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隣で支える小さな影  作者: 柳
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まだ見えないこと。7

 

 毛布の内側から小さな声が聞こえる。

 鼻声になりながら、立花さんは何かを呟いていた。


 僕は背を向け出口へと足を向けた。

 強引にでも視界から立花さんを外さなければ、まだ言い足りない棘が内側から飛び出しそうだった。

 何をやっているんだ、僕は……。


 自責の念が目の前を覆い、僕は目を閉じた。

 僕の感情なんて後回しにするべきだった。

 今だけは、柚木さんのことを第一に考えるべきだったのに――。


 頬に風が当たった。

 はっとして振り返れば、ベットの脇に腰を下ろす柚木さんの小さな背中が見えた。

 怖がって震えていたのに、柚木さんの動作に迷いがない。

 驚く間もなく、言葉もない。

 僕の視線はただ柚木さんで止まっている。


「ごめんなさい」


 しばらく立花さんを見つめ、柚木さんは謝罪の言葉を呟いた。

 すすり泣く声が止まった。

 立花さんはそっと顔をのぞかせ、涙に濡れた瞳で柚木さんを見つめた。

 香織は、と縋るような声が聞こえる。


「好きなの」


 僕は部屋を出た。

 扉を閉めれば声は聞こえなくなった。

 誰もいない廊下で、僕はただ足元を見ていた。


 立花さんはきっと答えを求めている。

 行き詰ってしまった気持ちの行先を求めていた。

 叶わない恋に絶望している。

 叶わない想いに押しつぶされている。


 僕は何もわかっていなかった。

 わかろうとしなかった。


 今、この瞬間も、柚木さんのことを考えている。

 柚木さんから苦痛を取り除く為に、僕が背負わせた負債をどうにかしたいって。

 それだけの理由で、立花さんに学校に戻ってきてほしかった。

 立花さんの気持ちなど一切考えていなかった。

 僕は自分のことばかりだった。


 でも柚木さんは違った。

 自分の感情を抑え込んでまでも、今優先しなければならないことを瞬時に理解して動いていた。立花さんを放ってはいけないと。

 考えてみればわかりそうなものなのに、僕はまた間違った。


 立花さんは一ヶ月半もの間苦しんでいた。

 僕は何処かで立花さんの苦しみを軽んじていた。

 僕が学校を休んだのは辛いことがあったからだ。

 学校へ行きたくないと思うほどの苦しみを味わったからだ。

 僕よりも長い時間、立花さんは救われずにいた。


 何が違う?

 立花さんは柚木さんが好きだった。

 僕の努力を立花さんは無意味なものにした。

 柚木さんを勝手に決めつけて、縛ろうとしていた。

 最後は自分勝手に落ち込んでいた。

 それが僕の感じた全てだった。


 柚木さんはどう見えていたのだろう。

 立花さんの言葉を、涙の重さをどう受け止めていたのだろう。

 僕は柚木さんではないし、立花さんでもない。

 相手の気持ちの全てを汲み取れる人はきっといない。

 言葉で伝えてもすべては受け止められない。


 でも、わかろうと努力すれば少しは理解してあげられるのかもしれない。

 その努力を僕は怠っていた。


 僕がいて、相手がいればすれ違うこともあるだろうに。

 僕は目を背けてしまった。

 背を向けてしまった。


 初めから、僕らは向き合ってなどいなかった。


 しばらくして柚木さんが部屋から出た。

 遅くなってごめんなさい、と柚木さん言った。


 廊下を歩く。

 今も扉の向こうではきっと、立花さんが毛布に蹲って声を漏らさないように泣いている。

 部屋から遠ざかっても、僕の所為で苦しんでいるだと告げるように、悲痛な叫びが耳に残る。

 胸が締め付けらる感覚があった。

 痛みとは違う苦痛が身体の中心にあった。


 背中に何かが触れた。

 柚木さんの手のひらが僕の背中に添えられている。

 言葉はなくとも慰めているような気がした。


 階段を降りて立花さんの母親にお礼を告げて家を出た。

 これだけ長々と話し込んでいたのにも関わらず、母親は何も言ってこなかった。

 きっと声だって聞こえてきていたはずなのに――。


 外は真っ暗になっていた。

 携帯で時間を確かめると七時を過ぎていた。


「行こっか」


 そう言って自転車を押しながら僕が歩き始めと、適度な距離を保ちつつ柚木さんが付いてくる。

 できれば並んで歩いてほしかったが、無理強いはしなかった。

 今までの柚木さんの行動を見ていればそうなるだろうとは思っていたし、立花さんが言っていたように柚木さんは男性恐怖症なのかもしれない。


 ちゃんと付いて来ているのかと不安になり、時々振り返ってみれば、闇の中で柚木さんが立ち止まる。

 どうして立ち止まるのか、その行動の意味もわからないまま、僕は歩き始める。


 僕が目に付く範囲にいれば、不審者がいたとしても迂闊には近寄らないと思うし、多分だけど、送っていく意味は成してはいるだろう。

 そう納得しながら、不自然な距離感を保ったまま、僕らは無言で歩き続きる。


 しばらくすれば、柚木さんの家の近くにある公園までたどり着いていた。

 この時間になれば人の気配はなく、いつもうるさいくらいの公園がやけに不気味に感じた。


「あの……」


 公園の入口まで来たところで柚木さんが口を開いた。

 立ち止まって振り返ってみれば、離れてはいるだろうとは思っていた柚木さんと僕の距離は実際には結構あった。


「なに?」


 話しをするのには適さない距離を僕から埋める。


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