表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/45

第二章 十六話 異世界人故の仕事を果たさねばならない

 何も躊躇いもなく、すぱっとそんな提案してきたことに、流石の再生教徒たちも呆気にとられたらしい。

 それぞれに面食らった表情を浮かべていた。


「現状は半ば詰んでいる状況だ。落とし穴にたたき落とされて、その上よじ登るには高すぎる。どう見たって、独力での突破は困難だね」


 だらしなく爪が伸びた指で、魔族はそっと上を指し示す。

 その先には高い天井がある。しかも形はドーム状。

 確かにロッククライミングするには、無理のある状況が揃っていて、力ずくでここを脱出するのは無理そうだ。


「……ツカサ」


 レイチェルが僕を呼ぶ。


「うん。何?」


「魔法を使って、階段、作れるか?」


「やってみる」


 幸いにも僕は土や岩を魔法でもって操ることが出来る。

 素手でよじ登るのが出来ないならば、簡単に登れるようにすればいいだけのことだ。

 

 揺れる足場を慎重に蹴って、荒々しい岩肌へ。

 その際、ちらりとレイチェルの顔を見た。


 どうだ、お前の力なぞ借りなくとも、この困難を突破出来るぞ。


 そう言いたげなしたり顔を、魔族に向けていた。

 どうしても彼女と手を組みたくない理由でもあるのだろうか。


「……無理だと思うがね」


 ぽつり魔族が呟いた一言を丁重に無視して、ごつごつの壁に手を当てて僕は想起。


 生み出したいのは螺旋階段。

 ドームの円周に沿って登る螺旋階段だ。

 魔力を浸透させる面積は広くて、少し時間はかかるだろうけど、あのオークの件に比べればずっと簡単なはずだ。


 息を整えて、さて魔力を岩に――


「あれ?」


 しかしどうしたことか。


「ツカサ? どうした」


「……魔力が通らない」


「何だと?」


 どれだけ集中しても、岩に魔力が染みこむ、その兆候すら感じ取ることすら出来なかった。


「そりゃそうさ。上と違って、この辺りにある岩は城壁に用いるような魔断石。魔法使いがどれだけ努力しても、ここの石を操ることは出来ないよ」


 魔断石とは、エクレの城壁に使われていた、魔力を通す方向によって魔力浸透したり、しなかったする、あの素材だ。

 城壁の場合、魔力を通さない面を外に向け、通す面を内に向けて築かれる。

 この空間の場合、こちらかは一切魔力が染みこむ感覚がないので、エクレと向きがまるっきり逆転しているようだ。

 

「じ、じゃあ」


「うん。そう」


 僕の言葉の後、もうお手上げ、とばかりに魔族が両手を上げた。


「魔法で脱出路を築くのは、少なくともこの場では不可能ってことさ」


 先のしたり顔の意趣返しだろうか。

 魔族は皮肉げな笑みをレイチェルに向けた。

 言葉にはせず、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて、レイチェルはその意趣返しに答えた。


 そんな嫌味の応酬よりもだ。

 脱出路を作れないということはだ。

 僕らはここに閉じ込められたということではないか。


 脱出路がないならば、ここから出ることが出来ない。

 そのことを考えると、ぞっと総毛立った。

 ここで乾いて、飢えて死ぬかもしれない。

 それは、嫌だ。

 絶対に。


 強い恐怖が僕を襲った。

 足が細かく震える。 


「何、大丈夫さ。言っただろう、私は悪運が強いと」


 急に僕の顔色が悪くなったのを見てのことだろう。

 どういう訳か僕を慮るような声色で魔族は言った。

 その上僕に対して、どこか好意的な態度を向けてくる。


「さっき私が現れた方を見てごらん」


 くるりと踵を返して、僕らの視線を誘導させる。

 その先にはあるものは果たして。


「穴? 横穴?」


 北条君が呟く。

 そう、穴だ。

 荒い岩肌をくりぬくように、黒い口をぽっかりと開けた穴がそこにあった。


 彼の呟きに対して彼女は満足そうに頷いて肯定する。

 その動作は、僕に対してと同じように、どこか好意的な色が見られた。


「しかもだ。奥の方へと風が抜けている。この意味はわかるね?」


「外に繋がっているかもしれない?」


「そ。絶対とは言えないけど」


 でも、行ってみる価値はあるだろう? と彼女は小さく付け加えた。


「ただ、あの先がどうなっているか。それはとんと想像出来ない。人が入れない小さな隙間があるだけかもしれないし、足下に大きな穴なりなんなりがあって、先に進めなかったりするかもしれない」


