06
~10日後~
「おい、そっち行ったぞ!」
「OK任せて!」
今俺達は民家の屋根裏に巣くっている鼠退治をしている。
成功報酬は交渉の結果、銅貨5枚となっている。
だがこれは、何かしらの定職に付けたと言う訳ではなく、日雇のバイトである。
切っ掛けは職を探しに雑貨屋へと入り、『俺達にも出来る仕事はないか』と聞いた際の事である。
初めは煙たがられ断られたが、何度も頭を下げ懇願している内に店主の思い付きにより仕事を貰えた。
結果として、その仕事を了承し今に至る。
転生2日目から色々な店、露店と交渉したが、受け入れてくれるとことはない。
理由は様々で、『どこの馬の骨とも知らない子供を雇いたくない』と言う者もいれば、『子供を雇って金や商品を盗まれた』からと言う者もいる。
では力仕事ならばとも考えたが、『子供じゃ重い物を運べない』『非効率的であり得ない』と直ぐに放り出されてしまった。
しかしそんな中でも雑用を任される事もあり、幾つかの日雇労働で何とか食い繋いでいる。
だが今回の駆除はぶっちゃけ異例中の異例だ、なぜなら普段は狩人組合にて仕事を見繕って貰っているからである。
狩人組合とは漫画・ラノベで例えるならば、冒険者ギルドと言って差し支えない施設である。
獣狩りと称して化け物退治を請け負い、生計を立てている連中が集まる場所だ――この場合の獣とは、言葉を交わす事の出来ないゴブリンや、見た目からして獣のグリフォンだとかそう言った類の奴を示している。
そう言った人間に害を与える化け物を退治する傭兵の事は、狩人と呼ばれている。
俺達はその狩人組合の建物内の端に置かれている、雑用掲示板から報酬の良い仕事を見つけに行くのが、ここ最近の日課となりつつある。
因みに登録には二人分で銅貨を二枚を要求され、俺達は渋々ながら認識票の為に金を払ったのだ。
けれど結果的に、狩人登録を行ったのは良い判断だったと、今更ながら実感する。
今日はネズミ駆除以外にも、重要性の低い配達、清掃、ドブ攫い、などの仕事をこなしている――これらの報酬を合わせて、銅貨12枚の収入になった。
最初に持っていた銅貨9枚は既に無い為、正にその日を生きる為だけの報酬だ、この銅貨十二枚で少しの食料と、生活必需品を買えるだろう。
銅貨一枚で、芋二つ、もしくは痩せ細った人参なら1本を買うことが出来る。
野菜の価格は、その年の収穫率によって大きく変動するらしい、今年は前年より収穫が少ない為、銅貨一枚で買える量が少なくなっている。
塩などの調味料は銅貨4枚で手に入れられるが、自宅にあるのでまだ買う必要はなさそうだ。
石鹸も新しく購入した為、体も清潔に保てている、当分は変な病気の心配はないであろう。
「「・・・ネズミ退治、終わりました・・・」」
「おう、ご苦労ご苦労。銅貨5枚だったな、受け取りなさい。」
「「ありがとうございます。」」
俺達はバケツ二つ分のネズミを駆除し終わり、報酬を受け取った。
掌でしっかり五枚あるかを確認してから、凛が携帯している財布にしまう。
本来であればわざわざ確認する必要もないし、相手に対して失礼だと思う。
だが小銭で何とか生き長らえている身としては、銅貨一枚足りとも損する事は出来ない為、これは致し方のない行動である。
「あの~アタシ等、ジェシカと言う人を探しているのですが、心当たりとかって無いですか?」
ふと凛は、財布から例の手紙を取り出し、店主にそれを見せ質問を投げかける。
手紙の内容は通りすがりの人に読んで貰い判明済みで、仕事を受けた際は毎回こうして聞き込みしている。
その手紙は確かこんな内容であった。
――――――――――――――――――――
親愛なるジェシカ様へ
いざと言う時の備えとして、これ残しています。
これが読まれている際、私はどの様な状況にあるか分かりません。
少なくとも現在の私は、子供の面倒を見て上げれない状況であると判断してください。
困った時はジェシカさんの所へ行く様にと、何時も子供達には言って聞かせています。
子供達がこの手紙を持って貴女の元に訪れた際は、どうか受け入れて上げてください。
この子達が唯一頼る事出来るのは、身内である貴女様以外に他なりません。
どうかよろしくお願い申し上げます。
アメリーより
――――――――――――――――――――
これが手紙に書かれていた全文である。
