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第二章 十二話 突然の再会に驚くしかない

 じめついた空気をかき分けて駆け抜ける。

 松明の頼りない光を拠り所に暗闇を突き進む。

 剣戟の音に向かって走る。


 ロクに舗装されていない道を走るのに慣れたといえど、やはり洞窟のような、ごつごつとした地面を走るのは難しい。

 何度も何度も躓き、転びそうになりながらも、その都度耐え、先頭を行くレイチェルについて行く。

 レイチェルと僕の距離はそこまで離れていない。

 離されていないのは、決して僕の足が速いからではない。

 松明は僕が持っていることと、戦いに不慣れな僕とリグを置いていかぬよう、彼女が加減して走ってくれているからであろう。

 だから彼女は、松明が先を照らすギリギリの距離の位置に常に居る。


 金属が互いにぶつかり合う音が徐々に徐々に大きくなる。

 それは今も戦っている勇気のある彼らとの距離が縮まっていることの証左。

 そして同時に、彼らがまだ生きていることを証明する鼓動の音でもある。


 だから僕は、いや、僕らは心の奥底から願う。

 どうか、どうか僕たちがたどり着くまでその音が絶えてくれるなと。

 彼らがやられてしまうその前に、その場に着いてくれと。

 僕が生まれた世界の神々に、あるいはこの世界の唯一とされる神にそう願った。


 そんな横着な祈りを聞き受けてくれたのは、一体どの神であろうか。

 にわかに暗闇と、ついでに閉塞感が払拭された。

 広く、そしてどういうわけか明るい場所にたどり着いた。

 光源は、誰が設けたか、それが甚だ疑問であるいくつかの篝火で。

 そしてそこに、彼らは居た。三人一緒に居た。

 一人はぐったりと地に伏し、もう一人は片膝着いて忌々しげに前を睨み、そして残る一人がそんな彼らを守るように剣を振り回し、何かと争っている。


 三人の内誰か倒れている。遅かったか。

 慌てて倒れた一人を目を凝らして見れる。

 僅かに肩が揺れている。呼吸の証だ。

 良かった、少なくとも三人とも生きている。

 取り敢えず小さく安堵。


 が、安堵したのも束の間。

 剣構える彼が、何と相対しているのか。

 それを認めたとき、僕の背筋に冷たいものが走った。


「デカい……」


 ぽつり呆れたような呟きをしたのはレイチェル。

 その呟きの通り、残った彼が相手をしているそれはとても大きな体躯を持っていた。

 それはもう異常と見るべき大きさだった。

 大きさは目測なれど、慣れ親しんだ単位で表せば二メーター程。

 もし、そいつが人間ならば、稀に見る巨人と言うべき大きさだろう。

 もし、そいつがオークならば、小柄な個体と見るべきだろう。

 だが、そのいずれも珍しいだけであって、決して異常と見るべきではない。

 その大きさが異常たらしめるのは。

 そいつが本来幼児ほどの大きさ持たないゴブリンであったからだ。


「なんだよ、あいつ……」


 意図せずそんな言葉が漏れ出る。

 普通の個体と比して二倍近くもあり、もはやゴブリンと言うより小さなオークと言った方がしっくりくるほどだ。


 ゴブリンが丸太のような腕で、長柄の戦斧を鋭利に振るう。

 対峙する彼が、それを剣で受けて流す。

 流しきれなかったか、衝撃に二、三たたらを踏むも、堪えて、即反撃。

 が、今度は大ゴブリンが斧でそれを受けて身を守る。


 一進一退の攻防に僕は見えた。

 あの体格差で良くやっていると言うべきだろう。


「待っていろ。すぐに私が」


 その言葉を置き去りにして、レイチェルは健闘する彼へと駆けだした。

 それを横目に、僕は冷静にならねばと、一回深呼吸。


 一対一で均衡しているのであれば、レイチェルが加勢をすれば一気に天秤がこちらへと傾く。

 そうなれば、一瞬にして決着が着くに違いない。

 楽観的な未来予測は、僕は立てた。

 だめ押しに僕がここから魔法でちょっかいをかければ、なお良いか。

 そう考えて、岩を拵えようと――


「ツ、ツカサさん! アレ!」


 至極慌てた声色でリグが僕を促す。

 右手で指して促す。

 視線を彼女が指した方向につうと向けてみれば。


「うそ」


 何処に身を潜めていたのだろうか。

 小さな、ごくごく普通のゴブリンが、やはり戦斧を携えて抜き足差し足と、背後から彼へとにじり寄っていた。

 戦う彼は、目の前の巨大なゴブリンを相手にするのに必死で気がついていない。

 片膝の彼も、興奮しているせいか、忍び寄るもう一つの脅威を感じ取っていない。


 レイチェルは気付いた。

 が、一足で飛べる距離になく、どう甘く見積もっても奴の奇襲が先に決まってしまう。

 それを悟ってか彼女は舌打ち。

 ちらと僕に視線を寄越した。


 視線の意味はわかっている。

 彼女は僕に頼んだのだ。


 この場で、彼を救うに間に合うのは――

 他ならない僕だからだ。

 僕が、やるしかない。

 作った岩、その矛先をくるりと彼に忍び寄る小さな影に向けて。

 大きく息を吸って。


「動かないでっ」


 生まれて初めてではないか、我ながらびっくりするくらいに大きな声が出た。

 今、下手に彼に動かれたら、撃った岩が彼に当たってしまうかもしれない。

 そう思っての大音声。

