07
俺達は勝ってきた酒瓶を、情報屋の浮浪者へと手渡した。
すると浮浪者は銘柄を確認した後、俺達を見てあからさまに鼻で笑ってから言い放つ。
「どっかのマヌケから財布でも盗んだのか?」
「金は同郷の知り合いに借りた。盗みなんかしない。」
「約束の品を持ってきたんだから、チャッチャと話して。」
既に時刻は遅く、日は沈んでおり辺り一面真っ暗闇である。
日中ですら危険な貧民街がより一層危険性が増している、それ故に直ぐにでも退散したい気持ちが募って来る。
浮浪者は酒瓶のコルクを抜き、どこからか取り出した薄汚れたカップにそれを継ぎだす。
「なぁ、酒を飲んだから忘れた何て言わねえだろうな?」
「そん時は分かってんでしょうね?――アンタがが思い出すまで二人がかりで覆土叩きよ?」
既にカップを口に運びかけていた手がピタリと止まる、そして若干不機嫌になりながら、『せっかちなガキだな』などと言い放つ。
だが直ぐに浮浪者は、大人しく情報を口にし始める。
「わぁった、教えてやるよ!
いいか、ここいらでジェシカと言えば、やはり青蛇が真っ先に思い浮かぶ。
その青蛇のジェシカに会うならば―――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
浮浪者からもたらされた情報を元に、色町の陰から陰へ潜みながら、駆け抜けていく。
色町は早朝に訪れた時とは大きく違い、店の前で客を呼び込む女とそれを物色する男達でごった返している。
店の中から漏れ出る煌びやかな照明と、甘ったるいお香があちこちで炊かれ、外にまで匂いが漂っている。
また地面にはラベルの貼られていない酒瓶が転がっており、それが噂の密造酒の残骸であるのが予想できる。
道端に放置されたゴミの中に、暴行を受けたであろう男が横たわっていた、恐らくこの男は何か青蛇を怒らせる様な事をしたに違いない。
それと特に驚かされたのは、路上で行為をおっぱじめる男女の姿――しかし強姦じゃなさそうだ、考えるに女が立ちんぼでもしてたのだろう。
こんな禄でもない場所に、凛を連れで来なくてはいけない自分の運命に心底嫌になる。
先程の光景を見てから凛との殆ど会話はなく、気まずさを禁じ得ない。
黙々と歩み続け、情報と一致する建物を探し求め、色町の中心を目指した。
そしてそれらしき建物を見つけ、情報と照らし合わせていく。
「木造3階建てのデカい建物、店看板には蛇が三日月に絡みついたデザイン、一階は酒場、今日は外に行列が出来ているっと。」
「あそこで間違いなさそうね――あれが月蛇って言う店だよ、きっと。」
娼館月蛇は、バン・ラームにて古くからある老舗らしい――定期的な病気の検査をしっかりと行われている優良店だと聞いた。
病気を移される確率は他の系列店と比べ格段に低く、避妊薬と避妊具の使用が義務付けられている、その為に孕む事も少なく、女達が働きやすい環境作りが成されている。
その噂を聞きつけてか、他の領地から貴族がお忍びで訪れる程には有名である。
安心・安全おまけに貴族のお墨付きを得て、高級娼館に成りあがった店。
これを成し遂げるに至っているのは、青蛇の頭領自らが徹底的管理体制を敷いているに他ならない。
初代頭領以来、トップ自らの経営は代々引き継がれており、今となっては伝統でもある。