本来、ジャシカさんを頼るべきではないと言うのは、重々理解している。
子供の中身が俺達になってしまっている事を考えれば、そのジェシカと言う人物は、赤の他人であり助けて貰う義理もなく、大変厚かましい行いであると考える。
しかし狩人組合で日銭を稼げる様になる以前は、食料も無く、金も底を尽き、空腹を白湯で誤魔化す日々を送っていた。
時々、蛇やトカゲを捕まえ食べれる日もあれば、虫を食べた日もあった。
また何時、あの日の様になるか分からなく、もう戻りたくもない。
『使える物は何でも使え』この考え方は正直言って、如何なものかと思いはする。
されどそうも言っていられず、この事態をもっと重く受け止めるべきであろう。
今の自分達には選択肢など、端から無いのだから、文句を言える立場に無い。
俺達は現状打破の為に、ジェシカさんとの面会を果たし、何かしら仕事のコネを貰えないかと考えている。
そして店主の放った言葉によって、状況は大きく変動すると共に、俺の気持ちが揺らいだ。
今の今まで纏まり掛けていた考えを、見直すべきだと勘が囁き始めたからだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ネズミ退治に手間取ったのが原因か、もう時刻は夕方で辺りはオレンジ色に染まっている。
急がなければ店が閉まってしまう、早足で露店市場まで向かっている。
「今日は12枚!これだけあればお肉が買えるかもだよ、ねぇねぇ買っちゃおうか!」
「・・・・・・」
「良いでしょ、お肉買って帰ろうよ~鶏肉でも何でもいいからさ、お願い!」
「・・・・・・」
「聞きなさいよ!アンタ何時からそんなに、耳が遠くなったの!」
「え、ゴメン聞いてなかった、なんて?」
雑貨屋の店主への聞き込みで、風の噂程度だが情報を得る事が出来た。
それは色町を取り仕切っている頭領が、ジェシカと言う名前であるらしい。
しかしジェシカと言う名は珍しくはなく、よく聞く名前であるとも言っていた。
だが店主自身も己の耳で、偶々青蛇の組員が『ジェシカの姐さんが~』と会話しているのを聞いた事があるそうだ。
故にジェシカさんが、青蛇の頭領もしくは、構成員の可能性はあり得なくはない。
店主の話を考慮するなら、貧民街から色町は大分近く、子供が頼る際には辿り着きやすい立地ではある。
またこれは可能性の話だが、実はアメリーは色町で働いていて、仕事に行きやすい場所として貧民街に住んでいたのではないかと考えた。
だが手紙には、身内の関係である事が記されている、果たしてわざわざ身内に体を売る仕事をさせるだろうか?
いや、信頼できる人の傍に住む事で、不足の事態の備えていたと考えるべきか。
何分貧民の母子家庭であり、母親に何かあった際に子供だけで食っていく事は難しい。
故に避難先として、身内のジェシカさんの元へ行く様に教えていた。
頭で色々な線を考えて、ようやくそれらしい答えを導き出す事が出来た。
しかしそれでも疑問が多く残る。
「アンタまだ、さっき聞いた話の事考えてるの~」
「まぁな――リン、お前はどうしたい?」
「行くも行かないも、リクが決めていいよ。」
「いやいや、大事な事なんだから丸投げすんな。」
再度意見を求めるも、凛は無言で歩き続けた。
長い間話さず考える素振りも感じられず、ようやく話したと思えば露店の商人に『オマケしてくれ』だのと言うだけで、こちらには答えを返しては来ない。
そうこうしている間に、肉や野菜を買い終わり帰路についていた。
表通りの石畳から、裏通りの泥道へ抜け、街の景色も一変する。
もうここには日の光が届いておらず、もう既に薄暗い夜を彷彿とさせる。
貧民街の住人の行き来はまだ多いものの、皆が周りを警戒し鞄を抱きかかえ、足早に家を目指している。
今の俺達もこれを真似して行っている――それは以前同年の子供に食べ物を奪われた経験があるからだ。
それ以来、荷物は半分ずつ持ち、もしもに備えている。
周辺から様子を窺っている者がいないか見渡し、用心の為に木刀を抜いている。
これは凛も同じく、右手に火打鎌をナックルダスター代わりに握り込み構えている。
だがしかしこの様な状況下で、彼女はポツリポツリと話し出した。
「今はさ、日雇の雑用でも何とか生きれるけど、病気になったらどうすればいいのかな?
