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第二章 二十一話 再びの問いに、やはり僕は答えることが出来ない

 光が伸びたと思ったら、化け物が跡形もなく消し飛んだ。

 その事実に皆が皆唖然とする。

 何が起こったのか。

 それを見ることは出来たけど、理解することは出来なかった。

 一撃を放った北条君でさえも。


「リグっ。大丈夫か?」


 それでも呆けからの立ち直りが速かったのは北条君だった。

 自分が何を放ったのか判らないけど、取り敢えずリグを救えたので良しとしよう。

 そう割り切ることにしたらしい。

 ぺたんと腰を抜かしているリグへと駆け寄った。


「大丈夫か?」


 返事を得れなかったことに、彼女に何かあったのか、怪我でもしたか、と不安を覚えたらしい。

 北条君は問い直す。


「え、ええ おかげさまで」


 遅れてリグも我に返る。

 そんな彼女の姿を一度、二度、つま先から頭の天辺までじろりと見た北条君は、怪我がないことを改めて確認。

 ほっと安堵の息を吐いて、リグに手を差し伸べた。

 一瞬躊躇いながらも、彼女はその手を取って立ち上がる。

 二人とも異性の手を取るのは、小恥ずかしいことなのだろう。

 互いにはにかんでいた。


「……」


 その様子に再び僕の心にもやもやが生まれた。

 でも、今度はその正体を掴むことが出来た。

 ……まったくもって僕はどうにかしてる。

 友人の交友関係に嫉妬するなんて。


 自己嫌悪を覚えるも、もやもやは晴れることはない。

 用済みと化した、リグを救うために放たんとしていた岩石。

 そのままにしておく意味もないし、僕はそれに対し自壊するよう念じた。


 間をおかず、岩は砕ける。

 激しく、粗く。

 言うまでもない。

 これは八つ当たりだ。


「うおっ……うん?」


 突然の乱暴な魔法キャンセルに、レイチェルはびくりと体を振るわして驚きを露わにした。

 八つ当たりであれど、人を驚かせるつもりはなかった。

 自分の感情を上手くコントロール出来ない未熟な自分に、更なる嫌悪を抱いた。


 謝ろうと、レイチェルへと目を向ける。

 すると奇妙な彼女の姿が目に映った。

 しゃがみ込み、今僕が砕いた岩の破片に手に取ってる。

 半ば砂と化したそれを、さらさらと掲げては流し落とす。そんなことを何回か繰り返していた。


「どうしたの?」


「……風」


「風?」


 よくよく見ると、砂は決まって僅かに左に流れながら落ちてゆく。

 彼女の言う通り風のある証拠だ。

 洞窟という閉鎖空間で風があると言うことはつまり――


 ハクの読み通り、この場のどこかに、本当に外に通じているところがあるかもしれない。

 が、あたりを軽く見渡しても、どこにも出口となるような穴は確認することは出来ない。

 塞がれているのだろうか。


 レイチェルは指を唾液で濡らし、より正確に風向きを捉えようとする。

 目を瞑って、感覚を集中させ数瞬。

 彼女は迷いのない歩調で、近くのフェンスに向かい、よじ登り、客席の階段を登ってゆく。

 やがて歩みを止める。

 そして指を壁に近づけ、顔を近づけ、こくりと一度頷く。


「ここだ。ここからだ」


 岩盤そのものの壁を指し示してレイチェルは言う。

 遠目からではよく解らないが、どうやら僅かな隙間がそこに空いているようであった。


 レイチェルの言を受けて、ハクが件の壁へと向かう。

 軽やかに超えていったレイチェルとは正反対に、ハクはフェンスを乗り越えるのに、えっちらおっちら、大分難儀していた。

 どうやら彼女もあまり運動能力は高くないらしい。

 僕と同じで親近感を覚える。


 さて、やっとのことでレイチェルの下へたどり着いたハクは、そのままぴたと手のひらを件の壁に密着。

 そして一呼吸の間が開く。


「ああ、私たちはツイている」


 にやりとハクが笑った。


「幸いにもこの壁。こいつは魔断石で出来ているようではなさそうだ」


 どうやら魔力を通すか否かを試していたらしい。

 分析結果は、僕らにとても都合の良いもの。

 あの壁が魔断石でないならば、ただの石で出来ているならば。


「僕の出番、ってことだね」


 僕の魔法で出口を作れるということだ。

 皆の視線が僕に集まる。言うまでもなく、それらは期待に満ちた視線。

 黒板の前に立つ時に似た、かすかな緊張感を抱きつつ、やはり先のハクと同じく苦労しながらフェンスをよじ登った。


 いささか時間をかけて、二人の側へとたどり着いた僕は、問題の壁と至近の距離で対面する。

 下から上へと視線を滑らせて、あることに気付く。


 人の背丈より一回りほど高い位置。

 そこに鴨居のように仕切られた矩形の横石が置かれていたのだ。

 その下には、大小様々な岩が敷き詰められた、石垣様の壁。


