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苦手な方はご注意ください。

俺に向いてる仕事、あるかな

作者: 眇田行

初めて物語を完結させました。

処女作ってやつかな、書き途中で投稿したのは消しました。

せっかく感想くれた一人のお兄さん!ごめんね! でもありがとう!

◆◆

◆◆◆


 若い、異様な男が屋敷の土蔵にいた。

 ぼうっとした顔、わりかし端正な顔立ちなのだが野暮ったさと幼さが残る、だけど目には狂気を感じるような鋭さと、薬物依存者のようなどんよりとした物。矛盾しているかもしれないが、ぼうっとしていて鋭い異様なマナコなのである。

 そしてなぜか三角座りの、うなだれながら左手には琥珀色の液体を、右手には煙草をという様で。

 脚には刀を、それは恐らく彼の大事なものなのであろうと伺わせる、両手はふさがっているが、これだけは手放せないといったように腕に絡ませている。

「――先生、如何ですかい。やらねェんですか。みんなお楽しみでっせ」

 男がもうひとり、中年のキンカン頭の、そして前歯の抜けた、間の抜けた顔の男が土蔵に。「先生、今日も大活躍でしたからね。楽しんでくだせェよ」異様な男に話しかける。

「楽しむって何をだい」

「そりゃあ女ですよ、先生。妙齢が三人ばかしと生娘が二人。もう生娘じゃなくなっちゃいましたがね、ヘハッ。一人は、もうボインで上物でっせェ。でも先生は若いからなぁ……ババァなんで、先生の食指に触れるか……ババアとガキ、どっちが好きですかい?」

 卑しく、下衆の、それでも間の抜けた笑みをして男が言う。抜けた前歯の間から隙間風がヒューヒュー吹いている。

「騒がれたらおカミがくるぞ」

「でェじょうぶでっせ。猿轡してるから」

「そういう問題じゃねえだろ……第一面が割れる」

 はい?っと、間の抜けた顔がより一層抜けた顔をして「何いってェるんです先生。でェじょうぶですよ。どうせ殺すんですから」

 そして男は間の抜けた顔から眉間を寄せて、多少真剣味をおびた顔で「いまさらですが、殺さず、犯さず、貧しきからは盗らず、ですかい」

「嫌、俺もこれで二度目だからな。この賊のお頭がそんな殊勝なやつじゃねえことはわかってるつもりだ」

「じゃあなんで犯らねェんです。そんなに面が割れるのが怖いなら目出し帽でも被りますかい」

「はぁ……俺はいいわ」

「あ、先生あれか」

 間の抜けた男が何か察したとでも言いたげに「死んだほうが好みなのか。いけねえですぜェそんなの。ホトケは大事に扱わねェと」

「ちげえよ、もう関わってくんな。引き上げる時呼んでくれ」

 もううんざりと言いたげに言葉を発したあと、先生と呼ばれる異様な男はフィルターギリギリまで吸っていた煙草を床にもみ消し、琥珀色の液体を一気に煽った。拒絶とも取れるその態度に間の抜けた男は少し哀しそうな顔をしたが、そこから動こうとしない。そして媚びへつらうような態度で異様な男に語りかける。

