まだ見えないこと。8
視線の先にいる柚木さんは二つ目の街灯の下にいて、胸のあたりに手を添えて足元を見つめていた。
緊張しているのは見て取れたので適度に距離を空けて足を止めた。
「明日、学校……」
ぼつりと呟いた柚木さんの声は微かに震えていた。
そして、その続きがなかなか出て来ない。
僕は焦らず、柚木さんを待っていた。
遠くの方でサイレンの音がした。
音のした方へ視線を向ければ、小さく灯る街灯りが見える。
救急車だと思ったが、姿はここからでは見えなかった。
救急車の音も聞こえなくなり視線を戻せば、深呼吸を繰り返している柚木さんが目の前にいる。そのことに違和感を覚えた。
柚木香織、という人を知ってからだいぶ経った。
僕らは軽口を叩き合う友達ではなく、会話をしなくてもいるのがあたりまえの同級生でもなく、けれど他人でもなかった。
いつからか、僕が知っているどの言葉でも当てはめることが出来ない複雑な関係に収まっていた。
それは脆いと言っても間違いではなかった。
ふとした言葉で崩れてもおかしくない、危うい距離感で繋がっていた。
それでも僕たちは踏みとどまり今もこうして向き合っている。
遠慮して、気遣って、言葉を探して、飲み込んで。
そうして会話は少なくなっていった。
柚木さんから話を振られるのは稀だった。
恥ずかしがり屋であり積極的ではない女の子。
そんな彼女と僕の間には色々な出来事があった。
仲を深める時間をすっ飛ばして、お互いに気持ちをぶつけ合ったりもした。
多くの話をしなくても何となく彼女をわかるまでになった。
だから、出会った頃よりも砕けた関係に、少なくとも他人よりも仲は深まっていると思っていた。
でも、柚木さんの口調はまるで初対面みたいに遠慮がちで、怯えているようだった。
「終わったら、少しだけ、お時間もらえますか?」
「いいけど、今じゃだめなの?」
こくん、と柚木さんが頷く。
「そっか、わかった。教室に迎えに行けばいいのかな?」
「教室ではなく、中庭で待っていて、欲しいです」
そこまで言われてようやく柚木さんが少し変だった理由に納得がいった。
何を伝えたいのかを悟った。
幸秋越しではなく、本人からの言葉で。
あの日に果たせなかった約束をもう一度。
「ん、わかった」
僕が言うと、柚木さんはゆっくりを顔をあげた。
「今度は絶対に行きます、だから、待っていてください」




