俺達と手を繋いだあたりから、満足気で機嫌良さそうに鼻歌を歌い始める。
だが彼女が何を考えてこの様な行動を取っているのかは、未だ若干の疑問が残る――始め内は俺達を口実に、仕事を早く切り上げられるのを喜んでいるのかと考えたが、どうやらそうではない様だ。
従業員の先輩達曰く、俺達が出会う以前のジェシカさんはもっと棘があり、どこか近寄りがたい人物だったらしい。
正に蛇を思わせる恐ろしい存在で、威圧感が半端なかったという評価を聞いた事がある。
しかし俺達を引き取ってからというもの、ガラリと雰囲気が変わったらしく、仕事の終わらせるスピードが異常に早まり、頻繁に笑顔を見せる事が増えたみたいだ。
「そう言えば――今日はお前達の給料日だな。
家に帰ってから渡す、無駄使いするなよ?いいな。」
「そっか、もうそんな日なんですね。」
「あっリク!今回のお給料で溜まったんじゃない?」
「だな、んじゃ明日当たり言ってくるか。」
「明日、何かあるのか?」
「えぇまぁ、ちょっと用事がありまして。」
その日の夜、家に帰ると1人ずつに、銀貨一枚と銅貨十枚が手渡された。
因みに俺達は見習い兼雑用として雇われている、給料が少ないのはその為だ。
文字の読み書きや、他の業務を多くこなして慣れれば、給料を増やしてくれると約束して貰っている。
しかし取り敢えずはこの給料で、徹さんに借りていた銀貨二枚とご馳走して貰った食事代が、返しに行かなくてはいけない。
まぁ確かに先月の段階で返済できたが、一辺に使ってしまっては生活が儘ならないと考え、二カ月かけて金を貯めてからと返しに行こうと決めていた。
ようやく明日は、受けた恩を返しに行ける。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~次の日の朝~
「リン、今日の朝食も美味しいよ。
私もコレくらい作れればいいのだが――どうしても一人だと手を抜いてしまってな~」
ここに住まわせて貰い始めた数日間は、ジェシカさんに食事を振舞って貰っていた。
だがどうやら彼女は料理は大の苦手みたいだ、出て来た料理が丸焦げだったり生焼けである事がしょっちゅう頻発していた。
そこで見かねた凛が食事を作る様になり、今ではそれがすっかり恒例と化している、一方でジェシカさんは必死に料理の勉強に励んでいる。
「ジェシカさんだって練習を繰り返せば、コレくらい直ぐ作れますよ!」
では俺はこの家で何をしているかと言えば、掃除や洗濯あと薪を割ったりが主だ。
正直誰にでも出来る事ではあると思うが、忙しいジェシカさんのフォローにはこれくらいしか貢献する事が出来ないのは、少々不甲斐ない限りである。
「あの、今日なんですけど――俺達ちょっくら出掛けたいのですが、行って来ていいですか?」
「別に構わない、好きにするといい。」
「ありがとうございます!
じゃあ、お昼ご飯はお弁当でも作って置きますね!
パンもあまりがある事だし――何か挟んでサンドイッチかな~」
「んッ?昼時には帰るんじゃないのか。」
「借りていた銀貨を返しに行くついでに、色々話を聞いて来ようかと――
色々積もる話もあるかと思いまして、正確に何時頃帰れるか分からないので。」
俺達の話を静かに聞いていたジェシカさんの手が、ピタリと止まってしまった。
一瞬、気に障る発言をしたかと考えたが、彼女の表情には怒りを浮かべている訳ではなく、むしろ何かを考えている表情であった。
「思うに――私も行くべきであろうな。」
「えッ、何でですか?」
「世話になった恩人なのだろ。
なら私からも礼を言いに行った方が、良くないか?」
「でもジェシカさん、お仕事があるんじゃないですか?