「ウイスキーですかい。先生お強い。ストレートで飲む人なんてそう見ませんぜ」

「紹興酒だ」

「しょうこうしゅ……?」

「中国の酒だ。老酒ともいうらしいな。もち米で作るそうな。ここの屋敷主はなかなか良いものを用意してくれてありがてえ。死んでねえなら一緒に飲み明かしたいくらいだ」

 俄かに態度を変えた。異様な男は酒が好きらしい。酒の話しになると急に饒舌だ。

「へへッ、先生お酒が好きなのか。でもいけねェな。肴がないと。煙草なんか肴にしちゃあつまらないでしょ?」

「じゃあ、台所まわりでピータンを探してきてくれ」

「ぴーたん……?」

「俺も冷蔵庫の中あらかた探したんだがねえんだよ。紹興酒があるからピータンもあるかと思ったんだがな」

「ぴーたんってなんですかい」

「モノ知らねえ奴だな。中国の食いもんさ。中華食いに行く時俺は紹興酒にピータンをつまむんだ。ピータン豆腐じゃねえぞ。ピータン単品だ」

「はぁ……探してきてもいいですが。その前に先生に訊きてェことあるんですよ。というか話したいのかな。ちょっとばかしいいですか」

 間の抜けた男の妙な態度に異様な男は苛立ちを感じたのか、煙草を咥えて火をつける。その際、手をわきわきさせるという不思議な動作をして、紫煙を吐いて、

「なんだい」

「この仕事には慣れましたかい?」

「仕事……?」

「ええ、この仕事」

「仕事といえるのかい、これが」

「盗賊だって立派な職業ですぜ。職業に貴賎なし」

「俺の親が今の俺の現状を知ったら、卒倒するか殺しに来るかなんだがな」

 その言葉はを聞いた男、何が面白かったのかヘハッと相好を崩し、

「先生、短い付き合いだけど、絶対育ち良いって気がしてやしたんです。家は名家か! そうだと思ったんですよ。上等なモン食ってるし品も良いし剣も強いしで」

「そんなんじゃねえよ」

「斜陽ですかい。没落貴族の。嫌、剣強いってことはお武家。お家取り潰しで浪人? いやぁ、『今の俺の現状を』ってことはお家は健在。勘当ですかい?」

「勝手に人の出生を勘ぐるな!」

 異様な男のぼうっとした顔は初めて怒気を孕んだ。

「いやぁすいません! もうしません。で、先生、慣れました? 仕事」

 間の抜けた男は異様な男が初めて感情らしい感情、表情を作ったことに喜びを感じたのか調子にのった。異様な男はそれを感じて諦めたように吐露する。

「慣れねえな」

「え、なんで。今日だってここの用心棒を三人ばかし、あっという間にお斬りになったじゃないですか」

 間の抜けた男が言うと、異様な男はできるだけ言いたくないのだろう。しばらく無言でひっぱって、そして泣きそうな顔で言う。

「人殺しが好かんのよ」

「あー……」


「俺には向いてねえよ、盗賊なんて。まして俺は先人切って押し込むんだ。真っ先に人を殺さなきゃならねえ。躊躇ってるとこっちが殺される」


 しばらく長考し、そしてまた泣きそうな顔で「てめえにはわからねえだろうけどよ」と前置きをし、


「殺した奴の顔が忘れられねえ……。殺した奴の顔が浮かぶんだ。忘れようと思っても忘れらんねえ。慣れるどころか向いてねえんだ」


 間の抜けた男、抜けてはいるが人の気持ちは慮ることができるらしい。慰めるように「そのうち慣れますよ」と言う。

「先生にはこの仕事は向いてないかもしれません。嫌、剣が強いから向いてるような気もしますけど、先生お優しいから。でも、仕事なんて最初は誰だって向いてないんですよ。嫌でも、慣れていくしかないんです。人間、慣れるようできてますから」


「なんで俺が優しいことになるんだ」

「殺した奴の顔を忘れられねェのはお優しい証拠ですぜェ。それに先生」

 間の抜けた顔の男が頭を搔く。そして懐かしむような顔をして上のほうを向き、

「俺が、先生とお頭が飲み交わしてる時、先生に失礼な態度を取ったでしょ。先生のこと新入りかと思ってェ。先生が先生だなんて思いもしなかったから。ヘハッ。その時のお頭、癇癪起こしたの、先生ったらお頭を宥めてくれたじゃないですかぁ。ありゃあ忘れられねえェな」

「お前があまりにも抜けてて可哀想だったからな。それに新入りだったことには変わりねえし。……それにしてお前、抜けているようでまともなことも言うんだな」

「ヘハッ、伊達に長く生きてねェですから」

 土間での二人の、しばらく前では考えられないような和やかな雰囲気が包み込まれ始めたその時、引き上げだとのお達しが来た。


「今日の仕事も終わりですぜェ、先生。後は官憲に見つからねェようにアジトまで帰るのが仕事ですぜェ」


 そして盗賊団はアジトの廃寺まで、官憲に見つからないよう、集団では目立つので銘々にと向かっていったのだ。


◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


 アジトの廃寺に到着した盗賊団は、官憲に覚られないようしばらくの間アジトである廃寺で引きこもることに決まった。

 そして水盤舎の、廃寺なのだから誰も手入れをしてないだろうと伺える石段石に異様な男は座っていた。やはり、左手には琥珀色の液体と、右手には煙草を、そして刀を腕に絡めて。

