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眠りから覚めた元英雄はスローライフを楽しみたい!  作者: ペンギン
500年後の世界でスローライフ
3/25

魔導塔




『きっと目を覚ますだろう貴方が、この手記を読んでくれるだろうと思って書くわ。そしてごめんなさい。この手記を読んでいるという事は、私たちは生涯をかけてもあなたの呪いを解くことができなかったという事。つまり、あなたがこの手記を読んでいるころには、私たちはいないという事。そのことを踏まえて、私の話を聞いてちょうだい』


 そのような書き出しから始まり、シルフィードが眠りについてからの出来事が淡々と綴られる。公にはシルフィード・ヘイスティングスが呪いによって死亡したという事になっていること。中身の入っていない棺を用意し、王都の歴史ある教会で大規模な葬式が執り行われたこと。シルフィードが生きていることを知っているのは、育ての親でありヘイスティングスの姓をもらったシスターと、龍災を共に戦ったパーティメンバー、国王夫妻含む国の上層部数名、秘薬をつくった錬金術師たちのみであること。その全員が誓約の魔道具によってこのことを外部に漏らさないことを誓っており、つまり500年後の今にはそのことを知る者は誰一人いないだろうことが、書かれている。

 あまり感傷的にならないように、あえて最初に事実のみを述べているのが分かる文章だった。実際覚悟していたこととはいえ、この世界がもはや自分の知る場所ではなく、大切にしている人たちが皆いなくなっているという事実は、シルフィードの心に重くのしかかっていた。それでもあえて励ましの言葉を書かず事実のみを書き連ねた文章を読み進めるうちに、心は荒れ狂いながらも思考はだんだんとクリアになっていき、これからのことを考えようという気になってくる。心情的には前を向いて生きていこうなどと思えなくても、とりあえず今日は何をして過ごそうか、くらいの心持になれるくらいには、シルフィードは冷静さを取り戻していた。それこそがミューゼリアの意図することであり、思いやりであるという事に気が付くくらいには、彼女のことを理解していたというのもある。

 文章はシルフィードが目覚めたこの場所の説明へと移行していた。ここは王都からはかなり離れた、人里も近くにはない山間の谷であるらしい。そしてこの建物はシルフィードが500年間眠りにつくことを想定し設計された、「魔導塔」なるものであるらしい。


『貴方が暮らすことのみを想定してつくらせたの。きっと気に入ると思うわ。

でも私がただ話しているだけというのもつまらないわね。どうせ貴方のことだから、起き掛けに着替えることもせず手記を読みふけっているんでしょうし。身体を動かすのにちょうどいいから、今から私が言うとおりに移動してちょうだい。その中で説明していくとしましょう」


 まるでシルフィードの様子を見ているかのような内容に、微妙に薄ら寒くなりながら、ベッドわきに置いてあった室内履きをはいて、寝室を出る。

 



 移動しながら手記に書かれた説明を読んでいくと、魔導塔は地上3階、地下2階の作りになっていることがわかった。一階はこぢんまりとしたリビングダイニングとキッチン、トイレと浴室があり、日中は多くをここで過ごすことになるだろう。地下1階にはなんと図書室があり、1000冊を超える多種多様な文献がそろえられている。特に多いのは魔術書で、新しいものから古いものまでそこら辺の貴族でも購入するのが容易ではなさそうな貴重な本が多数収められていた。いくら本好きとはいえこれにはシルフィードも唖然としてしまうが、手記に書かれている『これで貴方もいよいよ私たちに足を向けて寝れないわね。といってももうこの世にはいないんだけど』という冗談が冗談になっていない言葉には、何とも複雑な思いになった。

 

 度肝を抜いた地下1階から地下2階へと降りて、今度は何が出てくるのだろうかと、内心ビクビクしていると、意外にも地下2階は普通の倉庫のようだった。シルフィードも見たことがあるような日常の生活用品から、正直見た目からは何に使うのかサッパリな道具まで揃っており、更には小麦や豆や長期保存用のパン、砂糖や塩コショウといった香辛料や調味料、野菜や果物の缶詰、冷凍できる魔道具の棚には魔物や動物の肉、それ以外にもどこぞの大商人かと言わんばかりの食料が貯蔵されている。いよいよ何かがおかしいと感じ、手記に目を通すと、

『地下2階は部屋全体が強力な防腐・防汚処理が施されているの。王城にある倉庫と同じものを手配させたから、そこに置いてあるものの腐敗スピードは実際の1000分の1以下になっているはずよ。食材の量もたっぷりあるから、全部使えば十年くらいは持つんじゃないかしら。

 ついでに言うと、塔自体にも倉庫ほどではないにしろ防腐・防汚処理が施されているから。500年経っても家具が傷まないのは、そういうことよ』とのことだ。あまりのことに絶句を通り越して大量の冷や汗が流れ出る。シルフィードのことを心配して色々整えてくれたことには感謝が尽きないが、さすがにやりすぎではなかろうか。いったいどれだけの手間とお金がかかったのだろうかと考えていると、

『私たちの愛情の重さに驚き慄いていることでしょうね。私たちをおいて一人死のうとした罰じゃないかしら。いい加減貴方は自分がどれほど周りに愛され、思われているのか自覚すべきだと思うわ』

という言葉が目に留まり、自分はやはり一生ミューゼリアには敵わないのだという事を悟るのだった。

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