 これは他の壁とは明らかに特徴を異としている。

 他の壁は巨大な岩盤をわっか状にくりぬいて、フィールドを囲う壁にしたのか、と思えるほどにまったくもってつなぎ目が存在しないのだ。

 それらから察するに、横石の下は本来空洞で、後から、細々とした岩を敷き詰めたのであろう。

 外へと繋がるゲートがそこにあったと思われる。


 落盤か、土砂崩れか、それとも人為的か、ともかくなんらかの理由で塞がっていたらしい。

 恐る恐る石垣様の壁に触れて、ハクに倣い僕も魔力を通してみる。

 問題なく通った。


 では次には、僕の魔力がどこまで通るか。

 これを確かめよう。

 この壁がどれほどの厚さを持っているかを知るために。

 さらに魔力を壁の奥へ奥へと浸透させる。


「どうだ?」


 レイチェルが僕に聞いてくる。

 どうだ、いけるか、と。

 ゆっくりと手を離して、僕は答える。


「……厚さはそこそこあるみたい。でも」


「でも?」


「エクレの外壁ほどじゃないよ」


 だから問題なくいけるよ。

 そう伝えるべく、僕は控えめに口の端をつり上げて見せた。

 そして意図は十分に彼女に伝わった。

 頼んだぞ、と言わんばかりにレイチェルが僕の肩を軽く叩いた。


「……エクレ?」


 僕らの会話を隣で聞いていたハクは、僅かに片眉を上げて怪訝な表情を作る。

 察するに、彼女はエクレが一人の生存者もなく全滅したことを知っているらしい。


「うん。大災害の後、レイチェルと訪れたエクレでちょっとね。面倒ごとに巻き込まれて」


「……ふーん」


 大雑把な僕の説明を理解できたのか、それとも出来なかったのか、その判別に困る反応を見せて、以降は何も聞いてこなかった。

 ただ、ぽんと僕の肩に手を乗せる。

 まだ彼女との魔力の同調は生きているから、きっと万一僕の魔力が足りなくなった場合に備えて、タンクとしての役を担おうというのだろう。


「じゃあ、やるよ」


 努めて大きな声を出して、全員にこれより魔法の行使を試みんと伝える。

 皆の期待の視線の圧がさらに強くなり、背中に突き刺さる。

 ちょっとだけ緊張する。

 それを和らげるために、一度深呼吸をして。

 僕は穴穿つイメージを、石垣よろしくの壁面に投影した。


 ◇◇◇


 魔力の浸透も、魔法の発現も、思ったよりもずっとずっと速かった。

 エクレほどではないとはいえ、それなりに長丁場になると踏んでいた僕が、拍子抜けとなってしまうくらいだった。


 かくして、あっさりと僕らの目の前に一つの大穴が現れた。

 その奥に僅かに光がこぼれるひとつの大穴だ。

 開いたその瞬間から、空気が穴へと吸い込まれ、僕らの髪を揺らした。


 今度こそ。


 きっと全員がその願いを胸に抱いたはずだ。

 例によって罠避けとして呼んだハクの骸骨たちの後ろを、僕たちは歩いた。

 遠くに見えていた光が、徐々に徐々に大きくなり、そして。


 一層強い風が僕らの顔を撫でた。

 青草の瑞々しい香りのするさわやかな風。

 世界をほんのりオレンジに染める、西に沈み始めた陽。


 今度は間違いない。

 僕らは外に出ることが出来た。


「……陽の光が目に染みるな」


「そうだね」


 北条君の呟きに心から同意する。

 眩しくて、目を細めざるを得ない。

 でも、この眩しさは嫌なものではない。

 むしろ心地の良い刺激であった。


 ずっと薄暗い洞窟の中に居たのだ。

 人間やはり暗闇を嫌うものらしい。

 さっきまで抱いていた、漠然とした不安が綺麗さっぱりなくなっていた。

 胸の辺りが、安心感によってほっと暖かくなる。これも陽の光のお陰だろう。


 その作用が働いているのは、僕だけではないようだ。

 レイチェルもリグもサイモンさんも、口々にほっとした声色で言葉を紡いでいた。

 ああ、助かった、良かった良かったと。


 けれども、一人の声が欠けていることに気がつく。

 紫色の瞳を持つ、魔族の女性の声だ。

 辺りを見回し、ハクの姿を探す。僕の近くには居ない。


 探して、探して……居た。

 彼女は僕らに背を向けて、ひっそり一人、立ち去ろうとしていたところであった。


 再生教と魔族の関係は険悪だ。

 ここに自分が長く居ては、トラブルの種になりかねない。

 ハクはそう考えたが故に、何も言わず立ち去ろうとしているのだろう。


 でも。


 僕は隣の北条君と見合わせる。

 そして頷き合う。考えは同じようだ。

 僕らは彼女に礼を言わねばならない。

 魔力を同調させる術を知っていたハクが居なければ、僕らはあの化け物を倒すことが出来なかったのだから。


「ハク」


 名を呼びながら彼女の下へ。

 背を向けていたハクはきょとんとした表情で振り返る。


「貴女が居なければ、ここから出ることは出来なかった。ありがとう」


 まずは北条君が礼を言って、手を差し出す。

