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第一章 幕間 境界の悪魔は狂って笑う

「ああ! ああ! ああ! やっちゃった! やってくれた!」


 客観視すれば悪趣味としか言いようのない、紫色の光が支配する部屋にて、悪魔は一人気色ばんだ。

 そればかりでなく、壁に埋め込まれた人の丈程のモニターの光によって、悪魔の顔は病的に青白く照らされている。

 紫の証明と相まって、見る者全てに極めて不健康的で、不気味な印象を与えることだろう。


「そう、そう、そう! それでいいんだ饗庭司! そうでなくちゃいけないんだ!」


 悪魔は相対するモニターを眺めながら、くねくねと身体を動かし、全身で喜びを表現していた。

 両手を両頬にあて恍惚とした表情を浮かべるその姿は、もはや狂気すら感じられた。

 彼の視線の先、件のモニターには両手を血まみれにした、細く小さな人影、饗庭司の姿がそこにあった。


 そこで司は――不器用で要領を得ないながらも、()()を食肉にすべく解体していた。

 皮を剥ぎ、筋を裁ち、試行錯誤しながらも枝肉にせんと、泣きながらに格闘していた。


 尋常であれば眉をひそめるべき、おぞましい光景。

 にも関わらず悪魔が正気を蕩けさせているのは何故か。


 答えは簡単。


 自らの見立てが間違いでなかったことを、そして目論見通りに司が動いてくれたからであった。


「君の本質はからっぽなんかじゃない! 強烈なまでの生存欲、それが君そのものだ!」


 司たちは被害者だ。あ()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()()()()に取り寄せた、同情すべき道具達であった。


 その中でも特に司の境遇は悲惨極まる。

 呼び寄せて、連中の目的のために、すわ都合のいい能力を植え付けたり、目覚めさせたりする段階になって、司は捨てられてしまったのである。あの荒野に。


 この人間は中身がない。からっぽで伸びしろがない。

 与えるものも、目覚めさせるものもないと判断されてしまった。

 呼んだところで、役に立たぬ。なら死んでしまえと、あの荒野に弾かれた。


 だが、連中の見立ては甘かったとしか言いようがない、と悪魔は断じる。


 司は空虚な存在ではない。


 悪魔はそれを、司の本質を"努めて平凡であれ"という言葉から見抜いた。

 平凡になってしまった、のではなく、平凡であるように努力をしていたという、奇妙な言い回し。

 あの世界にて平凡に生きることが、最も無難で、長く生き延びれる事実を鑑みれば、その奇妙さもすとんと腑に落とすことができるだろう。


 生きたい、とにかく一秒でもいいから生き延びたい。

 そんな声があの言い回しから聞こえてくるだろう。


 つまり、司の本質は先の言葉通り、生存欲という欲望である。

 しかもその強さは並のものではない。


 生き延びるためならば、すべてをかなぐり捨てることが出来るし、あっさりと信念を変えてしまうことが出来る。出来てしまう。


 自身の死が迫れば、他者を利用するだろうし、状況次第では殺すことすらあり得るだろう。

 そう、モニターに映っている、今現在の姿のように。


 殺人を厭う倫理と、共食いを避ける理性すら、生き延びたいという欲求によってねじ伏せることが出来てしまうのだ。

 饗庭司とはそういう人間なのである。


 だからこそ、荒野に捨てられるその直前、唯一彼が司に干渉できるタイミングで、拾い上げたのだ。


 そして、こっそりと悪魔は司に力を与えた。

 あの世界で司が生き抜くために必要な贈り物、一つの能力を。

 生き抜くためには時に、良心、価値観でさえ応変してしまえる司にぴったりな能力を。

 逆位置の女帝に込められた、暴食そのものの能力を。


 食宍得技(肉を食みて技を得る)――


 肉を食らうことで対象の魔力を、そして魔術的素養をそっくりそのまま取り込んでしまえる、趣味の悪い能力。

 まさに悪魔の加護と言えるそれを、彼は司に与えたのだ。


 とは言え、彼自身はその能力が悪魔の加護と呼ぶべきモノ、という認識は、とんとなかった。


 そんな超常的な代物ではない。

 むしろもっと普遍的である。

 名付けるならヒトの性たる加護、と彼は思ってすらいた。


 だって、そうだろうと悪魔は思う。


 人類は何かを殺して食物を得る際、その残骸を余すことなく加工して、自らの力として利用するのだから。


 例えば米や麦。

 種子たる米粒、麦粒は言うに及ばず、その茎すらも藁という素材にて使い潰す。


 例えば牛。

 肉を食した後も、その残滓、例えば皮は鞣して様々な道具に姿を変え、その骨は加工すれば原始的な武器にすらなり得る。


 鯨に至ってはその究極と言って良い。

 肉は食われ、脂は灯油に、ヒゲはゼンマイに、骨は鯨骨職人の手で秀逸な道具に、果ては胆石でさえも香として珍重されるのだから。


 司に与えた、肉を食って、その肉に含まれる魔力や魔術を自らに取り込むその力。

 人類が営んできた、食らった存在の、その残骸すら自らの力に変える文化。


 司の能力と、人類が持つその文化と比較した場合、さて、一体全体、何処に差異があるのだろうか。


「さあ、さあ! 荒らしてくれ給え! 世界は筋書き通りにいくと傲慢にも思っている奴らの、その鼻っ柱をへし折ってくれ!」


 司にその声は届かないというのに、構わず悪魔はモニターの内の司に語りかけた。


 異世界の人間を数人引きずり込んでおいてまで、いや、あの世界を滅亡寸前に追い込んでまで野望を実現しようとするその輩に。

 しかもその所業が、まったくの善行だと信じて疑わない、悪魔以上に醜悪な精神の持ち主共に。


 手痛い一撃を与えてくれ!

 望みを打ち砕いてくれ!

 

 ただただ悪魔は司に一方的に要求し続けた。

 

 そして。


「ひひひひひひひひひひひひ」


 境界の隅々に届くような、気が触れた笑いを延々と絞り出し続けた。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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