02
気が付くと360度上も下も真っ暗の空間にいた。
当然、見憶えのない場所で戸惑い、キョロキョロと辺りを見渡す。
傍に妹が居る以外は、全てが闇に包まれた世界、そこには何も存在しない。
兎にも角にも直ぐに彼女を揺り動かし、目を覚まさせる事にした。
「・・・ここどこよぉ・・・」
「俺も分からねぇ。」
なぜ今ここにいるのか、どういう状況に陥っているのか必死になって思い出す。
最後に見た光景は、車を運転し凛がリクエストした飲食店に移動中だった。
「晩飯食いに車を運転してたよな、確か。」
「うん、それから~」
運転中の記憶は意外にもシッカリ残っており、凛が遊んでいた乙女ゲーの話を聞いたり、自分の部活の事を話したりしたのを憶えている。
他愛もない話をしていた最中、激しい衝撃を感じた。。
そして思い出す最期の光景、それが原因だとしか思えない。
「トラックが横っ腹突っこんできたんだ。」
「えッ!じゃあアタシ等って・・・」
死後の世界とはどんなものなのか――本当にそう言ったのが存在するかは、甚だ疑問ではある。
当然生きた人間が経験する事はなく、誰かが経験して言い伝える事もできない。
またどの様な場所を誰かに尋ねた場合、それもまた人の価値観や宗教観から千差万別であろう。
だがもし存在するのであれば、多くの者が想像出来ずにこう考えるだろう。
あの世とは真っ暗闇でそこには何もないと――そう考えれば意外にも合点がいく。
なんでこんな事になってしまったのだろう、なぜ自分等なのか、残された両親はどう思っているだろう。
脳裏には、多くの答えのない疑問が思い浮かぶが、今となっては全てが無意味である。
隣で大粒の涙を流し、膝から崩れ落ちる妹の背中を摩りながらも、己自身は今にも奇声をあげ発狂しそうな感情を必死に堪え続ける。
「あたしが我儘言って、連れ出しちゃったから・・・ごめんなさい。」
「考えすぎだ、俺は気にしてないから泣くな、ガキじゃねえんだからシッカリ立て、ホラ!」
「ごめんなさい・・・めんなさい。」
謝り続ける凛を励まし、なんとか泣き止ませる。
だがこの何もない場所で自分達はどうすればいいのか、一生このままなのだろうか?
あれこれ考えるがとても理屈が通る状況ではない。
何もないのは分かっている、だがもしかすると見つけてないだけで何か希望があるかも知れない。
そう考え凛の腕を引っ張り歩き出した。
「どこ行くの?」
「とりあえず歩いてみようぜ。」
それからひたすら歩き続けた、どれくらい進んだかなど分からぬ程に只進み続けた。
途中ではぐれない様に、互いに隣に妹が、兄がいるかを確認し合いながら歩みを進める。
そして遂には希望を得る――それは一瞬、炎の壁と見間違える程、巨大な球体がそこに現れた。
「太・・・陽・・・?」
「・・・あぁ。」
球体はオレンジ色とも赤とも思える炎を纏い、それから発せられる眩い光は例え、瞼を閉じたとしても完全に遮る事の出来ないものであった。
焼け焦げそうな程の熱を感じつつも、一生の内に決して味わう事のない美しい光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。
そしてさらに観察を続けていると、球体の中に人影が浮かび上がってくる。
その瞬間、以前聞いたある話を思い出すに至った。
「太陽・・・天照大神様?」
「それって確か・・・太陽の女神様だったよね?」
太陽神は数多くが存在するが、日本人的に一番ポピュラーな太陽神と言えば、やはり天照大神であろう。
緊張の為か咄嗟に妹の手を強く握り締め、静かに話し出す。
「大学の講義で宗教学概論てのを受けたんだけどさぁ、そこで聞いたんだ。」
「ねぇ、それ今関係ある?」
「いいから聞けって、神様は人に姿を現す事はない。
何故なら神は、人の穢れをとても嫌うからって言っていた。
でももし神様が目の前に現れた時は見たり振り返ったりする事なく、一気に逃げろって聞いた覚えがある。」
「見たらどうなんのよ。」
「見た者は死ぬし、子孫は生まれて来る事なく、その家は滅ぶ。」