「無駄足になるかもしれないってこと?」


「否定はできない。が、ここに居ても状況は好転しないと思うがね」


 僕の不安に満ちた一言に、彼女は遠回しながら諭してきた。


 ここに居ても何も変わらないよと。

 だったら、少しでも可能性のある方を試そうよと。


「おい、魔族」


「なんだい、狂信者」


 渋い声色で語り彼女に語りかけたのは、レイチェルだ。

 それに対して彼女は、やはり皮肉めいた声色で返す。

 魔族の彼女は、どうにも僕と北条君と、それ以外の人に向ける態度が異なるようだ。

 緊張感に溢れる、気まずい沈黙が一瞬流れた。


「外に出られるかもしれない横穴を先に見つけておいて、何故、一人で抜け出そうとしない? 何故、私たちに共働を求める? 貴様に特に利はないだろう」


「利益ならあるさ。複数人で動いた方が、困難に対する解決策の、その選択肢が多くなる」


「選択肢?」


「そう、選択肢。例えばだが、私は土系統の魔法が使えない。だから、さっきの君たちみたいに階段を作って、ここから抜けだそうとすること自体が出来ない」


 私に出来ないことを君は出来る。

 そう言いながら彼女は僕を指差した。


「逆に君たちはこの蜘蛛の巣を生み出すことが出来ない。高所から落下したとき、衝撃を吸収する手立てがないってことさ」


 次に再び彼女は足下の蜘蛛の巣をつま先で小突く。

 こいつは君たちには作れないだろうと言いながら。


「それぞれ出来ることと出来ないことが一つずつ。だが、共に動けばそれを補うことが出来る。出来ることが二つに増える。これは大きな利益だと、君は思わないかい?」


 話を僕に振られる。

 彼女の言っていることはもっともだ。


 例えばとある困難に直面したとしよう。

 そして僕はそれに対する解決策を持っていなかったとする。

 一人であればまったく対応できず、そこ解決できずに終わってしまう。

 けれど、複数人数で挑めば、誰かしら解決策を持っていて先に進めるかもしれない。

 困難に挑む姿勢において、どちらがよりよいものか。

 今更選ぶ必要もないだろう。


 彼女の言いたいことはそういうことだ。

 なら、僕は首肯するしかない。

 僕の頷きに、魔族は満足げに微笑んだ。


「なら、君たちが選ぶ道は、一つではないのかな」


 君たちが賢ければね――


 皮肉たっぷりな言葉を小声で呟きながら、彼女は僕らを見た。

 いや、観察した、と言うべきか。

 僕らが彼女の提案をどう受け止めているかを、観察しているように僕は思えた。


 さて、その観察対象である僕らの受け止め方は大別して二つ。

 好意的に受け入れようとしているか、理性では重要性を理解をしているけど、感情では納得出来ず、受け入れがたし、というもの。

 前者は僕と北条君、そして後者は。


「だが、しかし……貴様は魔族だ、到底信頼出来るわけには」


 そう、後者の最たるは、今、声を上げたレイチェルだ。

 彼女だけではない、リグも、足を痛めた聖堂騎士もレイチェルの言に頷いた。


「なんだい。まだそんなことに拘泥しているのか」


 今まで、レイチェルたちに対しては皮肉に満ちた対応しかしなかった、女魔族の態度に変化が見られた。

 大きなため息をついて、失望を露わにしたのだ。

 今更、魔族だなんだと言ってる場合じゃないだろう、互いの命がかかっているのに、と言いたげである。


「さっきも言ったがね。状況は詰みかかってると言っていいんだ。なら、それを打破するため、一時的にでも手を結んだ方が、利口だと私は信じてるがね」


 人間は案外己が感情を制御することは難しい。

 怒りや憎しみといった負の感情が持つ瞬間熱量は凄まじい。

 だから理性を容易に溶かし、いわゆるカッとなってやった、という大愚行を引き出す。


 しかも厄介なことに、一度覚えた負の感情は、それが激しいものであるほど冷めにくいもの。

 一年、二年は言うに及ばず、根が深いものだと親から子へ、子から孫へと引き継がれ、何百年という単位でくすぶり続けることすらあるのだ。


 その典型がレイチェルたち再生教徒たちだ。

 先人達から受け継いだ、魔族への憎しみは確かに彼女たちの内で燃え続けている。

 そしてそれが、この期に及んで目の前の魔族の彼女の手を取ることを阻害しているのだ。


 ならば。

 今僕がやるべきことは。

 