青蛇にとって娼館月蛇は資金の大部分を得る稼ぎ頭である為、重要な役回りを他の部下には任す事が出来ないと言うのも大きな理由であるそうだ。
そして現在、店は10日に一度行われる定期健診の真っ最中、健診には頭領立ち合いの元、病気の有無が判断される。
それには少々時間が掛かり開店が遅れる為、今の様に店の外に客が待たされている。
今日この光景が出来上がるのは、もたらされた情報通りである。
しかしそれにしても多くの男達が辛抱強く待っている光景に、同性として若干の情けなさを感じる。
だがその反面気持ちも分からない事はなく、どうせ買うなら病気でない女を買いたいと言う男の心情は理解できる。
「情けない連中、ホント男は性欲モンスターよねぇ~あっ別にアンタの事は言ってないからね。」
「・・・あ、あぁ・・・」
「で、作戦はあんの?」
「裏に勝手口みたいのは無いみてえだし、多分ジェシカさんは正面から出て来ると思う。
そのタイミングで俺達も動こう、今は取り敢えず様子見だ。」
映画とかだとヤクザの隠れ家には、地下に秘密の逃げ道があったりするが、そう言った類の物が無い事を願いつつ、とにかく今は待ちに徹する。
だが今日を逃せば次はまた10日後に出直しになってしまう、そんな不安と焦りが徐々に募っていく。
お願いだから、秘密の出口とか使って帰らないでくれよ。
そして体感時間で凡そ30分くらい経った頃、店に動きがあった。
店の前に馬車が止まるのを目にし、いよいよかと思い身構えいつでも動ける体制を取る。
しかしそれを感じ取ったのは自分達だけではない、並んでいた者達は開店を察してか、列を乱し徐々に人だかりが広がりだす、何とか抑え込もうと従業員が静止を呼びかけているのが現状だ。
その結果、出入り口が人影に覆われ、建物の中から誰が出て来るのかが視認できなくなってしまった。
「やばいな・・・確認できない。」
「これ不味いよ、どうする?」
そうこうしている内に、誰かが店から出て来た様であった。
俺は咄嗟に凛を肩車し、出て来たのが誰か確認させる事にした。
凛曰く50代くらいの男性でハットに紳士服、杖をを持ち、もう片方の手に大きな手提げカバンを持っている。
情報とは全く違う人物であり、恐らく定期診断に来た医者であると容易に想像できる。
「あのおじさん誰かと話してるよ。」
「相手はどんな風貌だ、確認しろ!」
「分かってるッ!...んん?」
「どうした、何が見えてる?」
「逆光でしっかり確認できないの、でも体つき的に細身の女性っぽいよ。」
女性は外に出ては来ず、中へと再び戻って行ってしまった様だ――これ以上の確認は難しいと判断し、俺達は肩車を解く。
ここまで来たら引くに引けない、リスク覚悟で近づき肉眼で確認するしかあるまい。
凛の手を握り、絶対に手を離さない様に念を押してから、同時に走り出した。
人込みに割って入りるも、直ぐに盛りの付いたオス共の尻と足に揉みくちゃにされる。
頻繁に後方を振り返り、凛がちゃんと付いて来れているか確認しながら、何とか前進する。
グイグイと男共を押し割り込んで行くと、前方で慌てふためく従業員の姿を目にした。
あと少しで入り口が見えて来る、あともう一踏ん張りだ、俺は更に押しのけ前身する。
そして遂に、俺達は人込みを飛び出す事に成功した。
だが直ぐに従業員が取り押さえに来るのは明白である。
場違いな子供が飛び出てきた瞬間、従業員のリーダーと思しき男が叫んだ。