少なくとも、アタシ等の収入で薬を買えるとは思えない。
だからアタシ、早く仕事見つけて、こんな生活から早く抜け出したいって思うの。」
「まぁ毎日仕事があるとは限らねえし、明日は他の誰かに仕事持ってかれるかもだしな。」
「うん、だからさジェシカさんを頼るべきだと思う。」
「そっか。」
「アンタはどっちがいいの?」
「優柔不断と思うかも知れねえけど、今は反対だ。
確認するにもまずは俺一人で行くべきかもしれない、最悪の事を想像すると、正直お前は連れて行きたくないって思ってる。」
凛は早足に前に出て、俺の前に立ちはだかり振り返る。
顔は真剣そのものであり、これから発せられる言葉を何となく想像する事が出来る。
双子特融の勘がそれを察し、それには自分も真剣に、必要とあらば冷徹に答えを導き出すべきであろう、
「それって、行き先が色町だから?」
「あぁ、ジェシカさんが必ずしも良い人とは限らない。
それに・・・もしかすとやましい事を無理強いさせられるかも知れない。」
これから向かう先には、体を売る女達が溢れているのは間違いないであろう。
いつの時代にもそれは存在する、近代的発展を遂げた現代日本にもそういう店がある様に――体を売らざる負えない人達がいるのは、抗い様もない事実である。
それは致し方ない事なのかも知れない、そうする事でしか生きれない人は昔からいたであろう。
その性の捌け口に、妹も加わるやもしれないと言う最悪の可能性が、目の前をチラついている。
当然だが凛が自ら進んで、その様な行為に身を投じる子ではないと理解している。
だが周りが無理強いするかも知れない。
世の中には鬼畜外道が一定数いる――例え今の年齢であっても、そういう趣味の連中がいても可笑しくはない。
これは自分も同様であり、少年が好みと言う者も出て来るであろう。
自分に決してそう言った趣味はない、だが妹に売春させるぐらいなら、自分がそれに応じる覚悟を持つべきであろう。
だがそれ等を分かっているにも関わらず、自分達が探しているジェシカさんと、色町の親玉ジェシカが同一人物という可能性を捨て切れずにいるのも事実だ。
押し黙る俺にグイッと凛が近づき、優しげな声で問い掛けて来る。
「リクに取ってアタシって何?」
「唯一の身内で大切な妹だ、命に代えてでも守らなきゃと思ってる。」
「それは嬉しいけど、アタシは自分の身は自分で守れるよ、この間の賊だって・・・」
「馬鹿か、お前はッ!――偶々奇襲が上手く行っただけで調子に乗ってんじゃねえ!
