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起動

 うつ伏せに転がっていたボディを丁寧に引き起こすと、アルは戦利品をチェックし始めた。


 滑らかな体表面は乾いた泥やホコリでおびただしく汚れているものの、およそ人間らしからぬ白色をしており、色素を入れ忘れたかのように無垢(ムク)な光をたたえている。その顔は極力凹凸(オウトツ)を排除したようにデザインされているが、控えめな立体感には明確な美しさが込められていた。

 髪は生えておらず、それどころかマユ毛やマツ毛さえも見当たらない。人型素体の体毛は起動後に設定するのが常なので、毛髪が無いことは未使用品であるか、初期化後の状態であることが多い。


「見た感じ欠損は無し。……これ、ライブラリに載って無い型のボディだ。量産型じゃなくてプロトタイプの可能性もある」


「試作品ってことか? なんだよ、出来損ないか」


 アルは「ああもうわかってないな」と大袈裟に首を振ってみせる。「コスト削減された量産型よりもよっぽど高性能なプロトタイプもあるんだよ。今年開催されたオークションで最高額を叩き出した人型素体(オートマタ)、あれもまさに一点物の試作品だったなぁ……金さえあれば僕が欲しいくらいだった! お前は酒ばかり競り落としてて気付かなかったろうけど」


「よくわかってるじゃないか。闇オークションで手に入る酒はとびきり上物だからな。何にも代え難い喜びってヤツだよ」と言ってラズは恍惚(コウコツ)とした表情をした。「ところでアルよ、気付いてるか? この人形……起動してるぞ」


「ほえっ?」


 思わず飛び退いて汚れたヘッドパーツを凝視(ギョウシ)するが、それは目を閉じたまま動かない。


「お前やめろよな……ビックリし過ぎて変な声出ちゃったよ」


「いや、ウソじゃないって。首動いたもん、今」


「どこがだよ。大体イソギンチャクが罠張るくらい長い間眠ってたようなやつのバッテリーが生きてるわけないだろ」


「じゃあよく調べてみろって。俺は見た。絶対に、見た」


 断言するラズの目を覗き込み、アルは固唾(カタズ)を飲んだ。どうやら嘘ではない。

 背後に視線を感じて振り向くが、人型素体はピクリとも動かずに宙を見ている。


――目が、開いている?


「うわあ、起動してるッ」アルが再び飛びのく。


「だからそう言ってんだろうが! 人の話を聞けよ!」言いながらラズは無駄のない動きでアルと人型素体の間に体を入れた。


 静かなモーター音を伴って、人型の素体が立ち上がった。


 ◆


「ここは、地下だな」


 それは二人に投げかけた言葉ではなく、独り言だった。クリスタルのように澄んだ、感情を感じさせない中性的な声だとアルは思った。

 手本のような美しい姿勢で直立した人型素体は一度上を見上げてから、再びラズの方へ視線を向けた。


「アル、どうする。こいつ喋ったぞ」


 グローブをきつくはめ直して、ラズは人型素体に向けて半身に構えた。それはラズが警戒レベルを上げた時の癖だとアルは気付いた。


「スリープモードだったのか。見た目がいかにも未使用品だったからわからなかった。それにしても髪すら生えてないなんて、センス無いにも程がある」


「ハックするか? そして制圧する?」


「それは最終手段。まずは平和的にいこう」


 人型素体に向けてアルがゆっくりと近づくと、凄まじい反応で人型素体の首が振り向いた。その速さにアルが怯む。


「あの、こんにちは。僕はアルベルト。アルって呼ばれてるんだ。平和と自然が大好きなトレジャーハンターだよ。ここで会ったのも何かの縁だし、君とも是非友達になりたいな」


