Coral(サンゴ)~今日は何の日短編集・3月5日~
今日は何の日短編集
→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。
3月5日 サンゴの日
国際的NGO(非政府組織)の世界自然保護基金(WWF)が1996年(平成8年)制定。
日付は「さん(3)ご(5)」の語呂合わせと、珊瑚が3月の誕生石であることから。
参照
https://zatsuneta.com/archives/103051.html
世の中の良きも悪しきもことごとに、神の心のしわざにぞある。
本居宣長/江戸時代の国学者
1
『デカメロン』にも載るほどの話ではないが、とある村にカラールという農民の青年がいた。この青年、街で一番の働き者である美少女のコライユに恋をしていた。ある時、コライユは様子がおかしくなった。突然顔が赤くなり、苦しげに胸を押さえていることが多くなったのだ。あまり眠れていないのか、青い目の下にはクマが出来始めてきた。
(これは病気だ。病気に違いない)
カラールは教会に通い詰め、彼女の病気を治すように願い続けた。その祈りぶりは教会の神父ですら呆れるほどだった。
祈りが通じたのだろうか、カラールの前に天使が現れた。教会の壁の端から端まで届くような白い翼に、煌々と輝く頭の上の輪、風もないのにはためく白いローブ……カラールの目にその輝かしい姿は焼き付いてしまっていた。
「願いは何だ」
天使は厳かな声でカラールに問う。コライユの病を治して欲しい、カラールは叫ぶようにお願いをした。
「分かった。あの小娘を助けよう。しかし、主の力は絶大だ。『病を治せ』と言われたらその跡すら残らず綺麗さっぱり治ってしまう。病にかかっていたことすら忘れてしまう。それでもいいのか?」
カラールはこんなにもいい条件なのに何故「それでもいいのか?」と訊いてくるのか、よく分からなかった。しかし、「治るのなら」と思い、了承した。
「明日の朝、彼女にサンゴの夢を見たかを聞け。見たと言うなら、病気は治っているだろう」
ありがとうございます、とカラールは大きな声で感謝の言葉を言い、十字を切った。そうして、天使は姿を消した。
次の日の朝、カラールはコライユの家へと向かった。コライユはベッドから起き上がっていた。顔色は正常に戻り、目の下のクマも綺麗さっぱり消えていた。
カラールがサンゴの夢を見たかと尋ねると、コライユはどうしてわかったのと返した。
(病気は治った)
カラールが小躍りするほど喜ぼうとしている時、コライユは彼をじっと見て母親にこう語った。
「この人、誰?」
カラールはその言葉に固まる。コライユの母親はほら、アンタ、カラール君だよ、仲良しの……と必死に説いた。しかし、彼女は分からない、知らないの一点張りだった。
(やっぱりあの天使が何か細工をしたんだ!)
カラールは教会に駆け込んで、天使を召喚する。天使は昨日とは違って、冷たい目で彼を見下ろしていた。
「病気を治すって言ったじゃないですか!記憶をなくせとは言ってませんよ!」
「人の子よ、まだお前は分からないのか」
天使は呆れて、ため息をついた。
「彼女が患っていたのは恋の病だ。お前への、だ。だから、綺麗さっぱり消したのだ。恋心も、お前の記憶も。それがお前の願いだったのだから」
嘘だ嘘だ嘘だとカラールは喚き、泣き叫んだ。彼の号哭が教会のステンドガラスに反響する。同情したのか、天使は彼の肩に手をおき、耳に口を近づける。
「人の子よ、この世は全て主の導きによる。上手く生きたいなら、お告げに逆らわないことだ」
そう言い残して、天使は姿を消した。
コライユはこの後、貴族の男に見初められて結婚したとかと聞いている。
〈『農民小咄全集 2巻』デイビッド・ディビュラン著〉
2
書き残しておかねばならないことがある。コライユ夫人のことである。この女性、ある農村からご主人様に見初められて夫人となったのだが、よく変な夢を見ると私に語っていた。毎日、いつも同じ青年が夢に出てくるのだという。(お目覚めの時、若干嬉しそうにしているように見えたのは私だけだろうか)
この夫人、ご主人様との間に一向に子が出来なかった。農村の言い伝えではサンゴを持たせて色が褪せれば月の物だと聞いていたので、念のため持たせたがずっと色が褪せないことはなかった。
ご主人様も別の女性を探せばいいものの、愛情が募っていたからか、彼女を手放すことはできなかった。苦渋の判断の末、身分の高い別の男に努めてもらうことにした。
さて、この夫人、いつもは主張をしない人だったが、この時ばかりは「あの夢に出てきた青年がいい」と譲らない。召使い総出でその男を探すことになったが、結局夫人本人が出歩いている途中に彼を見つけた。その青年は実に綺麗な服を着て、家柄も申し分ないように思えたので、夫人は彼との子を作った。そこからすぐご子息は出来、皆で宴を開いた。
