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隣で支える小さな影  作者: 柳
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まだ見えないこと。4

 

 ぽつりと立花さんは呟く。

 顔を伏せ、膝を抱えて。


「あなたたち、付き合っているの?」


 その大勢のまま、顔も向けずに思いもよらぬことを訊かれた。


「どうしてそんな話になるんだよ。僕たちは付き合ってないし、立花さんの制服を盗んだ犯人がようやく見つかったことを報告に来ただけだよ。念のためにもう一度言うけど、犯人は猫で――」

「そんなことどうだっていい!」


 立花さんが怒鳴る。

 その意味もわからないまま、僕は紙袋を持ち上げて止まっていた。


「どうだっていいって――」

「あなたは何? どうして香織と一緒にいるの?」


 問い詰めるように立花さんが言う。

 口調は苛立ちを含み、部屋に入った時よりも感情を昂ぶらせているように感じた。

 僕はそっと紙袋を置いて少し前の会話を思い返してみる。


 けれど、僕のどの言葉が立花さんの怒りに触れたのかがわからない。

 ただ、立花さんが大声を上げるほど怒っている。


「それはさっき話しただろ? 偶然――」

「そんなわけない! 香織は男が怖いの。そんな子が、そんな風にぴったりとくっついていられるわけないじゃない!」


 感情が爆発したかと思えるほど立花さんは冷静ではなくなっている。

 それは僕を追い返そうとしていた時よりも大きく、複雑なものになっていた。

 違和感が頭の中で駆け巡る。


 ここに来た目的は制服を届け、犯人を教えることだった。

 柚木さんが犯人ではないと証明する為にここまで来た。

 でも何かが違う。


 僕らが交わすべき会話をしていたはずなのに、全く関係ない話をしている。

 立花さんの意思でそうなっている。

 制服も犯人も見つかったのに、立花さんからは僅かでも安心した素振りはなく、それどころか、どうだっていいと言った。

 何かが大きくズレていると思った。


 立花さんは柚木さんを知っていた。

 名前を呼び捨てにするほどの関係だった。

 何が何やら困惑するばかりの僕を置きざりにして、立花さんは、香織、と呼びかける。


「好きな人がいるって言ってた人って、この人なの?」


 立花さんから警戒の色が抜けていた。

 僕の存在を忘れたように無防備な格好のままベットから降りると、四つん這いで近づいてくる。

 柚木さんは黙ったまま、まるで怖がるように僕の裾を掴んでいた。


「ねえ? そうなんでしょ? 何か言ってよ。ねえってば!」


 だんだん口調が強くなっていく。


 ヒステリック。

 その言葉が浮かぶと同時にある光景が脳裏を過ぎった。

 僕の母親も突然悲鳴じみた奇声を上げたことがあった。

 父親曰く、ストレスが溜まると女性はヒステリック気味になると言っていたことがある。

 それに酷似していた。


「ちょっと落ち着けって」


 昔話を思い出したところで父親は治まるまで何も言わずに黙っていることしかしなかったので、解決手段は学んでいない。

 とりあえず、このまま立花さんを近づけさせれば何か良くないことが起こる気がして僕は前に出た。

 元から二人の間にいたので柚木さんを隠すのは簡単だった。


「関係ない人は黙ってて!」


 身構える余裕もなく、真っ直ぐに飛んでくる枕が僕の顔面に当たり、手元に落ちる。危ないだろ、と文句を言うことも出来ず僕は呆然としていた。


 突発的な衝動。

 邪魔者を黙らせるために起こした行動だった。

 あの一瞬で当たっても害のない物を立花さんが選んでいたとは思えない。

 手にしている物であればなんだって投げていたのだろう。

 柔らかい物でよかった、と心から思った。


「どうしたんだよ? 何に怒ってる? ちょっとは冷静になれよ」


 僕は膝を立てて柚木さんを隠した。

 このままでは僕だけでなく柚木さんも無傷ではいられなくなる可能性を危惧しての行動だった。


「うるさい! あんたに私の何がわかる!」


 怪我を負わせないためとはいえ、その行動が更に立花さんの感情に触れてしまった。息を乱し、鋭い眼光が僕に向けられる。

 せめて昂ぶった感情を鎮めてもらわなくては、まともな話し合いも出来そうにない。


「わからないから困ってんだろ? 言いたいことがあるならはっきりと言えよ」

「私は香織が好きなの!」


 冷静ではいられなくなった立花さんから溢れ出た言葉。

 好きだと、女の子であるはずの立花さんが言っていた。


「香織は、男が嫌いなの、話もできないくらい」


 なのに、どうして僕に寄り添っているのか、それが気に入らない、とでも言いたそうに睨んでくる。

 柚木さんが男性恐怖症だとは気付かなかったけど、それは後でいい。


「好きって、どういう意味だよ?」

「好きに意味なんてない。私は、香織が好きなの」

「女性が、好きなのか?」

「違う! 私は香織が好きなだけ。他はただの友達」


 立花さんは僕から顔を背けた。

 お互いに口を閉ざすと、微妙な空気が僕らを包んでいた。

 柚木さんは何も言わない。僕から言う言葉もない。


 立花さんは柚木さんを友達以上に見ている。

 友人としてではなく、立花さんは柚木さんに恋情を抱いている。

 真剣なのだと、向けられる瞳が教えていた。


 でも、だからといってどうということでもない。

 僕らは立花さんの恋愛事情を聞きに来たわけじゃない。

 僕は視線を落とし、何処で食い違ってしまったのかを考えていた。


 考えなくても僕は答えを知っている。

 それは柚木さんがこの場に居合わせたからではなく、初めから、僕らは向き合ってなどいなかった。


 僕がいくら真剣に真実を伝えようとしても、立花さんは興味がない。

 そして話しを進めたくても、立花さんは威嚇するような鋭い視線を僕に突き立てる。会話は止まってしまう。


 立花さんは一歩ほど僕から距離を空け、乱れた髪をてぐしで整えていた。

 艶やかな黒髪を一本一本見つめながら指を通していく。


 その手がふと止まった。

 すっと顔を上げると真っ直ぐな瞳が、僕の胸のあたりで止まった。

 僕の背に隠れている柚木さんを見つめていた。


 その瞳は揺れていて、数秒も経たずに立花さんは顔を俯かせていた。

 柚木さんと立花さんの関係を僕は知らない。


「香織は、汚い言葉遣いも、悪口も言わない」


 ぼつりと、立花さんが言葉を零した。


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