謝罪、二つ。3
放課後になっても苛立ちは消えなく、日を置いても無くなる気配はなくて、腹の奥底に溜まっていった。
半ば衝動的に拳を振り上げてみたものの、何処にぶつけたら気が晴れるのかわからず、ただ虚しく元の場所に戻るだけだった。
そしていつからか、事件当日に僕が中庭にいたという話だけが不自然に広まっていた。それが確定すれば噂に信憑性が生まれ、僕が犯人であると誰もが思い込んでいた。
噂の粋を出ないものが偽りの真実へと変わってゆく。
以前より陰口を叩く人数が多くなったのは気のせいではない。
全ての人がそうだったわけではないが、心の中ではどう思っているのかわかったものではなかった。
あれから幸秋と口を利かなくなった。
幸秋は何事もなかったようにいつも通りで、その態度がさらに僕を苛立たせた。
僕だけが苦痛を抱えているこの状況に理不尽を覚えていた。
幸秋の嘘は人として卑劣なものではある。
ただ、それが真実だとしても、いったいどれだけの人が僕の言葉を信じてくれるのか、考えるまでもなかった。
何も取り柄がない僕だけが知らない生徒から指を差され、隠そうともしない馬鹿にした笑いを向けられる。
誰に何を言われようと気にならない強靭な心を持たぬ僕は、ひたすら堪えるしかなかった。
唯一の友達を失い、僕は一人きりになった。
孤独には慣れているつもりだったが、それは思い違いだということを思い知った。隣にいなくても友達と呼べる人がいれば、それだけでも一人ではなかったのかもしれない。
両親が不在の広すぎる家の中に僕だけしかいなくても、こんな思いはしないのに、大勢の中にいると途端に周囲との距離を感じ、僕の周りだけ見えない壁でもあるかのようだった。
その壁を越えるすべはなく、引き上げてくれる友人もいない。
閉ざされた世界にいる僕を気にかけ、率先して関わろうとする人もいない。
これだけの人がいるのに、孤独を埋めてくれる誰かが現れることはなかった。
それでも時折、僕の存在をふと思い出したかのように声をかけてくる人がいた。
けれど、彼らは救いの手を差し伸べるわけではなく、からかい擬いの嫌がらせを仕掛けてくるだけだった。
嫌がらせは日に日に加速していった。
三時間目の授業が終わってしばらくすると、触れてもいないのに机から筆箱が吹っ飛んだ。勢いに乗った筆箱は大きな音と共に壁に当たると、中身をぶちまけながら床に落ちる。
何度目になるかなんてもう数えていない。
身近にある悪意が僕を苦しめようと手を変えては動き出す。
顔を上げると口の端を釣り上げ、楽しそうに笑う井口さんが僕を見下ろしていた。
嫌がらせの主犯格。
文句を言う気力も失くした僕はそっと視線を外し、何も言うこともなく散らばった文房具を探す。転がったシャープペンがクラスメイトの近くまで転がっていても拾ってくれることはない。
哀れみの視線を向けるだけで関わろうとはしない。傍観する人ばかり。
集団いじめと言っても過言では無くなっていた。
拾い終わった筆箱を握り締め、自分の席でこうべを垂れる。
当たり前だった平穏はもう手の届かないところにあった。
昼休みになると誰も寄り付かない僕のもとへ見知らぬ誰かがやってくる。
「なんだよ、また僕をからかうのか」
もう勘弁してくれと言葉裏に表現すると、意外にも相手は黙っていた。
きっと気弱な奴が罰ゲームかなんかでやってきたのだろう。
今の僕は教室の隅に置かれた暇潰し道具であり、ゲームの駒みたいな存在だった。
「あの」
ようやく口を開いたとおもえば口調は弱々しい。
この手の嫌がらせに慣れていないのが感じ取れた。
大方、教室の隅で僕らを観察し、口に手を当て笑い声を漏らさないよう堪えている連中がいるのだろう。
「僕に、関わらないでくれ」
決して大きな声ではないけど抵抗した。
たったそれだけでその子は離れていった。
ごめんなさい、と小さな声を残して。
あまりにも呆気ない幕切れ。
ちらっと目を向けると小さな背中が離れて行くのが見えた。
やりたくな気持ちを言いだせず、やむなく参加させらた気弱な人。
その人の意志ではないにしろ、どんな立場であっても同じ事。
そんな人たちと付き合い、それは悪いことだと言いだせない。
それだけでも同罪なのを彼らはわかっていない。
面白ければどんなことをしても許されるわけがない。
でも、それが当たり前なんだと冷静に受け止めている自分もいた。
誰かがからかわれていても見て見ぬ振りをしてきた。
関わることを何もしないことで拒絶していた。
やっていることは違くとも彼らは僕で、僕は彼らなんだ。
力のない者はそれらに抗うことはできない。
独りでは大人数に勝てるはずもない。
いつだって人数の多いほうが正しく、それが例え作られた物語であろうとそれでいいとみんなが思えば簡単に捻じれていく。
僕の言葉は誰にも届かない。
たった一人の友人に裏切られ、クラスメイトにいいように遊ばれ、僕は疲れていた。