「そこのガキ共はなんだ!直ぐにつまみ出せ!」
「おいガキ共!こっちに来いッ!」
「仕事を増やすんじゃねぇ!出ていけ!」
集まり出した男達は、俺達を捕まえ様と飛び掛かって来る。
だがそれらを右へ左へ避けきり、更に入り口に近寄っていく。
「お前さん方に用はねえ!――直ぐに要件は済む、少しだけ時間をくれ!」
「ジェシカさんいらっしゃいますか!!!お取次ぎ願います!!!」
その瞬間、周りの男共の目の色が変わった。
怒りと殺意に満ちたその視線には、直ぐにでも立ち去りたい衝動が沸いて来る。
だが要件が済んでいない以上立ち去る訳にはいかない。
その場に踏みとどまり、店の方へ声を上げ叫ぶ。
「無礼は承知の上でお願い申し上げます、ジェシカさんに少しの間だけご面会をお願いします!!!」
「アメリーさんからの紹介状も持参しています!!!」
そうこうしていると、男六人が周りを見るみる内に囲まれてしまう。
ジリジリと近寄って来る男達に木刀を向け、なおかつ凛と背中合わせで立ち、周囲の何処から攻撃が飛んで来ても対応できる様に身構える。
しかし例え戦闘に発展したとしても、決して勝ち目のない勝負になるのは明白だ。
前回の不意打ちは偶々勝てたに過ぎない、今回のは周りを包囲されての袋叩きが目に見えている。
もしその様な状況に発展した際は、まずは全力で逃走すべきだと判断する。
『リクごめん、やっぱり探すべきじゃなかったかも・・・』
『今更だろ別に気にしてない――攻撃が始まったら全力で逃げるぞ。』
『オーケー、逃げるが勝ちってね。』
「何をゴチャゴチャ喋ってやがる!」
「面倒だ!二人纏めて袋にしちまえ!」
一斉に男達が駆け寄って来る。
手には何も武器は持っていないものの、今の自分達に取って大人の腕力だけでも脅威に成り得る為、十二分に警戒するべきである。
そして互いが攻撃圏内の距離に入り、俺は初撃を放とうと木刀を振りかぶった瞬間である。
ヒュンッ!と空を斬る甲高い音が響くと同時に、強烈な破裂音が辺りに鳴り響いた。
そして音は連続で響き渡り、気が付くと目の前にいる男達は皆、腕や足を手で押さえている。
男達の服の袖や裾はパックリと破け、その下の皮膚までも裂けて出血している。
衝撃的な痛みに悶えている男達を他所に、この状況の原因を確かめるべく音が鳴った方へ視線を送る。
そこには細身な体格をした、褐色肌の女性が鞭を手に立っているのだった。
長い髪を後方で束ね、髪色は艶のある濡羽色をしている。
その鋭い眼つきは、先程からギラギラと青い瞳が輝いていた。
タイトな黒のスキニーパンツ、白のノンスリーブのシャツは裾を縛り、ヘソを出している。
露出した左腕には、絡み付く蛇の刺青が肩から手の甲へ至るまで掘られている。
今、浮浪者から得た情報の信憑性の有無が証明された。
「野郎共!私がいつガキの面倒見ろと命令したッ!!!
今すぐ仕事に戻れ、この書き入れ時にグズグズしてるんじゃねえ!――さっさと客共に女を宛がえクズ共!!!」
ハスキーな声が発せられ、周りの男達は一斉に客を店内に流し込んでいく。
だが一人だけ従業員のリーダーらしき男だけは、その命令に反し意義の声を上げた。
「待ってください、このガキを先に追い出すのが先でしょうよ。」
「タッカー、てめぇはいつから意見できる立場になったんだ?