 すると間の抜け男の間の抜けた声がした。「先生!」

「なんだい」

「お頭が一杯どうかって言ってますぜェ。みんなでどんちゃんやりましょう!」

「俺はいいわ。一人でやる」

 異様な男は一人で飲むのが好きらしい。間の抜けた男も異様な男のそのきらいに心付いていた。だが、間の抜けた男、この若い異様な男がほっとけないらしい。懲りもせず話しかける。

「あ、今度こそウイスキーですね、先生。先生お強い。ストレートだなんて。俺なんかみりんでもクラつくのに」

「貴醸酒だ」

「きじょうしゅ……?」

「なんでもポン酒から仕込むらポン酒らしいぜ。俺は甘いのも好きなんだ。酒とくら辛口に限るなんて奴とは飲めねえな。あ、俺もみりん好きだぜ。シェリーみてえなんだよな。料理に使うなんてもったいないぜ」

 やはり異様な男、酒が好きらしい。途端に饒舌だ。

「ヘハッ! 本当に先生はお酒がお好きだ。でも先生、酒にゃ肴がないと。用意してきますぜ。何食べます?」

「酒盗」

「しゅとう……?」

「酒を盗むと書いて酒盗。文字通り酒を盗むんだぜこいつ。魚の内蔵を塩辛にしたもんだ。瓶詰めだから、この廃寺にもあるかもな。手前ぇらが持ってきてるとも思えないしな」

 酒盗なんてもの、瓶詰めだから長期保存ができるとしても、廃寺に置いてあるわけがない。置いてあるとすれば、この寺の主であったものはそうとうの生臭であろう。それをわかった上であるのだろうか、異様な男は酒盗を求めた。

「そんな上品なもの、あるかな」

「ククッ、お前、面白いこと言うな。酒盗が上品だなんて」

 異様な男は、どうやら間の抜けた男に心を開き始めたらしい。堪えきれず笑い始める。

「ヘハッ、先生男前ですけど、笑うと一段と男前だ」

「やめろ気持ち悪い」

 眉間に皺をよせるが、異様な男、悪い気はしていないらしい。間の抜けた中年に容姿を褒められても嬉しくともなんともないはずなのだが、そして異様な男、何を血迷ったのか、らしくもなく間の抜けた男に、

「足を洗おうとは思ったことはないのか」とこんなことを持ちかける。

「へッ、それは……」

 間の抜けた男も突然の問いかけに困惑し、間を置いて、

「ありますよ」

「なんだい、あるんだ。他にやりたいことでもあるんかい?」

「ヘェ。あるんですよ。俺、坊主になりてェなって」

 異様な男は吹き出した。

「おめえが坊主、ハハッ!おもしれえ」

「笑わないでくださいよ」

「なんか説法、説いてみろよ。おもしれえ。酒がうまくなってきたぜ」

 異様な男は一人で飲むのが好きなはずだが、そんなことは忘れてしまったらしい。吸いさしの煙草を地面にもみ消し、上機嫌で新しい煙草を咥えて火をつけた。

「先生、家の宗派はわかりますかい」

「宗派ときたか。曹洞宗だが。母方は真言宗だったかな」

「じゃあ西遊記って知ってますか」

「ああ、あの三蔵法師とやらが猿公と豚と河童と愉快な旅をして、天竺にいってありがたいお経を貰いに行く話だろう」

「さすが先生、物知りですね。それで、そのありがたいお経なんですけど、それ、なんだか知ってます?」

「知らねえな」

「摩訶般若波羅蜜多心経」

「まか……はんにゃら? 般若心経のことかい?」

「そうです先生」 

 異様な男は驚いた。この間の抜けた男、抜けているが以外と博識な一面を見せるもんだから閉口した。

「なんで宗派を訊いたんだい?」

「読まない宗派もあるそうなんですよ。日蓮宗とか真宗とか。曹洞宗ならでェじょうぶでしょう。なにか身内に不幸があったら葬式の時に読むといいですよ。俺らの身内って、てなりますが、ヘハッ! まあ般若心経には良いことが書いてあるんですよ」

「なんだい良い事って」

「色即是空、空即是色」

「しきそくぜく……くうそくぜしき……?」

「この世のモノ全てに実体なんかないって言ってるんですよ」

 モノ知らねえと馬鹿にした男に、逆に解き付加される。

「実体がないからなんなんだ?」

「そのあと続きがあるんでェすが。読経しましょうか?」

「読経もできるときたか、でも遠慮しとくよ。お経ほど眠たくなるものはねえ。で、実体がないからなんなんだ」

「さあ、俺の解釈が正しいかわからねェですが、実体の無いモノに囚われるなってことだと思います。世の中、苦しいことばかりです。嫌なことばかりです。病気だってあります。人間死にもしますよねェ。家族が死んだりもしますよねェ。でもそれは全部実体がねェ。そんなモノに囚われるなって解いてるんです」