「わかった。一緒に行こう」


 レイチェルたちの決断を待たず、一歩を踏み出し、魔族の申し出を受け入れる。

 ちらと北条君に目を向ければ、彼は静かに頷いていた。

 思っていることは一緒のようだ。


 僕に出来ること。

 再生教徒じゃない僕らに出来ること。


 それは仲立ちだ。

 対立し合う二つの人類、それが生存という目的のために行動を共にするための、要とならなければならない。

 きっとそれがここを生きて出れる、唯一の方法と信じて。


「ツカサ……!」


 抗議の声をレイチェルは上げた。

 何を勝手に話を進めているのかと。

 私はこいつと手を組むことを良しとしたわけではないぞ、と態度が雄弁に語りかける。


 でも、ここは引き下がれない。


「レイチェル。こうするしかないんじゃない? 意固地になってしまえば、ここで本当に終わりかねないよ。ケイトが心配した通りになっちゃう」


 ケイトは一貫してこの洞窟で、殿となった北条君たちを救うことを反対してきた。

 それは救助に入った僕らが二次遭難を引き起こすことを危惧したからだ。

 と言うか、現状既に二次遭難を引き起こしている。


 さらにこのまままごまごしていれば、ケイトが最も恐れた事態になりかねない。

 ただでさえケイトの意思をねじ伏せてここまで来ているのに、その上生きて帰れないなんてことになったら、彼女に申し訳が立たないだろう。


「それに」


 それでもしかし、と続けようとしたレイチェルを見かねて、北条君は口を開いた。

 ちらと、未だ横たわる重傷の騎士を見やりながら。


「……さっさとここから出ないと、ジェームズさんが持たない」


 加えてジェームズと言うらしい聖堂騎士の件もある。

 彼の傷は深く、すぐさまきちんとした処置を受けなければ、命に関わってくる。


 もちろん、魔族に対する憎悪は、彼女たちの信仰に関わってきて、一概に愚かな考えだと断罪は出来ない。

 けれども、現実と折り合いをつけなければ、救えるかもしれない命を、むざむざ散らしてしまう羽目となる。


 レイチェルは下唇を噛んだ。悩ましげに眉も寄せる。

 彼女は信仰に対してとても敬虔だけど、それと同じくらいに人を救うことを重要視している。


 人命か信仰か。

 彼女は今まさに、その二つを天秤にかけているのであろう。


 そして結論が下る。


「……教会に帰ったら、神に懺悔せねばなるまいな。魔族と手を組んだことの」


「……そうですね」


 ここに来て、再生教の悔い改めの思想が活きたようだ。

 神に罪を犯すことへの赦しを乞いつつも、彼女は人命を選んだ。

 同じ結論をリグも下したのだろう。

 心底悔しそうな声色で、レイチェルの決断を小声で支持した。


「決まりのようだね」


 そしてその決断を歓迎する声があった。

 言うまでもない。

 共働を提案した魔族のものだ。


「すっかり自己紹介が遅れてしまったね。私の名前はハク。短い間と思うが、よろしく頼むよ」


 遅い自己紹介と共に、彼女――ハクは右手を差し出した。

 どうやら握手を求めているらしい。


 彼女の言うとおり、短い間になりそうだけど、それでも共に助け合う間柄になるのだ。 きちんと挨拶はすべきだろう。

 拒絶する理由はないように思えた。


 一歩踏み出して、ハクの握手に応えようとする。

 が、ほとんど同時に全く同じような動きをする者が居た。

 北条君だ。

 彼もハクの手を握ろうとしたらしい。


 僕らは互いに見合わせて、そして。


「「どうぞ、どうぞ」」


 どうぞどうぞお先にとお互いに譲り合い。

 さながらコントのような真似をしてしまった。


 ……僕は今、何をしているのだろう。

 なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 

 うん。まずは気を取り直して。

 北条君が強く僕に勧めてくる。

 なら僕から交わした方がいいだろう。

 改めて一歩を踏み出すと。 


「「それはダメだ!」です!」


 急に後ろに引っ張られる感覚。

 そしてほんの僅かに遅れて、後頭部に伝わるやたらと柔らかい感触。

 視界の隅でちらと踊る、見慣れた白い衣はきっとレイチェルのものだろう。

 僕はレイチェルに後ろから抱きかかえられたらしい。


 それにしてもこの後頭部の柔らかい感触は――

 なんというか、ずるい。

 あれだけ鍛えてるのに、あるものが、きちんとあるのはずるいと思うんだ。


「ダメだツカサ! いくら一時休戦して手を結ぶと言ってもな! 物理的に手を結ぶのだけダメだ!」


「その通りですよ! カズヤさん! アレを完全に信用してはなりません! 握手なんてもってのほかです!」


 見るとリグも北条君を抱きつく形で、彼の動きを無理矢理止めていた。


 ……なんだか北条君が顔を真っ赤にしてくねくねしている。

 リグから逃れようとしているような……いや、違う。

 くねくねしているのは彼の下半身だ。

 何かを誤魔化そうとしているような、そんな動き方。


 よくよく見れば彼の背中にはリグの胸元があって。

 それが密着して――


 あ、そういうこと。 


「北条君……」


 ぼそっと呟いた一言には、軽蔑の音が含まれていた。

 それを聞いた北条君は過敏に反応。


「ああ! それは、その! 饗庭! これはだな! とにかく今の俺を! とにかく見ないでくれ!」


 真っ赤な顔と、両手をぶんぶんと振って、違う違うと必死に否定した。

 でもくねくねと腰を動かして、そういう状態のそれを、なんとか目立たないように試みている人が言っても、全然説得力がない。

 彼にとっての悲劇は、股ぐらの状態をリグが未だ気付いていないことだろうか。

 だから、リグが北条君を話そうとする気配が一向に見えない。

 それはつまり、しばらくはこの拘束が続き、誤魔化し続ける必要があるってことだ。


「おやおや、これはこれは愉快」


 突然現れた喜劇に、ハクは愉快そうにくつくつと喉の奥を慣らした。

 ちなみに彼女は気付いているようだった。


「愉快なものかァ!」


 北条君の渾身の突っ込みが、ドームに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