第6話『今日をどう過ごす?』
「なんとなく状況を理解してみたくて最初のページから読み返してみたが、やっぱりおかしいのは34からだろう。33まではまぁ普通だ。特に変なところはない。42がページ数を振ってくれたおかげでどの時の僕か区別はしやすいがこの現象や日記帳の法則性がわかっていない。僕は特に日記帳についてまとめてみたい。現時点でわかっているのは
1. 同じ日を何度も繰り返しているこの現象をDay Reloadと呼ぶようにしている
2. この日記帳だけが次の僕に繋がっている。
3. 日記帳は200ページしかない
ということぐらい。僕はこの先を心配している。そもそもこの日記帳は記録するには小さすぎる。だから僕はノートを10冊買ってきた。より多くのことを記録できるようにするためだ。
使用するにあたってルールを決めておきたい。とりあえずこの日記帳を基準にしたいから僕は47とどこでも記録しておく。これで少なくとも200の僕までは判断できるはずだ。まずは2が違うことを証明したいので、ノートも次の僕に残されたのか区別するために今日の日記の内容をそのままノートの初めのページに書く。次の僕はノートも使えているのかどうか確認してほしい。47の僕より」
日記帳はここで途切れていたのでノートを開いてみた。わざわざノートの表紙にナンバリングされているので僕は素直に一冊目と題されたノートの初めのページを確認した。確かに日記帳と同じことが書かれている。僕は続きとなる文を探してそこからまた読み進めた。
「ここからはノートに追記しているところだ。だからこの前の文までノートに残っているとしたら47の僕の検証は成功している。できていないときのことを考えても仕方がないのでできている前提で他に検証したいことを次に挙げる。
A. 日記帳の1ページ内に2日以上の僕の記録を残すことができるか。できた場合制限は何人までか。(日記帳の節約をしたい)
B. 200より後の僕を用意できるか。試しにこのノートの下に重ねたノートに201からページ番号を振ってみた(日記帳の上限を増やしたい)
C. 逆に日記帳、あるいはノートに残せれる情報の1日の上限はいくらか。(出来得る限り情報を持ち越したい)
D. ノート以外のもので持ち越せるものがあるか確認したい。
43の僕も残していたが、訳も分からず次の僕に託すのは本当に怖い。いったい寝て起きた後の47の僕はどこにいってしまうのだろう。 47の僕より」
47の記録は日記帳にもノートにも1ページをめいっぱい使用して綴られていた。アイデアと一緒に心境も残している。「訳も分からず」というフレーズに恐怖を覚える。その…、つまりだ。ここまで読み進めたものが100%真実だったとしよう。そしたらなんだ?今、この記録を読んでいる僕は123の僕ということか?おかしいと思わないのか?日記帳の記録から見ると33ページ目から同じ日を繰り返しているということだろう?そんなことあるわけない。信じられないというか信じたくない。ここまでの記録を読んで恐怖感に襲われた僕はノートを急いで閉じた。
ふと時計を確認したら07:40。ぎりぎり会社には間に合う時間だ。だから僕はノートの記録を無視することにした。こんな訳の分からないことに時間を費やすよりも遅刻しないことのほうが優先だ。そんな焦りから僕は勢い良く立ち上がった。だが勢いのあまり机にぶつかり紙切れやノートが散乱してしまった。別に打撲というほどでも、痣が残るほどでもない威力だったが、思わず「痛い」と声にこぼれて手を当ててしまう。こういう何でもない痛みほど、気になって仕方がない。でもこんな些細なことに気を取られているわけにはいかないのだ。僕は立ち上がった勢いの波に乗り戻るように、慌てて準備して家を出た。
そんな折、視界の端には捉えていたが、結局気に留められなかった紙切れが二枚、机の下に潜り込むように舞い落ちた。
「怖いと思って投げだしたらダメだ。きっと僕は助からないが次の僕なら進んでくれると信じている。でもこれで終わってくれた方が幸せなのかもしれない。94の僕より」