ガキとチンピラではどれだけ筋力に差があるか、分かってんのか!よく考えてからものを言え!」
思わず声を荒げ、普段彼女には使わない口汚い言葉で叱りつけてしまう。
凛の体はビクリと跳ね、驚きと戸惑いの表情を浮かべている。
瞳は大きく開かれ、若干涙が滲んでいるのに気が付き、言い過ぎたと自覚する。
一度冷静になり、ゆっくりと言い聞かせる。
「スマン言い過ぎた。
絶対に俺がお前だけでも、この肥溜から逃がしてやる、約束する。
上手く言えねえけど――リンの幸福は俺の幸福で、リンの不幸は俺の不幸・・・お前が死にたいって言うなら、俺も一緒に死んでやる、それだけ大切に思ってるだ。
お前に危険な目にあって欲しくない、それは分かってくれ。」
「一心同体って言いたいの?」
その掻い摘んだ答えに、軽く頷いた。
遂には彼女の瞳から涙が流れだし、それを服の袖で一生懸命拭っている。
鼻を鳴らし、目元を赤く染めつつも泣くのを何とか堪えている。
「双子だからね――アタシも同じ事思ってた。
本当に凄く嬉しい、でもやっぱりアタシの考えは変わらない。
これから沢山辛い目に合うと思うよ?
それこそ、死にたくなる日が来ても可笑しくない――だけどその時は逃げちゃおうよ!
勿論、でもアタシだけとかじゃなくて、アンタも一緒に。
大丈夫、アタシ等二人が揃えば最強だもん!
だからさ、行くだけ行ってみようよ・・・ねぇ?」
「本当に、本当に良いのかよ。」
少しの沈黙の後、直ぐに彼女はニッコリと笑い、大きく顔を頷かせる。
「それにホラ、天照様も言ってたじゃん『良い旅路を』ってね。
人生って旅に例えられる事あるでしょ?――例えば『旅は道ずれ世は情け』みたいにさ。
良い人生を送るには、挑戦する事も大切だよ。」
「・・・『旅のよい道連れは旅路を短くさせる』・・・とかもあったよな。
その言葉通りなら、俺の最初の良い連れ合いはお前だな。
確かにお前となら辛い旅路も、あっという間に終わって後は充実した旅路を歩めるか。
・・・分かった・・・これ以上は言わねえ。
明日ジェシカさんを探しに行こう、だけどヤバそうだったら、直ぐトンズラする。」
「うん、その意気だよ!そうと決まれば帰って肉食べよ、肉!」
そう言うと凛は走り出し、俺もその後を追いかけ並走して、自宅へ帰って行った。
彼女のポジティブな心意気に焚きつけられ、色町を目指す決断を下した。
これから向かう旅路の先には何が待ち受けているのか分からないが、凛とならどの様な障害も乗り越えていけると信じている。
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~11日目~
貧民とは、どの世界においても存在し得る社会の底辺に位置する者達である。
だがしかし最下層ではない、上には上がいる様に、下には下がいるものだ。
ならば下の者達とは何者なのかと言うと―――ここ貧民街においては、浮浪者共が社会的最底辺と言える。
彼等は住居を持たず、これと言った定職にも付いていない、オマケに金も持ち合わせていない。
だが何故かここ貧民街においては、食べ物に飢えている様に見えない、普通に真水だって飲めている。
いや寧ろ酒や、タバコなどを楽しんでいるところすら見た事がある始末だ。
初め見た時は、どうしてそんな贅沢が出来るのか疑問でしかなかったが、ここ最近になってある現場を目撃し、その理由に合点がいった。
それは浮浪者が街の噂や情報を、売りつけている瞬間であった。
彼等は情報と引き換えに食べ物や嗜好品、または少量の金をも得て生活しているのだ。
ある意味で、浮浪者なりの考えた生き方とも言えるだろう。
今回はこれを利用させて貰うとしよう、俺達は彼等と接触するべく、そのたまり場へと向かった。
だが果たして本当に情報を売ってくれるかは分からない、当然危険も伴う行動ではある。
故に若干の緊張感を感じつつも、情報の有無を聞き込んだところ・・・
「ジェシカ?――まぁ調べられん事は無い。
しかしタダではない、酒だ、酒が飲みたい、それと交換なら教えてやらんでもない。」
と、意外にもあっさり手掛かりを得れそうな状況に好転した。