私は仕事をしろと命令したはずだ、文句垂れる暇あんのかよ。」
「いや、あの・・・ですが!」
「それにだ――もし聞き間違いじゃないなら――こいつ等は紹介状を持って来ていると言った筈だ。
だったらそれは私の客になる訳だ、違うか?」
「しかし、その・・・」
「いいか、次下らねえ意見をその小汚ねぇ口から漏らしてみろ。
そこのササラ川にてめぇを浮かべてるぞ、失せろこのダボ!」
タッカーと言う男の顔は見るみる内に血の気が引き、逃げる様に業務に戻って行く。
周りの客達は、我関せずを貫き、決してこの光景を見ようとはせず早足で店へ入る。
今ここには俺と凛――そして女性だけが残っている。
彼女は腕を組み、ジッとこちらを睨む様に見下ろしている。
何も言っては来ないもののその眼光に当てられ、俺達も思わず委縮してしまう。
無言の時間が若干続いたものの、先に彼女が動きを見せた。
右手をこちらに突き出て――んッ――と喉を鳴らし、指を動かして手招きしている。
それは当然、『早く紹介状を出せ』と言うジェスチャーであるのが伺える。
凛は財布から、小さく折り畳目れた例の手紙を取り出して、彼女へと手渡した。
彼女は受け取るや否や、すぐさま手紙は開封され、中の内容に目を通す。
そして手紙を読む女性に恐る恐る、重要な質問する事に決めた。
「聞いていいですか?」
「・・・あぁ、なんだ。」
「貴女がジェシカさんで間違いないですか?」
「そうだ。」
「アメリーと言う人を知ってますか。」
「彼女は私の妹に当たる。」
俺達は喜びのあまり大きくハイタッチした、それからここへ来た理由を告げようとした瞬間、彼女は店とは反対方向へと歩き始めてしまった。
それを追いかけつつ、彼女の背中へ向かって、凛が声を掛け始めた。
「ちょっと、待ってください!アタシ等お願いがあって!」
「聞いてやる――だがまずは付いて来い、場所を移す。」
ジェシカさんは手紙への反応もそこそこに、どこへ行くかも告げず歩き出した。
俺達はただ黙って付いて行くと、気付けば煌びやかな明かりが灯る色町を抜け、やって来たのはジェシカさんの自宅であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ジェシカ視点
~時間は少し遡る~
「お前等、先生はお帰りになった!ここからはいつも通りの通常営業だ!
書き入れ時だ、気合い入れて男共を喜ばせてやんな!」
「「「はい!!!」」」
私の前に整列した男女が、寸分違わぬタイミングで返事をする――これはいつもの光景。
従業員の男達も、娼婦の女達も、今日は多くの客の来店が見込める事を十分に理解している。
故に普段以上に気合いを入れて接客させる分、明日は休業にしてある。
朝礼が終わると、女達は明日の予定を話し合いつつ、客を出迎える準備を整え始めた。
男共もあーだこーだと言い合いながらも、開店に向け勤しんでいる。
私も店内に不備が無いか、最終チェックして周っている最中だ。
明日が休みと言うのは私も同様だ。
細々とした書類仕事などは既に終わっており、明日に響く事は無い。
だが休日の暇な時間にでも、病気を持っていた女達の顔を観に行ってやり、しっかり薬を飲んでいるか確認してやらねばならない。
他に休日の予定と言えば・・・それくらいか・・・
家でやる事なんて、特にこれと言って存在しない。
そもそもあの家は、私一人で住むには広すぎる。
代々、我がナハッシュ家の者達が住んできた家ではあるが、嫌々仕方なく住んでいるにしか過ぎない。
売り払って小さな家に引っ越したいのは山々だが、以前番頭から『組を収める頭領がしょぼくれた家に住むのは周りに示しが付かない』と止めらてしまった。
確かに奴の言う事は筋が通っている様に思える。
だが私には苦痛でしかないのだ――あのデカい箱の中に、私一人きりで生活するのが、苦痛でしかない。
あまりに孤独で、異常なほど静まり返っている、それが苦痛でしかない、いずれ気が触れてしまいそうだ。
店内をチェックして回っていると、そこに従業員が一人来て話しかけて来る。
「頭、ここは俺がやるんで休んでてください。」
「・・・そうか、なら頼む・・・おい待て、外が何時もより騒がしく感じないか?」
「あぁ~変なガキ共が迷い込んだみたいでして、でも直ぐに追い出されますよ。」
