04
一端休憩します、13時前後に投稿再開します。
人攫い達の元を後にしてからと言うもの、俺達は安全そうな場所を探し回った。
奴等が追ってくる様子は感じられないが、何処かしかに身を隠せる場所を見つけるのが急務である。
しかし見渡す限り同じ様な建物と道ばかりで、土地勘を把握するのが難しい。
街中を行ったり来たりしている内に、いつしか雨が止み、何て事ない十字路に辿り着いた。
するとその時、俺達はこの十字路に見覚えを感じた、何故かは分からないがどういう訳か来た事がある気がする、正直不思議に思えてならない。
十字路の東側には巨大な壁が比較的近くに見える、西側にはまだまだ街が続き、その遙か向うに壁がある。
考えるに街をグルッと、壁が囲んでいると推測する事が可能だ。
しかし何の方針も思い浮かばない、故に何となく東に向かい歩きだした。
道中、俺達はふと思いついた疑問を口に出した。
「この子――つまりこの体は、死んでたのかな?」
「う~ん、そうなんじゃないかな。
アタシが目覚めた時には、アンタの体は息してる様に見えなかったわよ。」
「そうか・・・でもそれって転生って言うよりも、魂が抜けた体の再利用、つまり憑依した感じ?
じゃなきゃ、さっきの十字路に見覚えがある筈がないし、こうしてこの世界の言葉も話せないはずだろ?――お前はどう思うよ。」
本来俺達はこの世界の言葉を話す事ができない。
だが死人の体を使って居るが故に、脳にインプットされているこの世の言語を使えているのではないかと考えられる。
「あたしもそんな気する。
要は魂が取り替わっただけで、脳はまだ記憶を憶えていて、体にはそれまでの習慣が馴染付いてるんじゃない?」
俺達は只徘徊していた訳ではなく、体が無意識にそこへ行こうと動いていた可能性、謂わば帰巣本能とでも呼ぶべきそれが作用しているのかも知れない。
その場合、東へ伸びる道を選んだのも、脳が染みついた習慣を実行しているに過ぎないかも。
すると目の前には橋が現れた、同時にその向こうの光景が脳裏に浮かび上がる。
橋を渡り切るとそこは、黒焦げの家々が立ち並び、大きな火事があったのだと直ぐに察せる。
周りには焼け落ちた建物がチラホラあり、こんな状況である為か人通りは殆どいない。
だがその中に立ち並ぶ一軒の家に視線が向けられると、内心どうしてかホッする気分を感じる。
それは安心感とも取れる感情であり、本来沸くはずのない感情であるはずだ。
住宅地の比較的奥に位置する平屋の建物である。
屋根の一部が焼け焦げて穴が開いており、壁には黒い煤が未だに残っている。
その傷跡は生々しく刻まれて、その悲惨さは形容しがたいものがある。
何故ここだけが、この程度で済んでいるのか分からない。
子供が消火活動出来るとも思えない。
誰かが火を消してくれたのかも知れないと、考えたがその様な記憶を持っていない。
恐らく消火の現場に居なかった可能性が高い。
その為、当時の記憶が無くて当たり前と考えるべきであろう。
だが憶えている事もあり、自分達が誰かに抱きかかえられ、外へ連れ出される光景である。
深く考えなくとも分かる、それが母親であろう事は直ぐに察しが付く。
しかし外は人々が逃げ惑う修羅場、そんな最中に母親が亡くなっている。
服に火が燃え移り、絶叫をあげながら逃げる様に叫んでいる。
記憶のフラッシュバックにより、ここが母と子供等3人の家だと脳が伝えてくる。
この平屋に対し、安心感と懐かしさを感じるのは、体がそう錯覚させているに過ぎない。
ガラスの使われていない観音開きの窓、焼けた三角の屋根、これまた煤がこびり付いた煙突、裏に小さな小屋が見える、なぜか中の間取りですら把握できる。
外には小さな壺があり、そこに雨水と思しき水が溜まっている。
その壺に貯められた水を見た瞬間、喉の渇きから二人して飛び掛かり、手で水を掬い喉を潤した。
先程の泥水とは比べ物にならない程に美味で、その水の有難さが身も心も癒していく。
「「水、うんっっっま!!」」
今後の為にそこそこの量を残し、建物の中に入る事を決意する。
先程から携帯していた角材で、ドアを突っつき押し開ける。
何分本来は自分等の家ではなく、他人が住んでいた家である為、少し緊張を感じざる負えない。
