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少年  牙城 狼(ガジョウ ロウ)

 僕の父方の家系には稀に獣憑ケモノツキと呼ばれるモノが産まれる。


 僕はきっとソレなのだろう。


 自覚したのは六歳の時に幼馴染のメーちゃんの飼っていた犬のラッキーが死んでしまって泣いている彼女を慰めようとした時だった。


 泣き止んでほしくて僕はラッキーの真似をしてメーちゃんの頬を舐めたんだ。


「メーちゃん、もう泣かないで。ラッキーの代わりにはなれないけど僕が一緒にいるから。ずっと一緒にいるから!」


 口ではそんな事を言いながらも考えていたのは別の事だった。



 アァ、ナンテ美味シソウ。

 柔ラカナ肉ニ噛ミ付イテ、血ノ一滴マデ残サナイ様ニ食ベテシマイタイ。



 それが僕が、ソレとして目覚めた瞬間だった。



 最初は幼馴染の少女に対して食欲を覚える自分のその思考に恐怖を感じたんだ。


 でも夏休みに父方の祖父の田舎に遊びに行った時に知った。

 ご先祖さまが仕掛けた罠に間違って捕らえられた狼が女性の姿に変わり、その美しさにひと目で恋に落ち、怪我を手当てしてそのまま妻として娶ったとか言うどっかにありそうな異類婚の話。


 それから稀に先祖返りなのか狼の性質を持った獣憑ケモノツキが産まれてくるという。

 獣憑ケモノツキには特徴があるとお祖父ちゃんは僕に語った。


 それは《愛=食欲》


 愛した相手から愛されれば愛されるほど食べたくなる性質。


 自分が好意を持っている相手がこちらに好意持った場合、相手から特殊な匂いが発生してそれが食欲を刺激するらしい。


 つまり両想いになった相手と想いあい、愛が深まれば深まるほど匂いは強くなり食欲も増す。


 お祖父ちゃんの叔父さんが獣憑ケモノツキで若くして自殺したらしい。

 衝動に負けて奥さんを噛み殺してから後悔しての首吊りだったけど、当時はそれを隠して、奥さんが獣に殺されたショックでの後追い自殺って事で処理されたみたい。


 僕はその話を聞いて正直ホッとしたんだ。

 だって僕がメーちゃんを美味しそうって感じるのは獣憑ケモノツキって先祖返りの性質なだけで、僕の頭がおかしいわけじゃないってわかったから。


 それに、僕がメーちゃんを食べたいって思うって事はメーちゃんも僕の事を好きって証明だったから、それがとても嬉しかったんだ。


 メーちゃんの事は食欲の件を抜いても大好きだった。

 狼の性質のせいで嗅覚も聴覚も鋭い僕はメーちゃんに降りかかるトラブルを未然に防いだし、体調の変化にも敏感になっていた。

 そのせいでなのかメーちゃんのお母さん呼ばわりされる事もあったけど。



 中学校の卒業式の後だった。

 告白されているメーちゃんを見た。


 僕の中に湧き上がったのは独占欲に近いドス黒い感情。


 メーちゃんは僕のモノなのに、他の男の匂いが付くなんて許せない。


 メーちゃんは本当にキレイになった。

 成長するにつれてどんどん美味しそうな匂いを放つようになっていた。

 僕の精神はその柔らかな肌に噛み付いてその肉と血を味わいたいと思う衝動と、このままずっと一緒に生きていきたいと願う両極端な想いが、その本能と理性の天秤を奇跡的に釣り合わせていたのに、そのドス黒い感情は衝動と混じり合い、理性は簡単に木っ端微塵に消え去った。


 もう躊躇うことなく、僕は帰り道の公園で正直な気持ちを暴露した。

 翌日からメーちゃんが泊まりにくる事になっているのに、ちょうど明日は満月。

 狼の性質が一番強くなるタイミングなのに僕の理性は消え去っていたから、間違いなく僕はメーちゃんを喰い殺してしまう。

 だから僕はメーちゃんに選んでもらうために言ったんだ。

 メーちゃんを食べたくて仕方がない僕の獣憑ケモノツキとしての気持ちを。


 メーちゃんはそんな僕と一つになりたいと答えてくれた。

 そうなる事を夢にまで見たと言ってくれた。


 ああ、メーちゃん。

 君の血肉は僕が残さず全部食べてあげる。

 そうしたら僕の中で消化された君は僕の血肉に変わり、僕と君は間違いなく一つになれるんだよ。



 その後、メーちゃんは僕の唇に甘い感触を残して逃げていった。

 後方にカズ兄さんがいたのに気付いて恥ずかしくなったのかな?