大学の講義で聞いた話を終え、俺は凛の肩に両手を置いて質問を投げかける。
「リン、どうしたい?お前が逃げたいなら俺も一緒に行くし、残りたいなら・・・」
「残ろうよ、四六時中歩き回るのは、もうウンザリだし。」
「それもそうだな、俺も歩き疲れた。」
『我を見たとしても怒らぬし、逃げる必要はない。
我は汝等の言う様に、一族を滅ぼし子孫を根絶やしにしたりせぬ。』
それは耳から聞こえてくる声ではなく、脳内に直接響く声であった。
太陽から白い光が漏れ出る様に、神々しい光が放たれると、その中に人影が見え隠れしていた。
その姿を完璧に捉える事は出来ない。
だが恐らく唐衣、表着、長袴、などの和装を身に纏っている様に見受けられる。
この状況にどうすれば良いのか、二人して思考停止状態で固まってしまう。
まずは失礼のない様に、その場で首を垂れることにした。
『顔上げてよし、発言も許す。』
隣に並んで首を垂れている凛に目配せし、軽く一度頷き合図を送り、ゆっくりと顔を上げる。
『長きに渡る魂の浄化、よくぞ完遂せり。』
「浄化ですか?それは一体どういう・・・」
『人とは生ける内に、おのづからその身に穢れを宿す。
あらゆる行い、あまねく感情には全て穢れを及ぼす。
だが今我が前にいると言う事は、即ちそれら穢れを晴らしたと言う事なり。』
この空間を漂っていて湧き上がる感情は無そのものであった。
感情を持たず、何も行わないで居続ける事こそが禊であったのだろう。
知らず知らずの間に溜め込んだ穢れは、犯罪を行ったから蓄積される訳ではないと聞く。
当たり前の生活を送っているだけでも、自然発生的に徐々に蓄積されるのである。
「アタシ・・・じゃなくて私、お伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか。」
『言うてみよ。』
「もし・・・私達が外出しなければ、死ぬ事はなかったのでしょうか・・・?」
凛は未だに、その事を考え気にしているのであろう。
自分の判断が、兄妹共に死に追いやる結果を導き出してしまったのではないかと言う考え。
それは彼女にとっての枷――重く、取り返し様のない自省の念。
だがその言葉に対して、優しく言葉が返って来る。
『汝が責任を感じる事はない、生を得し瞬間より定められた天寿を、まっとうしたに過ぎぬのだから。』
「あの、定めって言うのはつまり、死ぬのが決まっていたと?」
『生を受けし時よりの宿世なり―――宿世とは人の言の葉へ変えれば、運命もしくは宿命。
宿世とは螺旋の如き事柄なり。
言うならば中心に穴の開きし皿が天にあり、そこへ魂投げ込む事より始まる。
当然、幾つかは皿より弾かれる魂もあるであろう、されど無事穴より落つるものもあり。
汝等は、おのづから穴へ二つ落ちけり。』
皿って言うのは母親の子宮の事で、弾かれるとは恐らく――受精出来なかった精子を指していると考える。
無事穴に落ちれれば生を得て、出産と言ったところだろうか。
『穴の先は螺旋なり――初め螺旋は大きに外側へ広がっている、魂は螺旋を滑り落ち、下へ下へ落ちゆく。
下へ行くにつれて螺旋は先細り、果ては回転やめ虚空へ落つるのみ――それ即ち死。』
「つまり、皿は子宮で魂は精子――皿の穴へ落ちれば人生が始まり、螺旋を降り切ると死ぬと?」
『さり、螺旋の長き短きはあれど、死にかたは皿に落ちし瞬間より定めらている。
故に責任を感ずる事はあらぬ。』
だがやはりそれでも、凛は何所か気にしている様子である。
何かの本で運命論と言う物を読んだ気がする。
人生もしくはこの世の出来事は、あらかじめ結果が決められていて、例えどんなに覆そうと努力しても既に決まった未来に向けて進むだけだと言う。
つまりは彼女に責任は無く、本来気にする必要は無いのだ。
励まそうと声を掛け様とした瞬間、神様が先に話し出した。
『しすたーこんぷれっくすと言う、言の葉を知っておるか?――汝の兄はまさにそれなり。
妹に頼まれれば、断り切れぬ男なり、どちらにしろ外出を了承したであろう。』
「ち、違います!俺はそんな事ありませんよ!」
「え?アンタ、シスコンだったの?