 笑顔を浮かべながらアルは握手を求めて左手を差し出す。しかし――


「警告する。その手に仕込んだ端末から強制アクセスしようとしているなら、私は私の身を守る為に実力で排除する」


 イタズラを見抜かれた子どもの様にアルは苦笑いして手を引っ込めた。


「ありゃ、あっさりバレた。スキャン能力も申し分ないね。賢いよこの子」


「古典的な手を使おうとするからだ、バカ。見ろよこの知的な佇まい。こいつ只者じゃないぜ。対等な相手だってことぐらい見ればわかる」


 わざとらしく咳払いをして、ラズがじりじりと無機質なアンドロイドに近づく。


「俺の名はラズ。そこの細い奴とコンビを組んでる護衛屋ガーディアンだ。あんたを傷つけようってわけじゃない。ただ契約上俺はあいつを守らなきゃならないし、そうでなくても友人なんでね。こういう時は俺が前に出ることになってる」


 ラズに視線を固定したまま人型素体は低く構えた。自分の演説が無視されていないことを確認してラズは続ける。


「かといって、殴り合いが大好きなわけじゃない。俺とアンタは全く別の存在だが、同じ物を持っている。そう、高度な知能だ。そして知能を持つ者同士大事なのは言葉によるコミュニケーションだ。そうだろ? それでその――まずはアンタの名前を聞いてもいいか?」


 一瞬、コンピューターの処理音が小さく聴こえた。数秒返事を待ってからラズが畳み掛ける。


「名前だよ名前。無いのか? 初めて起動した時にママに付けてもらわなかったか?」


 人型素体は腕を組む姿勢を取ると、すらすらと答えた。


「固有の名称を付けられる機会は既に損なわれた。私の所有者は私を起動して間もなく絶命した。原因は襲撃者による殺害」


「……見かけによらず重いエピソード持ってるんだな」

 ラズと顔を見合わせてから、アルがそう呟いた。


「しかし解せないぜ。襲われて逃げてる奴が迷宮メイズの隅っこでイソギンチャクに寄生されてたのはどういうわけだ?」


 ラズの質問に人型素体オートマタは恥じ入るように下を向くと、やや事務的な口調で経緯を話し始めた。


「襲撃者の戦闘能力は絶大だった。逃走中にエネルギーの九十五パーセントを失った為に私はスリープモードになっていた。時間をかけて再起動しようと試みたが、その隙を狙われて不覚にも電磁ファングによる攻撃を受けてしまった」


 オートマタはそこで一度言葉を止めて、二人が息を飲んで聞いているのを確認した。


「ねぇ、続けてよ。どうなったの?」とアル。


「身動きも取れずに養分としてジワジワと残りのエネルギーを吸い取られる中、自力での反撃は不可能と判断し、近くのデバイスへ位置情報を発信した。しばらくすると位置情報を嗅ぎつけたトレジャーハンターが現れて、私を助けてくれたというわけだ」


「それが本当なら、俺たちはまんまと利用されたみたいだぜ。さすが優秀なハッカーは違うよな」


 ラズは眉をひそめて皮肉っぽく言った。


「ラズ、それは違うよ。優秀なハッカーの助けを必要とする憐れな子羊を救ってあげた。僕が成したのはただそれだけさ」


 物は言いようだな、とラズは苦笑いした。


「さて、それじゃあ相談だ、ミスター。いや、それともレディーかな? あんたの性別が確定しているかわからないんで、すまないな」


「ジェンダーは女性と設定されている」


 人型素体のジェンダーは女性がデフォルトだ。名付ける間も無い程起動を急いだのなら、選択する余裕も無かったのかもしれないな、とラズは推測した。


「そうか、ならレディー。俺たちはあんたを助けたんだ。なにかお礼してくれてもいいんじゃないか? それにおそらくアンタは、戦闘能力の高い者の助けを探していたはずだ。ご主人様の仇を討つ為にな」


 ラズの眼をしっかりと見つめる眼球型カメラの奥から、キュイーンという音がかすかに聞こえた。

 変化の無い表情を見ながらラズは続ける。


「俺たちには力がある。そして知識もな。どうだ、手を組まないか?」


「……私のメリットは理解した。そちらの見返りは?」

 ラズは固い表情を崩すと、一度アルに視線を送ってから言った。


「俺たちは地上に行きたい。その為に必要な情報を、あんたが持ってるんじゃないか?」


 表情を崩さないまま、人型素体はゆっくりと頷いた。


「利害の一致を確認した」


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