 気持ちを受け入れてもらえた事で心に少し余裕が産まれたせいか、警察官であるカズ兄さんを見て、明日メーちゃんを食べた後に僕はどうなるのかって考えてみた。


 食べた後に衝動が消えて理性が戻ったら僕はどんな行動に出るだろう?


 お祖父ちゃんの叔父さんみたいに愛するメーちゃんを食べた事を後悔して自殺?

 もしくは警察に自首?

 メーちゃんを食べた事を隠蔽してそのまま日常に戻る?

 警察に捕まる事を恐れて逃亡?


 どうなるかは実際にその時にならないと自分ですらちょっと予想が出来ない。


 そんな事を考えながら頭を冷やしつつ、結構のんびりと寄り道をしながら家まで辿り着いた時に僕はその異変に気付いた。


 メーちゃんの血の匂い。


 それはカズ兄さんの家から出て何処かへと続いていた。

 匂いを追って僕は走る。


 そして僕は見つけてしまった。


 さっきようやくメーちゃんに想いを告げる事が出来た公園で、夕闇に包まれ始めたその場所で、変わり果てた姿で転がっている彼女の姿を。


 それはまるで鈍器で殴られたかのような凄まじい衝撃だった。


 気づけば僕はメーちゃんの身体を抱きしめながら喉が裂けそうなほどの叫び声を上げていた。

 瞳からは涙が止めどなく流れ落ちてメーちゃんを濡らしている。


 メーちゃんからいつも香っていた美味しそうな匂いはもうしない。


 するのはメーちゃんの身体に纏わりつくメーちゃんを殺した男の匂い。


 そしてその匂いの主は今僕の目の前にいる。


 絶対に赦さない。


「メーちゃんを殺した犯人を赦さない!絶対に殺してやるっ!!」


 思わず衝動の儘に犯人に殺害予告をするが、まさか匂いで犯行がバレているとは思わなかったのか、惚けた偽善者な反応を返してくる。


 惚けるならそうしておけばいい。


 僕はメーちゃんの仇を……いや、コイツが殺していなくてもメーちゃんは明日僕が喰い殺していたんだから仇討ちとはちょっと違うか……。


 これはメーちゃんを食べられなかった僕の、獲物を横取りされた狼の復讐だ!




 僕は狼の血のせいか月の満ち欠けに体調が左右される。

 月が満ちれば満ちるほど身体が軽くなり、満月の夜には恩恵が最大となり人外的な身体能力を発揮出来た。


 だから、僕は待った。

 次に月が満ちて万全な状態で復讐を遂げられる日が来るのを。




「カズ兄さん」

 僕が獲物ハンニンに声をかけるとヤツは振り返って僕の姿に戸惑ったような表情を浮かべていた。

 月が満ち、その光が獣憑ケモノツキの血に力を与えてくれている今、僕の心は昂ぶりを通り越して凪いでいた。

 その姿はきっと、幼馴染な恋人を殺されて、一ヶ月経っても未だ犯人が捕まっていないって状況に置かれた男とは思えないほど穏やかなモノに見えているだろう。


「ロウくん……?どうしたんだい?……もしかして、メイちゃんの件の進捗を聞きに来たのかい?ごめんね、偉そうな事言ったのに私は捜査に加われないし、どうなっているのか知る権限も立場も無いから捜査状況は全くわからないんだ」