そう言えばやたらメール送って来るわよね。
あと、アタシが佐藤君と連絡先交換した時、執拗に付き合ってるのかって聞いてきたでしょ?
やっぱり、そうだったんだ~」
先程の落ち込み様はどこへやら、途端に話し出した。
動揺する俺がそんなに面白かったのかクスクスと笑みを見せる――俺はその姿に少し安心を憶えた。
『汝も汝でぶらざーこんぷれっくすであるがな。』
「アタッ!・・・・アタシは違います!」
不本意ながら、神様の言葉は的を得ていた様で、互いに目を合わせる事は出来ず、赤面してしまう。
そっぽを向き、言葉を交わさず、沈黙が続き気まずさが込み上げてくる最中、クスリッと声が聞こえた。
戸惑いつつ正面に顔を戻すと神様が、口元を手で隠して笑っていたのだ。
『良き兄妹愛を築き上げきかな。』
「「・・・えぇ、まぁ・・・」」
『さるほどに、話もここまで、汝等に新たなる生を授く。』
そう言い終わると、鈴を鳴らした様な音が響き渡る。
決してうるさい物ではなく心地よい筈なのに、何所か物悲しい気持ちになる。
すると目の前には、二本の真っ赤な彼岸花が現れ、空中を浮かんでいる。
『我々の造りし古き箱庭は、やがて限界を迎へ、人の生きれる世ではなくなる。
故に新たなる箱庭を設け、魂の移し替えを行う事とした。
選びたまえ、一方は古き箱庭、また一方は新しき箱庭、いづかたか一つを。』
「古き箱にと言うのは地球ですよね、人が生きれなくなるってどういうことですか?」
『木々は枯れ、大地は干上がり、水を求むる戦が起こるであろう。
箱庭は神々の制御下より離れ、自らその寿命を速め始めた、世の終わりは近い、もう止められぬ。』
「直ぐに住めなくなるんですか?」
『人にとっては未だ先の事なり。』
「そんな事急に選べと申されても・・・リン、お前はどうしたい・・・リン?」
今まで隣に居たはずの凛は、もう既にそこにはいなかった。
辺りをどれだけ探そうがもう見つける事は出来ない。
「妹は、リンは何故いなくなったのですか!」
『汝個人が定めることである、妹もまた個人で定めねばならぬ。
例へ兄妹であろうとも、己が生は己ばかりのもの、さぁ己が道を定むるなり。』
兄妹同士の別れの言葉を伝える事も出来ず、新たな人生への選択肢を突き付けられている。
それは残酷な様にも思える、だが筋は通っている。
全て自分で判断して叱るべきなのかも知れない。
それが双子の兄妹だとしても、自分の生き方に他人が入り込む余地などない。
それからどれ程の時間を費やしただろうか――恐らく深く考えすぎて、時間を忘れそうになった時、声が再び脳に響き渡る。
『妹は当に定めたるぞ。』
「もう・・・決めたのか・・・」
そして悩みに悩んだ結果、答えを導き出す――俺はこれ以外に答えを見い出せなかった。
「決めました。」
『いづかたなり』
「どちらの世界でも結構です。
ですがまた双子として、凛の兄妹として生を受けたいです。」
『妹と、再び双子として?』
「どれ程貧しくても、辛かろうが構いません。
どちらの世であろうと関係なく、妹が危ない目や辛い目に合っていないか兄貴として凛が心配でなりません。
どうかもう一度兄妹に・・・よろしくお願い申し上げます!」
まさに神に縋る思いで、心から願いを口にした。
人如きが神に対して、どれだけ不敬な申し入れかは重々承知の上で、跪き首垂れ願いを聞き入れて貰える様に慈悲を求めた。
『汝には悲痛で、壮絶なる人生になれど、それでも構わぬか?』
「はい、承知の上で覚悟を持って赴きます!!!」
『ならばよろしい・・・彼岸花を掴みたまえ。』
先程二本あった彼岸花が消え、黒い彼岸花が一本にだけ現れる。
しかしそんな事には構わず消えて無くならない内に、両手で掴み取る。
すると突然、閃光が視界一杯に広がり、やがて何も見えなくなる。
だが最後にこう聞こえた気がする。
