ワンダラー
翌朝、テントを畳んで荷物をまとめた三人は、進路を誤らないようにレインによるスキャンを再度行なった。
「捕捉した。創造主は昨夜からあまり移動してないみたい。その代わり、妙な建物をいくつも作ってる」
「穴を掘るだけじゃなくて作るのも奴のお仕事だからな。よし、予定通り近づくぞ。まだまだ距離は離れてる。しっかり走れよ、アル」
「わかってるよ! くっそー、前に使ってたエクステが壊れてからは移動に関して僕かなり足手まといだよな」
「だからいつも言ってんだろ。いざって時に頼れるのは己の肉体だけなんだよ」
「エクステ?」
レインが首を傾げる。
「ああ、エクステってのは通称で――高度な移動能力を持つ義足って云えばいいのかな? 人間の身体能力なんて限度があるでしょ。ラズみたいな規格外の化け物も中には居るけど」
「こら」
「そこで機械の力ってわけ。文字通り手足となって人間の限界を超えた力を発揮する拡張機器。少し前まで使ってた足はそれこそレインみたいな速さで走れたんだけど――残念ながら壊れちゃった」
「それは残念。超スピードで駆け抜けるアルを見てみたかった」
「……変な想像してない? 別に普通なんだけどな」
「二人とも、無駄口叩いてないで行くぞ。多少ペースが遅くても今日中には奴の足元に辿り着けるはずだ。サボらなけりゃな」
「わかってるけど、しんどい!」
走り出したラズに続いてアルも足を踏み出した。
定期的に休憩を要求するアルを労りながら、三人は着実に創造主との距離を詰めていった。
狭い廃墟にねじ曲がった木々が茂っている。その中程でラズが足を止めた。
「ストップ」
「どうしたの、休憩ならさっき」
言いかけたその瞬間、大きな銃声がしてアルは口をつぐんだ。近くに生えていた木の幹が突然えぐれて、そのままへし折れていく。
「アル、後ろだ!」
振り返った先に歪なシルエットが浮かび上がる。細長い昆虫のような八本の足に、アンバランスなほど小さい円柱形の上半身が乗っている。その外周に埋め込まれた複数のカメラが、ぼんやりと光った。
「野良メカだな。今のどうやった? 注意しろ、射撃型かもしれない」
「下手に逃げて後ろから撃たれたらまずい。ここで始末して行きたいね。見た感じ装甲は薄い。ナイフが刺さればハックできるはずだけど、近づくのは危険。ラズ、どうする?」
「まずは様子見だ。お前らは下がってろ」
ラズがジリジリと前に出る。距離はおよそ二十メートル。
照準を合わせるように、かすかにモーター音が聞こえる。ラズはタイミングを見計らって体を射線から外した。爆ぜるような高い音がしたかと思うとラズがさっきまでいた地面が手の平サイズにえぐり取られた。
「危ねえ……だが連射は苦手と見たぜ。リロードにかかる時間は十二秒くらい。……来る!」
再びモーター音が聞こえて弾が発射された。それを先読みして側転、回避したラズが地を蹴った。
「だるまさんが、転んだっ!」
リロード開始と同時に俊足で駆け抜けたラズは、抜き取ったナイフをターゲットのボディに突き刺した。
「トリガー!」
ナイフの持ち手に仕込まれた引き金が引かれた瞬間、電脳世界の凶器とも云うべきアル特製のハッキングプログラムがターゲットの頭脳に恐るべきスピードで侵入した。
「ガガッ……ギッ」
「はぁ? なんだって? ごめんなさいするなら手遅れだぜ」
数秒の後、八本の足を動かしていたマシンが停止した。冷却機能の音だけがかすかに聞こえる。
「お疲れ、ラズ。しかし相変わらずお前の野生の勘はすごいよな。どうしたら射撃のタイミングを察知して避けるなんてことができるんだよ」
「機械が何かをする時には必ず変化があるもんだ。動かない場所が動いたり、聞こえなかった音が聞こえたり。付け加えるなら、俺は天才だからな」
「はいはい、そうでした。さすが一流の護衛屋は言うことが違う。完璧だ」
物陰に隠れていたレインが停止した八本足へ近づいた。
「銃……。射撃。優れた武器を持った機械だった」
「どうしたレイン。羨ましくなったか?」
「そうじゃないけど。ラズ、この機械にもマスターがいるの?」
「誰がそいつを作ったかってことか? その答えなら簡単だ。メイズにはびこる野良メカはほとんどが創造主によって作られたはずだ。こいつに限らず、お前をエサにしようとしていたイソギンチャクもな」
「創造主――ダイダロスが?」
「いや、ダイダロスは主に建物の建造と空間の拡張、道の整備なんかをやっている。メカを作ってるのはまた別のやつだ。創造主は三体存在するからな」
レインは二度頷いた。どうやらそれで疑問は解消されたらしい。
「それにしても遠隔攻撃は便利だよね。安全だし、賢い。創造主ってすごいな。これ、火薬を使って弾を飛ばしてるのか……。ラズ、それ外せないかな」
アルが指差したのは、銃だ。
「どうだかな。弾が本体内部にストックされてる可能性も……いや違う、銃の後ろに弾倉があるな。ふん、これならいけるか」
悪戦苦闘の末にラズはライフルを取り外すことに成功した。それをアルが引き継いで簡易的にカスタマイズし、持ち手と発射のトリガーを仕立て上げた。
「できたぞ! これであそこの木を狙って……」
ゆっくりと引き金を引くと、バン! という音と共に木の枝が折れた。
「あんなに細い枝を一発で。すごい射撃技術」
「レイン、皮肉か? ありゃ幹を狙って外しただけだろ」
ラズの言葉にアルが顔をしかめた。
「まだ練習が必要なだけだよ。モノは——悪くない」