「ガキだと?」
こんなトラブルは今までに一度もなかった。
脳裏に一瞬、思い当たる節が見え隠れするが、直ぐにそんな筈ないと考えを掻き消す。
だがどうしても気がかりになり、窓から外を覗き込むとそこには男女の子供が叫んでいた。
「ジェシカさんいらっしゃいますか、お取次ぎ願います!!!」
「無礼は承知の上でお願い申し上げます、ジェシカさんに少しの間だけご面会をお願いします!!!」
見るからに双子の兄妹が、私を訪ねて叫んでいる。
彼等は周りを男達に囲まれているにも関わらず、必死で私を呼んでいる。
自分と同じ黒い髪、青空が如き瞳は我が家の血が流れている証拠である。
間違いない・・・あの子達は・・・だがどうして、何故ここへ来たのだ。
あれは6年前、もう二度と会う事はないと誓った我が子達が、私を訪ねて来ている。
赤ん坊の時より大きく成長した姿を目にした瞬間、ドクリと心臓が高鳴った。
胸の辺りにジンワリ広がり続けるこの感情――そうだこれは、あの子達の成長した姿に、喜びを感じてしまったんだ。
その時、脳裏に浮かぶのは、もしかすと会いに来てくれたのかと言う考え。
あらゆる感情が胸の内で騒ぎ始める、直ぐにでも合いに行ってやりたいと思った。
しかしどうする――今更ノコノコ会いに行って、なんとする。
どんな顔をすればいいかも分からず、上手く話す自信など持ち合わせてない。
だが窓の外で、ウチの若い衆に襲われ掛けている子供達を見た瞬間、後先考えず走り出した。
右手には普段から常に、腰に吊るしているしているムチを握りしめ、店の出入り口から外へ出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ジェシカさんの自宅は色町の隅に立っており、ここには色町の煌びやかな気配は全く感じられない。
他と変わらない住宅地の雰囲気を醸し出しているものの、通りを出勤途中の娼婦や、武装した青蛇の構成員が警戒の為パトロールしている。
やはり貧民街とは、全然違う様相をしている。
俺達はジェシカさんの自宅のリビングに通され、現在どの様な生活をしているのか、事のあらましを説明した。
「――ですから、今の状況から脱する為には、ジェシカさんのお力添えを頂ければと思いお訪ねした次第です。」
「なるほどそうか、職探しについては理解した――だが表での仕事は無理だろうな。」
「な、どうしてですか!」
「我々の紹介とあっては、面倒事に巻き込まれるのを恐れ、引き受けたりはしないだろう。」
「・・・確かに言われてみれば・・・じゃあアタシ等また逆戻りか。」
街の住人としたら、青蛇との関りと言えば女を買うくらいで、それ以上の関りは基本持ちたがらないであろう。
それ故にジェシカさんは『ヤクザの頼みなど聞きたがる訳がない』と言い捨てる。
よくよく考えれば思い着く発想であったが、今まで失念していた。
俺達は生活に慣れるので必死だった為か、他人の立場になってモノを考える冷静さを欠いていたのだ。
もし自分等が店の経営者だったとして、ヤクザに『コイツを任していいか?』と問われたら、その行動は幾つかに分かれるだろう――報復を恐れて大人しく従うか、警邏を頼りヤクザとは取り合わないかの、どちらかであろう。
この世界においては後者の方が多い、それだけの事である。
しかしそんな厳しい現実を前に、俺達はこれからの事をただ黙って考えふけってしまった。
沈黙が続く部屋の中で、ジェシカさんがたどたどしく歯切れの悪い口調で話し出す。
「・・・わっ、私がだな・・・お前達を養ってもいいぞ、それだけの蓄えはあるんだ。
お前達には、なに不自由ない生活をさせれる筈だ、それは約束する。」
「あの、ここへ来れた経緯は先程話しましたが、我々は親切な人に金を借りました。
貴女に養って貰っていては、その金を返済する事が――」
俺が話している最中に言葉は遮られる形で、突然ジェシカさんが叫び出した。
「私が出す!お前達の恩人ならば私にとっても恩人だ!――だからここで一緒に暮らそう!」
今までの会話の中で、そんな声を張り上げる程の内容ではなかった。
そんな彼女の必死に形相に、俺達は若干の困惑を覚えるも、まずは落ち着く様になだめてから話を再開した。
「アタシが思うに、ジェシカさんがお金を出すのは間違ってると思います。