『良い旅路を。』
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~5年後の未来~
「リンッ!表の通りまで先導しろ!」
「了解!しっかりついて来なさいよ!」
凛はこの街の土地勘を活かし、真っ直ぐ表通りを目指し走り出した。
一方で俺はと言うと、今しがた助けた少女を両腕で抱きかかえつつ、凛の後を追いかけ始めた最中である。
ここは貧民街――二つのヤクザ組織が、しのぎを削る地域である。
やり様によっては、俺達が所属しているヤクザ組織に協力を仰ぐ事も出来るかも知れない、だが元を辿れば、俺達が先に手を出してしまった側だ。
仲間のヤクザに迷惑を掛けたくないと言うのもあるが、見るからにこの少女は、貧民街の住民ではないのは明らか。
ならば貧民街の外まで送り届け、警邏騎士団に保護を頼む方が理想的だと考えての行動だ。
「待て、クソガキ!」
「うるせぇー!何時までも人攫い何かしてんじゃねぇ馬鹿野郎!
家帰って、ケツにバナナ突っこんで遊んでな!!!」
「くたばれ乞食猿!大人しく森に帰って静かに暮らしなよ!」
後方から敵対組織である黒猿の者が追いかけて来る、何故なら奴等にとって彼女は商品と同義。
それが俺達に不意打ちされ、逆に少女を掻っ攫らわれてしまったのだから、この反応は当然と言えば当然。
恐らく奴は何処までも追い掛けてくる腹積もりであろう。
「・・・あ、あの・・・」
その小さな呼びかけは、抱きかかえた少女から発せられているのは明白であった。
俺は口を開かず『ん?』と喉を鳴らし、返事をする。
「どこに・・・連れてかれるの?」
「俺達は表通りに向かってる――つまりは君も見知った明るい通りまで連れてってあげるよ。
大丈夫、アイツに捕まらない様に、無事送り届けるから。」
「お姉ちゃん達にまかせんしゃい!
でもこれに懲りたら、貧民街になんか来ちゃダメだよ!」
「「ここは臭くて、汚くて、危険がいっぱいなんだから!」」
少女はその真っ赤に染まった深紅の瞳で、俺の顔を凝視した後、今度は前を走る凛の横顔を見ている。
それを何度か繰り返し、気が付いた事に対し言葉を発した。
「同じ顔・・・双子なの?」
「君、余裕あるね~肝が据わってるよ――そう、俺が兄貴のリク・ハナオカ」
「アタシは妹のリン・ハナオカ――貴女は何て呼べばいい?」
「えっと、ヒルダ・フレイグレンです、年は5歳です。」
「「よろしく、ヒルダちゃん。」」
だがふと、どこか聞き覚えがある気がした――それは、俺だけではない凛も同様であるようだ。
つい最近、フレイグレンの名をどこかで聞いた気がする。
だがその一方で前を走る凛は、ヒルダと言う名前に対し、何か覚えを感じていた。
だが状況も状況であり、悠長に考え込むより、足を目一杯動かし逃げる事に専念するべきであろう。
それにしてもこの出来事は、以前読んだ本に書かれてあった、『転生者は役目を持って生まれて来る』と言う一説が当て嵌るのかも知れない。
だがこの時の俺は、まだそれを理解していない、ここでの出会いが切っ掛けで、俺達の運命が動き出す事になる。
俺達の行きつく果ては、骸の山。
骸の天辺には、赤と黒を基調とした旅団旗が掲げられている、丁寧に刺繍された髑髏と彼岸花の模様が、風になびいて見え隠れしている。
そして旅団旗を掲げる少女の元には、後に仲間となる者達が続々と集まって行く。
少女を中心とする集団の中には、俺と凛もいるのだ。
『良い旅路を』とは天照様も、意気な御言葉を仰ったと考えずにはいられない。
この出会いは良くも悪くも、俺達の人生に色彩を与えてくれる切っ掛けとなる。
だがそれはまだまだ先の話―――
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