第4話『今日は今日なのか?』
♪♪♪♪♪…
今日もまた目覚ましの音で目を覚ます。
「はぁ…、もう朝なのか…。」
目覚ましの音、というより音楽は気分で変えている。最近はちょっと気に入っている歌を目覚ましに設定していた。でも気に入った曲でも朝が嫌いな僕はちょっと不機嫌になりながら重たい体を起こしてスマホに手を伸ばす。
「今日もログインボーナスを回収しなくちゃ。」
もはややりたいからやっているのではなく、どことなく義務感に近い気持ちを覚えながら、ゲームアプリを次々に起動していく。僕はもう飽きているが、友人はまだ熱中しているようだった。たまにだが休日に連絡が来る。協力プレイでクリアできるそのシステムは友人の輪を広げるのに大変便利だったが、今でも連絡を取り合うのはほんの数人だ。お互いに忙しくなり、遠慮し、物理的にも精神的にも距離ができてしまった。そんな寂しさと義務感を感じながらログインボーナスの回収が終わると、ふと机の上の日記帳に気づいた。そういえば最近日記をつけていなかった。ちょっと気が向いたから開こうとしたが、気づけばこんな時間。
「まぁ、帰ってからでも見れるし、いっか。」
会社に行くことを優先した僕はお昼のお弁当を用意し、部屋を出た。今日もいつもと変わらないつまらない仕事を終えては、サラリーマンたちに押し込まれながら電車で帰宅する。今日は19:00少し前に帰ってくることができた。汗臭いおじさんたちのにおいが自分に染み込む前にシャワーを浴びる。小さいころからすぐのぼせてしまい、湯船につかると睡眠欲と立ちくらみで生命の危機を感じるのでめったなことが無ければシャワーだけで済ませている。少しぬるめの温度でシャワーを浴びてちょっと眠気がしゃっきりした。
部屋に戻ると、ふと日記が視界に入り、そういえば今朝日記を見ようとしていたことを思い出す。スマホに伸ばそうとしていた手を日記帳へ向かわせ、適当にページをめくっていった。
「一番最後はなんて書いていたんだろう。」
自分がいつ辞めてしまっていたのか気になった僕は一番新しいページを開いた。
「今日は小さな蜘蛛が部屋に紛れ込んでしまった。ちょっとだけ気分が向いたからこの子を外に逃がしてみた。幼いころに蜘蛛の巣に顔面から突っ込んでしまって以来、蜘蛛は嫌いだった僕だが、今日は違ったみたいだった。いや、この子にとっては外の世界のほうが危険だったのかもしれない。半分は残酷なことをしたのかもしれないと思いつつも、半分はきっといいことをしたと思った自分が居た。ずいぶん勝手ではあるが、助けてあげたと思った僕の気持ちを正直に書き残してみた。まぁ、蜘蛛は益虫だから結果的には良いことをしたんじゃないかな。」
ちょっと自分にがっかりした。人間のエゴを蜘蛛にぶつけるとか、こいつ相当寂しい奴だなって、自分の事なのにそう思った。ふと日付を見てみると今日を記していた。
「えっ?」
おかしい。流石におかしい。最近は日記をつけていなかったはずだった。もちろん今日なんて見ただけで書いてすらいない。昨日書いていたとしたら、一日ぐらいのズレはうっかりあるかもしれないが、その前の日付は3か月も前のものだった。これは誰が書いたのか。今日なんて蜘蛛の一匹すら見ていないのに。無意識に書くにしてはやたらカッコつけて書いているから、無理があるだろう。
もう一度日記を確認してみる。内容ではなく筆跡だ。僕は字が結構下手で親からは嫌味で芸術的だねと言われたぐらいだった。漢字ドリルなんかに薄くガイドが引かれているが、あれを意識してなぞったことは小学校低学年ぐらいまでだった。習字もお手本をもらっても、なぞるのが難しいし、そもそもお手本を下敷きにして書いてはダメだと言われていたのでズルができないのに対して逆ギレし、いつも適当に書いていた。そんな誰よりも自分自身の書き方を理解している僕が見るから間違いない。確かにこれは僕が書いたものだ。急に怖くなった。急いでテレビをつけてみる。テレビ曰く今日の日付と日記の日付は同じだった。スマホのカレンダーを見ても、ネットで「今日」と検索しても変わらない。普通のノートなはずなのに、気分でつけていた日記なはずなのに、僕の知らない僕がそこにいた。一瞬この日記帳を捨てようとも思った。だがサイズが小さい代わりに分厚いから余白のページは半分以上も残っている。もったいないと思う気持ちがなぜか恐怖心より勝ってしまった僕は今日の日付に二重線を引いて、僕じゃない僕がつけたその日の日記にタイトルを付けた。
「これは僕じゃない」
代わりに次のページにこのことを記した。なぜかはわからないが、まったく根拠はなかったが、もしかしたらと思った。そう思ったが最後、どうしても残したくなった。
日記に急いで記録すると少しだけ気分が落ち着いた。今日は水曜日だから火曜日の深夜に放送されたアニメを録画している。それを見て気分を変えようと思った。アニメを見てそのままゲームをして明日の準備をした。時間を確認したら23:40だった。「寝て起きたら明日」という感覚があるのだが、それでもその日の間に寝付いていたかった。焦りや不安より眠気が勝った。どこか楽観視していた。そのまま床に就いた僕はいつの間にか眠っていた。
もしこの作品が「面白い!」「応援したい!」と感じられた方はぜひ
“評価” “感想” “ブクマ” などしていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。