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ブルー・エクリプス

 二人のトレジャーハンターと人型素体は近くの集落クラスターへと場所を移した。

 そこは『レイジ』と呼ばれる集落で、かつて大きな爆発事故で生まれた広い空間をベースに作られていた。そこへ様々な人々が居を構え、いつしか出来上がったコミュニティーだと言われている。

 五十メートルはあろうかという高い天井の下に広がった集落はジャンク機械を骨組みに作られており、千人を超える住人たちが寄り合って暮らしていた。

 その一角にある行きつけの飲食店『青嵐』の個室に三人は陣取った。


「だから、僕たちはここを拠点にしてメイズを攻略して、お宝を見つけては日銭を稼いでるってわけ。って言ってもここで生まれたわけじゃないよ。生まれはもっと下の層」

「上を目指してここに上がって来たわけよ。ここがどういう世界かわかるか? なぜどこへ行っても天井があるのか」


 シチューを食べながら、アルとラズが交互に説明する。


「地下に作られた広大な迷路なんだ。簡単に言うとね。それを作り出したのは、創造主と呼ばれる三体の工業機械。数百年もの昔から今に至るまで自動で迷路を作り続けてるって話だよ。とても大きくて、パワーがある」


 アルは力こぶを作って見せた。


「そう、働き者のロボットだ。当時の主要な工業用機械メーカーが協力して作ったそうだが、中心となったのはエインヘル社を始めとした三社と言われている。エクソダス後の今となっては、過去の存在に過ぎないがな」

「エクソダス?」


 ラズの説明に、しばらく頷いていた人型素体は首を傾げた。


「あ、エクソダスっていうのはね、人類が地上から消えた日のこと。理由はわからないけど、ある日を境に人類は地下へ移り住んだ。そして同時に、地上へ帰る術を失ったと言われてる」


 シチューを平らげたラズは食後のコーヒーを飲んでため息をついた。


「五百年前だったとも千年前だったとも言われている。正しい歴史なんてものは失われちまったんだ。俺たちは断片的に残された記録をサルベージして、そこから推測しているに過ぎない」


 遅れて食べ終わったアルが炭酸水を飲んで一息つく。


「だからこそ僕らは見てみたいと思ったんだ。外の世界には何があるのか。そこで本当は何があったのかを。実際、色んな噂があるんだよ。異常気象でとても住めなくなってしまったとか、深刻な環境破壊のせいだとか、恐ろしい病原菌にが蔓延しているとかね」

「どうであれ、住めなくなったから、地下に逃げたって話だ」

「確かにエクソダスを経て人口が激減したって説もある。何か大きな災害があったのは間違いない」


 長い時を経て、すべてが謎に包まれていた。人類のほとんどは、自分たちが地面の下に住んでいることすら自覚していない。生まれてから死ぬまでを地下で過ごす世代にとって、それは当然ともいえる。


 あまりにも広大な地下空間には朝があり、夜があった。それは各フロアの天井に設置されている照明によるものだったが、時間とともに明るさは移り変わり、夜には月明かりのような淡い光を与えてくれた。まるで地下に空を再現したかのような機構は、古の時代にエインヘル社が創り出したロストテクノロジーだといわれている。


「ところで、そろそろ名前を決めない? どう考えてもやりづらいんだよね、名前を呼べないってのはさ」


 思い出したようにアルが提案した。デザートの饅頭をグニグニと弄んでいる。

 すると人間の再現物たる人型素体はどこか照れたような笑みを浮かべて賛成した。


「是非二人に決めてほしい。私にマスターは居ないが、あなた達をパートナーと認識している。先刻は壊れかけていたところを助けてもらった。命を救うのは命を生み出すのに等しい。よって二人は私の名付け親に相応しいと考える」


 今まで必要最低限の会話しかしなかった人型素体が急に多弁になる様を見て、ラズは驚きを隠せなかった。


「随分饒舌だな。でもまぁ、そこまで言われちゃ仕方ない。俺様が名前を考えてやろう」

「ちょっと待ってよ、彼女は『二人に』って言ってるんだよ。こういう作業は肉体労働担当のラズよりも、僕の方が向いてるよね。そうだよね」


 横からしゃしゃり出てきたアルを肘で押し返す。


「何言ってんだよ、必要なのは感性だ。違うか? こっちは日々命のやり取りでセンスを磨いてるんだ。パソコン叩いてばかりのお前には残念ながら任せられない仕事だ」


「それじゃあ」人型素体は驚いた表情を浮かべた後で言った。「二人の提案を聞いて判断したい」


 ◆


「いつまで拗ねてるんだよ、ラズ」

「別に。拗ねてないね。フラット過ぎて困るぐらいだ」

「なら膝を抱えて座るのはよせ」

「あーあ。パトリシアがよかったなぁ」


 しぶしぶといった様子でラズは立ち上がり、人型素体(オートマタ)に向き直った。


「よし、レイン。それじゃあ次のステップに進めよう」


 レインと名付けられた人型素体(オートマタ)は、少し笑みを浮かべたように見えた。しかしマユ毛が無い為か、感情がわかりづらい。


「実にいい名前じゃないか」とアル。


 レインというものがどんなものなのか。地下で暮らす人々にとってそれは情報としてしか存在しない。

 空から降り注ぐ水。そんな不思議なものがあるのなら、いつか見てみたい。この名前は地上に向かうという意志の表れでもある。

 ラズは浅くため息をついて、話を続けた。


「さてと。そのままでも美人だけどな、人型素体ならルックス変えられるだろ。適当にプリセットから選んでもらえないか。やはり眉毛もないと感情も分かりづらいしさ。どこか不安になる」


