サーチ
ラズの体まであとわずかというところで、ジョニーのマシンが急ブレーキを掛けたように止まった。派手にバランスを崩したジョニーの体が凄まじいスピードで投げ出される。
「ぎゃああああああああああ!」
長い悲鳴を上げながら、レザーを身にまとった巨体が建物の入り口に突っ込んでいった。壮絶な破壊音と共に土煙が巻き起こる。
「カシラ!」
二人の仲間がマシンから降りて入り口に駆け寄った。手当たり次第に瓦礫をどかしてジョニーを助け起こすが、ふらふらとよろめいてまた転んでしまう。
「危ないとこだったが、お前らのリーダーは事故っちまったみてぇだな。片手で危ない運転するからだぜ」
「青髪! 貴様、また何かやりやがったな!」
「カシラがあんな何も無い場所で事故るわけがねぇ!」
振り向いたフルフェイス二人が口々に叫ぶ。
「さて知らないな。それで? どうする? これ以上続けるとお前らも事故っちまうかもしれないが……」
「僕はやめておいた方がいいと思うけどね」
そう言って、アルが建物の影から姿を見せた。
「赤髪! くそっ、貴様の仕業か」
「結構手こずったけど、周辺エリアの地形情報の分析が完了した。それに合わせて何枚もトラップを張り巡らせてる。ネット通信オフらないと、あんたらもう満足に走れないよ。ただし、ネットの補助なしのオフライン走行で、まともに戦えればの話だけどね」
整備されていない道を走る際には、通常ネット接続によるシステムアシストを使用する。それなくして己の腕のみで走ることは高度な技術を要する為、アクロバティックな走行をする場合はほぼ間違いなくネット接続をすることになる。
しかしそれは同時に高度なハッキングに対して無防備になるということだ。
「覚えてやがれっ!」
古代から連綿と使われてきた捨て台詞を口にすると、二人は頭目を連れて逃げ去った。
「まったく……僕が間に合わなかったらどうなってたのさ」
「さすがアルだ、助かったぜ。見ろよこれ、まだ足が抜けねぇよ」
アルとレインがラズの元に駆け寄る。見ると、くるぶしの上まで瓦礫にはまり込んでいる。
「どうやってハマったんだよ、これ。とりあえず瓦礫をどかして――」
「それよりこうしたら?」
ドガンッという豪快な音とともに足下の瓦礫が砕け散った。地面に拳を突き立てたレインがニコリと笑う。
「うおお、足! 俺の足は無事か!」
パニックになったラズをアルがなだめる。
「落ち着けよラズ、見た感じ無傷だ」
「ぬぅ、レイン……お前そんな強いのなら先に言ってくれよ。てっきりパワーは人並みなのかと」
「言って頼られても困る。この程度の力は……なんの役にも立たなかった。あの化け物相手には」
銀髪の人型素体は下を向いてぽつりとこぼした。その表情には深い苦悩が浮かんでいるが、眉間のシワまでも美しく見える。
「レイン……」
ぽんと肩を叩いてアルが笑う。
「それでもその力は使えるよ。少なくとも僕がパンチする百倍は強烈だ。ああそうだ、今度からラズを引っ叩く時はレインにお願いしよう」
「ははぁん、俺を殺す気だな」
「それより――もしかして襲撃された時のことを思い出した?」
レインはアルを見てかぶりを振る。
「データは壊れたまま。ノイズだらけで奴のシルエットも分からない。ただ、その時の強烈な無力感だけが……」
拳をほどいてその掌をぼんやりと見つめるレイン。かつて目にした惨劇を振り払うようにゆっくりと首を振る。
「無理に思い出す必要はないよ。この分だといずれ何かのきっかけで記憶が——記録? どっちでもいいか。記憶が戻ることもあるかもしれない」
「そしたらメイズの外へ出る方法もいつかはわかるかもな」
二人に元気付けられてレインは小さく笑った。
「鍵の掛かっていた扉は開いたみたい。野盗のリーダーが体を張って破壊してくれたから」
「うへえ、あいつこの厚さの扉を突き破ったのかよ。骨、イッてるかもね」
入り口を覗き込んでアルが顔をしかめた。
「仕方ねぇだろ、やらなきゃやられてた。あいつらが持ってたスパークロッドは一撃でスタン確定だ。当たりどころが悪けりゃ後遺症が残ることだってあり得る。そしたら運良く生き残ったとしても、地上を目指すことはかなり難しくなったろうな」
「そうだね。ふざけてるように見えて、なかなか危険な奴らだよ。運転のしやすさよりも攻撃力を優先してたんだな。まったくこれに懲りて大人しくなってくれるとありがたいね」