それだと又借りと何ら変わりありません。」
「俺も同意見です・・・それに俺達は、その・・・話していいよな?」
「・・・話した方が良いと思う・・・」
凛は何について話すかを直ぐに察した様で、即答で了承した。
ジェシカさんには、自分達の本性について話す方が良いと判断を下し、自分達の前世を話して聞かせた。
数日前に、この体持ち主である、双子は既に亡くなっている事を告げた。
今ここにいるのは、転生して来た20歳で死んだ双子の兄妹であり、良くて体の再利用、悪くて体の乗っ取りが行われた事を話した。
またその言葉を信用してもらう為に、俺達の歩んだ人生についても色々話した。
「残念ながら・・・恐らく餓死が原因ではないかと予測します。
気が付いた時には、この子達はガリガリに痩せ細った状態でした。」
「今ここにいるアタシ等は――強いて名付けるなら憑依者です。
体は貴女がご存じの姪っ子甥っ子のものなんですが、魂は既に他人と言う事になります。
つまり何が言いたいかと言うと、本来であればこうして仕事のコネを貰える関係でもありませんし――」
「――況して他人故に、養って貰える立場では無いと言う事です。
それなのにこうしてズカズカ上がり込んでしまい、大変申し訳ありません。」
ジェシカさんは一体何を言っているのか分からない様子で、大きく目を見開きポッと小さく口を開いて、激しく困惑した表情をしている。
この中つ国には多くの転生者がおり、珍しい事ではないと聞いている。
ここアムルカン連合王国は約500年前の建国の際には異世界――つまりは地球より訪れた女性の尽力があり、成し得たと言う。
それ程までに、世界中で地球生まれは珍しくない存在なのだ
この背景は、アムルカン国民なら知っていて当然の常識でもあるらしい。
「冗談だろ・・・だってそんな事・・・そしたら私は・・・私は・・・」
ジェシカは糸を切られたマリオネットの如く、力無く椅子から転げ落ちた。
直ぐに彼女の元へ駆け寄り、何度も声を掛けるも返答は返って来ず、一目でショックによる気絶を引き起こしたのだと気が付いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ジェシカ視点~
暗闇の中に、天から光が差し込まれ日溜まりが出来ている。
その明るく照らされた場所には、私の子供達がこちらに向かって走って来ている。
笑顔で必死に走る姿には、愛らしさを感じつつも、少々危なっかしく思えてならない。
両手を広げ飛び込んで来る双子を、私は抱きしめてやろうと両手を広げた。
だが、子供等は私の体を突き抜け、背後に通り過ぎていたのだ。
そこにはアメリーがいて、叱りつつも愛おしそうにギュッと抱きしめている光景が目に入る。
これは幾たびも幾たびも見た、私の悪夢と見て間違いない。
本来あの役目は私の筈だった・・・だがアメリーにあの子達を託す他に、選択肢が思いつかなかったのもまた事実。
彼女に対して恨みを持っている訳ではない、しかし考えずにはいられない。
私の傍にあんな天使の様な子供達がいたら、どれ程幸せであっただろうかと。
6年前――私はあの子達か、青蛇かの選択を迫られ、組織を引き継ぐしか最良な選択は有り得ないと判断した。
もし『青蛇を継がない』などと言った日には、父に子供達を殺されかねなかったのだ。
だから早々に逃がすしか出来なかった、そうする以外に方法は無かったと今でも思う。
そこで近しい存在で、なおかつ信頼の置ける人物として、亡くなった旦那の妹のアメリーであれば適任だと考え送り出したのだ。
まだ生まれて間もない赤ん坊達を、アメリーに託し『我が子の様に育ててやってくれ』頼み込んだ。
結局あの時の私は、名前も付けてやれず、短い期間しか傍にはいなかった。
何故私が、こんなにも悩まされなくてはいけないのだ。
そもそもの原因は、あの父の所為だ――女達に対し暴行を働き、脅して寝室に引き込む下劣なクズ爺。
遠慮する事などせず、奴をもっと早くに始末しておけば、こうはならなかった筈なのだ。
まぁ・・・それを躊躇してしまった私も、相当馬鹿であるが・・・
まだ夢は続いている。
目の前に椅子に座った、成長した姿の双子がこちらをジッと眺め、話しかけている。
「ここから少し行くと、貧民街が広がっていますよね?
