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隣で支える小さな影  作者: 柳
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まだ見えないこと。6

 

「細かい事情は省くけど、立花さんとは関係ないことで僕たちも関わっている。それは僕が解決しないといけないことだけど、柚木さんは違う」


 言いながらふと、あまりよくない仮説が脳裏を過ぎった。

 もしかして始めからそうだったのかもしれないと僕は思った。


 井口さんから柚木さんが犯人の可能性があると教えられ、柚木さん本人でさえ犯人だと名乗った。

 でも、立花さんは柚木さんが好きで、想い続けていた人が、柚木さんを見つめ続けていた人が間違うはずがない。


「終わらせなくちゃならない理由が僕にも、彼女にもあるんだ。立花さんだってそうだろ?」


 当て付けだったのだろうか。

 想い続けていたのに裏切られたって思ってしまったのだろうか。

 柚木さんが犯人ではないことは立花さんが一番知っていたはずなのに。

 それは間違いだと、伝えることはいくらでもできたのに。


 井口さんが家まで来てくれたんだ。言う機会はいくらでもあった。

 でも、井口さんからそんな言葉は欠片も出てこなかった。

 立花さんが隠していたから。


「戻って来てほしい。井口さんだってすごく心配しているんだ。弱っていく彼女をこれ以上見ていられない。だから――」

「じゃあ、香織とは付き合わないで。話しもしないって約束して。そうしたらあなたの言うことを聞いてあげる」


 立花さんは真面目な顔で、僕にそう告げた。

 説得ではなく、真実を伝えて納得してもらうでもなく、立花さんの望みを叶えることが学校に復帰する条件となった。

 僕がこの話を飲めば、複雑に歪んだこの事件を終わらせることが出来るようになった。今までの苦労を考えればとても簡単に思えた。


 消えかた僕の噂話。井口さんの悩み。それに、一番に困っているはずの柚木さんが解放される。

 たった一言を言うだけで、それだけで全てが丸く収まる。

 関わった全ての人の悩みが解消される。


 そう思うのに、それが正しいって、誰でもない僕自身がわかっているのに言葉が出ない。

 伝えなければならない言葉は僕の中で決まっていて、それ以外の言葉は必要とされていない。


 誰も求めていない。だから言わなければならない。なのに……。

 立花さんの条件が受け入れられない。


 話さない近寄らない、その条件は少し前までの僕たちの関係だった。

 ただ、昔に戻るだけのこと。

 名前を知っている隣のクラスの他人になる。


 それでも、僕らの間で起こった出来事がなくなるわけじゃない。

 柚木さんがしてくれたこと。僕が間違いに気づけたこと。

 交わした言葉も、見つめ合った時間も。僕と柚木さんの記憶の中で残り続ける。

 それだけでいい。


 僕が頷きさえすれば、失った信頼は元には戻らないけど、少なくとも柚木さんが嫌な思いをしなくなる。

 僕が目指していた結末が、目の前に広がっている。

 そこへ手を伸ばせばいい。

 簡単だ。


「できません」


 驚いて後ろを振り返った。

 揺るぎない意思を宿した瞳がそこにはあって、僕は吸い寄せられるように見つめていた。


「私は、明日河くんのことが好きです。その約束は守れません」


 心臓が高鳴っていた。

 かっと顔に熱が集まっていくのを感じ、隠すように正面に顔を戻せば見開いた瞳が柚木さんを見つめていた。


「もういいから、帰ってよ」


 立花さんは立ち上がると背を向けた。

 おぼつかない足取りでベットへ行くと頭まで毛布を被った。

 毛布をきつく握り締めて、立花さんは泣いていた。


 好きな人から距離を置かれ、敵視していた男が好きだと告げられた立花さんの気持ちは僕にはわからない。

 ただ、想いが大きければ大きいほど、失恋した時の反動も大きいと聞く。

 だから立花さんは閉じこもった。

 家から出ることはなく、こうして布団に逃げ込んで、塞ぎ込む。


 僕にはわからない。

 今の立花さんの姿を目の当たりにしても、僕は可哀想とは思えなかった。

 高鳴った気持ちがすっと静まった。

 そして、真っ赤な感情が胸の奥から湧き上がった。


「ちょっとは柚木さんの気持ちも考えたらどうなんだ」


 口調が乱暴になっている。自覚している。

 余計なことは言わない方がいいとわかっている。

 でも黙っていられない。


「立花さんは柚木さんが好きだと言った。なのに、立花さんは柚木さんの気持ちを無視して自分のことばかりだ。身勝手なことばかり言ってる」


 僕は毛布越しに、立花さんを見下ろしている。

 抑えられない感情に突き動かされるように言葉が途切れない。


「純粋なところに惹かれたのかもしれない。でも、それを守りたいからって柚木さんの行動を制限する権利は立花さんにはないだろ。柚木さんが何をしようと、誰と話そうとそれは柚木さんの自由だ」


 僕の言葉は棘だ。形のない暴力だ。

 相手を傷つける非情な行いだ。


「なのに立花さんは汚れるだのそんな言葉ばかり並べて、柚木さんの綺麗な部分しか見ようとしない、見たくないんだ」

「やめて!」


 立花さんの悲痛な叫びを僕は無視していた。


「立花さんは自分で作り上げた理想像を壊したくないから、完璧な姿でなければ好きではいられないから柚木さんを縛るんだ。それじゃあ人形と一緒じゃないか」


 立花さんは必死に耳を塞いでいる。

 聞きたくないと心が叫んでいる。

 僕は何を伝えたいのだろう。

 立花さんに、何をわかってもらいたいのだろう。


「飾って眺めるだけの、鑑賞だけの目的で柚木さんを見ているのか?」

「もう、やめてよ……」


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