塹壕②
こうして読んでくれるあなたが私の書く気力の元です。
風が吹き、小さな砂埃が舞う。亜梨冴は塹壕から少し頭を覗かせ、前方を睨む。
「強く吹かなきゃいいんだがな。」
「どうして?」
「風が吹くと弾が逸れるんだよ。」
亜梨冴は人差し指で弾が横にずれる様子を表した。風は弾道を変える最大の課題だ。亜梨冴の扱う大口径アサルトライフルの弾なら多少のズレだが、慈緒理の使う小口径ライフル弾はかなり風の影響を受ける。そして、日向の短機関銃となれば、遠距離では完全に使い物にならない。今はまだそこまで強い風ではないが、亜梨冴は強風を少し警戒していた。
「亜梨冴なら当たるんじゃないの?」
「アタシは狙撃苦手なんだよな。それに風を読めるスナイパーなんて結構貴重なんだよ。」
日向に質問され、前方の敵を探しながら彼女は言った。事実、彼女は狙撃が苦手だった。訓練や実戦を積んでいる彼女は、日向や慈緒理よりは上出来で、一般人と比べてもそこそこの実力だが、精度を問われると決して高いとは答えられない。
塹壕に潜ってから、既に1時間ほど経過している。相変わらず敵の影はなく、平和と退屈が継続していた。
「腹減ったな〜」
亜梨冴が誰にとなく、溜息混じりに呟く。その目や表情からも、退屈さが滲み出ていた。
「まだ何もしてないよ?」
「何もしなくても腹は減る。本当に暇だ。」
「じゃあさ、敵さん呼んでみる?」
日向が口に手を添え、大きく息を吸う。
「あ、やっぱり平和がいいな。うん。退屈最高。」
不自然な言い方で平和を賛美する亜梨冴。勿論、さっきの日向の台詞が冗談だとはわかっていた。
「どう?何か見える?」
「何も見えないわ。安全みたいね。」
別行動中の慈緒理と結月も同様に敵を探していた。亜梨沙達の場所より前線に近いが、敵機械の車輪を止めるワイヤートラップや、対砲撃用の退避壕も掘られているため、そこまでの危険はなさそうだ。慈緒理が頭を下げ、代わりに結月が見張りに立つ。こうして交代するのは何度目だろうか。
「この前貸した本読んだ?」
「…………どれだっけ?」
「『奇妙な話短編集』の3巻。」
「まだ途中かな。おじさんが山小屋に入った辺り。」
2人は、読書という共通の趣味を持っていた。それなりに長く学校の図書館で過ごしていた結月は、すっかり読書の虜にされたようだ。2人は貸し借りをしながら本を読み、感想を言い合っている。慈緒理の読書好きは廃墟の町では有名で、物々交換の時に無償で貰えることが多い。女子高生である彼女と関わりたい、という願望も見え隠れしているが、彼らも過度に距離は詰めてこない。そんな事もあり、2人が読む本は尽きないのだ。
「そういえば、結月って学校に残って戦ったみたいだけど…」
以前結月が亜梨冴と話していたのを慈緒理は思い出した。
「そうだよ。どうかしたの?」
結月は塹壕の先を見ている。
「なんだろ…同じ歳頃の女の子なのに、生きてきた世界が違うなって………」
慈緒理は上手く言葉にできなかった。しかし、結月は彼女の意図を大まかに感じた。
「そういうものじゃないの?世界には色んな人がいる。10代で世界大会に参加する人もいる。亜梨冴みたいに戦っている人も。だから、生きてる世界が違うの当たり前なんじゃないかな。
結月は振り返らず、言葉を繋げた。その言葉に、慈緒理は静かに納得し、「そうね…」と呟いた。
「眠くなって来た…………寝ていい?」
「じゃあ交代する?」
「それも悪いから、このまま寝るよ。」
結月は箱の上に膝立ちになり、塹壕の淵に腕枕で寝る姿勢をとった。
「その体勢で寝れるの…………?」
「私は人の可能性を信じる。」
言葉の意味は自信に溢れ、力強い。が、彼女の口調は気怠そうで、やろうとする事も同様だ。「やっぱり無理」と結月は直ぐに頭を上げた。
ありがとうございました。次回も不定期ですがよろしくお願いします。