そう言ってため息をつくと、アルは青い建物の入り口をくぐった。
◆
狭くて薄暗い階段を三人は折り返しながら上っていく。その最中にレインが口を開いた。
「ラズ、ひとつ訊きたいんだけど」
「なんだ」
「屋上に出るのは地上が危険だからだと言ってたはず。野盗を退治したのにここを通る必要があるの?」
「連中を避けることは理由の半分だ。もう半分は、なるべく上から見たかったってことでね」
「上から見る?」
「つまり――上についてから説明するよ」
途中の階に出る扉を無視して階段を上り切ると、最上部に現れた扉をラズが力強く開いた。金属の擦れる重い音がして外の景色が広がる。
「ふいい、疲れた」
「運動不足だな、アル」
肩で息をするアルを見てラズが苦笑する。レインは当然息切れ一つしていない——オートマタには呼吸の必要が無いので当然だが。
「この高さだとフロアのかなり遠くまで見渡せる。見ての通りごちゃごちゃして何がなんだかわからないが——」
アルの言葉通り、周囲の地形は大小様々な建物、植物、機械の残骸、あるいは不自然に隆起した地面そのものなどで入り組んでいて、どこに何があるのか一見して把握することは難しい。
「——もしかしてレインなら、遠くまで視えたりするんじゃないかなって」
「もしエレベーターの痕跡でも掴めれば。目的地に向けて探索開始ってわけだ」
ニヤリと笑うラズに、レインは首を傾げる。
「痕跡って……どんな? そもそも私はエレベーターの形も知らない。遠くから見てわかるほど巨大だということ?」
「そういえばそうだったか。エレベーターっていうと普通は箱型の輸送機のことだよな。機械式の滑車を使って上昇したり下降したり。しかし階層を繋ぐエレベーターってのはまったくの別物だ」
「別物?」
「滑車があるなら、それがレールみたいに上層へ繋がってるはずだよな。ところが階層エレベーターは滑車なんて使わない。聞いて驚けよ。なんと——ワープしちまうんだ」
そこへアルが目を輝かせて割り込んでくる。
「そう、ワープだ! これぞロストテクノロジーの凄さだよ。僕にはあの技術の仕組みは到底わからない。まぁ専門分野の違いと言ったらそれまでだけどね……。ああ、本当に綺麗なんだ、階層エレベーターのきらめきは」
押しのけられたラズがアルを押し返す。
「それだ。ワープするエレベーターは光を発する。なめらかな紅い光。ゆらゆらと帯のようにそれは発光する。レイン、お前のその眼でその痕跡をサーチできないか?」
「できるかも知れないし、できないかも知れない」
「減るもんじゃなし、とりあえずやってみてくれよ」
ラズはそう言ったが、高精度サーチモードを使用すれば通常時より遥かにエネルギーの減りが早くなる。レインは軽くため息をついて屋上の端へ歩み寄った。
「一番可能性が高い方角はこっち?」
「ああ。さっきまでの進行方向で間違いない」
「ご褒美、考えておいてね」
「ほんとに見つけられたらな。好きなもんをくれてやる」
その言葉に満足そうに頷くと、レインは両手の人差し指と親指で横長の四角を組んで覗き込んだ。
レインの瞳——当然眼球ではなく球状のカメラ——が緑色に光る。特殊な有機素材により生成されたレンズが内部で組み合わされ、より遠方をスキャン出来るようになる。およそ人間の眼には霞がかかって見えるような遠方の空間をレインはサーチした。そして十数秒後。
「ラズ」
「どうした、見つけたか? エレベーターか?」
「紅い光ではないが」
「違うのかよ!」
ラズが天井を向いて大袈裟に叫ぶ。それを見てアルはやれやれと首を振った。
「ラズ、ほんと短気だよなお前。で、レイン。何が見えたの?」
「機械が」
「機械? こないだのイソギンチャクじゃないけど野良の機械なんてこの辺にはいくらでも——」
「そう? でもあれは普通じゃないと思う。ビルみたいな大きさの機械が動いてる。建物を作ってる……いや、破壊してる? あれは一体……何?」
天を仰いでいたラズがガバっと振り向いてレインの肩を掴む。その目は真剣そのものだ。
「レイン、その機械、どんな見た目してる?」
「ラズ、まさか」
アルもいつの間にか警戒した様子でレインを注視する。
レインは今一度両眼のカメラをキュインと鳴らして言った。
「人型。腕が四本あるけど」
「ラズ!」
「ああ」
青い髪をクシャクシャとかき乱して、ラズは目を見開いた。
「創造主だ」