まだ見えないこと。3
「見せて」
暗闇から覗く瞳はしっかりと僕を捉え、怯えているようには思えない。
手を差し出し、寄こせと言う。
何処が病んでいるんだ? と思いながら僅かなドアの隙間に手を滑り込ませた。
遅れながらもそれに気付いた立花さんはドアを閉めようとしてたが、僕の手が邪魔で閉めることはもうできない。強引に力任せにドアを開かせていく。
いくら僕の力が非力だとしても女の子には負けない。
驚いて固まったままの柚木さんの手を引いて部屋に入り、後ろ手で鍵をかけた。
これで立花さんは逃げられない。
「出ってって」
真っ暗かと思っていた部屋の中は、机に置かれた電気スタンドの灯りでぼんやりとだが部屋全体を照らしていた。
立花さんは部屋の一番隅にあるベットの上で身を固めている。
寝起きなのか、一日中その格好なのか全身黒の寝巻き姿だった。
警戒するように丸々とした豚ぬいぐるみを抱きしめ、僕を見る。
強引に女の子の部屋に入っておいて今更かもしれないが、何もするつもりはないことを示すため軽く両手を上げながらその場に腰を下ろす。
そして持ってきていた紙袋を少し先に置いた。
「勝手に部屋に入ってごめん。でも、ちゃんと話をしないと信じてくれないと思ったから」
その中には泥と毛に塗れた制服が入っている。
井口さんと一方的に交わした約束から放課後、僕は中庭に向かった。
見つける、と言っても僕は警察でもなければ探偵でもなく、手がかりもなければあてもなかった。
学生である僕が学校で起きた事件を一人で解決まで導くのは普通に考えて不可能だった。
でも、僕は知っている。
僕や柚木さんが犯人ではないことを。
そして、部活の始まりから終わりまで中庭にいた僕は、不審者を見かけていない。だから盗まれたとは考えにくかった。
けれど実際に制服がなくなったのは事実らしく、被害にあった立花さんは未だに学校へ来ていない。
名案もないまま手始めにと、あの日の再現として同じことをしてみたりした。
中庭の木に寄り掛かり更衣室のある方へ視線を漂わせる。
校内の一番外側にプールがあり、その隣に更衣室がある。
周囲は二メートルはあるだろうブロックの塀で囲われている為、外からは覗けないようになっている。
もしその塀を越えて敷地内に侵入したのなら、水泳部員が見つけるだろう。
他の場所から入ってきたのなら僕が見ているはずだった。
学生の犯行も十分に考えられるが、あれだけ目立っていた僕を犯人なら見逃すはずもなく、邪魔者がいる日に実行しなければならない理由があるとは思えない。
誰にも気付かれず犯行を終えるのにはよほどの運が重ならない限り不可能に思えた。僕という障害があったのは事実なのだから。
そこでふと、信じがたい可能性が脳裏を過ぎった。
もし、そうであったのなら本人に確認しなければならないが、証拠もなければ素直に認めてくれるとも思えなかった。
ならば、とある方法を思いつき、その日のうちに井口さんに協力を頼んだ。
「こんなことしてただじゃ済まないわよ。お母さんに言えばあんた、なんて……」
許可もなく自分の部屋に入ってきた面識のない僕に、立花さんは怒りに震えていた。威勢良く、脅しともとれる言葉を続けていた立花さんがふと、不自然に言葉を止めた。
怒りに染まっていた瞳が徐々に開いていく。
その先にいるのは僕ではなく、柚木さんだった。
「写真は見てくれたよね? だいぶ汚れてるけど、多分立花さんのだと思う。触りたくないかもしれないけど、少しでいいから確認してもらいたい」
そう言いながら紙袋に手を向ける。
けれど立花さんは見開いた瞳を柚木さんに向けたまま僕を素通りする。
驚きのあまり何も言えずにいるような、そんな表情をしていた。
見知らぬ男、つまりは僕が勝手に部屋に入ってきても、立花さんは警戒こそしたがそれほど動揺しているようには見えなかった。
今更付き添いの、それも女の子がいたことに動じている。
どうしてなのかと考え、僕は小さく首を振った。
そんなことは今はどうでもいいと、僕は立花さんの視線の前に身体を寄せ、彼女に呼び掛けた。
「制服がなくなれば盗まれたって思うのは当然だと思う。でも、実際は猫の仕業なんだ。どうやって立花さんの制服を住処まで運んだのかまではわからないけど、制服はあったんだ」
言葉を間違えないよ慎重に、確実に立花さんに届ける。
「不審者はいなかったんだ。だから何も怖がらなくていい。もちろん柚木さは犯人じゃない」
無駄な言葉は省き、簡潔に事実を伝えた。
証拠もあり、僕の言葉が嘘偽りなく全て真実であっても、立花さんが信じてくれるかどうかはまだわからない。
名前も知らない男が話すよりも立花さんが信用できる人、井口さんにでも頼んで話してもらえれば信憑性は増すだろう。
その方が立花さんに余計な気を遣わせることもなく、受け入れることも簡単だったのかもしれない。
制服を盗んだ犯人だけで言えば僕が伝える必要は何処にもない。
ただ、それとは別に確認しなければならないことがあった。
それからしばらく経ったが、立花さんは何も一言も発しなかった。
想像していたような反応もなく、僕の話しを聞いていたのかどうかも怪しい。
もうしばらく黙って待っていれば、立花さんが言った最初の言葉は、嘘、という単語だった。
「嘘じゃない。全部本当のことなんだ。信じられないかもしれ――」
「なんで、香織がここに……」
立花さんは僕を見ていなかった。
話を聞いていなかった。
「それは、柚木さんが謝りに来ていたから僕が連れてきたんだ。もう一度言うけど、柚木さんは犯人じゃない」
噂話がどんな形で立花さんの耳に入っているのか、柚木さんがどう言っていたのかはわからない。それでも僕は断言する。
一切の隙もなく、真っ直ぐに伝える。
その誤解を解かなければ僕の話は矛盾してしまう。
否定されても何度でも、納得してくれるまで言い続けるつもりでいた。
「そっか、そういうことだったんだ」