だがあまりにも怪しくも思え、果たして信用していいものか悩ましいところでもある。
「正直話が上手すぎる気がしてならない。
お前さんを、本当に信用していいのか?」
「信じられないならそれでいい、精々自力で探すんだな。」
「・・・分かった・・・酒を持って来る、だが後になって約束を反故にするなよ。」
「客は選ばない主義だ、反故にはしない。」
「それと銘柄の指定はあるのか?」
浮浪者はニヤリと笑みを浮かべ、酒の銘柄を教えてくれた。
「ドランブラン――アレが飲みたい。」
酒の銘柄を憶えてから、俺達は表通りへと向かい、一番近いだろう酒屋へと入って行った。
未だこの世界の文字は読めず、どれが探している物なのかは分からなかったが、店員に聞くと直ぐに出して貰う事となった。
「銀貨二枚、銅は四枚だ。」
「「え???」」
今まで銅貨だけで生活していたが故、銀貨1枚が銅貨何枚分に当たるのかが分からない。
取り敢えず今日働いて稼いだ分の金を見せるも、全然足りていない。
店員曰く銀貨1枚は銅貨15枚分に相当、つまりは銅貨30枚が必要になる。
合わせて34枚が必要だが――現在の手持ち金は銅貨9枚しかない。
店員は、それでも買える酒を進めてくれるも、恐らくあの浮浪者はそれで満足するとは思えない。
致し方なく他の酒屋を転々と回るも、どこも同じ価格帯の様で今日の内に買う事は出来なさそうである。
もしかするとあの浮浪者は初めから、足元を見ていたのかと勘繰った。
いや、そもそも俺達に情報を売る気なんて、サラサラないのかとも疑った。
だがあの浮浪者はこうも言っていた、『客は選ばない主義だ』と、そう豪語するのだから一応その気はあると考えたいところだ。
またその言葉には、嘘をついている風には感じられなかった――けど別に何かの根拠がある訳ではない。
何となくそう思えたに過ぎないのだ。
だがよくよく考えてみれば、34枚の出費で情報が買えるとなれば、安上がりにも感じる。
俺達の考えていた、ジェシカ=青蛇頭領の可能性が高まった気がする。
それは浮浪者でも知りうる容易い情報で、それ程の価値もないとも考え得る。
ここまで分かれば足で探せない事もないのだが、詳しい情報は手に入れて置いた方が、スムーズに事が運ぶと考えられる
やはり酒が必要である――情報を得なくてはいけない。
現在の時刻は恐らく午後4時くらいだろうか、今からでも仕事を少しでも多くこなして、稼いでおくべきかとも考えるが時間的にやはり微妙である。
トボトボ何もせず街を歩き回り、何か一気に稼げる仕事は無いものかと考えるも、早々に良いアイディアが浮かぶ訳もない。
歩き回っている内に、気付けば街の中心地である噴水の広場までやって来ていた。
俺達は休憩がてら、噴水の傍に点在するベンチに座りうなだれ、呆然と街並を眺めていた。
そんな最中、先に口を開いたのは凛の方であった。
「やっぱりもう一度、直接探した方が良いって~あんなのに頼る必要ないよ。」
「今朝行ってダメだったろうがよ、あんなに広いんじゃ分からねえ。」
実のところ、今日の朝一に色町へは向かった後である。
しかしそれは甘い考えであった。
色町と名が付くからには多くの店が存在しており、端から端まで酒場と売春宿が溢れ返っていた。
そこをガラの悪い連中が行きかい、見つからない様に走り回るも埒が明かない。
そもそもジェシカさんの容姿が分からない為、探すにしても手掛かりが欲しい。
故に引き返して来て、浮浪者の情報屋に取引を持ち込んだのである。
何時もであれば、どこかで雑用をしているであろう時間帯、もしくは夕食の買い出しをしている頃であろうか。
だが酒を買う事を想定するならば、自分等の食事に金を使うのも惜しく感じる。
何か相談するでもなく、ボンヤリと意味もなく街を眺め続けた。
暇を持てあまし、時間を無駄に浪費していると、目の前を目立つ格好の男が通り過ぎていく。
それは今となってはどこか懐かしく感じる格好で、言うなれば板前が着ている調理服であった。
男は大きな荷物を両手に抱えて、フラフラと込み合う人ごみの中を歩いて行く。
危なっかしいと思いつつ、俺達はついつい目で男の姿を追いかけてしまう。