宴の途中、酒で気持ちよくなったせいか、私はイヴァン雷帝の話を思い出したので語り出した。彼に謁見したホーシーという男が皇帝にサンゴを渡すと、棺桶と同じ白色に変貌した。それからすぐ雷帝が亡くなったという逸話だった。自分でも何故そんなめでたい日なのに、そんな不気味な話をしたのかは分からない。
ただ、ご主人様はちょうどサンゴを持っていたので、赤子に握らせた。何ということだろう。サンゴは持ち手から色が白に変化したのだ。ご主人様の顔は青くなり、その日の宴は幕引きとなった。
そこからすぐ、赤子は亡くなった。あの夢の青年も姿を消した。夫人は居たたまれなくなり、どこかへ行った。ご主人様は失意の中、別のご貴族様からご子息をもらい、自らのお子様となった。
しかし、そのお子様も見事に成長なさってこの家はこれほど栄え……(以下、この家の賛美が続く)
〈『××××家史 3巻』貴族史家ピピン=マルテル著〉
3
もう死ぬのだから、ここらで告白しておこう。せっかく文字の書けない俺に公証人が枕元まで来て、書き残してほしいことを書いてくれるのだからな。
自分は昔、とある娘に恋をしていた。その子を病気だと勘違いし、祈り込んで天使に綺麗さっぱり治してもらったのだが、それが実は恋の病でな。お言葉通り、その子から俺の記憶は綺麗さっぱり消えていたんだ。彼女はある貴族に見初められて、結婚した。
俺は相変わらず畑を耕していた。妻が(とはいえ一度寝ただけの女が)出来たが、あまり変わらない日常が続いていた。妻には悪いが、まったく好きではなかった。なれなかったんだ。あの子のことを考えたら、どうでもよかった。
そんなある日、街に行ったらドレスを着てめかし込んだあの子がいた。酒場で彼女の屋敷の召使いから事情を聞くに、あの家では旦那が悪いのか子供が出来ず、孕ませられる代わりの男、それも身分の高い男を探しているらしかった。俺は持ち金のほとんどを豪華な服に変え、彼女の元へと赴いた。
彼女は(当たり前だが)俺のことを覚えていなかった。でも、夢に出てきた男が俺にそっくりだったと言う。身分の高い男だと完全に思い込んでいたから好都合だった。今回は神が味方したのか、と思った。俺は彼女と寝た。非常にいい夜だった。
そこからすぐ、子供はできた。出産祝いの宴が開かれることになっていて、俺も呼ばれた。実に美味い食事と酒だった。だが、史家が昔の王様がサンゴを握ったら白く変わって、その後死んだという話をしてから雰囲気は変わった。旦那様はどこからかサンゴを取ってきて、赤子に握らせた。いや、驚いたね。サンゴは白く変わってしまったんだから。
みんながざわめくと、赤子は泣き喚いて、サンゴを離してしまった。サンゴといえば高級品だ。傷つけまいと、あの子は真っ先に拾った。これは多分俺とあの子しか気づいてなかったと思うんだけど、その時にもサンゴは更に白く変わったんだ。でもみんな赤子の方ばっか夢中になって結局宴はやめになった。
困難はここで終わらなかった。あの子と関係を持っていることを知った俺の妻が旦那に告げ口をしたんだ。「あいつは貴族でもなんでもない。ただの農民だ」とね。旦那は気が狂ったように、赤子を殺した。そして、あの子の息の根も止めようとした。俺はあの子と逃げ出した。逃げる途中、俺は剣を握った追っ手に頭を斬られた。
隠れた時、あの子は嘆いた。「やっぱりお告げには逆らえないのよ。あの子も死んじゃったし」。俺は言い返したね。「そんなことはない。僕たちの関係は一度は終わってたんだ。それでもまた会えたんだ。君は知らないだろうけど!」
そして……あぁ、そろそろ話しているのが苦しくなった。せめて遺言らしいことを言っておこう。
財産の相続は全て妻のコライユに一任する」
〈『公証人日誌 35巻』公証人マルク=ポワティエ著〉
ご閲覧ありがとうございます。
今回はちょっとずつ作風を変え、三つの話に分けたお話を書いてみました。
最初サンゴの日って聞いた時、何も思いつかなかったんです。だって私生物オタクじゃないし、そんなの微塵の興味もないし、知っててポケモンのサニーゴだし。だから、ウィキペディアを調べてみたんですよ。そこには結構面白いことが書いてあったんですよね。「サンゴが夢に出てくると病気が治る」とか「サンゴを生理の女性が握ると、色褪せする」とか「サンゴを握って色が白く変わったら死の暗示」とか。それらにインスピレーションを受け、今回のお話を作りました。新たなことを知るのって面白いしととても大事ですよね!
改めて、ここまで読んでくださってありがとうございました。
では、また明日。