表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Day Reload  作者: 太陽と月
9/19

第8話『今日を乗り切る』

 50が残していた日記帳の記録には特にその時の僕が感じていた不安や恐怖など、心情的な面を伺える内容が多くみられた。その時感じていたことを推察するのは、その時の僕ではないから同じ「僕」であっても100%理解してあげることはできないかもしれない。だからあくまでも何となく。50の僕が持っていたであろうその諦めの気持ちに僕なりの解釈を重ねてみると…


「いやいや、だからって死ぬことはないでしょ。」


 確かに毎日がつまらない。ずっと同じ日を繰り返している感覚がするのは、なにも日記帳にいる僕だけの感覚ではない。その根本的な部分は共有しているといっていいだろう。だがそれ以外の細かい感情やそれに基づく思考傾向は異なると思う。どうしてそこまで思い詰めていたのか分からないが、僕は僕なりのやり方で今日から存在をなくそうと思う。


「頑張って起きてみるか。」


 単純に考えれば、今日から脱却するためには23:59から次に進めばいいだけの事だ。何も複雑に存在がどうのこうの考える必要はない。今日は会社を休んでいるのでいつものように疲れてしまうこともなければ、インドア派な為、外出して遊び疲れるといったこともない。幼い頃から早い時間に寝る生活リズムを続けていたが、それも大学で友人と夜遅くまで遊ぶようになってから起き続けることに抵抗も無くなった。そこまで考えれば何も問題はないように思えた。なぜ今までの僕がこんな単純なことを実行してこなかったのか、そっちの方が疑問に思うほどだ。


 ただ問題なのが一つ。どのようにして日付をまたぐことができたことを日記帳に記録するのかという点だ。日記帳を読んでみても、ノートの実験自体は47~51の僕がやっていることで他の僕はそれ以上根を広げようとはしていないように伺える。せめて机の上にあるものが次に繋がる…、とかなら例えばアナログ時計に仕掛けを付けて日付を跨いだ時に電池が抜けて秒針が翌日に進んだことを残す…とか、強度が心配だがいっそのこと自分が机の上に載っていれば…とか、別の解決口が見つけれそうなところなのにと日記帳に関係ないところに考えが及ぶ。


 今思いつける限りの案では、いくらでも偽装できそうな気がするがこれしか思い浮かばないのでは仕方ない。まぁ思いついた案もとても安直なものだ。日記帳から察するに僕は123番目らしい。この連番になった数字の羅列からカウントダウンとカウントアップで記録を残そうと考えついた、それだけに過ぎない。


 今はまだお昼前だ。この実験をするにしても時間を随分と持て余してしまっている。とりあえず間違って寝過ごしてしまわないためにコーヒーを飲んでおこうとキッチンに向かった。仕事に対して微塵も意欲が湧かない僕は眠気に抗うためにコーヒーに頼った。もともと好きでも嫌いでもなく、普通に飲める程度で、飲むときは”コーヒーは苦いものだ”と言う思い込みと言うか、カッコつけたいプライドから砂糖もミルクも入れずに嗜んでいた。が、次第にそれは舌を楽しませるために飲むのではなく、眠気覚ましとして飲むようになり、水分補給さえもコーヒーを用いるほどにまで依存するようになった。最初の方は少し飲むだけで一日起きていられたが、今ではコーヒーを飲まないと寝てしまうほどにまで体がカフェインではなく、コーヒーそのものを求めるようになっている。そんな状態だからこそ、冷蔵庫の中にも家で飲むように買っておいた市販で安値の量産型ペットボトル入りコーヒーがストックされている。


 コーヒーを一口飲む。もはや美味しいという感覚は無く、何か味のついた水分を摂取しているだけの粗末で寂しい感想しか出てこない。喉が乾いたら同じコーヒーを飲み、食事は前日の夜にタイマーをセットして炊いたご飯にふりかけをかけて即席みそ汁を用意しそれらだけで簡易的に済ませる。食事も同様に美味しいとは微塵も感じない。お腹が空かないのであれば食べなくても良いが、残念ながら空腹に耐えられないので適当にお腹を満たす。美味しいものを食べたいという意欲も湧かない。