俺達は貧民街東側、橋向うの住宅地に住んでいる訳ですが――そこで放火があったんです。
アメリーさんはその際に、服へ火が燃え移り、そのまま亡くなりました。」
「この子達は火事発生から数日間・・・と言ってもどれくらいか分かりませんが、禄に食事を摂らずにいたのが原因で・・・」
「残念ながら、恐らく餓死か原因ではないかと予測します。
気が付いた時には、この子はガリガリに痩せ細った状態でした。」
双子は子供特有の高い声であるものの、不釣り合いな大人びた言葉を使い、淡々と当時の光景を説明している。
初めから言葉遣いに違和感を覚えはした、だがアメリーが教え込んだのかと想像した。
しかし現実は違った、今の双子の体にはまるで死神が取り付いている様にしか思えない。
人形遊びに興じるが如く、子供の体を操り、喋らせている様な気がしてならない。
それは遠回しに『お前が子供を預けなければ、二人は死ななかったのだ』と子供を操り、報告させている様だ。
ダメだ!もうこれ以上は考えてはいけない!
目を覚ますんだ、これが夢である事は当に気付いているのだ。
起きろ、目を見開き現実に戻れ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
目を覚ますと、私はベッドの上に寝転がっており、着ていた服が寝汗でベッタリと濡れていた。
悪夢を見た所為で、一晩中うなされていたのが予想できる。
窓の外を見ると既に日は登っており、部屋の時計は午前六時頃を示している。
会話の最中に気絶し、そのまま眠ってしまった様だ。
しかし私がここに寝ていたと言う事は、つまり子供達が運んでくれたのか?
そうだ、あの子等はどこだ!
急ぎ寝室を出て、昨晩話をしていたリビングへ足を運んだ。
だがそこには誰の姿も確認できない、一応念の為に家中を見て回るもいる気配はない。
そうか、またこの家に静けさだけが戻ってきたのだ――あの子達がここへ来た時、少しだけ期待していた。
一緒に暮らせる、今まで無くしてきた分だけ取り戻せるなどと考えた、だがそんな事は許されない様だ。
廊下の真ん中で呆然と立ち尽くし、体の奥底から孤独と絶望がにじり寄って来るのが分かる。
ダメだ、この感情はダメだ――そう考えた瞬間、私はどこへとは決めずに外出した。
適当に仕事の事でも考えながら、ただ散歩に勤しむ。
景色何て見る気もく、街中を歩く構成員からの挨拶も返さず、気を紛らわしに歩き回った。
歩いて――歩いて――ひたすらに歩き続けた。
何時しか自分が治めるシマから出て、貧民街に入り込んでいた。
だがそんな事はどうでもいい、私を気にする者などこの世には、もう誰もいないのだから。
しかし私はここまで来て、ふと気が付いた。
私は知らず知らずの内に、橋の前まで来ているではないか。
この向こうには、火事で焼けた家々が広がっていて、そこには他人の魂が入り込んだ子供達が住んでいる。
私は孤独故に、無意識的にここへ足を運んでしまっていた。
私は一体何を考えているのだ――会ったところで何も好転しないと言うのは分かっている筈だ。
どうしてこんな場所へ来てしまったのだ、自分で自分が可笑しくなったのかと疑わずにはいられない。
だが・・・もう一度だけ、もう一度だけ・・・我が子の姿を見ておきたい。
そう思い私は橋を渡り始め、丁度真ん中まで到達すると――向こう岸で、腕立て伏せをしている子供達が目に見えた。
そう言えば昨日言っていたな、前世は武術一家だとか何とか、あれはその名残だろう。
黙々と体を鍛え続けてる子供等を遠くから眺めていると、視線に気が付いたリンが私を見つけ、すぐさま名を呼びながら走ってきた。
「ジェシカさん!――お加減は如何ですか?」
「・・・あぁ、まぁまぁだ・・・」
「けれど何でこんなところに、いらっしゃったんですか?」
「何でって――えっと――偶々散歩中に通りがかっただけで、一応様子だけ確認しに来た。」
「おはようございます、もう会って頂けないと考えていました。」
リンより遅れて、リクが橋を渡りこちらへやって来ていた。
しかし彼の言う様に、もう会うつもりはサラサラなかった――だが言える訳が無い、あまりの寂しさから無意識に訪ねてしまったなどとは。
「・・・さっきのトレーニングは、前世の名残か?