忙しいのに俺達に時間を割いて貰うのは、ちょっと忍びないです。」
「いや、もう行くと決めた。」
そう言い切ると、彼女はサッと食事を食べ終え、直ぐに自室へと直行した。
止める間もなく、俺達は仕方なしに、取り敢えず自分達も身支度をして待機する事にした。
そのまま1時間くらい待つ事となったものの、ようやくジェシカさんの部屋の扉が開いた。
ジェシカさんは黒の1ボタンジャケットとパンツスーツに着替え正装で現れたのだ。
ジャケットとパンツには、淡くグレーの縦ストライプが刻まれている。
地球では一般的なスタイルのスーツを着こなす彼女は、いつもの格好とは印象が正反対であり、凛々しい姿である。
手の甲にまで刻まれた刺青は、黒のレザーグローブで隠されており、他社から青蛇の関係者だとバレない様に気を回されている。
普段はあまり化粧をしないと言っていたが、今回は薄くしているのが見て取れる。
「待たせた。」
「ジェシカさん素敵!出来る女って感じです!」
「そう言って貰えると嬉しいよ、リン。
しかし普段着慣れない服だからあまり自信はない――リクはどう思う、変に感じないか?」
「凄く綺麗だと感じます」
「そ、そうか!よし直ぐ出かけよう!」
何時にも増して満面の笑みを見せたジェシカさんと、例の如く手を繋ぎ外出する事となった。
暑くも寒くもない満点の天候、空に浮かぶのは太陽だけで雲一つ見えない。
出掛けるには絶好の日和である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以前、徹さんと共に歩いた道を進み、彼の店であるソメイヨシノが見えて来た。
中つ国で目覚めてから二ヶ月、ここバン・ラームで唯一日本らしい店構え、故に直ぐに見つけられる。
ようやくもう一度訪れる事が出来たと、ある種の達成感を憶えつつも、存在を忘れられていないだろうかと若干の不安感も持つ。
二ヶ月前に一度しか会っていないので、忘れられていても可笑しくはないと思えた。
よくよく考えてみると、仕事が見つかった事などの報告や、返済は何時頃出来るのかなど話し合う為に、もう一度訪れておくべきだったと、今さら気が付く。
だが正直、色々と覚える事が多すぎて失念していたのだ、徹さん等には申し訳ない事をしてしまった。
午前中と言う事もあり、まだ店は開店しておらず、入口の暖簾もまだ吊るされていない。
入り口には小さな板が吊るされており、最近ダラス大陸共通文字で『準備中』と書かれてあった。
「少し早く来過ぎかぁ~開店は11時らしい。
まだ10時半だから時間を潰す他ないな。」
ジェシカさんが懐から真鍮製の懐中時計を取り出し眺め、現在の時間を教えてくれている。
だが凛はお構いなしに、店の扉をノックし呼び出し始めた。
「徹さーん、フェンさーん!いらっしゃいますかぁ~?」
直ぐに止めようかとも考えたが、忙しいジェシカさんの時間を無駄に費やさせるのは申し訳なく思い、仕方なく自分も呼び掛ける事にした。
「開店前にすいません、以前お世話になったリクとリンです!」
そう呼び掛けると、店の中からドカドカと足音が響きてくる、その足音は徐々に店の入り口まで近寄って来る。
そして勢い良く開かれた扉の向こうには、息を切らし肩で呼吸する徹さんが立って居た。
「「おはようございます、お久しぶりです!」」
「し、心配してたんだぞ!――全然顔見せに来ないし、そこらの通りで全然見かける事もねえから・・・また腹空かしてるんじゃないかって!
あぁ~まったく、朝っぱらから変に疲れちまったよ。」
「ちょ、ちょっと徹さんってば!
これから忙しくなるのに、そんなに慌て怪我したらどうするの!