 地下でレイチェルとリグによって適うことのなかった握手。それを今ここでしてしまおう。

 北条君は行動でもって無言の提案をした。


 対するハクは一度、ふっと笑みをこぼして。

 だらしなく爪が伸びて手で、それに応えた。


「ん。こちらこそ。中々興味深いものを見せて貰ったよ」


 珍しいものが見れて満足なのか、ハクの機嫌は良かった。

 知識欲に溢れた瞳がきらきらと輝いていた。


「最後の一撃。あれは魔力を純粋に固めたもの。私たちの魔法に近い。もっとも、私たちのそれよりも随分と効率が良いようだけど」


 魔族クラスの魔力を持ってないと、似たようなこと出来ないはず。

 にも関わらず、やってのけた北条君にハクは興味が尽きないようであった。

 是非とも教えて欲しいものだね、とやはりへらへらした笑みを浮かべながら、ハクは北条君に問うた。


「いや、俺自身何やったかさっぱりで……」


「それは残念。時折ね。居るんだよ。魔法の知識もないのに、センスだけで発動させてしまう人が。多分君それさ」


 彼女の口ぶりを聞くに、北条君の一撃が加護によるものであると気付いていないようであった。

 いや、あれは加護だと考えついた様子がない、と言うべきか。

 どうにも加護という能力は、この世界では確認されていない未知の能力であるらしい。

 そう言えば、魔法の指導書に加護の"か"の字も載っていなかったなと思い出す。


「それだけに惜しいね。ちゃんとやり方を言語化出来ていれば、新魔法を確立出来たかもしれないのに」


 そうなら、魔法の指導書に君の名前が載る名誉が得られたのにね、と心底残念そうにハクは言った。


「ハク。ありがとう。サポートしてくれて。手を組むことを提案してくれて」


「何、私も死にたくなかったからね。それよりも……」


 二人の手が離れたタイミングで僕も彼女に礼を言う。

 やはり握手を求めながら。

 北条君の一撃のように、僕にも何か興味をそそる事柄があるのだろう。

 ハクは変わらず知識欲に満ちた目で僕を眺めて近寄り。


「わっ。ハ、ハク?」


 握手を求める手を無視して、彼女は再び僕に抱きついた。

 今度は真っ正面から。

 案の定隣の北条君はいきなりの抱擁に顔を赤くしていた。


「……ああ。やっぱり」


 やはり耳元で彼女が囁く。

 なにか納得した声色で。


「魔力が回復してないね、君」


 どくんと、心臓が一度強く打った。


 ばれた。


 僕の魔法の特異性が。

 魔力が回復しないこと、それがなにを意味するのか、正直僕には判らない。

 でも、ハクに気付かれてしまったのだ。

 僕の存在は普通では、平凡ではないと。


「魔力治癒、という法則がある。魔力を消費すれば、速度は遅くとも必ずや消費したそばから回復する、という法則さ。知ってると思うけどね」


 教師そのものな口調で、彼女が解説を始める。

 法則の存在自体は、僕も商人由来の解説書によって知っていた。


「法則なるものはね、時に変化を見せる常識とは異なるもの。それは世界の理。世界を正常に機能させるための歯車だ。真っ当に働いて当たり前。異常が生じることは許されず、故に例外は存在しない、してはならない……そのはずさ」


 一度、彼女は言葉をそこで区切る。


「でも君は、その法則に反している。例外として存在している。世界に抗っている――ねえ、君は一体何者だい?」


 そして問う。

 僕は一体何者かを。


 この世界に来て間も無いころに、翼を持った少女に問われたことと、まったく同じことをハクは問う。

 僕は息を呑む。


 でも出来たのはそれだけ。

 エーファの時と同じく、彼女の問いに答えることが出来なかった。

 だって、僕が何者なのか。

 僕自身それがわからないのだから。


「また、会えたらいいな」


 くすりと笑いながら、彼女は僕から体を離した。


 今、答えなくてもいい。

 次出会えて、答えを見つけている時に教えてくれれば。


 彼女は言葉にはそんな意味が込められていた。

 背中からきっとレイチェルのものであろう。

 女性の怒鳴り声が聞こえる。

 ハクがまた僕に抱きついたことに気がついたらしい。

 勇ましく地を蹴る音が、鼓膜を振るわした。


「じゃあね」


 怖いのがやってくる前に私は帰るとするよ。

 そう言って、ふらふらと足取りで去って行くハクの姿を、僕はぼうと見つめることしか出来なかった。


 ――あなたは一体、何者?


 まったく別の二人から、まったく同じ事を問われた僕。

 前回も今回も答えることが出来なかった。

 この問いに答えること、それは僕に課された宿題なのだろうか?

 答えられる日、それはいつかやってくるものなのだろうか?


 今の僕にはまったく見当がつかなかった。



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