ドアは悲鳴を上げたかの様に軋みを響かせ、ゆっくりと開いた。
中は薄暗く唯一明かりと言える物は、締め切られた窓の隙間から差し込む光だけである。
そして恐る恐る一歩目を踏み出そうとした瞬間、背後から声を掛けられる。
「あんた達、どこ行ってたんだい!」
それは突然の事で先程の追手が来たと思い、素早く振り返り角材を構える。
「な、なんだい!」
だがそこにいたのは恰幅の良い中年の女性で、こちらが構えた事で驚き尻もちを搗く。
見るからに無害そうな印象を受け、先程の連中とは関係性を感じれれなかった。
てか、あれ?・・・この人の事を知っているぞ、近所にするシーラおばさんだ。
どう言う訳か名前を知っている、同時にふと考えた。
よくよく思い出そうとしても、自分達の名前が分からない――当然だが、前世の名前は憶えている、しかしこの体の名前が分からない。
花岡陸を名乗り続けていいのだろうかと考えるも、直ぐには答えは導き出せない。
まぁ名前の事は、今は保留と言う事にしよう。
とにかく攻撃態勢を解き、二人で手を貸し女性を立ち上がらせる事にした。
「すいません、何かと物騒なものでして。」
「オバちゃん大丈夫、ごめんね。」
「あぁ~大丈夫、大丈夫――まぁこんな状況じゃあね、警戒もするわな。」
この焼け焦げた街に、まだ人が住んでいた事に驚きを感じると同時に、こちらに来てから初めて会う無害そうな人に警戒心が薄れる。
するとシーラおばさんは、手に持っていた麻袋と革製の大きなバックを拾い上げてから、麻袋を凛に手渡してくる。
「聞いたよ、アメリーこの間の騒動で亡くなったんだって。
これ少ないけど、あたしからの選別。
もうこんなに痩せ細って――食べて力付けなきゃだよ!」
「はぁ、ありがとうございます。」
アメリーと言うのは、死んだ母親の事を指してると見て良いだろう。
しかし彼女の言う『騒動』と言うのが分からない、恐らくこの一帯に火事が発生した事を言ってるのだろうが、生憎と分からない為に質問してみる事とした。
「ところでこの間の騒動って何ですか。」
「何ってあんた、聞いてないのかい?!」
俺は凛に目線を送ると、彼女は小さく頷いていた。
その騒動について聞く事で、この街の状況を知れそうだと考え、更に質問してみる事にした。
「大人が言う事って少し難しくて~。」
「まぁ六つにはそりゃ難しいか・・・あのね、いいかい。」
自分達の年齢が6歳と言うのを聞き、今更ながらよく大人相手に太刀打ち出来たものだと、若干の驚きを感じざる負えない。
「まず北には黒猿ってヤクザ共がいて、奴隷売買で生計を立ててる連中がいるんだ。
奴隷商ってのは基本的に戦場で攫ってきた人、身代金を出して貰えない敵兵、借金の形に売られる女子供、犯罪者とか色々あるんだ。
でもここ最近は戦争が少ないし、黒猿なんかに借金作る奴も少ない、要するに奴等は売りたいのに商品が無い状況なんだ。
だから手っ取り早く、手下が売れそうなのを捕まえに来るんだよ。」
凛を攫おうとしていた連中は、その黒猿の者なのだろうと思われる。
「それで南には青蛇っていう連中がいる、元は人民の英雄なんて呼ばれた人が纏め上げた組織なんだけど、今じゃ只のヤクザ者の集まり。
青蛇はここらで色町を始めて結構長くてね、傍から見れば真面なんだよ。
でも実際は、御国の許可証なしに違法に酒を造って売っているって噂なの!」
「何よそれ、両方とも腐れ外道じゃない!」
「そう、両方とも外道!
そして今いるのが、間に挟まれた貧民街。
でもここも最近はきな臭くなってね、猿共が酒造りを真似し始めちまったのさ。
その結果、偶に町の隅にね――死体が転がる様になったの。
死体は猿側だったり、蛇側だったりで、裏で喧嘩を始めたみたいなの。」
叔母さんがこの話をしたと言う事は、蛇か猿のどちらかが火事を起こす切っ掛けと言いたいのかも知れない。
「じゃあ・・・ここの火事は、そいつ等のどっちかがやったの?」
凛はその答えを求めて、確信に迫る質問を投げかけた。
「黒猿が火を着けて・・・家から逃げ出て来た住民達を捕まえてったのよ、男女構わずね。
まぁ言うなれば、私等は偶々運が良かっただけさね。」
「街を守る人とかっていないんですか、警察とか!」
「けいさつ?ちょっと分かんないけど、警邏隊の事かい?