 ご飯を食べてから、妙に静かだったスマホを確認するとサイレントにしてしまっていたため通知にずっと気付けないでいたようだった。適当に風邪をひいてしまって寝込んでいたと嘘をつき今日は休む旨を伝える。しっかり休んで明日これそうなら来るように励まされ、特に休むことに対して突っ込まれることはなかった。こういう一面を見ても僕が行っている会社は決してきつい職場ではないのが伺える。人に関しても飲み会さえなければ皆いい人たちだ。それは間違いない。ただ自分にやる気がないだけ。仕事に意味を見出せないだけ。それだけだ。


 ずる休みしてしまっているとはいえ、一番落ち着くことのできる場所でさえも、ふとしたことでも消極的になってしまう。結局そのままネガティブ思考から立ち直れず、どうやって時間を過ごしていたか自覚も記憶もないまま気づいたら日が暮れていた。


 そういえば今までの日記の内容は何があったかだけではなく、どう感じたかやどう考えたのか、過程でさえも日記に書き残していたことを思い出した。僕は慌てて…、というほどでもなくとりあえずそれに倣って今日のことを日記に書き記し始めた。まだ日が暮れたばかりだ。日付が変わる時間まで大体6~7時間もある。後やることも日記を書くだけしか思いつかない。


「不思議なことに今までのを読み返すと50の検証をしているのが全然見当たらない。今の僕が123だから結構な僕がいたはずなのに一人も試していないのはおかしいのではないだろうか?まぁ試して欲しいって書いてた内容が察するところがあるから難しいのもわかるけど、考え方を少し変えてみれば済むはずだったのに…。とにかく日付を跨ぐ瞬間を僕が迎えたことが分かるように書き残してみるよ。見返したときは信じてもらうしかないけれど、秒刻みでカウントダウンを残すようにする。0:00にピッタリ0の数字で、そこからは1,2,3…って数字を増やすようにしたらその時間に起きてたことが何となく残せると思う。明日に進むことができるのも分かるし…って、明日に進んだらもうこの日記帳もいらなくなるのか。いらなくなるのかな?


 そろそろ時間だからカウントダウンします。ここからは数字だけ書くようにするので。


9 8 7 6 5 4 3 2 1 ・」


 「今」という瞬間はその言葉を見たり、聞いたり、声に出している時点で既に過去になってしまう。自分がどれだけ抗ったとしても時の流れに対しては為す術がない。でも僕は確かにこの「今」と言う瞬間の中に居続ける感覚があった。世界のすべてがとても遅く感じて、自分の体もそれに準じていた。0時00分にピッタリのタイミングで0を書き残せるように書いていた23時59分59秒からの一秒間が何分も、何時間も、何日も、何カ月も経っているかのように、長く、長く感じた。それでいてそんな何分も、何時間も、何日も、何カ月もの長い時間がたったの一秒間に圧縮されてしまっている感覚もあった。その一秒間に僕はいろんな僕を見た。どんな僕もほとんど同じ動きをして一日を過ごしていた。大きな変化がなく、あったとしても取るに足りないことでしかない。区別がつけられないのだ。だからなのだろうか。そんな長い時間がたったの一秒間に圧縮されてしまっているのに、欠片も勿体ないと思えなかった。喪失感もなかった。だからどうしたのだと、自分の事なのに関心が湧かなかった。僕はこれを知っている。僕も今その最中に在る。これは…、この数多の僕が生きた日々は、虚無だ。


 123の僕は今日を蔑ろにした。今日はまだ今日に成れない。

もしこの作品が「面白い!」「応援したい!」と感じられた方はぜひ

“評価” “感想” “ブクマ” などしていただけますと幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