「実体のないモノに囚われるな……か。はっ! 良いこと聞いたよ。おめえ、坊主向いてるかもな」

「ヘハッ! そうでしょうかね」

 褒められて喜んだ間の抜けた男だが、しばらくし沈んだ顔をして、

「でも俺、盗賊ですから。盗賊から坊主に転職なんて聞いたことねェでしょ?」

「まあな、でもお前、言ったじゃねえか。実体のないモノに囚われるなって」

「はぁ」

「世の中全て実体の無いモノなんだろ。そんなことに囚われるなよ。向いてる気がするぜ、お前」

「そうでしょうかねェ、ヘハッ! ヘハハッ!」

 間の抜けた男、褒められることに慣れてないらしい。この若い異様な男に惚れ込んだのか、話し込みたいと思い始まめたようだ。調子者であることは見ていてわかるが、「次は先生の番ですぜ」と言いはじめた。

「俺の番? なんだいそれ」

「俺、先生から剣術の手解きをしてもらいてえなあと」

「剣術の手解き? 何言い始めるんだてめえ」

「お願いしますよ、先生。俺も釈迦の教えの手解きをしたんですから」

「それを手解きというのかわからねえが、良いよ。面白かったしな」

 異様な男も面白くなってきたらしい。

「じゃあ先生、刀かしてください」

「そいつは無理な相談だな。てめえのその匕首で教えてやるよ」

「どうせなら本差しで教えて欲しかったけど、先生の商売道具ですしね。仕方ねえか。で、どうすりゃいいでしょう」

「じゃあまず素振りからな」

 男は煙草を新しいものにし、その際手をわきわきするとい不思議の動作をした後、琥珀色の液体を煽る。

「素振りですか。ていや! こいや! こんな感じで」

「はぁ……」

 間の抜けた男の、匕首を滑稽に振る様にため息を漏らし、

「まず、普通に立ってみろ」

「普通にですかい、こう」

「匕首のことは忘れて普通に立て。そんで足を並行にして、その足を肩幅まで開けてみろ」

「こうですか」

 間の抜けた男、立っているだけでも間が抜けている。

「そうだ。んで、右足を一歩前に出してみろ」

「こうですかい」

 間の抜けた男は大きく前に一歩出た。そして、異様な男は大きいため息をした。

「俺が悪かった。普通に立って足は肩幅、それで、ここが重要なんだが、普通に歩く時のように一歩前に出てみろ」

「こうですかい」

「そうだ。すると左足の踵が自然と浮くだろ……浮かせろ! それで匕首抜け……。あのな、柄は右手が上で左手は底のほうな。流派によって違うんだが現代剣道は右手左手は離す。んで、雑巾を絞るように……絞んな! 絞るようにって言ってるだろう」

「先生、ただの素振りでしょ。なんでこんなむつかしいことしなきゃならんのです」

「基本が大事なんだがな。……言われてみればそうなんだが、基本が大事なんだよ」

 異様な男は律儀な所があるのか、諦めず「それで相手の喉元に匕首を構えろ。高すぎる! へそんとこもってけ。んで腹の間に拳一個ぶん空けて、ああもう!」

 男は苛立ち立ち上がって刀を抜いた。

「ひいぇ、なんです先生」

「だから手解きだ。いいか見てろ」

 異様な男は芸術的とも言える綺麗な素振りを見せる。「こうな」といって。

「でも先生が人斬る時、そんなに大きく振ってなかったような」

「これは空間打突というんだ。普通人斬るときはな、素振りのように切らずに打ち込むんだがてめえに打ち込み稽古はまだできねえんだよ」

「ヘェ、そうなんですね。剣術の道は一朝一夕じゃ無理なのかな」

「あたりめえだ。俺が何年竹刀を振ったか」

「へへェ、じゃあやってみます」

 そしてしばらくの間、小さな剣道道場が続いた。 

 

◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


「もう限界でェー、先生もうだめ! 汗だくでさあ」

「お前、五十も振ってねえじゃねえか」

 男はつまらないものでも見たと言いたげに、座り直し左手に琥珀色の液体を、右手には煙草をという様に戻った。

「でも形にはなったかな」

「本当ですかい先生ェ。ぜェはぁェー」

「ああ、お前がガキだったら褒めてるよ」

「本当ェ……ですかい。段は無理でも……ぜェ、はぁェー、一級はもらえるんでしょうか」

「三級ももらえねえな。まあ俺も二級から始めたし、続ければ慣れてくるもんだろうな」

「三級も、ぜェー、もらえねえんですかい、それって中学生レベルですかい」

「小学生レベルな」

「ぜェーそんなああェ」

 間の抜けた男は汗だくの、それは疲れた様だった。

「でも、先生ェー、剣道道場の先生に向いてるかもしれないですぜ」

「それは無理だな」

「なんでェ」

「お前を見てみろ。まるで人に教える才能がねえ」

「そんなァ!」

 異様な男、冷たいことをいうが心持ちは楽しんでいるようだった。

「でもぉ、今日教わったこと生かしてぇですぜェ。次の一働きまで待てねェな。せっかく先生に教えてもらえたのに」

 異様な男、間の抜けた男がまた間の抜けたことを言うのを見て、ため息を吐く。それは諦観の色が濃く見えた。

 そして、そんな間の悪いところに、廃寺の石段を登ってくる小汚いガキが現れる。

「なんだてめえら。ここはオイラの住処だぞ」

 小汚い、ボロ雑巾とそう違わない着物を着たガキ、しかし顔をよく見るとそれは綺麗にしたら見れる程度の、いや見れる程度という言葉を使うには失礼なぐらい整った顔立ちの子供だった。性別は恐らく女。