まぁ頑張って捕まえ様としてるみたいだけど、中々良い噂は聞かないね。
その所為もあって治安は前よりも大分悪くなったよ、表通りの連中なんかは『スラムだ、スラムだ』ってバカにする始末よ。」
強いて言えば南北の連中が貧民にとって法と化している、胸糞悪く重苦しい気分になる。
思わず落ち込みそうになるが、おばさんが肩を叩き励ましてくれた。
「落ち込みなさんな!
表の連中はここを『スラム』って言う風に馬鹿にするけれど、ここはスラムほど苦しくない。
スラムにはもっと食べれない人もいるんだ。
それにね、あたしはこの街で子を三人育てたんだ。
周りから見たら小さな事だけど、あたしにはそれが誇りなの。
生活は大変だけど、その大変さを知ってるからこそ人を笑う事は出来ない。
いいかい、雇ってくれる所を探しな!それでこんな所は、とっとと出てっちまいな!」
「「はい!」」
彼女の熱のある言葉は、何所か悲しげではあるものの、前向きに生きるその言葉は胸に響く。
こんな所でも彼女の様な心の綺麗な人がいる、まだ絶望するにはまだ早い。
「ごめんね、あたしゃもう行くよ――前にも話したよね、あたし等は開拓団に参加するってさ?
旦那が待ってるだろうし、しばらくしたら開拓団の馬車も来る頃合いだろうからね。
これくらいしか助けてやれなくて、ごめんね。」
「「気にしないでください。ありがとうございます!」」
「うん・・・後さ、水浴びしなよぉ~あんた等臭うよ、変な病気になったら死んじまうよ!」
「「直ぐに体洗います!!!」」
「あたし等はこっから北の村に行くから、近くまで来る事があれば顔見せにおいで!」
そう言うとシーラさんは、革製のバックを背負い、手を振り去っていく。
橋の所には男性が待っていて、彼女を迎えに来ていたのであった。
そしていつしか見えなくなる。
「それ袋の中身なんだった。」
「玉ねぎ、にんじん、芋と・・・えぇ?」
「蛇だよな、これ?」
「凄まじきかな異世界.・・・異世界だよね?」
「あぁ~、異世界――なんじゃね。」
「だよね~、てかアタシ蛇の捌き方分かんないんだけど。」
「内臓も皮もない見たいだし、大丈夫じゃね。
てか、お前さん食物栄養学部だろ、そこは腕の見せ所だと思って美味しく料理してくれや。」
そんなやり取りをしつつ、室内に袋を置き、扉をしっかり占める。
「まぁ――取り敢えずはよぉ~」
「水浴びね――体臭いし。」
病気で死ぬと言う言葉を恐れ、川で頭と体そして服を洗いに向かった。
内心、石鹸で洗いたいと言う欲求を、心に仕舞いつつ・・・
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川で頭と体を洗った後、ふと水面を覗き込んだ。
「これが俺の顔かぁ~」
「これアタシの顔かぁ~」
川の水面に移り込む自分の顔を、この時初めて見る事になった。
二人とも黒髪で、髪が肩を超え背中にまで達する程伸びている。
肌の色は日焼けしたが如く小麦色の褐色肌、敢えて例えるならヒスパニック系の様な肌色だ。
瞳は鮮やかな青色だが、瞼は一重なうえ、あまり眼つきが良いとは言えない。
一方で凛はと言うと二重の瞼をしていて、同じ様に青い瞳だ――贔屓目に見たとしても、大分可愛らしい方である。
というか可愛い、てか前世から凛は可愛い、シスコンの俺が言うのだから間違いない。
しかしそれよりも、問題はこの髪である。
今はまだ痒くないが、このままだとその内、虫でも湧きかねない。
「なぁ、髪短めに切ってくれねえか~。」
「うんいいけど、アタシも後で切って。」
「了解~取り敢えず、先に俺の方を頼むわ~」
あまりにボサボサだった為、水面を鏡にし互いに髪を切り合う事になった。
当然ハサミなどは持っていないので、果物ナイフでの断髪になる。
「で、短めってどれくらいよ。」
「そうだなぁ~出来るだけ短い方が、手拭い被る時に・・・そうか、面を手拭いも被る事はもうないか。」
「ベリーショートくらいでもいいの?」
「あぁよろしく。」
髪に対して、ナイフの刃で引っ掻く様にして、髪を切られていく。
その手つきは当然慣れているものではないが、髪が切られる際のシャリシャリと言う音が心地よく。
ここは異世界であると言う事実を忘れそうな程、穏やかな時間がゆっくり過ぎている。
今日はもう襲われる事はないだろうか、明日以降食べていけるだろうか、仕事は見つかるのか、まだまだ不安は多く残っている。
だが俺達兄妹なら、何時かこの貧民街を抜け出せるかもと、淡い期待を抱かずにはいられない。
すると今まで無言で手を動かしていた凛が、口を開き話しかけてきた。
「あのさ、聞いても良い。」
「んん~なんだ?」
「何でこっちの世界を選んだの?