 何かごちゃごちゃと言っているが僕は獲物の戯言を聞き流した。


 「メーちゃんの件で話したい事があります。何処か静かなところで二人で話せませんか?」




 僕達は二人でメーちゃんが捨てられていた公園に来ていた。

 立ち入り禁止は解除されているが、夜である事と死体遺棄現場である事が相まって人気は全くなく、道路を走る車の音が聞こえてくるくらいでとても静かだった。


「……話したい事って?」


 沈黙に耐えられなかったのか、獲物ハンニンの方から喋りだす。


「話したい事があると言うのは二人きりになるための方便です。何故そんな事をしたのかとかは聞く気はありません。ただ僕は宣言した事を実行する。ただそれだけです」


 そして僕は本能の命ずるままに全身を駆け巡る熱に身を委ねた。


 月光がもたらす熱が僕の身体を芯から変えていく。


 目の前で何が起きているのか理解出来ずにポカンとしている獲物ハンニンとの距離を一瞬で詰め、その勢いのままで押し倒し、耳元で囁く。


「犯人を赦さない。絶対に殺してやるって宣言したでしょ?」


「……なっ!?」


 そのまま無防備な獲物ハンニンの首筋に歯を立てその肉を咬み千切り、おびただしく傷口から吹き出す血を浴びない様に後方に跳んだ。


「……ぐ、……バ、バケモノ……!?」


 月光を浴びて銀色に煌めく毛並みとなった僕の姿に、恐怖を浮かべながら逃げようと藻掻もが獲物ハンニンから咬み千切った肉を吐き出しながら思わず言葉が漏れる。


「…………不味っ!」


 藻掻いてはいるが血を流し過ぎているせいで動きが鈍り、軽く痙攣し始めている獲物ハンニンに近寄りその顔を覗き込んだ。

 貧血で朦朧もうろうとしている瞳が僕の姿を捉えて恐怖を浮かべる。


「バケモノなんて失礼な。僕はただのオオカミ。そう、お前如きに獲物を横取りされた間抜けなオオカミさ」


 意識が遠くなっていってるのか焦点が合わなくなっていく瞳を見つめながら、僕は思いを吐き捨てる。


「お前を殺したってメーちゃんは戻ってこないけど、お前がのうのうと生きている事が許せないんでね。早く死んでくれないかな?」


 そのまま見下ろしていると、程なく獲物ハンニンの瞳から光が消え痙攣も止んでいる。


 それを見届けて、僕はそのままその場から走り去った。






「ねえねえ、聞いた?この間のJKが殺されて捨てられた公園でまた人が死んでたって話」

「あー、しかも後から死んでた方が現職の警察官だったからって話題になってたところで最初の女の子殺した犯人だったってわかって余計大騒ぎになってるアレね」

「そうそう、殺された娘の恋人が行方不明になってるみたいだけどその恋人が犯人殺したのかなぁ?」

「でも死因は犬科の獣に噛まれて失血死ってネットで見たけど?わざわざ犬けし掛けて殺させるなんてまどろっこしい事するくらいなら包丁かバットでも持って襲いかかった方が早いでしょ」

「まあ、確かに。でも気になったんだけど犬科の獣って何?犬だったらそう言うよね?」

「さあ?狼とか……狐とか?」

「狼が街中にいたらそれこそネットで大騒ぎになりそうだね。てか狐って犬科なの?なんか猫の親戚ってイメージがあったんだけど」

「……それ本気で言ってる?」



 そんな会話がぼんやりとベンチに座っていた僕の耳に入ってきた。


 僕は未だに生きている。

 僕の中にあるメーちゃんの欠片が僕を生かしている。


 メーちゃんが小さな骨壷に納まる前にこっそり盗っておいたソレを食べてから僕は獲物ハンニンに会いに行ったのだ。


 そのメーちゃんの欠片が僕に後を追って死ぬ事を赦してくれない。

 メーちゃんがいない世界が嫌になって何度か死のうと思ってはみたけれど、その度にメーちゃんが怒ってる顔が浮かんできて、結局思いとどまって今に至っている。


「ああ……メーちゃんがいない世界は寂しいよ……」


 もし、予定通りに衝動のままにメーちゃんを食べて一つになれていたのなら、こんなに寂しさを感じる事はなかったのだろうか?


 いや、それでもメーちゃんの笑顔が、声が、匂いが存在しない世界は寂しいと僕は思っていただろう。


 あの日、衝動のままにメーちゃんに想いを伝えなければ、きっといつも通りに一緒に家に帰っていて、メーちゃんが殺される事はなかっただろう。


 僕が……獣憑ケモノツキな僕の存在自体がきっと間違っていたんだ。


 ああ、神様。

 罪を犯した僕だけど、もしも生まれ変われるのなら今度は普通の人間として、メーちゃんを愛したい。


 そう願いながら、僕は静かに瞳を閉じてゆっくりと暗闇に意識を委ねた。




 せめて夢の世界では一緒にいられますように……。

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