すると板前風の男と狩人とが肩をぶつけ合い、その衝撃で荷物をばら撒かれてしまう。
凛と俺は思わず手伝いに駆け出し、荷物を拾い集めに掛かる。
荷物の中身は食材が殆どで、自分達には高価でとても買えない野菜や凍った魚が多く含まれていた。
それを男の元へ渡しに行くと、彼は軽く会釈しながら、俺達にしか聞こえないぐらいの声の大きさで『どうもすいません』なんていう風にお礼を口にした。
そのお礼の言葉は、こちらの言語であったものの、その立ち振る舞いからして何となく日本人的なシンパシーを感じた。
当然、間違っている可能性は高いが、確かめてみる事にした。
俺は言葉を日本語に戻して、話し掛けてみる。
『あの~もしかして日本人ですか?』
その問いに男はビクッと体が硬直し、驚いた表情でこちらを向き直った。
すると彼も言葉を戻してから質問に答えてくれた。
『君も――いや、君達もなのか?』
『そだよ~』
『もしかして、双子か?』
『『そうです(そだよ~)』』
『コイツぁ~たまげた・・・そうだ、私は桜木徹、よろしく。
生まれは京都、こっちじゃ和食を食える店をやってるんだ、今度食べに来てくれよ。』
『『花岡陸と(花岡凛です。)』』
徹さんは俺達との身長差を考えてか、膝を地面に着き目線が合う様にし、嬉しそうに笑みを浮かべている。
この世界に来て初めて同じ日本人と出会う事が出来、安心感と懐かしさを感じ色々話したい欲求が湧き上がって来る。
だが何時までも道の真ん中で膝を着かせて置くのは申し訳なく、幾つか荷物を持たせて貰い歩きながら故郷の話に花を咲かせる事にした。
どうやら彼は1995年にバイク事故で亡くなったらしく、当時はようやく板前修業が終わり一人前になれたと言う頃の不幸であったらしい。
そして気付いたら、例の真っ暗闇の空間にて、地球か異世界かを選ばされたそうだ。
だが彼と俺達で大きく違うのは、徹さんの前に現れたのは仏であったと言う事でる、決して神道の神々だけが魂の移し替えをしていると言う事ではない様である。
そしてこの世界には、日本人以外にも地球上のあらゆる地域から、新天地を夢見て転生して来るそうだ。
その証拠に徹さんの奥さんは、台湾出身だそうだ。
この街にも自分達が気付いてないだけで、多くの地球生まれが住んでいるらしい。
そして俺達は彼に、この世界について教えて貰う事になる。
「まずこの世界の名称は、今のところは中つ国って呼ばれている。
何でも天国と地獄に挟まれている中間だから、中つ国と呼ぶんだそうだ。
次に今俺達がいるこの国は、アムルカン連合王国の東部方面。
その中でもこの街は東部一の大都市と名高い、その賑わいは王都に次ぐ程だ。
そして何より武勲で、名を馳せたフレイグレン侯爵家が治める、絶壁都市。
決して散る事のない花の都、大都会バン・ラーム!———って街の住人は言ってる。」
「「そ、そっすか」」
街について突然熱く語り出した徹さんに対し、若干困惑した。
徹さん曰く『東西南北の各地域の人達は皆口を揃えて、ウチこそ王都に次ぐ大都市である。』と言い合いをしているらしい。
「もうちょっと色々話してたいところだが――俺の店ここなんだ。」
先程の噴水広場より南南西へ行ったところで、俺達は立ち止まる事となった、周りは酒場などに囲まれた通りに面している。
そこに目立つ和風の暖簾が吊るされており、明らかに居酒屋か小料理屋を彷彿とさせる店構えである。
因みにこの店の名前は、どうやらソメイヨシノと言うみたいだ。
店の外には既に常連客が待っており、開店を今か今かと待ち構えている。
「もし良ければ飯食っていくか?定食か何か作るぞ。」
「えっと・・・嬉しいお誘いですが~」
「その俺等、ちょっと金を貯めないといけなくて・・・それに今の持ち合わせで払えそうにないので遠慮しときます。」
俺達は徹さんに対し、自分達が日雇労働なうえ、孤児であると言う事を説明した。
その為か少し考えこんでから、財布を取り出し『幾らだ』と問いかけて来るのだった。
「幾ら貯めようとしてるんだ?――ここであったのも何かの縁だ、カンパしてやる、幾らか言ってみ。」
「いやいや、違いますって!