「冷静になるのが難しいのはわかるがとりあえず会社に行ってる場合じゃない。もしかしたらこの記録を残す前までに何回もDay Reloadしていたのかもしれないが、それを知る術がない。持ち越せるのは日記帳とノートだけ。記憶を持ち越すことができるのが一番いい。何か思いついたら試してくれ。41と65の僕より」
~会社にて
この日の業務も相変わらずつまらなかった。見積の相談が来て、詳細を決めるために客先へ開示してもいい範囲で仕様書を送る。予め特にここは決めておいてほしいところだけ要点を絞ってメールに書き記す。客先とのやり取りは基本的にメールで時々電話。直接会うことは一切なかった。メールで送るということは既にテンプレートを用意しているわけであって、その工程自体に3分もかからない。メール一つ送るのも今の部署に配属されて最初の3カ月はOn Job Trainingとして先輩に確認してもらってから送っていたが、もうその必要もなくなっている。決められたことを短い時間で決められた通りに行う。まるで自分がロボットにでもなっているようだった。できなかったときは叱られ、できたときは何もない。できて当たり前だからだ。
メールを返信できたことを確認すると今度はそれの書類を準備する。最近はほとんどの案件が流れているので無駄に終わるかもしれないが、仮に今返信した案件が商談へと進んだ時のことを想定して準備する。その書類作成にも時間がかかるわけではなく、だいたい30分もあれば済んでしまう。何もしていないよりはましだし、何か「仕事していますアピール」がないと面倒な仕事を任される。何のために仕事をしているのか、自分がオフィスにいる価値はあるのか、そんなことを考えているとお昼の時間になっていた。
昼休みの時間もそんなに好きではない。都会のど真ん中にオフィスがあるため、外食しようと思えばいくらでも選択肢がある。ただどこも高い。平気で1000円を超えようとする。そこまで払っておいしいのかと聞かれると普通の味でしかないので、どうせ普通の味ならと自分で用意した弁当でお腹を満たす。ところがそれを快く思わない上司もいるわけで…。その人曰く、僕にはコミュニケーション能力が無いらしい。飲み会にも参加しないし、ご飯も一緒に食べに行かずに、どうやって同僚と仲良くなれるのかということらしい。はいはい、そうですか、おめでとうございます。僕はお酒飲めないですし、お金使ってまでこんな年の離れた人たちからお説教食らいたくありません。何が新人歓迎会ですか?ひたすらお酌して、その度に説教されて、根性がどうのこうの仕事に対する意欲がどうのこうの…。このままだとご飯を食べることさえも嫌いになりそうだ。
午後になるとまた別の客先から連絡が来る。それをまた決められた流れで対応して時間が過ぎていく。気づけば業務終了時間を迎えており、水曜日のノー残業デーにあやかって身支度を済ませて駅まで歩く。この調子なら19:00前には帰れそうだと期待しつつ、帰宅ラッシュの満員電車にうんざりしながらスマホをいじる。大した業務をこなしたわけでもなく、体を酷使したわけでもないのにとてつもなく疲れている。そんな疲れた精神にとどめを刺すかのようにノートが散乱した部屋が僕を出迎える。一人暮らしなら自由になれると思っていたのに、実際にはただ虚しいだけだった。何だかすべてが嫌になる。何をしてもつまらない。ただ時間が過ぎていくだけで何も変わりはしない。
「もう、どうでもいいよ…。」
この部屋には僕しかいない。つぶやいた言葉は僕にしか届かない。諦めの意志も僕にしかわからない。いつもの僕だったらノートが散乱しているのを見つけたらすぐに片付けするはずだった。でも今日は疲れた。なんだが元気や気力を使ったというよりも、魂をすり減らしている気分だった。僕は零れそうになった涙を堪えて、シャワーも浴びないまま倒れこむように布団に横たわって眠りについた。
今日は今日に成れなかった。
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