向うなら剣道続けられたかもしれないよ。」
「俺は別にどっちでも良かったし、ぶっちゃけ特に選んでもない。
けどお前が気掛かりだったから、『もう一度双子の兄妹として生きたいです』ってお願いしたんだよ。
剣道は――まぁ少しだけ――本当にちょっとだけ名残惜しいけど、お前の方が大切だから後悔はしてない。」
凛は黙りこくってしまい、髪を切る音と川のせせらぎだけが聞こえる。
しかしまた静かに、言いたい言葉を選びながら話し出した。
「別に・・・選んでも良かったんじゃない?
自分の将来を決める時に、『他の人と同じがいいです』って言いうかね普通。
天照様言ってたじゃん『己が生は己ばかりのもの、個人が定めるべき』ってさ。」
「まぁ確かに、自分の人生は自分で決めるものだと思う、だけどよぉ~。
『妹も妹で選ぶからお前も選べ』って言われて『凛なら何とかやるだろう』なんて楽観視は、俺には出来ねえよ。
一緒に死んだ妹の今後を、心配に思わねえなんて無理だし、不安に思うだろ。
結果的にお前を助けれたし、今も一緒にいられるのが万々歳だろ。」
一瞬、髪を切る手が止まるも、また直ぐに再開する。
彼女は長い事黙ってしまう、俺はそれを心配に感じ思わず振り返ろうとしたが、両手で頭を掴まれ無理やり正面に戻され、表情を窺う事が出来ない。
そして聞き逃してしまいそうな程、小さな声で凛は言うのである。
「・・・シスコン・・・」
「違っげぇし!てか、お前もブラコン認定のお墨付き貰ってるじゃねえか!」
「は、はぁ!アタシはそんなんじゃないし!」
「人の部屋で散々入り浸るわ、家でも大学でも、しょっちゅう話しかけて来るじゃねえか!
そうだ、思い出した――お前LINE返してくんの早すぎ、マジ秒で返信は流石に引くわ!」
「アンタが送って来るからでしょう!
てかもういいでしょ、そろそろ変わって。
ホラ、アタシの髪も整えてよ!」
何時の間にか大分短くなっていて水面で髪を確認しする。
辺りに切られた髪が散乱しており、相当長かったのが見て分かる。
「お、ありがとさん。」
「お疲れさん。」
「ホレ、座んな――んで、どれくらいまで切るよ?」
ナイフを受け取り、川の傍の地べたに座る様に促す。
そして髪をどれくらいまで整えるのかを聞いてみた。
「えぇ~と、そうだな。ショートボブぐらいまでやっちゃっていいよ。」
「あぁん?・・・んん?・・・まぁ、とりま了解。」
「ホント、アンタ分かってる???」
「大丈夫だって安心しろよ、俺がバッチリ決めてやるから!」
「本当に理解してるよね?マジで頼むわ。」
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髪を切り終え、俺達は家への帰路に着いていた、しかし凛は先程より頻繁に髪を弄って気にしている様子であった。
確かに、多少切り過ぎたかもしれないが、こんな環境で髪が長いと衛生的にも悪いと感じので、それで我慢して欲しいところではある。
「う~ん・・・なんか釈然としない。」
「何時まで気にしてんだよ、別に変じゃないって、マジで。」
「戦後の女の子みたいじゃない?」
確かに言われてみれば、戦後のおかっぱ風かも知れないが、ボーイッシュと取れば印象はいい。
それに自分と違い、彼女の眼は大きくてパッチリとしている。
鼻は大きくも小さくもなく普通で、唇も薄くて、顔全体が小顔である
つまり、顔立ちは整っている為、凛ならどんな髪型でも似合うであろう。
「ホラ、あれだ!――ボーイッシュって奴だ。
流石はリンちゃんそれだよそれ似合ってる、可愛い可愛い!」
「ホント?アンタ適当言ってないでしょうね~?
まぁいいか、今更だしな。」
俺達はそんな会話を交わしながら、家へと帰って行ったのだ。
そしてその日の夜は、シーラおばさんから貰った蛇をスープにして食した。
すると互いに疲れていた為か、その日の夜は早々にベットへと入り休むことにした。
明日からは本格的に活動を始める事になるであろう、しかし果たして仕事が見つかるかは、不安が残るところである。
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今回の第4話と並行して、当作中の地図も投稿させて頂きました、宜しければそちらもご覧ください。