そんなつもりで言った訳じゃないですから!」
「成れない環境で、金に困ってるから手助けしたいんだ。
遠慮なんかせずに、幾ら必要なんだ?」
「リクの言う通り、アタシ等はホント大丈夫ですから!
徹さんは気にしないでよ、マジで!」
「いいから大人の顔立てろって!――言ってみ!ホラ!」
貸す借りないの押し問答は、互いに引く事はなく永遠に終わらず、周りに見物客が集まる程であった。
言い合いは徐々に言葉が強くなり、何時しか目的を忘れてしまった。
すると徹さんの店から女性が顔を出し、何事かと慌てて出てきて仲裁に入ってきた。
「これは一体なんの騒ぎなの?」
「あぁ、フェンか――俺、この子等に少しお金貸すから。」
「いやいや借りませんよ?」
フェンと呼ばれた女性は俺達の前で屈み、心配そうな表情で話しかけて来る。
「私はフェンジュン、君達は。」
「花岡陸と」
「花岡凛です。」
「よろしくね~ それで・・・お金困ってるの?」
「別に大丈夫です。」
「ふ~ん、因みに幾らあれば十分なの?」
「いや、本当に大丈夫―――」
「お・し・え・て!」
言葉を言い切るより前に、彼女に肩をグッと掴まれ、必要額を教える様に圧力を掛けられる。
途中笑顔で問い掛けて来る彼女の顔には、威圧感が存在し、それに押される形で額を口走ってしまった。
「「銀貨・・・2枚だけです」」
「なんだ、どれ程の大金かと思ったよぉ~、徹さ~ん!」
「ホラ、銀貨2枚、持って行きな。」
「本当にいいんですか――徹さんは今日あったばかりの、アタシ等みたいな人間を信用し過ぎですよ。」
「俺等がもし返しに来なかったらとかって、考えたりしないんですか?」
「お前の言う通り、確かにお人好しが過ぎるとは思う――もしくはこれは一時の気の迷いかも知れん。
だが同郷の人間に会えた喜びや、日本がどんな風に発展したのか聞いた時は楽しく感じた。
お前等兄妹が話してた剣道や空手に対しての、真剣な心持には好感を感じた。
そんなお前達が人を騙すとは思えない。
もし仮に返しに来なかったら、今の時点で見抜けないこの俺の責任であり、ちょっとした勉強代になるだけだ。
だからお前達を信じた、俺を失望させるなよ。」
そう言い終わると荷物を持ち、店の方に行ってしまった。
そんな漢気溢れる徹さんの背中を、俺達はお礼の意味を込めて、深く頭を下げるのであった。
彼の放った言葉には、人を信じる事の寛容さが垣間見えた、俺も見習いたいものを多く感じる瞬間でもある。
「ウチの旦那、ちょっとお人好しなところもあるけど、結構良い男でしょ。」
「漢気を感じました、すげえカッコいいです。」
「でしょ――あっ、お店入って言って来なさい、ついでに簡単な食事出したげるから。
代金はぁ~、そうだな・・・出世払いでいいから!」
フェンジュンさんに背中を強引に店の中に押し込まれ、結局その日はご馳走になってしまった。
久々の白米と言う事もあり、俺達は思わず若干涙ぐみながらも、綺麗に平らげた。
その後は結局、店の混み合いを見計らい長居はせず、銀貨と食事の礼を伝えてから店を後にする事にした。
その後、店仕舞いギリギリの酒屋に駆け込み、その足で急ぎ浮浪者の元に戻る事となった。
そして浮浪者は品物を確認した後、俺達の欲していた情報をゆっくりと話し出した。
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