 それに応えてか、あるいは反射か。

 どちらにせよ、僕には都合の良いことに、彼が一瞬ぴたりと動きを止めた。


 撃つのは、今。

 岩は猛進する。

 動きを止めた彼の背中、そのすぐ後ろを通り過ぎ。

 今こそ奇襲を決めんと、戦斧を振りかぶったゴブリンにぶち当たり。

 その血肉と洞窟由来の湿った空気を撹拌させるに到る。


 まず、彼の一つ目の危機は過ぎ去った。

 が、すぐさま二つ目のそれが来たる。

 動きを急止めたということは、相対する者に隙を与えるということ。

 巨大なゴブリンは見逃さなかった。

 今こそ好機、渾身の一撃を、と手にする戦斧を繰り込む。

 それは僕の一声が生み出した危機だ。

 次には僕の心に、一生モノの後悔を与える光景が広がることだろう。

 そう、本来であれば。僕一人だけでことを起こしたのであれば、の話だが。


 巨大な敵目がけて、銀色の突風が強襲する。

 直撃するそのすんでの所で、ゴブリンは身をよじり、その大風から身を守った。


「助太刀だ! よく持ちこたえてくれた!」


 突風は、いや、レイチェルは彼とゴブリンの間に立ち、健闘を称えた。

 しかしそれも一瞬のこと。

 さっさと言葉を口にするや否や、強烈な一撃を、大きなゴブリンに向かって振り抜いた。

 直後に響くは、先ほどまでとは比べものにならないくらいに鋭い衝突音。

 彼女の一撃が防がれた。


「防ぐか!」

 

 が、相手は反撃の兆しを見せず、それどころか、一、二回と跳躍して彼女との距離を作る。

 その一発があまりに重いものであったのか。

 ゴブリンはちらちらとびりびりと痺れただろう自分の手と、一見細身のレイチェルを信じがたい、といった様子で見比べていた。


 それを付け入る隙と見たか。

 岩盤そのものである地面を、踏み砕かんとする激烈な踏み込みをもって、レイチェルは一足飛びで距離を詰め。

 間合いに入るや否や稲光の一閃振るう。

 先の一撃で、受けるのは無謀と悟ったらしい。

 再度、奴は地を跳ねて剣を躱し、慎重にも距離を生み出した。


「行こう」


 レイチェルの突撃によって、足止めとして残ってくれた彼らと奴とに間が生まれた。

 半ば呆然としたリグを促して、三人の下へと急ぐ。

 まず向かったのは、倒れたまま動かない彼。


「ひどい……」


 リグが呟く。

 気を抜くと、本能的に目を背けたくなるような、そんな惨状であった。

 袈裟にばっさり紅い傷一つ。

 そこから滾々と、一定の律動でもって血が湧き出している。

 周期的に血が流れているのは、きっと彼の鼓動が故だろう。

 どこかの動脈がやられてしまっているのかもしれない。


「腹膜は……破れていない。なら止血魔法でも……」


 きっといける。救えるはずだ。

 語尾で消えてしまった言葉は、きっとこのどちらかだろう。

 魔法を使うためか、彼女は躊躇いなく傷口にそっと手を添えて。

 一度僕を見る。

 そして目は語りかける。

 この人は私に任せて。あなたは他の人に、と。

 

 彼女にならって、僕も無言で頷く。

 僕はリグのように、人を癒やす魔法を使えることが出来ない。

 出来るは岩と地面を操ることだけ。

 なら、僕が出来ることは――


 僕はその場にしゃがみ込んで、地面に手を当てた。

 岩盤そのもののゴツゴツとした手触り。

 それに感慨を抱く間もなく、僕は想起。

 申し訳程度だけど、動けない彼らを守るための防壁を。

 それを、治療に専念するリグたちの目の前と、どうにも怪我をしているらしい片膝立ちの彼の前に築く。


 次いで、先ほどまで巨大ゴブリンと鎬を削っていた、彼の下へと駆け寄る。

 ぺたんと尻餅をつく形で、ぼうとレイチェルとゴブリンの対峙を眺めていた。


「大丈夫ですか? 怪我は?」


 近付きながら声をかける。

 尻餅は緊張が解けたためか、それとも怪我をしているせいか。

 遠目だとその判断が着かないのがもどかしい。 


「え」


 返ってきたのは、なんだか間の抜けた声だった。

 予想外の何かが聞こえて、驚いて、無意識に音が口から漏れ出てしまった。

 そんな感じの声色だった。

 くるりと尻餅の彼の首が回り、視線は僕の方へ。

 それは僕が、彼に手を伸ばせるまでの距離にまで近付いたのと同時だった。


「え」

 

 彼の顔が目に入る。

 それを受けて僕は、先の彼の言葉をまるっきし鸚鵡返し。

 予想外の顔が見れて、驚いて、やはり無意識に音が漏れ出てしまったのだ。


 僕に彼の何に驚いたのか。

 結論から言えば、僕は彼のことを知っていた。

 結構前から知っていた。

 それはそう、この世界に飛ばされる前から知っていた。


 それはつまり、彼が僕は同郷であるということ。


「北条……君?」


「あ……饗庭?」


 互いに互いの名を呼び合う。呆然とした様子で呼び合う。

 彼の名前は北条和也。

 僕のクラスメイト。

 一緒に文化祭の準備に取りかかっていた友人。

 そしてこの世界で打ちひしがれたとき、会いたいと願った人。


 思いも寄らぬ再会に、僕らは見つめ合う。

 しばらくの間、緊迫した状況にあることさえ忘れていた。

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