「問題無い。では外見の変更を行う。タイプゼロを選択する。ちなみに私のプリセットはこれ一つしかインストールされていないので、お気に召さなかったとしても変更はできない。了解してほしい」


 言いながらレインの身体に変化が生じた。白磁色だった肌には人間味のある血色が見えた。むき出しだった関節部の機構は肌で覆い隠された。何より大きな変化は頭髪が現れたことだ。背中までのロングヘアー。その色は青味がかった銀髪だった。


 百秒程かけて外見の変更は完了した。しかし――


「ちょっと待て、裸! 服を着なさい!」アルが叫ぶ。

「ビックリするだろうが。……でも眼福だよな」ラズが笑う。


 アンドロイド然としていた初期状態では気にならなかったが、人間とほぼ変わらない姿になった現在では着衣の必要性は明白だった。長いまつ毛、整った鼻。作り物といえばそれまでだが、だからこそレインは美しかった。慌ててラズは自分の外套を羽織らせた。


「とりあえずこの美しい淑女に文化的な格好をさせてやりたいな。リナの店に行こう」


 ◆


 食事の会計を済ませると、三人はターコイズブルーの看板が掛かった店へ移動した。看板には凝った字体で『ブルー・エクリプス』と書いてある。


「やあリナ。元気か」

「ラズ! アルも! もう来てくれないんじゃないかと思った。生きてたのね」


 心底心配したという様子で二人に言葉を掛けたのは、ブルー・エクリプスの看板娘、リナだ。栗色の髪が柔らかく結ばれているが、眼鏡の奥の眼光はどこか鋭い。明るいブルーのブラウスに、淡い緑のスカートをオシャレに着こなしている。


「リナ、ほんの一ヶ月だよ。死亡認定はひどいな」

「アル、メッセージもよこさないで一月よ。あなたが私の恋人だったら、とっくに思い出になってるわ」

「ドライ過ぎる……。ところで、この子に合う服を買いたいんだけど」


 リナは外套に身を包んだレインをまじまじと見て言った。


「この子、アルの恋人? 作り物みたいに綺麗ね」

「いや、この子は――」

「恋人ではなく、仕事上で協力関係にあります。恋人に発展する可能性が無いわけではありませんが、現時点においてその兆しはありません」


 アルをさえぎってレインが言った。


「随分と丁寧なご説明をありがとう」

「レインと言います。お見知り置きを」


 軽く会釈をしてレインは自然な笑顔を浮かべる。


「私はリナ。この店のオーナー兼看板娘よ。二人とは……腐れ縁ってやつかしら。ねえレイン、アルはやめといた方がいいわよ。ああ見えて百戦錬磨」

「おい、風評被害だ!」とアルが叫ぶ。

「新色のシャツがあるの。さ、こちらへどうぞお客様」


 リナはそれを無視してレインの手を取った。


「おいアル、なんだか言いそびれちまったな。面白いからレインの正体は隠しておくか?」

「悪趣味だなぁ。でもそのうちボロが出るだろうし、軽く驚かせるのも悪くないか」


 ちょっとした意趣返しも兼ねてアルは同意した。


 ◆


 鏡に映ったレインを見てラズが口笛を吹く。


「いいじゃないか。健康的セクシーってやつだ」


 本人の希望から動きやすさを重視した結果、ノースリーブシャツにショートパンツというスポーティーなファッションとなった。


「コズミックブルーのシャツがとってもお似合いね。当店オリジナルのスペシャルカラーなのよ」

「ありがとうございます。大事にします」


 少し照れた様子でレインがお辞儀する。


「ところでその汚い外套はラズのでしょ。彼に返さないの?」

「いいんです。この汚れが迷彩効果を良い具合にもたらしてくれるんです」


 新しい服に着替えたレインは何故か外套を羽織ったままだった。どういうわけかラズの外套が気に入ってしまったらしい。


「まぁいいさ、ルーキーへのプレゼントだ」

「ルーキーねぇ。ラズ、そろそろ上階へのルートは見つかったの? あんた達がこのフロアに来てからもう一年以上経つけど」


 リナは悪気なく痛いところを突いてくる。


「そろそろこの層は調べ尽くしたはずなんだけどな。おそらくどこかの壁の向こうに隠されてるはずだ。日銭を稼ぐのにいっぱいいっぱいで、その調査まで追いついてないんだよ」

「アル、ラズは何を探してるの?」


 苦々しく返答するラズを見て、レインが質問する。


「何ってそりゃ、エレベーターだよ。上層へ抜ける唯一の手段。レインもそれを使ったんだろ?」

「……」


 レインはおもむろに天を仰いだ。


「レイン……?」

「あとで話そう」


 そう言うとレインの顔から表情が消えた。そしてラズをからかうリナの声が止むまで、人型素体は沈黙を守った。

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