「ガキ、すまねえな。今ここは間借りしてもらってんだよ」

 間の抜けた男はそう言うと、何か面白いことでも思いついたようにポンと手をついて、

「先生、見ててください! 今からこのガキ殺します! 今日の稽古の成果、見ててください!」

「なんだてめえ、間の抜けた顔してオイラを殺すってのかい」

「そうだ、悪りぃな」

 途端にガキは逃げ出す。逃げることに長けているのだろうか。俊敏な一面を見せて、だが。石段を駆け下り用としたとき、ガキは不幸にも転けてしまった。

 異様な男は立ち上がり、その様をみて「おいおい」と言った。何を思ったのかはわからない。

「俺は確かに間の抜けた奴だが、てめえも相当だぞ。転けちまうなんて」

「クソジジィ!」

 匕首を持って歩いてくる間の抜けた男、するとその男の喉から刀が生えた。

「ェ……」

 異様な男が、間の抜けた男を串刺しにしていた。

「シェンシェ……ァんで」

 間の抜けた男は心底不思議そうに問いかけるのである。なんで俺を殺すんですか。人殺しは嫌なんじゃないんですか。

「なんかさ、もしかしたらだけど、俺人殺すの慣れてきてるかもな。人間慣れるようにできてるから。ごめんよ。俺、お前のこと結構気に入ってたよ」

 間の抜けた男は血を吹き出し倒れた。

「なんだてめえ。こいつの仲間じゃねえのかよ!」

 小汚いガキが言う。

「元同僚だな」

「なんだそれ」

「俺もよくわからん」

「なんで殺すんだよ、オイラを助けたつもりか」

「別にそんなんじゃねえよ。人殺しに慣れとこうと思ってな。でもさ、慣れねえや。やっぱり俺人殺しは好かん。向いてねえな」

「……。知らねえけどさ、ここにいたらオイラ達やばいんじゃないか」

 オイラ達ときた。小汚いガキの中では命を助けてもらった異様な男に仲間意識が出来たのかもしれない。

「それもそうだな」

 二人は廃寺を後にした。


◆◆◆

◆◆


◆◆

◆◆◆


「なに、手をわきわきしてんだよ」

「煙草を切らせちまってな」

 異様な男の不思議な仕草は、煙草を欲するときに起こすものなのだろうか。常にやっているような気もするが、その手をわきわきさせる仕草の原因をそう伝える。

「煙草か! 丁度いいや。 買ってくれ」

 小汚いガキは懐から何本かの煙草を出す。

「おっありがてえ。でも、なんでてめえみたいな貧乏そうなガキが煙草を持ってるんだ」

「おいら、煙草を巻く奴隷をしてたからな」

「なに、その楽しそうな奴隷」

「楽しくともなんともねえぞ」

 小汚いガキは訝しんだ顔をし、

「煙草って煙草葉があるじゃねえか。あれ吸っちまうと身体に毒だからな。誰もやりたがらねえんだよ。手も臭くなるしさ。奴隷の仕事になるわけだ」

「俺に向いてるかもしれない。俺は煙草を愛しているからな」

「言っとくけど吸えねえぞ。火気厳禁だ」

「やっぱ向いてないわ」

 異様な男、間の抜けた男から間の抜けた気質が伝染ったのかトンチンカンなことを言い始める。

「でもお前が持ってるのはおかしくないか。煙草巻いてるだけで売ってるがわじゃねえだろう、奴隷って」

「自分で巻いた煙草を時々懐に入れるんだ。で、煙草ってほとんど税金じゃねえか。だから闇市で安く売ってるんだぜ」

「ほーん、因みに一本いくら?」

「五円だ」

「安い! 買った!」

 異様な男は煙草を買い、そして「ゴールデンバットじゃねえか!」と嬉しそうに驚いた。

「なんだ、オイラの巻いてる煙草ってそんな高級品なのか」

「嫌、安煙草だな。俺の知ってるいる限り一番安い」

「なんだよ、じゃあなんで喜ぶんだよ」

「最古のロングセラー商品だしな。しかも多くの文豪が愛した煙草だからな。俺、中原中也が卒論だったんだぜ」

 ガキから煙草を買った男は即座にそれを咥え、火をつけて、深く吸い、美味しそうに紫煙を吐いた。

「美味しそうに吸うな。兄ちゃん」

「実際、うまいからな」

「オイラの仕事先、時々偉いのが来て、煙草を試飲するんだよ。でもあれ、吹かしてるだけだったぜ」

「葉巻じゃねんだからそんなのもったいない。俺、その仕事やりたいな」

「どんなに好きでも仕事になると嫌になるんじゃないか。煙草って毒だし」

「そんなもんかね」

 異様な男はあっという間一本吸い終わり新しい煙草を咥えて吸い始めた。

「知らねえけどさ。これからどうするんだい」

「お前、奴隷なんじゃないの。煙草巻きの仕事は?」

「とっくに逃げ出しちまったよ、バックレってやつさ」

 異様な男は得心がいったという顔をして、「じゃあお互い仕事探しだな、今俺も無職だからさ」とマナコを虚ろにして、

「はぁ……でもさ俺に向いてる仕事、まるでねえんだよ。色々やってきたけどまるでない。慣れるってことはあるけど嫌になっちまう」


「俺に向いてる仕事、あるかな」


「多分、ねえんだろうな。なにやっても駄目だろう。俺に仕事なんてさ、どだい無理な話しで……」

 目の焦点を合わさずにそう吐露する。

「兄ちゃん、何言ってるんだよ」


「仕事ってのはおまんま食うためにやるもんだろ。向いてる向いてない、とか、好きだから嫌いだから、とかでやるようなもんじゃねえぞ」


 小汚いガキに確信のつく、その言葉を面食らい異様な男は放心した。


「ははっ……、そうかもな。飯食うために働くんだよな。人間って」

 しばらく放心したあとそう呟き、異様な男はガキのほうを見て、

「お前、一人称をわっちにして、語尾をありんすにしてみろ」

「ああん、わっちとか言わせてわっちに何をさせたいんでありんす? んん……」

 小汚いガキはしばらく考えて、

「これって廓言葉じゃねえか!」

「ああ、そうだよ。ガキの癖にモノ知ってるな」

「オイラは娼館なんてゴメンだぞ……」

「いや、ほんとにオイラって言うのやめて欲しいだけなんだ。お前ガキだけど、結構可愛い顔してるからさ」

 小汚いガキは顔を赤らめて、「そうかい、あんがい娼婦も向いてるのかもな」と言い、「飯食うためならそれも考えるか」とつぶやいた。

「大丈夫だ。俺について来い。当分飯に困らねえぞ」

 異様な男はそんなことを言って、小汚いガキは「兄ちゃん、無職なんじゃねえのか」と全うの反応に、異様な男は刀を掲げて、


「再就職だ。仕事って嫌でもやんなきゃ飯食えないんだろ。こいつでしばらく飯食ってくよ」


 そう言って、明日はどうしようか、酒は、つまむ肴は、小汚いガキの服どうしようかなんて話しながら二人歩き去っていく。


◆◆◆

◆◆

◆  

長いのに読んでいただきありがとうございます。

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