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隣で支える小さな影  作者: 柳
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謝罪、二つ。2

 

「知らないわけがないだろ! 本人に直接会ったお前なら」


 僕が何を言おうが、幸秋は頑なに名前を明かそうとはしなかった。

 冷ややかな瞳で僕を見つめたまま口を閉ざしていた。


「言えない理由でもあるのか」


 何気なく言った言葉だった。

 でも、繋がった気がした。

 ああ、そういうことなんだな、と納得してしまった。

 考えてみれば女子とろくに会話もしたことのない、まして接点もない僕に、告白したいと思う人がいる訳が無い。


 これは作られた嘘。

 そう考えれば全部辻褄が合う。


「もういい、お前のことはよくわかった」


 心底、目の前の人が嫌いになった。

 これ以上の話し合いを僕は望まなかった。


「僕の、何を知っている」


 肝心な話には黙ったままだったくせに、こんな関係のない言葉には反応して不快そうに眉を寄せている。

 僕を馬鹿にしているとしか思えない態度に、一度冷めた熱が再び湧き上がっていく。


「知らないよ! 何考えてるかなんて、他人にはわからない」


 張り上げた声が廊下にこだまする。

 誰かに聞かれてしまうなんて配慮はもうできない。


「浮かれている僕を影からこっそり覗いていたのか? それとも、みんなに見せるのが目的だったのか? まあ、どっちにしろ、そんな悪趣味があったなんて思わなかったよ」


 言いたいことをぶちまけていると、出来すぎた仮説が浮んだ。


「制服泥棒まで仕立てあげるのも含めてなんじゃないか」


 幸秋ならありえそうだと思った瞬間、そうとしか思えなくなった。


「出来すぎてたんだよ。告白する人は来ない、指定した場所が更衣室の近く、そんなたまたまの日に盗難事件? ありえない」


 それが、偶然だと言い張ることは出来る。していないと訴えることも出来る。

 でも、幸秋は何も言わない。冷静でいられるわけがない。

 考えるより先に言葉が飛び出していく。


「さぞ滑稽だろうな。こんなに簡単に策にはまるなんてさ」


 何もかもが疑心に変わっていく。

 突然、あんなタイミングで言いだすこと自体おかしかったんだと。


「考えられるのはお前が騙した。それだけだ」


 言いたいことを全て吐き出した後の廊下は静けさを取り戻していた。

 そして、静寂の中で幸秋の馬鹿にしたようなため息がはっきりと聞こえた。


「言いたいことはそれだけか」


 冷静な瞳が僕を捉えている。


「幸秋からしたらそれだけのことなんだろうよ。けど! 僕は簡単に片付けられない問題なんだよ。いい加減にしろ」

「ああそうだ、騙した、これでいいか?」

「……ふざけるな」


 きつく握り締めた手のひらに爪が食い込む。

 絶交だ、と僕は小さく呟いた。


「お前がそうしたいのなら僕は構わない」


 幸秋は背を向けた。

 長い時間をかけて作り上げた僕らの関係はあまりに脆く、あっという間に崩れてしまった。裏切った友人の後ろ姿が見えなくなるまで、僕はその場に立ち尽くしていた。


 いずれは教室にもどらなければならないが、幸秋の姿を見るのも嫌になり僅かであっても距離を開けたかった。

 既に予鈴は鳴っている。いつまでも廊下にいるわけにもいかない。

 複雑に絡まった気持ちを整理をする時間すら残されてはなく、僕は足を進めるしかなかった。

 時間を置いて教室に戻ると授業が始まっていた。


「予鈴はとっくに鳴っているぞ」


 少しきつめの教師の言葉に、すいません、と棒読みかつ反省の色がない謝罪をのべ自分の席に着いた。


「今度からはチャイムがなる前に席に着くように」


 適当な注意を促しただけで授業が再開される。

 教師が教科書を読み上げているが、言葉が耳に届いては通り過ぎていった。

 何処を読んでいるのかもわからない。

 思考を圧迫しているのは幸秋に対する憎しみだけだった。

 今はそれ以外何も考えられない。


 気付けば授業が終わっていた。


 周囲の人たちの気配を感じながら、僕はじっと机を見つめていた。

 真実を知れば、この気持ちに整理がつくと楽観的に考えてい自分が馬鹿らしい。

 苛立つ気持ちは積もっていくばかりで、いつになっても冷静になれない。


 ただほんの少しだけ、僕は自分が吐いた言いがかりを悔やんでいた。

 制服を盗んだ犯人が幸秋だとは思っていなかった。

 頭に血が昇って無理矢理に繋げただけの空想に過ぎないのはわかっていた。


 それでも、言いがかりだとしても、僕は幸秋に真剣に向き合って欲しかった。


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