確かリクが剣術流派で、リンが格闘術だったか、どこかの武家の様で立派なものだ。」
「武家ってんじゃないですよ、ウチは元々両親の意向で武道を始めたが大きいですし、それ程立派なもんじゃありません。
俺なんかアニメ・・・いや、物語の剣士に影響されて剣道始めただけです。」
「不純な動機よねぇ~、でもアタシは好きで空手続けてたし、アニメに影響された事なんて一度もないんだから。
てか、武器に依存する剣道は二流っていい加減気が付きなさい、無手の空手が最強で至高なのよ。」
「うっせぇ、剣道を悪く言うな、喧嘩売ってんのか!」
「まぁまぁ、英雄譚に憧れて剣の道を志す者も多いだろ?――別に恥ずかしがる事もないだろう。」
私が仲裁に入ると、照れつつもニッコリと笑みを見せる少年と、未だそれを茶化す少女の姿を改めて眺めた。
そこには年相応の幼さが感じ、無邪気で愛らしい印象を受ける。
やはり・・・諦める事は出来そうにない。
「教えてくれ、本当にあの子達は死んだのか?
如何なる根拠や、証拠があって死んだと判断したんだ。
お前達の中に、子供達の魂が同居している可能性はないだろうか?」
「根拠ですか?・・・ガリガリに痩せ細った体、目覚めた際の異様なまでの喉の渇きと空腹感。
これだけでは不十分でしょうか?」
「私は死んだと判断するには、まだ早計だと思える。
お前達は体に子供等の体験と記憶が残っており、偶に思い出せると言っていたな。
では死ぬ直前の記憶はどんなだった。」
「思い出せるとは言いましたが、アタシ等が思い出せる記憶は途切れ途切れでして・・・最後の記憶は、正直曖昧でよく分かりません。
ですが体に外傷は見当たらないものの、過度な脱水症あるいは飢餓による死因が妥当じゃないかと、アタシ等は結論付けたのですが、間違ってるでしょうか。」
「では聞くが、異世界の武術家は、医者の知識も伝授させられるのか?」
その意地悪な問い掛けに、双子は小さな声で否定した。
私はこの小さな体には、二つの魂が同居しており、何かの拍子に子供の魂が表に出てくる可能性を考えた。
全てはあり得ない話ではない、現に目の前には神々の一柱と謁見し、転生を成しえた者が今ここにいる。
あり得ないは、あり得ないのだ。
「監視する。」
「「・・・えっ・・・」」
「私の元でお前達を監視する――私は自分の持論を証明する為に、お前達を見張り観察する。
お前達が欲していた仕事については、私の組織に入ればどうとでもなる。
衣食住も私が保証する、反論は許さない。」
それは普段、私が構成員に対して取る態度。
彼等は自分の口で『赤の他人だ』と言った、ならばそれに従おう。
「ジェシカさん、ちょっと!」
私は二人を小脇に抱きかかえ、強引に自宅へ連行する事とした。
それから双子は、これから数年間は私の元で暮らし、仕事に従事する事になる。
楽しんでいただけたのなら、ブックマークや下記の★のボタンを押して、評価を付けて頂ければ幸いでございます。
お手数やも知れませんが、どうかよろしくお願い申し上げます。