もぉ~だから言ったじゃん!この子達なら大丈夫だってさぁ~」
徹さんに遅れてフェンジュンさんも奥から出て来てくれた。
彼女は徹さん程、慌てた様子は見られず、何所かマイペースな印象を受ける。
「ご心配お掛けしました、これ以前お借りしていた銀貨です。」
「あっそれと――ご馳走して頂いた定食の代金です。」
「そうか、そうか。
しっかり出世払いで返しに来たなぁ~偉いぞぉ~」
フェンジュンさんに二人とも頭を撫で回され、何となく気恥ずかしく彼女の顔を見る事が出来ない。
当然払いのける訳にも行かず、大人しく頭をこねくり回される。
「お二人とも、初めまして。
私はジェシカと言う者で、この子等の保護者兼雇い主です。
双子が大変お世話になった様で、なんとお礼を申し上げたものか・・・とにかくありがとうございます。」
「これはご丁寧にどうも。
しかし助けただなんて――私は只、金を貸したに過ぎません。
金を貸すだけなら、正直誰にでも出来る事で、助けると表現するのは聊か過剰ですよ。
年齢的に食い扶持を稼げずにいる友人に対して、私は金だけ渡して、済ませてしまった人間です。」
「いえいえ、それこそ過剰に表現し過ぎです。
貧民に金や物を分け与える事が、どれ程高潔な行いかをもっと御自覚なさってください。
あなた方のなさったことは、まさに任侠の精神だと考えます、それは誇っても良い事ですよ。」
徹さんは困った様に照れ笑いを浮かべつつ、返す言葉に迷っている。
そして彼に友人と思って貰えている事が心から嬉しくて、自分で自覚するくらい、あからさまに笑みが込みあがってしまう。
徹さんを見かねたフェンジュンさんが、助け舟を出すのは必然であった。
「まぁまぁ、立ち話もここらで終えて、取り敢えず中にお入りなさいな。
お茶くらい直ぐ出しますよ~ホラ、子供等も入った入った!」
「アタシ、中身は二十歳なんだけど!
歴とした大人なんだけど!」
「そんなの知らなぁ~い。
子供の見た目で、オマケにそんなに可愛い声で、大人って言われると余計に子供みたぁ~い。」
「揶揄わないでくださいよぉ~、マジでガキじゃないんすよ。」
フェンジュンさんに揶揄われながらも、何だかんだお店にお邪魔する事となった。
それから数十分間は色々な話を交わし合った、日本での思い出や、行った事がない台湾の風景や日常についてなど話続けても限がない程であった。
しかし気付けば、女性陣は女性同士取り留めのない話を初めてしまう、そんな会話に俺と徹さんは付いて行けず輪から外れてしまっていた。
「すっかり蚊帳の外だな。――あっそうだ、思い出した。
渡すものがあったんだった。」
そう言うと彼は、一度店の奥へと引っ込み、本と新聞と思しき紙の束を持って来るのだった。
渡されたのは新聞を二部と分厚い本を一冊であった。
「キングダム・ポスト・ジャーナル・・・であってますか?
それに日付が――こっちは一ヶ月前?こっちは一昨日だ。
徹さん、有難いんですが一体どうしたていうんですか?」
「見せたかったのはココと――あとココの記事だ。
それにこの本が、『転生者と転移者の出現と考察』ってタイトルだ。
中つ国で生きる上で大事な事が沢山書いてある、他人事だと思わず、字の勉強がてら読み込んどけ。
リンちゃんにも読むように伝えろよ、リク坊?」
「なるほど了解です――てか、リク坊ってなんすか、徹さんまで子ども扱いするんすか!」
「この世界の事を知らない内はまだまだ子供だよ!――お~い、フェン!そろそろ開店時間だぞ。
ちょいと急いで準備始めないと、昼時に間に合わねえぞ~」
そう言えば開店は11時であるのを思い出し、そろそろお暇する事を視野に入れなくてはならなかった。
だがふと本のタイトルが気になり、表紙に目を落とす。
転生者は俺等みたいな人の事だよな?・・・じゃあ転移者ってのは何だ?
そう言えば以前に、警邏隊員が転移者の事について触れてた気がするが、その時も意味が分からなかった。
疑問が頭を過ぎる、そして思わず本を捲る事にしたが、最初の一文で躓いてしまった。
これを読むにはまだまだ勉強が必要である、辞書片手に読まないと難しそうだ。
「リク、そろそろお暇しなきゃだよ~」
既に出入り口の前に立っている凛とジェシカさんに呼ばれ、俺は急ぎ椅子を降りた。
そして徹さん達にまたその内、顔を出す事を約束し、その日は帰る事にするのであった。
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